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銀狼の飼い猫  作者: 厚狭川五和
イベント「2020/ジューンブライド」
16/18

【イベント】『狐の嫁入りなんて猫には関係ありません』第4話「失われた過去」

 私の家は木造のお社で、基本的には外に出ることなく暗くても中で大人しくしてることの方が多かった。

 神様とはそういうものなのだ。

 祀られたところ若しくは決まった土地に住み着いて人間を見守るのが務めであり、彼らに忘れ去られた時には引き時というか離れる時だったりとか。

 まあ、私の場合は人間の方から貢ぎ物を持ってくる。

 春から秋にかけての作物が育つ時期になると豊作を祈って私に会いに来るのだ。


「またお主は人間どもから供物などもらって……」

「愛される神様は必要よね? だって信じるものがあれば彼らは前に進み続けるわ」

「あまり人間に近づきすぎると神の座を下ろされるぞ?」


 また嫌みな狼が現れた。

 私はこの近辺の土地神であり、豊穣を司る神様だが彼もまたこの近隣を守る神様なのだという。

 ただ人間からは愛されていないし信仰されてもない。

 彼の存在はあまり知られていないのだ。

 実際に見守るでもなく存在しているだけで人間にとっていてもいなくても関係のない神様、それが彼だ。

 そうして暇をもて余した彼は私のところに遊びに来る。


「今日は何しに来たの?」

「何をしにってお主の様子を見に来たに決まっているだろう」

「暇なのね」

「もう少し喜ぶふりでもしたらどうだ。お主とて供物をもらっていても話しかけてくるわけではない人間の相手などしていて暇だろうに」


 あっそ、と私は外を仰ぐ。

 別に私は閉じ込められ続けても構わない。

 ここにいる限りは人間たちから信仰を集められるわけで、そうなれば私自身が路頭に迷うことはない。

 そういえば私は何年前から神様なのだろう。

 十年?

 百年?

 いや、はるか昔より神様という役割を与えられて人間に賞罰を与えるように仕組まれていたかもしれない。

 この狼と違って私には役割があるんだ。

 まめに手を合わせに来るような信心深い者たちを守り、彼らを陥れようとする輩には罰を与える。痛みとしてではなく現実として与えるのだから心も痛まない。

 それにほとんどの人間は陥れようなんて考えない。


「私はね、暇でも何でもいいのよ。ここへやってくる人達が笑顔で挨拶しに来てくれるならそれだけで幸せ。だって神様ってそういうものじゃないの?」

「それも一つの形だ。我々は見守るが故の神だ。しかし、我は人間をそこまで信じたいとは思わない」

「どうして?」

「この土地では生物たちは殺し殺されて生きているが人間が一定の力を持った時点で崩れる可能性がある。お主が言ったように彼らは進み続ける。それが他者を退け貶める道でも、だ」

「そういう時には私たちが正してあげればいいのよ」


 狼とは毎日こんな会話をしている。

 彼は人間たちを信じすぎるなと私に諭そうとしていて、私は彼らが素晴らしい生き物だと伝えようとする。

 お互いに退かないが否定もしない。

 意見が一方に偏ってしまった時が一番恐れるべきことであり、そうならないように私たちは自然と意見が食い違うようにできていたのかもしれない。


「泣き声?」


 翌日、雨が降っている時に子供の泣き声のようなものが聞こえた。

 その子は無意識のうちに私のお社へ向かってきていて見つけるなりすごく考えてから手を合わせた。何も供物がないから追い返されるとでも思ったのか震えながらお祈りしていた。


「神様、お願いします僕の村を救ってください」

「…………」

「盗賊が僕の村を襲ってたくさん人が死にました。また来るとも言い残して、その時までに犠牲を差し出せと言ってきました」


 典型的な賊だ。

 おそらく金目のものか女を貢がせて村を壊滅させるほどの惨事を起こすだろう。

 ただ少年の声から読み取った情報としては私が守るべき土地からは外れているし恩恵を与えることは難しい。かといって罰を与えようにも賊の人数すらはっきりしていない。

 つまり私はこの子を助けられない。


「お願いです、じゃないと僕のお姉ちゃんが……」

「…………」


 胸が痛む。

 こんなことは初めてだ。

 わざわざ私のお社まで来て手を合わせてくれたのに助けてあげられない。こんなことは初めてで、彼が一生懸命にお願いしてくるから余計に苦しい。

 ああ、神様って助けられないときもあるんだ。

 あの狼はこれを忠告してたのかな。

 助けられるか分からない人間まですがりに来るようになって私が胸を痛めて闇に身を墜としてしまわないか、と。

 この子を助けたいよ。


「少年、その村はどこにある」

「かみ……さま?」

「我は神様ではない。神様に遣わされただけの存在だ。我でよければ君の村を救う手助けをしよう」


 狼?

