【イベント】『狐の嫁入りなんて猫には関係ありません』第1話「狐独な迷い者」
また彷徨う者が現れた。
俺がいつまでも終わらせることができないから次々と犠牲者が出て、彼らは元の世界に戻れずに彷徨っている。
きっと今回もそうだ。
自分の世界に居場所が失くなって……いや、無いと思わされて迷い込んでしまった。
だから、少し落ち着かなければ……。
「さ、さっきはその…………ごめん」
「そんなビクビクしなくてもエルは奥で寝てる。たぶん最初に怒らせたのはお前だけど俺もエルも互いのことになると頭に血が昇りやすいんだ」
化け物と呼ばれるのは馴れている。
ただ、エルは俺が化け物と呼ばれて孤独を感じてしまわないか気を使っているだけ。
俺も俺でエルが過去の悪夢を思い出させまいと必死になっただけ。
そして、こいつも空回りしてるだけなんだ。
「私は……!」
「とりあえず座れよ。すぐに茶と菓子を出してやるから少し落ち着け」
「えっと…………そう、ね」
案外すんなり言葉を受け入れた狐は落ち着かなそうにしてはいるものの腰を下ろす。
俺らと同じような見た目をしているが作られたのは俺とエルだけだと考えると本来の住人の生き残りかとも思ったが可能性はかなり低い。
何故なら完璧を求めるあの男がイレギュラーを許すわけがないからだ。
それにあの様相は目立つ。
エトよりも大きな尻尾では隠すことも叶わない。何より本人が隠すことを望んでいない説もある。
俺が昨日のうちに作っていたクッキーを狐の前に出すと狐は小さな声で感謝を述べる。
「ありがと…………器用なのね」
「俺のために飯や菓子を作ってくれていた奴がいたんだ。そいつの見よう見まねで作ったから味は補償しない」
「大丈夫みたい。ちゃんと美味しい」
それならよかった。
シオンから直接教わった訳じゃないから上手くできるか不安でエルにも味見はさせたが俺が作ったものなら何でも美味しいといいそうで信じていなかったんだ。
でも、プライドも敷居も高そうな狐が満足してくれたなら大丈夫だろう。
落ち着いた頃だろうし話を始めよう。
「俺はファング。色々と事情が立て込んでるからどんな存在かは詳しく教えてやれない。そして今は眠ってる猫が俺の飼い猫であり、大切な嫁……エルだ」
「お、お嫁さんなの……?」
「ああ。俺があいつに一目惚れして想いを伝えた。まあ、互いに同じ場所の生まれだし同じように爪弾きにされた者同士惹かれ合っただけかもしれないが今としては関係ないな。好かれたことに変わりはないんだから」
それに補い合う関係でもある。
俺は喰わなければ魔力を回復しないがエルを喰う……性格には肉欲を貪ることでも魔力を分けてもらうことができ、エルは自ら溜めていく膨大な魔力を使うことなく調整することができる。
俺は補給せず不足すれば傷が治らなくなるしエルは消費せずに飽和すると暴走する。
つまり、互いに必要を埋め合っている関係で求めても嫌にならないほど溺愛してる仲で必要不可欠の存在。
だから昔なんて関係ない。
同じ穴の狢だったかもしれないがそれを全部取っ払っても好きと言えるなら上等だろう。
「お前は?」
「わ、私は……最近この国に来たハツネって言うの。ちょっと前に居た場所で騙されて追い出されて…………それから色々とあって」
「信じてやるが条件がある。いくつか質問に答えてくれないか?」
「別にいいけど……」
俺らの中の常識と別世界の住人の常識がずれているのは当然として、互いに同じ事柄があっても一部は別世界から紛れ込んだ所以のものもある。
例えばこの世界に歪さを覚えたりとか。
それを確かめればハツネが該当するのか分かるわけだ。
「お前はそれ以前の記憶は残ってるか?」
「それ以前って、騙される前? えっと…………あれ、何で思い出せないんだろ」
「じゃあ次の質問だ。色々あったとは言ってたが色々とあった後にお前にとって当たり前だったことが薄れていったり忘れかけたりしてないか?」
「何が知りたいのよ」
「いいから質問に答えろ」
「だって私にとっての当たり前なんて心当たりがあるわけないでしょ。当たり前なんだから」
「なら好物とか、さ」
たしかにくだらない質問のように思えて怒るのも分からなくはないが意味はあるんだ。
この質問も返答次第では重要になる。
「私の好物は鼠の油揚げだけど…………? そういえば最近は見かけてないかも」
そう、あるはずがない。
この辺りにいる鼠は生かしておく必要がなかったことはもちろん毒性を持った魔物の巨大化しているものばかりで食せるものではない。
喰えるとして悪食の俺か、毒に命の左右をされないような魔に属する者くらいだ。
つまり、ハツネの好物はこの世界に存在しない。
「お前も俺らと、性格には俺らに関わった奴等と同じだな」
「え?」
「信じてやるよ。お前はたぶん役割を与えられてこの世界に連れてこられた迷い者だ。役割自体は知らないが不都合もないしお前の味方くらいならしてやるさ」
「あの、何で上から目線なの?」
そんなの決まってる。
俺がお前を迷わせたわけじゃないからだ。
別にハツネが悪いと責めるつもりもないが誰かに押し付けられた問題事をなにも言わずほいほい片付けるような優しい男でもないんだ。
無視はできないから助ける、それだけ。
「べ、別に味方なんていらない! まあお茶と菓子のお礼くらいはしてあげる。あなた、見た目は無愛想なのに繊細な味を作れたのね」
何で喧嘩腰なんだ?
