手紙
夜のコンビニ前は、昼間と違って妙に落ち着く。
白い蛍光灯に照らされたアスファルト。
自販機の低い唸り。
遠くを走る車の音だけが、やけに響く。
大学の友達と、そんな場所でなんとなく駄弁っていた。
あいつのバイト上がりに合わせて合流する。いつもの流れだ。
その時、一台の車がスッと目の前に止まり、運転席から男が降りてきた。
後部座席からビニール袋を取り出し、そのままコンビニのゴミ箱へ放り込む。
そして何事もなかったかのように車に乗り、去っていく。
「いるよな、ああいうの」
友人の言葉に俺は少し苦い顔をした。
「悪いと思ってないんだよな。ああいうの、結構迷惑でさ」
そこから、あいつはバイトの話をし始めた。
コンビニのゴミは、まとめて捨てて終わりじゃない。地域ごとのルールに従って分別し直す必要があって、結局は店員がやる羽目になるらしい。
「でさ、結構あるんだよ。個人情報わかるやつとか」
「へぇ」
「一番気味悪かったやつがさ、手紙」
あいつは少し声を落とした。
「毎日入ってるの。ピンクの封筒でさ。目が痛くなるくらい派手なやつ」
最初は気にしてなかったらしい。
ただのラブレターか何かだと思っていた。
でも、それが何日も何日も続いて。
流石に気になって、開けてしまったらしい。
「内容はさ、普通にラブレターなんだよ。でもさ……」
あいつは言葉を選ぶように間を置いた。
「だんだん変わっていくんだよ。途中から、なんていうか…ヤンデレっていうの?気づいて。私を見て。みたいな」
ぞわ、と背中に薄い寒気が走る。
「で、コレ」
あいつはポケットをまさぐりながら続ける。
「開けたらさ、お前は誰だ。って書いてあって」
「は?」
「私の手紙を読むのはお前ではないって」
思わず、苦笑いが出た。
「なんだそれ」
「わかんねぇよ。でもさ…なんでバレたんだよって」
一瞬、沈黙が走る。
遠くで車が通り過ぎる音だけが聞こえた。
「で、さ」
あいつがビニール袋を取り出した。
「今日もあったんだよ。正直、怖くて…開けてない。これ…」
差し出された封筒は、話に聞いていた通りの色だった。
目に刺さるような、異様なピンク。その色にドキリとする。
街灯の下でもやけに浮いて見える。
「開けてくれよ」
軽く言うな、と思いながらも、断る理由もなくて。
「……わかった」
指先が少しだけ湿っているのに気づく。
封を切る。
中の紙を取り出し、開く。
−−普通の、ラブレターだった。
「え?」
思わず声が漏れる。
甘ったるい言葉が並んでいるだけ。
さっき聞いたような不気味さは、どこにもない。
「なんだよ、普通じゃん」
「え、マジ?」
あいつは覗き込んで、肩の力を抜いたように笑った。
「俺、持ってくるの間違えたかな。まぁいいか」
そう言って、あっさりと手紙を破いた。
ビリ、ビリ、ビリ。と乾いた音が夜に響く。
そのまま、コンビニのゴミ箱へ放り込んだ。
「じゃ、そろそろ行くか」
ジャラリと車の鍵を取り出す音。
「あぁ」
返事をしながら、さっきの手紙の文面が頭の中で引っかかる。
違和感。
何かがおかしい。
ああと、気づく。
遅れて、じわじわと。
あの手紙。
宛名があった。
確かに見たはずだ。
名前。
あいつのじゃない。
俺の名前。
「…なぁ」
呼びかけようとして、やめる。
あいつは何も気づいていない顔で、車に向かって歩いている。
言う必要があるのか?
いや、違う。
言いたくない。
その時だった。
背後から、視線。
はっきりとした、「誰かに見られている」感覚。
振り返る。
コンビニのガラス。
明るい店内。
誰もいないはずの棚の奥。
一瞬だけ、誰かと目が合った気がした。
すぐに、何もいないと気づいたが。
「どうした?」
「あ、いや…なんでもない」
俺は視線を切った。
気にするな。
ただの気のせいだ。
そう、俺は今まで読まずに捨てていたのだから無関係だ。
そう自分に言い聞かせて、車に乗り込む。
エンジン音が響く。
コンビニの明かりが、バックミラーの中で遠ざかっていく。
そのゴミ箱の中に。
細かく破かれた、ピンクの封筒。
その断片のひとつに、まだ読める文字が残っていた。
−−やっと、読んでくれた。