 突然の登場に驚いていると目が合って「お前は黙っていろ」と言わんばかりの目付きで睨まれた。

 私がここから出られないから代わりにその子をたすけてくれるの?

 意外といい奴だったのかしら。



 ──翌日。


「まったく、面倒な真似をしおって……」

「あ、狼。無事だったのね」


 私が身体を起こして迎えると狼は少しだけだが牙を見せて怒っていたような気がした。

 何も手伝わなかったことを怒っているのだろうか。

 それとも、何か嫌なことでもあったのだろうか。

 いいや、私が現実を見ていなかったことを彼は静かに怒っていたのかもしれない。

 ただ一言だけ、彼の口から漏れたのは安堵だ。怒りじゃない。


「無事だったかはこちらの台詞だ馬鹿者」

「どうしてよ」

「もしかしてお主は自分がどのような状況にあるのか…………いや、若しくは現実を受け入れたくないばかりに目を背けているのか?」

「ちょっと本当に何を言ってるのかわからないわ」


 狼は歩み寄ってくると私の足を舐めた。

 あれ……なんか、痛い?

 それに動かせないし、舐めた後の狼の舌が深紅色に染まっているような気がする。

 あれ?

 私は何か忘れている?

 それだけじゃないのかな。


「乱暴しないでよ!」

「我は傷を舐めただけだ。お主はやはり現実を受け入れなくて記憶から消そうとしていたな?」

「そんなはずは……!」


 あるはずの身体が無い感覚に気がつく。

 痛い。

 それに何故か胸の内がぽっかりと空白に飲まれたような気がした。


「その涙がいい証拠だ。我が戻った頃にはお主の両足は寸断され川を流されていた。お主の首根っこを咥えて岸辺に寄せて簡単ではあるが治療を施した。お主と違い我はこの姿でも消毒し包帯を巻いてやるくらいは簡単なのだ」


 あ……ああっ!

 狼の言葉を聞いていると私は失われた足に残る激痛を思い出したかのように感じ始めて冷静ではいられなかった。

 丁寧に手当てされていても痛いものは痛いのだ。

 それに頭も打っていたのか頭痛がする。


「そして、我は主の社を見に行った。元よりお主はあの社より出ることは叶わなかったし何か異常があったのだろう。そこで我は見てしまったのだ」

「な、なに、を……!」

「社が燃えていた」


 そんなことって……。

 もはや残酷すぎて反論する気持ちにさえなれなかった私は黙って狼の言葉を聞くしかなかった。


「もう崩れる寸前で回収できたのはお主が大切にしていた首飾りだけであった」

「それは……」

「お主がいつも私に自慢していた首飾りであろう。存在が産まれた時より共にあり善悪を見定める首飾りなのだ、と。お主はそれを人間には使おうとせず己が心を許すものが現れた暁には証として渡すのだ、と」


 あははは!

 もう聞かなくても誰が何をして私がこうなったのかくらいは分かってしまった。

 知りたくなかった。

 目を逸らし続けていたかった。

 でも、狼はそれを許さなかったでしょう。

 だって私が傷つく度に慰めに来るくらいお人好しだったんだから私が傷ついて、忘れて、また何度も同じ存在に苦しめられる度に記憶から追いやって自分自身が追い詰められていってるのを見てはいられなかったはずだもの。

