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鬼束ハクの怖い話。〜獄卒Vtuberの集めた恐怖体験〜  作者: 鬼束ハク


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12/17

笑顔の街

 引っ越してきた初日、変な町だと思った。


 駅前で酔っ払い同士が肩をぶつけても、どちらも笑顔で頭を下げる。


 コンビニでは店員が、

「今日も良い一日でしたか?」

と必ず聞く。


 最初は教育が行き届いてるんだと思った。


 でも、どこか気持ち悪かった。


 町の人は、誰も笑顔を崩さない。


 怒らない。

 疲れていない。

 嫌そうな顔をしないのだ。






 ある日、アパートの隣室から怒鳴り声が聞こえた。


「ふざけんなよ!!」


 この町で初めて聞く、生々しい怒声だった。


 壁に何か叩きつける音。

 女の泣き声。


 だが突然、音が止まる。


 しん、と。


 翌朝。


 隣人の男は、ゴミ袋を持って笑っていた。


 目だけ異様に真っ赤だった。


「昨日、大丈夫でした?」


「ああ、少し『調整』されまして」


 笑顔で答える。


 正直、意味が分からなかった。






 その夜、町内放送が流れてきた。


「皆様、本日も感情管理にご協力ありがとうございました」


 感情管理。


 どうにもその単語が頭から離れなかった。






 翌日、気になって町の過去の新聞を図書館で調べた。


 十年前、この町では中学生の飛び降りが続いていた。


 原因は学校でのいじめ。


 それをきっかけに始まったのが、

『笑顔運動』。


 怒りや悲しみを表に出さない活動。


 最初は道徳運動だった。


 だが少しずつ、記録がおかしくなる。


「感情矯正室」

「治療参加者」

「再調整完了」


そして、最後の写真。


 笑顔の集合写真。


 中央にいる女性だけ、口を裂かれたみたいに無理やり笑わされていた。


 その時。


 背後から声がした。


「まだ慣れませんか?」


 振り返る。


 町内会の人間が立っていた。


 全員、同じ角度の笑顔。


「最初は皆さん苦しむんです」


「でも安心してください」


「すぐ、楽になります」


 男がポケットから何かを取り出す。


 透明なマウスピースのようなもの。


 内側に、細かい針。


「噛むだけですから」


 その場から逃げようとした瞬間。


 後ろから、別の住民たちが出てくる。


 あの裂けた笑顔でこちらを見ているのだった。

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