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銀狼の飼い猫  作者: 厚狭川五和
本編
11/18

9章 受け継ぐ想い

 俺は犠牲を選びたくない方だった。

 少なくとも自分のところから犠牲を出したくはないという気持ちはあっても他者が不幸に苛まれるともなれば俺の力不足だったと後悔したくらいだ。

 だが、いつも手放すことになるのは身近の者だ。

 悔しい。悲しい。

 そして愚かしい。

 自分には何も守ることのできる力も無ければ言葉もなかった。


「ご主人……」

「なんだ。エルも一緒に寝るか?」


 飼い猫は首を横に振る。

 顔色がよくないし何かを悩んでいる可能性もあるため無理にでも眠らせてやった方がいいのだろうが、今の俺ではそれが難しいのかもしれない。

 エルは俺に遠慮しているのだ。


「ご主人はエルを飼い猫にしたの、後悔してる?」

「いや」

「本当に?」


 しつこく質問すると俺が怒ると知っているのに繰り返した。

 エルは勘づいているのだろう。

 たしかに俺は後悔している。一時の一目惚れとやらでエルを選んだのは俺の責任であり、あの選択から回り回って今までの関わりというのが出来ていたのだとしたら、俺は間違えたのだろう、と。

 エルと関わらなければシオンは俺を選ばなかった。

 シオンが俺を選ばなければ死ぬことはなかった。

 そして、俺が復讐なんかを望まずに、いや、そもそも自分の運命とやらを受け入れてアンセムの研究所で待ち受ける死という運命を受け入れていれば違ったのかもしれない。

 俺が死んでいれば、と。


「でも、エルは謝れない」

「…………」

「エルが謝ることは、ご主人が悪いことをしたって、肯定することになるから。エルは受け入れるの」

「……………………」

「ご主人、泣いていいんだよ」


 お前は知っていたのか?