 そうでしょう、狼。

 狼は私が狂ってしまったとでも思ったのか慰めようと顔を執拗に舐めてくる。

 ああ、そうだった。

 この狼が誰よりも私の側に居てくれた存在だった。


「それは、狼が受け取って」

「何故だ! お主が大切に思った者に渡すと語ったものだろう!」

「あなたが大切よ。毎日、暇なのか疑うくらい顔を見に来てくれて声をかけてくれるあなたが好きだった。だから、あなたが受け取ってくれると嬉しいな」

「こっちだ! 生きてるぞ!」


 お迎えが来てしまったのだろうか。

 でも、そんなありがたいものではないことくらい分かっていたのかもしれない。


「目を背けるのはおしまいだ。お主の罪は我が償おう」

「え?」

「現実を見ろ! お主が救わなければいけないものは何だ! 我が憧れ、嫉妬すら抱いたお主の理想はなんだった!」


 そこからは一瞬だった。

 私は狼によって再び川に突き落とされ、そんな私の視界の中で狼は八つ裂きにされていった。

 私が救わなければいけなかったのは何なのか。

 その時の私も答えを出すことはできず、それは今も変わらない。



 ──sideファング。


 面倒なことになったというか、完全に手詰まりだった。

 ナハトに呼び出されてまた遠征の話でもあるのかと思っていたら普通にラプトの危機的状況だと言うし、実際に来てみれば面倒そうだし……。

 結論、俺は帰りたい。

 もはやこの仕事は俺に向いてないのだ。


「ご主人、この辺くさい」

「ああ分かってる。今は森にあるものとか喰ったらだめだぞ」

「食欲わかない」


 そりゃそうだ。

 エルが臭いで感じ取っている通り、今はラプト近辺の森に異常な空気が広がっている。

 簡単に言うと毒性の魔物が大量発生した。

 一応、大量に殺した魔物やらは俺が処分するか解体業者を呼んで武器やらの素材にしてもらってたんだが最近現れた素人ハンターの仕事が悪いらしい。

 ナハト曰く「戦闘技術は無いし偶然に魔物を倒せても返り血に驚いて逃げ出し死体は放置、腐敗した死体を喰った魔物が毒性を持ち繁殖した」とのことだ。

 迷惑でしかない。

 それにエルが臭いと判断したということは俺らにも毒性は有効だということ。最悪俺らも死ぬ可能性がある。

 いや、俺はヴェルゼに毒を盛られても即座に抗体を作り出せるからという理由で気絶するに済んだから危険なのはエルだ。

 しかし置いていくわけにもいかなかった。


「もし戦闘中にくさいのがラプトの方に流れたらお前は離脱してナハトに連絡してくれ。国民を全員避難させてから国ごと焼き払うそうだ」

「避難、間に合う?」

「無理だろうな。俺も頃合いを見て撤退するし、前線が下がったら魔物が入ってくるわけだから毒性の広がりも早くなる。国に入ってきた時点で被害者を少なくするために焼き払うだろうな」