たぶん俺とハツネが喧嘩したとしても軍配は俺に上がるはずだからあまり喧嘩売るといいことはないのにな。
権能次第では危険だが俺には敵わない。
相性的な話だ。
とはいえ、出ていった女を連れ戻してまで文句を言うような気力はない。俺は既にもう一つの話を盗み聞きしている存在に気がついているからな。
「エル……性格が悪いぞ」
「ちゃんと聞いた。ご主人の私に対する熱々で火傷しちゃいそうなくらいの殺し文句」
「殺されてないだろうが。それに恥ずかしいんだから茶化すなよ」
我ながらダサくて卑怯な言葉だよな。
全部が好きだなんて、エルの全てを見ているわけではないような男が言っていい台詞じゃない。
まあ、どうせ後出しでこいつの悪い部分を出されても嫌いにはならない。
そういう形なんだろうな、俺たちの関係は。
「エルはご主人、無愛想なんて思わないよ?」
「はいはい、そんなところから話しかけてないでこっちにこい」
扉の隙間から覗き込んでいた猫は這い出てくると俺の足の間にすっぽり収まる。
贅沢を言うならもう少し恥じらいはあってほしいかな。
「あいつもシオンと同じ、だよな」
「異世界から紛れ込んだ?」
「ああ。あいつの……アンセムのくだらない幻想のために迷い込んだ犠牲者の一人だ」
今は泳がされているかもしれないが危険かもしれない。
いや、他の国から渡ってくるくらい移動を繰り返していたから俺たちとも遭遇しなかったわけで、それならば目立ってアンセムに目をつけられてる可能性は高い。
手を出してこないのは興味がないからか?
こう、決定打になりうるような力でなければ今すぐにともならないのだろう。
なら好きにさせてやればいい。
問題が起きない限りは自分の目でこの世界の違和感に気づかせてハツネの生きたい役割を見つければいい。
「ご主人、そのクッキー食べたい」
「さっきも何か食べてなかったか?」
「気のせいじゃない?」
「おい、俺はデブネコに用事はねえぞ。お前がたぷんたぷんに太ったら捨てるからな」
ひどい、と言ってエルは俺の髭を引っ張る。
可愛いから飼い猫で、俺が愛しているから嫁という立場に落ち着いているというのに太られても困る。
今のエルが俺にとっての最愛だ。太ったら多少は落ち込む。
この弾力というかもちもちした触り心地は一度エルが太った時点で失われてしまうかもしれないんだ。
「成長期」
「急に難しい言葉使えば何とかなると思うな。ダメダメ、さっきお前が喰ってたのはミノタウロスの肉だろ? あいつの肉はすぐに脂肪として吸収されるし甘いものなんか追加で喰ったら一瞬で太るぞ?」
俺はエルからクッキーを取り上げた。
その手を何度も甘噛みされたが、太ってしまった残念な猫を見るよりもましかもしれない。
あと何気に忘れていたが俺ですら重く感じるようなミノタウロスの串焼きを二本も喰ってろくな運動もしてない猫は危険かもしれない。
このままではデブネコまっしぐらだ。
「脱げ! お前のだらしない身体をあらためさせてもらうぞ!」
「ギニャッ!」
抵抗は無力だ。
エルは俺の足の間にいるのだから脱がせるのなんて苦労はないし健康診断なんてすぐ終わる。
まあ、結果は予想通りだったけどな……。
──sideハツネ。
あの男の言っていた言葉の意味が分からない。
役割を与えられてこの世界に連れてこられた迷い者。そんなことを言われても理解なんてできない。
それに、結局なにも思い出せなかった。
騙されて追い出された、それだけだ。
私の記憶に残っているのは悔しさと憎悪だけでそれ以上でも以下でもない。誰に追い出されたのか、何を騙されたのか以前にどこから追い出されたのかさえ思い出せない。
ああ、忘れられるくらいどうでもよかったのかもしれない。
でも悲しい。
あの時に感じていた憤りは本物なのに忘れてしまえる自分という愚かな生き物が哀れだ。
「なあなあ、そこの嬢ちゃん」
「…………?」
「おおそうだよ、あんたのことさ」
私は何か粗相をしたのだろうか。
いや、この男とは面識もなかったはずで呼び止められる理由なんて無いはずだ。
「ちょっと俺たちと遊ぼうぜ?」
「遊ぶ?」
「そそ、楽しい遊びだ」
何をして遊ぶのかは知らないがいい気はしなかったため私は素っ気ない返事で断ることにした。
ノリの悪い女だと帰ってくれると、そう考えて。
しかし、答えは逆だ。
「ちょっとでいいって言ってるんだけどな~」
「っ! 離しなさい!」
「おっと、あまり怖い顔をすると綺麗なのにもったいねえ。猿ぐつわをしといてやるから向こうでいい声を聞かせてくれや」
なんでこんなことになるのだろう。
男は一人ではなかったらしく一人が私を羽交い締めにして騒ごうとすると他の男が慌てて何かを口に押し込んできた。
こんなことなら無愛想でもあの人に味方になってもらっていればよかった。
そう考えてしまうのは私が弱いから?