 俺がシオンの死を一度は受け入れたから悲しんではいけないと強がっていたことを。

 まだ泣けずにいたことを。


「エル、明日シオンの墓に花を……持っていこう」

「うん」

「ちゃんとお別れを言って、また別のところで会うときには初めまして、って……こんな苦しい記憶なんか思い出さなくてもいいように装ってやるんだ」

「そうだね」

「だから、お前だけは最期まで一緒に……」


 そうして俺はエルの小さな胸を濡らして恥ずかしさを噛み締めつつ眠りについた。

 お別れの時にはしっかり挨拶ができるように思う存分、泣いておいた。



 ──シオンの眠る墓前。


 俺はシオンがどのような花を愛でていたかは知らない。

 だからエルと一緒に森で摘んだ、踏みつけられても凛と咲いていた花を手向けた。


「ファング!」

「……エトか」

「大丈夫、なのか?」

「心配すんな。俺は小さいことで凹んだりしねえよ」


 シオンの死を忘れるな。

 シオンの死を悲しむな。

 それと、シオンの死を怒るな。

 俺はシオンが死んだことを忘れてのうのうと生きていてはいけないがそれを悲しむことが二度あってはいけない。

 そして怒りに我を忘れてはいけない。

 もし彼女との出会いを後悔すれば今までの出会い全てを否定することになる。

 故に、そう決めたんだ。


「貴方は、()()()()()()()?」

「ああ。ちゃんと生きるよ」

「それならば良かった。猫殿も大丈夫そうだな」

「エトも元気そう。むしろ、そうじゃないとシオン怒るよ」

「ああ! ここにいらっしゃったんですね!」

「…………っ!」


 見たことのある出で立ちに思わず言葉を失う。

 如何にもという、魔女の様相をした女。

 ほんの一瞬だけシオンが生まれ変わったのではないかと思ったが俺はルインズであったことを忘れたわけではない。

 生まれ変わりは、その場では起こらない。

 だから、この魔女は別人だ。

 シオンと違って女らしい身体をしていないし何故かはしらないが目元を包帯で巻いている。


「わわ、私はネスという者です! 突然すぎて怪しまれるのもおかしくはありませんが──」

「いや、そんなことはない」

「ご主人?」

「こいつからほんの少しだけシオンの匂いがする。いや、たぶんシオンが持っていたのと同じ魔力の匂いだ。シオンが魔力を分けた弟子か何かだろう」

「こ、これはお見逸れいたしました! まさか魔女以外で魔力の違いを見分けることができるお方だったとは!」


 そんなに珍しいことなのだろうか。

 俺じゃなくてもエルだって魔力で区別はできたはずだが魔女でなければ珍しいのだろうか。

 いや、それより……。


「なんで俺に話しかけたんだ?」

「そ、それは……」

「言いにくいようなやましい理由か?」

「い、いえ断じてそんなことは! そのお機嫌を悪くされないでほしいのですが貴方様からお師匠さまと同じ魔力を感じたものですから関係者なのではないか、と!」


 なるほど。

 シオンに弟子入りして側にいた魔女だというなら魔力を知っていてもおかしくはないし、俺に取り込まれてわずかにしか感じ取れないであろう魔力であっても見分けがつくわけだ。

 こいつは本物だ。警戒しなくてもいいだろう。


「そうだ。俺はファング、シオンとは仲良くさせてもらっていた」

「エルはエル。ご主人のペット」

「私は名乗らなくても知っているだろうから省くぞ」

「ファングさんにエルさんに森の守護者であらせられるエト様ですね? お会いできて光栄です。それで、早速ではあるのですが私の生活させてもらっている小さな村までお越しいただけませんか?」



 ──魔女に案内された村。


 小さな村、と聞いていたがラガド村それなりに活気のある村だった。

 歩いていた限りでは痩せこけた人間を見ないし、家に閉じ籠りきりという訳ではなく、それなりに人の存在を視認できる上にこんな俺にも挨拶をしてくるくらいには友好的な村だ。

 ネスは俺たちを連れてラガド村の奥まで向かう。

 ここに招くにあたって村長に顔を会わせてほしい、という話だった。


「ここが村長の家ですよ」

「入ってもいいのか?」

「どうぞどうぞ! 皆さんを探してほしいと言ったのは村長ですからね!」

「なら遠慮なく」


 中へ入ると待っていたのはラフトに負けず劣らずといった年輩のじいさんだった。

 無論、挨拶をしなければならないので俺らはそれぞれ座ったのを確認して名乗り呼び出された客人であることを伝える。

 こういう小さな村は外からの人間を快く思わないからな。


「ネスよ、この方々がシオンの関係者でいいのかい?」

「間違いありませんよ。特に狼面の彼からはお師匠さまと同じ魔力を感じたから」

「ふむ……。よく来てくれた、ラガド村の長を務めておるノマトという」

「シオンの関係者か確認したということはラガド村にシオンが暮らしてた時期があるのか?」

「その通り、あの魔女はこの村において皆を助けてくれていた、言うなれば救世主に他ならぬ。故に我々はあなた方をこのような小村に招いた次第なのだ」


 あいつが、救世主……。

 俺の読んで手に入れた知識によると魔女とは嫌煙される存在にあり協力的な性格をしている者であっても拒絶される運命にあるという。

 シオンが特別に親切心が旺盛な魔女だった可能性はあるが救世主と呼ぶことはあってもいいのだろうか。

 自分の目を信じるならシオンは救世主にはなれない。

 あいつは、誰かにとっての英雄になるのが限界だ。


「申し訳ないがシオンが自ら小さいとはいえそれなりの人間が生活する村を救うとは思えない」

「それは如何様な理由で?」

「あいつが誰よりも人間だから。苦しいことに何も思わない女じゃないし過去に受けた痛みを忘れるほどバカじゃない」


 あいつの過去に信頼できた奴がいたとは思えない。

 だから、俺なんかに恋をして俺のために全てを終わらせてしまえたのだろうから。

 重い責任を背負えるような人間じゃないんだ。


「これは失礼いたした。そう、彼女は我々のことなど助けたとも思っていないのだろう。領主より搾取されるだけの小さな村だったのでな」

「お師匠さまは痩せた土地を肥えさせて略奪者を追い出してくれたんです」

「追い出した?」

「低い声で『弱者から奪い取るだけの蛆虫が』とか言いながら初級魔法の《火球(ファイアーボール)》で簡単に追い払ったんですから!」


 まるで別人のようだな。

 あいつは土地を肥えさせたりするような魔法は回復魔法と近い属性だから使えたはずだが初級とはいえ《火球》を使ったとは考えにくい。

 誰かを傷つける魔法は嫌だと言っていたからな。

 つまり、俺と出会う前のシオンは一人の方が好きな魔女だった?