「ご主人、エルはご主人が戻ってこないと逃げないから」

「はいはい、ちゃんと生きて戻りますよ、っと」


 今回も俺が前戦で狂人のごとく戦い、エルは後方で俺が万が一になった際に連れて撤退する役割と国民の避難を伝える役割を担った後方支援だ。

 だから俺が早く撤退を判断すれば国民は助かるだろうが国は壊滅確定で判断が遅ければどうにかなるか国民もほぼ全滅の極端な二択になる。

 エルも無事じゃ済まないだろうな。

 問題は国を出る時についてこなかった狐だな。


「おい、ハツネも少し働けよ」

「そんな気分じゃないのよ。少しだけほっといてくれる?」

「ハツネ、たぶんストライキしてる」


 エル、それはないと思うぞ。

 お前の言ってるストライキというのは何かに対して反抗する際に自分に主張できる力が足りず、その場に座り込んで相手が折れるのを待つという行動だ。

 ハツネも座り込んでるが何かを主張したい訳じゃない。

 それこそ一時期の俺のように極度なストレスに心が折られそうな気分なのだろう。

 記憶は気まぐれに戻ってくる。

 俺にとって思い出したくない記憶があるようにハツネにも思い出したくない記憶があるんだ。


 という流れがあり、ハツネはラプトにいる。

 戦いたくない気持ちは分からなくもないさ。


「やっぱりご主人いい匂い、だね。魔物たくさん来たよ」

「嬉しくないんだけど。まあ、お前に匂いを嗅がれるのは嫌じゃないけどな」

「なら終わったらふんすふんすする」


 その言い方は可愛いけどくんくんの方が分かりやすいだろ。

 と、愛しの猫と戯れていたら目の前まで接近を許してしまいそうだし俺はエルから離れて前戦で戦うとしますか。

 俺が無事に帰れるように願掛けも済んだことだしな。

 この戦いが終わったら死ぬほどくんくんさせてやろう。


「うえっ、やっぱ喰えなさそうだな」


 腐敗したものを好んで食べていたが故に毒性を持った魔物ならば見た目が腐っていてもおかしくはない。

 俺と同じ獣のような姿はしているが骨や肉が剥き出しになっている。

 それに片言でも言葉を話せるのは意外だった。


「オマエ、ウマソウナニオイ」

「悪いが【暴食の化身なる狼(フェンリル)】の名を冠する者として喰われて終わるわけにはいかないんだよな」


 最高級であり永久保証といってもいい品質の俺としては誰彼構わず喰わせてやるつもりはない。

 無論、俺を喰えるのはエルだけだ。

 こんな腐ってる奴等には美味さなんて分からないだろうからあげる価値がないんだ。

 俺は次々と襲いかかってくる魔物を往なしていく。

 正面から噛み付きにきた魔物は殴り、足を狙ってくるものは跳躍してかわした後に上から踏みつけた。

 食欲に囚われた獣は単調な動きしかしない。

 それ故に俺の戦いも単調になってしまう。


「ッ!」


 何も変わらない。同じ動きをただ繰り返しているだけで数は減らしていける。

 しかし、変わらないということは見られていれば覚えられるという意味であり、俺が腐敗しきって脳など残ってないだろうという油断が招いた結果は負傷だった。

 まさか腕の肉を噛み千切られるなんて思ってもなかった。

 痛いだけなら堪えられたが何かに身体を侵されていくような感覚は気持ちが悪く、俺から冷静さを奪っていく。


「触るなッ!」

「ご主人!」

「エル、こっちに来るな!」


 数が多いしエルは毒の影響を受ける可能性がある。

 もし、俺を助けようとしたならばエルの方が真っ先に毒に侵されて死んでしまうか、奴等と同じ腐敗を司る化け物となってしまうかの二択だ。

 そんな猫を俺は見てられない。

 大きな咆哮をあげてエルを遠ざけると同時に俺を囲もうとしていた連中をびびらせる。

 このままだと勝ち目がない。

 いや、勝てないというより状況が好転しない。相手の全滅を待つ前にラプトに毒性が蔓延して当初の被害者を減らすという目的が叶わなくなる。

 なら早めに引き上げるのを決意するしか……。


「再生と破壊を同時に、って……結構ばかげてるな」

「ッ! オマエ、ムゲンニハエル! クッテモヘラナイ!」

「ちっ、俺より節操ねえ生き物だな」


 普段みたいに傷の再生に時間をかけてもいいなら体力の消費も魔力の供給も少なくていい。

 だが治すのに即効性を求めるなら馬鹿みたいに体力が使われる。

 何より問題なのが魔物を倒すためにエルから一部だけ継承させてもらっている『破壊』の力を使っていたり、そもそも毒性を無害化するためにも使用している。

 つまり疲れが早いってことだ。


「まったく半端な化け物は大変だよ」

「ジャアナカマ、ナレ」

「っ! それだけはごめんだ!」

「ご主人っ!」


 心配するなよエル。

 たしかに敵はどんどん数が増えていて俺が捌ききれなくなってきているのも事実であり、今しがた頭を丸ごと持っていかれる寸前だったのも現実だ。

 でも死にやしねえよ。

 大切なもん置き去りにして死ねるほど俺は飽き性でも未練の無い男でもないんでな。

 ただ、少しだけ早いかもしれないが撤退を目処に入れなきゃまずいってのはあるかもしれない。


「エル、悪いがナハトに伝言だ。数が多すぎるから早々に焼き払わないと毒性が広がるのは早そうだ、と」

「ご主人だいじょうぶなの!? もう疲れてきてるんじゃ……!」

「てめえの飼い主を信じろ! 無事で戻ったらくんくんでもペロペロでもさせてやるから黙って言うこと聞け! まだまだエルとあれこれやり足りないことだらけのまま死ねるかって!」

「……分かった!」


 まったく、強がりなんて吐くものじゃないな。

 エルが離れるだけで俺の頑張れる度合いが変わってくるっていうのに。

 って……どうした?

 何で急に敵は動かなくなったんだ?


「アイツノジャクテン、アレウマソウ」

「おいおいおい、それだけは無しだって!」


 嫌な予感がして俺は近くの敵を振り払うと踵を返してエルの背中を追おうとする。

 しかし、少し遅かった。


「ギニャッ!」

「ツカマエタ」


 エルの背中に飛び付くように魔物が体当たりし、エルは急にのし掛かった体重にバランスを崩してその場を滑って転んだ。

 きっと誰かが知能を与えたのだろう。

 身体能力の異常さは身体が腐敗したことで痛みを無視するようになったためだと憶測で考えることができてもエルを止めれば俺が動揺すると考えられるのは人並みに知能があるからだ。

 そして当然のごとくエルの背中を追おうとした俺もまた数体の魔物に押し倒されて動けない状態にされる。

 もう、終わりなのか?


