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鬼束ハクの怖い話。〜獄卒Vtuberの集めた恐怖体験〜  作者: 鬼束ハク


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魅入る

 ハッと目を覚ました。


 喉が焼けるように熱い。


 全身が汗で濡れていた。


 夢だ。


 いや、夢ではない。


 あの女が出てきたのだ。


 もう思い出さないようにしていたのに。


 ベッドの上で息を整えながら、俺は額の汗を拭った。


 そして、あの日のことを思い出した。


 中学時代、俺は海に面した田舎町に住んでいた。


 クラスの前の席には一人の女子がいた。


 雪のように白い肌。


 腰まで伸びた黒髪。


 丸く大きな瞳。


 教室の窓から差し込む光を受けると、どこか現実感が薄く見えた。


 俺は彼女に恋をしていた。


 話しかけるたびに嬉しかった。


 たまに振り向いて笑いかけてくれるだけで、その日は一日機嫌が良かった。


 だが、その想いを伝えるつもりはなかった。


 父親の仕事の都合で、高校進学と同時に東京へ引っ越すことが決まっていたからだ。


 卒業式の翌日にはこの町を離れる。


 告白しても意味がない。


 そう自分に言い聞かせていた。


 今思えば、卒業が近づく頃から彼女は少し変だった。


 授業中、海の方角を見つめていることが増えた。


 誰もいない場所へ向かって微笑むこともあった。


 何を見ているのか聞いても、


「秘密」


 そう言って笑うだけだった。


 卒業式の日。


 式が始まる前、彼女が小声で言った。


「あとで、私の宝物を見に行かない?」


 断れるはずがなかった。


 式が終わり、友人たちとの別れを済ませると、彼女は校門の近くで待っていた。


 俺を見るなり手招きする。


「こっち」


 その後を追った。


 学校裏の獣道を抜ける。


 こんな場所があったことすら知らなかった。


 木々が途切れた先には、小さな砂浜が広がっていた。


 春の海は灰色で、風が冷たい。


 彼女は迷いなく砂浜の奥へ進む。


 そして立ち止まった。


 そこには大きな穴があった。


 黒く口を開けた穴。


 底が見えないほど深く見える。


「これ」


 彼女は嬉しそうに言った。


「私の宝物」


 俺は穴を覗き込んだ。


 そして凍りついた。


 人間の死体だった。


 白骨化が進み、腐った衣服がこびりついている。


 だが、それだけではなかった。


 死体は制服を着ていた。


 見覚えがある。


 俺たちの中学校の制服だった。


 しかも一体ではない。


 二体。


 三体。


 四体。


 何人分もの白骨死体が折り重なっている。


 思わず尻餅をついた。


 胃の奥から吐き気が込み上げる。


「な、なんだよ、これ……」


 彼女は答えない。


 ただ幸せそうに穴を見つめていた。


 その時だった。


 白骨の隙間が動いた。


 何かが這い出してくる。


 触手だった。


 だが生物の触手ではない。


 無数の腕。


 無数の指。


 それらが絡み合い、一つの巨大な塊になっている。


 先端には人間の目がびっしりと並んでいた。


 目玉が一斉にこちらを見た。


 俺は悲鳴を上げた。


 彼女が不思議そうに振り返る。


「どうしたの?」


 本気で分かっていない顔だった。


 見えていない。


 あれが見えていない。


 だが次の瞬間。


 彼女がぽつりと呟いた。


「見えるんだ」


 心臓が止まりそうになった。


「え?」


「見える人、初めて」


 彼女は笑った。


 その笑顔は教室で見せていたものと同じだった。


 なのに全く別人に見えた。


 腕の塊が彼女へ伸びる。


 肩へ。


 首へ。


 髪へ。


 優しく抱き寄せるように絡みついていく。


 彼女は目を閉じた。


 恍惚とした表情だった。


 恋人に触れられているような顔だった。


「綺麗でしょう?」


 彼女は穴を見つめながら言った。


「みんな、ここにいるの」


 腕の群れの奥で白骨たちが揺れた。


 その制服はどれも古かった。


 十年前。


 二十年前。


 もっと昔のものも混ざっているように見えた。


 俺は理解した。


 あれは餌ではない。


 あれに魅入られた人間たちだ。


 そして彼女も。


 次の一人になる。


 俺は逃げた。


 叫びながら。


 転びながら。


 振り返ることもできずに。


 気づけば家にいた。


 その夜は一睡もできなかった。


 翌日、俺は東京へ引っ越した。


 それ以来、一度も故郷へ帰っていない。


 彼女のことも調べなかった。


 調べれば、何かが終わる気がした。


 それから二十年が過ぎた。


 俺はコーヒーを飲みながら本棚の整理をしていた。


 すると卒業アルバムが落ちた。


 懐かしくなって開く。


 中学三年のクラス写真。


 俺はそこで手を止めた。


 彼女がいない。


 何度見てもいない。


 欠席者一覧にも名前がない。


 まるで最初から存在しなかったみたいに。


 呼吸が浅くなる。


 そんなはずはない。


 確かにいた。


 俺は彼女に恋をしていた。


 その時だった。


 アルバムの最後のページから一枚の写真が滑り落ちた。


 見覚えのない写真だった。


 暗い穴の中。


 折り重なる白骨死体。


 その最前列に、あの彼女がいた。


 卒業式の日と同じ制服姿で。


 そして写真の裏には、震えるような字でこう書かれていた。


『やっと見つけてくれた』


 その瞬間。


 写真の中の彼女が、ゆっくりとこちらを見た。


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