「村を出たのはかなり昔ではあるが最近になって姿を見せるようになったんだ。私は病気なのか、と」

「びっくりしたんですよ!? 慈悲も愛も知らない人なのかと思ってたのに急に女の子の顔して帰ってきたんですから」


 ああ、俺と出会ってからという話か。

 そう考えるとあいつは前の世界のことをかなり引きずっていたみたいだが俺と出会ったことで変わり、少しずつではあるが本当の自分を取り戻していたんだな。

 嬉しいことだ。

 俺との出会いで少しでも救われていたのなら。


「少しだけ滞在してもいいか?」

「か、構いません、構いませんとも!」

「感謝する」

「この村にいる間はネスを側にお付けいたします。何かあれば申し付けてほしい」


 監視か?

 いや、ネスは俺の中にあるシオンの魔力を感じ取れている。俺が村を襲撃するようなことがなければ戦うなんて選択をするわけがない。

 本当に雑用として仕わされたのだろう。



 ──翌日。


「まさかな。シオンがそんなに長く生きてるとは」


 俺は彼女が書き貯めていたという書物の山に目を通しながら唖然とする。

 魔女とはいえ寿命が無いわけではないし年を取らないというわけでもないのだから多少は老けていく。

 それでもシオンの見た目は若い女そのものだった。

 あいつが数百年、可能性としてエトと同じくらいの時間を生きてきたのだとしたら俺はとんでもない若作りの魔女に好かれていたということになるのだが……。


「そうか、元々は有名な家系だったんだな」

「シオンはすごい魔女。エルも否定はしない」

「ああ。お前の言うとおりすごい……いや、すごいなんて安い言葉で評価するのはダメだな。それこそ偉大な魔女だよ」


 この世界に来てからの記憶しか残っていなかったにも関わらず自分の持っている魔法という技術を他の人間へと伝えて魔女という存在を異物とされないように頑張っていたんだ。

 それも小さな村や弱い人間を助けながら。

 あいつは自分のことを忘れてしまった時に何かをすれば思い出せるのではないかと色々と試していたらしい。

 それこそ、一度は死のうとした。

 顛末は全て書き記されていたが、全てを知ろうとすると一つの生物として受け入れるには重すぎる内容だ。

 シオンの大切な記憶だけ預かっていこう。


「ご主人、この本に何か書いてある」

「? 何も書かれてないが」

「嘘は吐いてないよ? ご主人ちゃんとよく見て!」


 いや、何度見ても何も書かれていない本だ。

 しいて言うなら羊皮紙や蝶番が他の本と比べると高価なものを使っているくらいで……。

 そう考えると怪しいな。

 俺は適当に頁をめくると何も書かれていない部分を指でなぞる。

 すると薄くて読みにくかったがたしかに文字が浮かび上がる。


「自分の魔力に反応する仕掛けか。自分が世話になっただけの村に置いていった割には随分と厳重な仕掛けだな」

「シオンって役割のこと知ってたの?」

「ああ、あいつが最初に言ってきたからな。どうやら俺たちより先に核心を突こうとしていたんだな」


 その本にはアンセムと思われる人物のことやシオンの受けている役割についてなどが書かれていた。

 自分が看取った者の想いを受け継ぐとは言っていたが力までそこに縛られているというのは哀れと言わずして何と言ってやればよかったのだろうか。

 シオンの力は誰かが自分の近くで死ななければいけない。

 それこそ、誰かを救うための力を得るために沢山の存在を殺さなければいけなかった。

 だから彼女は色々な村を巡ったのだ。

 自分が手を汚さずとも争いに巻き込まれて死んでしまった者を看取ってやれば自分の力を強めることができ、少しでも死者を減らすための努力ができる。

 あいつは、昔から変わってなどいなかった。

