タナカナツヒを知りませんか
深夜、寝る前にSNSを眺めていたときだった。
流れてきた投稿に、妙な一文があった。
タナカナツヒを知りませんか?
添付されたリンクを開く。
古いホームページだった。
灰色の背景。
黒い文字。
画像も装飾もない。
ページの中央に、一文だけ書かれている。
私はタナカナツヒさんを探しています。
その下には短い文章が続いていた。
私が小学校三年生の頃に出会いました。
忘れることができません。
どんな些細な情報でも構いません。
ご連絡ください。
管理人の名前はない。
連絡先のメールアドレスだけが記載されていた。
気味が悪かった。
それなのに閉じられなかった。
更新履歴を見る。
昨日。
一昨日。
その前の日。
ほぼ毎日更新されている。
最も古い記録は十年以上前だった。
十年以上も誰かを探し続けている。
異常だった。
翌日、休憩中に何となくサイトを開く。
更新されていた。
タナカナツヒさんは左利きでした。
それだけだった。
次の日。
タナカナツヒさんは絵を描くのが好きでした。
次の日。
タナカナツヒさんは人前で笑うのが上手でした。
少しずつ人物像が出来上がっていく。
失われた誰かを復元しているようだった。
気づけば毎日確認するようになっていた。
ある夜。
新しい更新を見て違和感を覚えた。
タナカナツヒさんは最近、よく眠れていません。
翌日。
タナカナツヒさんは、自分には特別なものがないと思っています。
さらに翌日。
タナカナツヒさんは、人に話していない後悔があります。
胸がざわついた。
誰にでも当てはまりそうな文章だ。
だが、なぜか自分のことを言われている気がした。
その数日後。
更新には、こんな一文が加わった。
タナカナツヒさんは、大人になってから自分の名前を嫌うようになりました。
意味が分からなかった。
そもそもタナカナツヒという人物を知らない。
なのに、その名前を見るたびに妙な不安が膨らんでいく。
さらに翌日。
タナカナツヒさんは、このサイトを毎日見ています。
タナカナツヒさんは、自分のことではないと思っています。
タナカナツヒさんは、少し怖くなっています。
思わずブラウザを閉じた。
その日からサイトを見るのをやめた。
忘れようとした。
だが一週間後。
ふと気になってしまった。
あのサイトはまだ更新されているのだろうか。
帰宅途中の電車の中で、サイトを開く。
トップページの文章が変わっていた。
私はタナカナツヒさんを探しています。
もうすぐ見つかりそうです。
その下に新しい更新が並んでいた。
タナカナツヒさんは、自分が見つかる理由を知りません。
タナカナツヒさんは、今この文章を読んでいます。
タナカナツヒさんは、後ろを確認しました。
反射的に振り返る。
車内には誰もいない。
終電だった。
冷たい汗が背中を伝う。
画面が勝手に更新される。
あと少しです。
数秒後。
もう見えています。
さらに更新。
ご協力ありがとうございました。
その瞬間。
スマホが鳴った。
知らない番号だった。
拒否しようとした。
だが操作できない。
勝手に通話が始まる。
雑音。
そして声。
男とも女とも分からない。
「やっと見つかりました」
通話は切れた。
同時にサイトが更新される。
発見記録
タナカナツヒ
発見日時 本日
その下に小さな文字が追加された。
ご協力ありがとうございました。
捜索を終了します。
画面が真っ白になる。
十年以上続いていた更新履歴。
文章。
記録。
すべて消えた。
サイト自体がなくなっていた。
翌日。
検索しても出てこない。
SNSにも痕跡はない。
まるで最初から存在しなかったみたいだった。
数日後。
俺はあのサイトのことを思い出そうとして気づいた。
何かがおかしい。
探されていたのは誰だったのか。
どうして怖かったのか。
肝心な部分だけが思い出せない。
頭の中に穴が空いているみたいだった。
その夜。
SNSを開く。
通知が一件届いていた。
投稿が完了しました。
意味が分からない。
今日、何も投稿していない。
自分のアカウントを開く。
最新の投稿。
時刻は数分前。
そこには一文だけ書かれていた。
タナカナツヒを知りませんか?
その下には見覚えのあるURL。
投稿画面を開く。
入力した覚えのない下書きが残っていた。
そこには、なぜか懐かしさを覚える文章が並んでいる。
私が小学校三年生の頃に出会いました。
忘れることができません。
どんな些細な情報でも構いません。
文章はそこで終わっていなかった。
画面をスクロールする。
さらに下に続きがあった。
もう少しで思い出せそうです。
名前は――
そこだけ空白になっていた。
カーソルが点滅している。
まるで続きを入力するのを待っているみたいに。
その瞬間。
スマホの予測変換に、一つの名前が表示された。
タナカナツヒ
なぜその名前が出たのか分からない。
だが、それを見た途端。
胸の奥に、どうしようもない懐かしさが込み上げてきた。
誰だっただろう。
思い出さなければ。
早く。
早く見つけなければ。




