第百六十二話「ふたりにとって大切なことだから」
美鈴さんは悪い顔をしてこちらを見ている。つい先ほど、取って食べたりしないという言葉はどこに行ってしまったのか。
「真面目なお話はこの辺にして、私は南波くんが和栞ちゃんをどうして選んでくれたのか気になるの。どこを気に入ってくれたの?」
「気に入ってくれたなんて、そんなっ!」
伊織は血相を変えて美鈴に言う。
「俺の方が逆に元気を貰っているというか、頑張ろうって思えるところとかっ……」
伊織の焦った様子を見て、美鈴は笑みを交えて要約する。
「たくさん和栞ちゃんの事を好いてくれているってわけねっ?」
「……はい」
「私は安心したわぁ……南波くんが内面をよく見れるお方でっ」
「……」
このまま、言葉を重ねていくにはあまりに無防備な気がした。どう言ったって、和栞さんの事が大好きなのは嘘偽りがないし、あの和栞さんのお母様なのだから巧みな話術で言いくるめられそうな気がするのだ。
「試しちゃってごめんなさいねぇ……でも、安心したって言葉をあなたに掛けられて私は嬉しいの。んふふっ」
上機嫌な美鈴は、会話を区切ってティーカップに手を伸ばすと、落ち着き払った様子で目を細めて、紅茶の香りを愉しんだ。
「わたしはね、和栞ちゃんには沢山の経験をして欲しくて、北九州に送り出したの……」
「……?」
カップを揺すって、美鈴は静かに話す。その様子をただ見つめる事しかできない伊織を差し置いて続ける。
「こんな青春を謳歌できるのは若い人の特権だわ。存分に楽しんで欲しい、それは親世代のわたしから和栞ちゃんだけでなく、あなたにもそうであってほしいと願っている事です」
「……」
「今日から、私が太鼓判を押して、あなたの事を信じるわ。……んっ、ん~……? 親公認の彼氏さん? そんなところですっ」
陽気に話す美鈴さんの瞳が揺れている気がした。少し涙ぐんでいるような――
「親としてひとつだけアドバイスするならば、あの子……引っ張ってくれるような男性が好きだと思うわ。わたしがそうでしたもの……」
「あまり自信はないですね……」
「それでいいの。普段から気を張っている必要なんて全くないわ。いざという時に頼もしい、男性にはそうでいてもらえるだけで、女の子は嬉しいと思うのよねぇ」
「心しておきます」
「はいっ。それでよろしいっ」
折角入れて貰ったコーヒーが冷めそうだ。
伊織はカップを丁重に持つと、一口を口に含む。
「あっ! あと、こんなこと……いうのは間違っているかと思うのだけれど……」
「はい」
「結果は取り返しのつかない事だってあるから、準備は怠らないようにしてくださいね」
「……?」
涼しくも力強く言った美鈴さんの言葉の意味がわからない。
「それ以上は関知しないけれど、母親から娘の彼氏さんに言いたいことはそれだけです」
「つまり……?」
「身体は大切にしてあげてねっていえば……伝わるかしら?」
大きな釘を刺された気分だ。そういうことか――
伊織は年相応、考えてしまわなくもない行いでは無かったが、この言葉に対する返答を間違えれば一瞬にして信用を失いかねない事に気がつく。
もとより自分が下世話に考え過ぎているだけなのではないかという思いもあるので、ここはなんとか美鈴さんを安心させるような言葉を残しておきたい。
「彼女が嫌がることをするつもりはありませんし、例えどんなに好いている和栞さんが間違ったことを言っても、叱ってあげられる人になりたいです」
その言葉を聞いた美鈴は目を丸くする。
「今の子って、どうしてこんなにもしっかり者が多いのかしらね……。娘の事をよろしくお願いします。《《伊織くん》》っ」
ここがゴールではない、寧ろスタートラインだと思うべきだ――伊織は少しの自信を胸に、美鈴の掛けた言葉に笑顔で頷いた。
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お読みいただきありがとうございました。
美鈴さんが何を意図したのかは皆様にお任せしますが、伊織くんにはちゃんと伝わっているようで安心しました。
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次回、お出かけしたあの姉妹の可愛らしいお話が入ります。お楽しみに!