 お人好しなのは最初からだったらしい。


「アンセムの『強奪』の力は殺した対象の力を奪う。シオンはそこまでは辿り着いて奴に権能を持つ者が殺されないように必死に戦ってたんだな」

「戦うの苦手って」

「治療と防衛は誰にも負けない。あいつは自負してた」

「?」

「権能持ちを治療して殺させなければ奪われないし『強奪』の力も殺せば瞬間的に使えるようになるわけじゃない。殺してから一日が過ぎないと『強奪』できない」


 そう、常に戦場となる場所へと赴き最大限とも言えるサポートをしていたシオンはその事実に気がついていた。

 多くの人間が生き残れるように治療を施す。

 死者が出たら弔うと言って彼らの想いを引き継ぐ。

 つまり、アンセムの力になる前に全てシオンが受け止めているのだ。


「たぶん、アンセムも邪魔を繰り返す魔女の存在に気がついていたし、そう考えると以前の件はエルを狙っていたというよりも本命は邪魔物だったシオンの抹殺だったのかもな」

「シオンの力がアンセムより優秀だから?」

「ああ。シオンの力を『強奪』すれば殺戮するだけで力が手に入るとでも思っていたんだろうな」

「でも、シオンの方が上手だった」


 何もかもが偶然だったのかもしれない。

 シオンが俺を見つけたのも、それで一目惚れしてから毎日欠かさず会いに来ていたのも。

 俺があいつを好きになったのも。

 奪われるくらいなら、と俺の手でシオンを殺したことも。

 だとしたらシオンは運命に愛されていたんだろう。


「シオンは自分が感知できる範囲の死者の力を受け継ぐ。俺は自分が直接喰らった相手の血肉から情報を得て奪い、アンセムの場合は自らが手にかける必要がある。この時点であいつの目的は叶わなくなったんだ」

「劣ってるから?」

「ああ。シオンが一番多くの力を回収できて俺の権能の方が早い。アンセムは遅いし基本的に自ら権能保持者を殺さなきゃいけないんだから一対一が妥当だろ?」

「まだ止められる」

「そういうことだ」


 あいつが力を『強奪』するのを阻止し続けていれば先に戦力が上がるのは俺の方であり、万が一のためのエルという切り札がある。

 エルの『破壊』の力が法則や概念にも有効なのは確かめてあるからいざとなれば奴へと力が流れる道を『破壊』させればいい。


「と、そろそろ盗み聞きはやめた方がいいぞ」

「気がついてたんですか?」


 俺の声に反応してネスは小屋の外から顔を覗かせる。

 そりゃあ側にいろって村長に指示されていたのに「狩りに行ってくる」なんてテキトーが許されるわけないし、ネスは最初から俺のことをあまり良くは思ってなかった。

 それこそ、自分の師匠と同じ魔力が宿ってたらな。


「随分といいご身分ですよね、ファングさん」

「………………」

「お師匠さまには無かった乙女心なんて芽生えさせておいて自分はちゃっかり別の女の子を好きになって、挙げ句の果てに自分の目的のために死なせるなんて勝手じゃありませんか?」


 間違ってはない。

 シオンは誰かに手伝ってもらうことを諦めていたから一人で戦い続けていた。

 当然、乙女心なんてあるはずがない。

 それに、希望を与えてしまったのは俺だしシオンにとっての特別をずっと独り占めしてきたのも事実だ。

 あいつの想いに答えられなかったのもそう。


「納得できないなら相手をしてやる。外に出ろ」

「ご主人!?」

「ネスは俺を信じてない。言葉を聞いてくれるわけでもなさそうだし分からせるしかないんだ」

「一丁前に言わないでくれませんか? お師匠さまの力を奪っておいて虎の威を借る狐みたいな真似されても困るんですよ!」


 虎の威を借る狐、か。

 どうだろうな。

 シオンはいつでも強がっていたし実際に強かったのかもしれないが果たして、虎と言えるのか?