 ──sideハツネ。



「エル? ファング……?」

「ハツネ!? 頼む! エルを連れて今すぐ戻れ!」


 何でこのタイミングなのだろうか。

 もう少し早く、本当なら最初から一緒に戦ってあげるべきだったのに居てあげられなかった。

 自分が弱かったから。

 過去に私を助けてくれた狼を無駄死にさせた後悔ばかりが頭を満たして、目の前で救いを求めている存在の言葉が届かなくなるほど、愚かしい馬鹿だったから。

 ファング、それは聞けないよ。

 だって…………。


「でもファングは噛まれてるし……早く助けないと!」

「俺はいいからエルを助けろ! 毒性なんか関係ないし俺はすぐに治せるからいいんだよ! エルは……エルは一回きりの人生なんだからエルを助けてやってくれ!」

「エモノフエタ、アイツモイイニク」


 分かる、危険な方を助けてやりたいって気持ちはいやというほど分かるんだ。

 助ける順番は二択だ。

 もう長くはない命を助けようとするならば確実に助かる方を救出して間に合えば前者も助けるか。

 どちらも救える見込みがあって片方が重傷を負っているならそちらを助ければどちらも助かるかもしれない。

 でも、今はそんな倫理観なんてどうでもいいんだよ!

 俺は化け物だ。

 エルは、ほとんど人間なんだ。

 俺みたいに急速再生なんかできないし噛まれて毒の影響が入れば死ぬか二度と動けなくなるかもしれない。もしかしたらエルまで腐敗した魔物たちみたいになるかもしれないんだ。

 それは、嫌だ。

 そんなのを見たら俺は助かった気持ちでいられない。


 とでも彼は考えたのだろうか。

 懐かしい顔で、懐かしい声で私を叱る。


「お前が()()()()()()()()何だ!」

「っ!?」

「お前は善悪を見定めるだけなのか! ああそうか! それなら悪なんか見殺して善を救えばいいじゃねえか! 難しいこと考えてるふりしてねえでお前のエゴで綺麗な奴を助ければいい!」

「なんであの狼と重なるのよ」


 ねえ、狼。

 あなたは答えをくれていたのに動けなかった私は神様なんて向いていないのかもしれない。

 でも誰かがまだ私に救いを求めてくれている。

 もう少しだけ、神様で居させて?


「分かったわよ、狼。あなたの言葉の意味……」

「…………!」

「私は()()()()助ける」


 魔物が私に触れようとした先から灰になった。

 私が思い出せずにいた罪であり、向き合うべきだった過去を形にした力なのだ。

 そう、この狐火の力は恥ずかしいものだった。

 私はこの力を使う度に思い出さなければいけないんだ。

 狼を殺したのは私なのだ、と。

 口先だけの神様はいらない。本当に誰かを助けたいと思っていたならお社の封印なんか解いて直接助けに行ってあげなければいけなかったのだ。


「ごめんねファング、エル……それからあなたたちも」

「アタタ、カ……イ…………?」

「あなたたちもすぐに苦しみから解放してあげる。だから今度は当たり前のことを当たり前にできる世界で……」


 私の狐火は燃やす対象を指定できる。

 彼らはもう救われなければいけない。

 だから、私は身体そのものを全て焼き払い、全てを灰として大地に返したのだ。

 これしか、方法が思い付かなかったから。


「狼、私は勘違いしてた」

「?」

「こんなもの頼っていたらダメなんだね。私は私の目で善悪を判断しなければいけないし、善でも悪でも……最終的には救わなければいけないものに、変わりはないもの」


 私はファングの目の前で勾玉を砕いた。

 もう、これはいらない。

 あの日……私の目の前で救われることなく八つ裂きにされてしまった狼が受けとる権利を持っていたなら、あの狼が死んだ時点でこの勾玉に所有者なんて無い。

 全ては、私が自分の目で見て判断するものなのだから……。


「私の炎は焼く対象を指定する。毒性も晴れているはずだからゆっくり傷を治して、二人で無事を伝えにいきなさい?」

「ハツネは?」

「ううん、私は何もできなかった。二人が痛い思いをしているときに一人で悩んでいただけ。だから戻るにしても二人と一緒に皆に顔向けなんてできない」


 だからね、少しだけわがままを許して。


「っ!?」

「私の初めてよ。この味、大切にしてね」


 初恋の人に、私を置いて一人でどこか遠い世界へ消えてしまった初恋の狼に似ていて、彼と同じようなことを言ったファングになら初めてのキスくらいあげられる。

 でも口にしなければよかったかもしれない。

 とても恥ずかしかったし、本当に味を覚えられていても困る。


 そう、私の物語はここで終わりだ。

 あとは誰かの影として、ううん。みんなの影としてひっそり救いを求める人のために生きればいいの。

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