しばらくして私は男たちに近くの古い建物へ連れ込まれた。
こいつらの根城なのか中は綺麗にされているが不快な臭いが立ち込める場所だ。
「さっさと始めようぜ」
「ちょっと……ッ!」
「俺たちが聞きてえのはそういう声じゃねえ。もっと甲高くて似合う声で泣いてくれねえかな……」
なるほど、私はそういう下衆の集まりに捕まってしまったのか。
叩かれた顔が痛い。
でも、それ以上に胸が痛い。今まで大切な誰かのために捧げようと守ってきた純潔が汚されるかと思うと心が苦しくて、耐え難い苦痛を感じた。
「うっひょ~、こいつの尻尾は最高っすよ!」
「当然だ。前をデカイ尻尾を振って歩いてるいい女がいたからお前らを呼んだんだしな」
「まずは剥ぐっすか?」
「そうだな。武器を隠し持っていないとは限らない。まずは剥いで安全を確認しようか」
「離してって言ってるでしょ……!」
「ッ!」
私の胸元から服を引き裂こうとしていた男は突然顔色を悪くして離れていった。
何もできなくても威圧はできる。
殺意を持った眼差しには誰も近づこうとなんて思えない。
「おい! 何してるんだよ。さっさとやっちまえよ!」
「いや、だってよ!」
「女に睨まれてビビってんじゃねえよ」
「良かった。あなたたちは悪人で決まりね」
「は?」
別の男が私に触れようとしたが、その瞬間に触れた指先から順に灰になる。
熱いと感じる間もなく焼け焦げていくのだ。
何もないところこそご用心という話である。
私を羽交い締めにしていた男も驚いて離れたため自由になったので逃げようかとも思ったが私としては逃げることによって野放しになる悪が許せなかった。
何よりも嫌いで仕方がなかった悪意の塊なのだから。
「あなたたちはどんな理由で私を選んだの? 綺麗だと思ったから? 尻尾が気になったから? それとも、女性なら誰でも良かったのかしら」
「な、なに言ってる! お前らさっさとこいつを縛れ!」
「触れられると思わないことね」
そして再び私の近くで謎の発火現象が起こる。
狐火という、火の玉のようなものが無数に浮かび、それは私に近づこうとした男に襲いかかる。
「馬鹿め……!」
「なっ!」
「本当は水責めにして従わせようと用意してたものだが別の意味で役に立ったとはな」
きっと偶然の出来事だったのだ。
私の力は誰にも見せてはいないのだから水が有効などと思うはずはないし用意してあるはずもない。水責めにしようと考えたのも気まぐれのはず……。
だとしたら私は恵まれなかったのだろう。
こいつらの気まぐれが一致するタイミングで私が拐われてしまったのだから。
「お前らさっさと犯しちまえ。乾いたらすぐに燃やされるからタイミングを見て水を浴びせ続けろ」
「最悪……」
この世界に来る前の私はどうだったのだろう。
簡単に諦めてしまえたのか、それとも不幸には遭遇することもなかったのだろうか。
どちらにしろ、今の私には分からない。
この男たちが悪であることは分かっても私が正義なのかすらも分からないのだ。故に抵抗を覚えてしまい、彼らに先手を打たれる羽目になった。
甘いな、私は。
こんな男たちに身体を捧げることが正義だなんて、一回も考えたことはなかったはずなのに。
「私が生き残れるなら、正しいことよね」
「おいおい、幻でも見て……?」
「今すぐそいつから離れろ!」
そんな悠長なことでいいのかしら。
今すぐではなくさっき私の言ったことを聞いておくべきだったと後悔しなさい。
「ぎゃぁぁ!」
「たしかに私は水に相性が悪い。火を起こすにも湿気った場所では火が起こせないことと同じ」
でも、例外はある。
それこそ私の力が人間の考える枠組みに当てはまっていたらの話だ。
「ただの人間の起こす火と同じと思わないで。これでも私は神様なんだからね」
そう、一つだけ思い出せた。
私は人々を導く……いいや、そんな大それた者ではないけど確かに彼らを助けるために存在した神様。
何のために存在したかは思い出せない。
それに私は嫁入りする相手を探していた。それが私がなぜ追い出されることになったのか知るきっかけに繋がっているのなら思い出したい。
あの人を頼ろう。
「でも……あのファングとかいう狼も悪意を持った男なのよね」
私の胸から下げている勾玉……人の悪意を感じ取って反応する御守りが違えるわけがない。
つまり、彼は紛れもない悪意の塊。
でも少しくらいは信じていいかもしれない。
彼だけが私の素性を知る人間で、私が全てを思い出すための手がかりになりうる存在なのだ。