 俺もあいつも縋れる何かを求めていただけだ。

 だから俺はシオンの縋ることのできる男でいたし、あいつが失った記憶の中でも夢に見るほど忘れずに残っていた大切な存在の代わりを受け入れてやったんだ。


 俺とネスは小屋から出ると村に被害が出ない距離まで移動する。

 シオン、お前は虎じゃなくて狐の方だ。

 強くないから俺を頼っていた。俺も虎ではないがお前に頼られるのが嬉しくて、力になってたんだろうな。


「勝負の方法は?」

「お前が一方的に俺を攻撃すればいい」

「は? ふざけてるんですか?」

「シオンは誰かのためでもなければ自分の力で人を傷つけることを拒んでいた。その力で俺がお前を傷つけたらあいつは悲しむ」

「お師匠さまをお前が騙るな!」


 ネスが魔法の杖を地面に付けると同時に地を走るように雷が俺へと向かってきた。

 弟子と自称するだけあって優秀な魔女だな。

 しかし、不出来だ。

 たしか《解析》の魔法を使って同じ出力で魔力をぶつけてやれば相殺できるとシオンが言っていたが今のネスの魔法なら同じではなくとも方向さえ逸らせば当たらない。


「威力が高ければいいわけじゃない。一方的に攻撃していいとは言ったが全部を受けてやるとは言ってないぞ」

「お前に甘えたつもりなんかないです!」

「っ!」


 今度はネスが杖をこちらへ向けると無数の氷でできた槍が出現し俺へと発射された。

 さすがに数が多いし捌ききれるわけもない。

 なるほどな、俺に指図などされなくても自分の欠点くらい理解しているからカバーできるということか。

 当たらないなら数を増やせばいい、分かりやすくて嫌いじゃない。

 ただ俺もシオンから魔力を預かっている以上はやられっぱなしというのも似合わない。


「本当にお前はシオンの弟子か?」

「黙ってください!」

「ぐっ!」


 痛い。

 さすがに氷の槍で串刺しにされて平気ではない。

 傷が治るとはいえ痛みがあるし一方的に攻撃してもいいとか言ってしまったから避けるのも恥ずかしい。

 ただ、それだけだ。

 ネスの魔法からは何の感情も感じない。

 怒りに任せて放たれた魔法はとてもシオンが考えていた教えとはまったく異なるようにしか思えない。


「いい加減に理解してください! あなたは、あなたはお師匠さまを殺したんです!」

「危ねえっ!」

「……………………え?」

「あまり、思い出させないでくれ」


 怒りに任せて魔法を放つのは構わないが森の中で戦っているのだから外す数が多くなれば木に当たるわけで、俺を傷つけるための魔法なら木は削れて次第に倒れる。

 もし俺がネスの上になってやらなければ死んでいたかもしれない。


「シオンは俺が殺した。それを知らんぷりしてるわけじゃないのは理解してくれ。あいつのことを守れなかった弱さも、悔し涙と混ざって塩味しかしなかったあいつの血の味も覚えてる。だから、シオンの最期の顔だけは、思い出させないでくれ」

「なんで私なんか庇うんですか? 逆恨み……してたんですよ」

「シオンは……きっと助けただろうな」

「っ!」

「喧嘩してても、大嫌いな奴が相手でも何かあったら助けようと最低限の努力をするだろ。そう考えたら、な?」


 エルが倒れてきた木を破砕してくれたお陰で身体を起こせるようになった俺はネスの上からどけると身体を治し始めた。

 背中にたくさんの木片が刺さっていたしどれも鋭利だ。

 それくらい、ネスは本気で殺しに来てた。俺の後ろの木が倒れるほどの魔法で。


「馬鹿なんじゃないですか?」

「お前に言われたくねえよ」

「もういいですよ、私の敗けです。今考えたらお師匠さまも形は違えど恋した人と一つになれたなら幸せだったはずですし」


 あの、言い方に刺がありません?


「お師匠さまは楽しみにしてたんですよ?」

「なにを」

「あなたとの初夜ですよ」

「は?」

「どんな風に誘ったらいいかとか服はどんなものを着てたら反応してくれるかとか、なんなら下着は身に付けてないと知った方が興奮してくれるかもとか迷想してましたよ。それなのにあなたときたらこんな小っちゃい女の子を選ぶなんて」


 あ、いやエルはそういう関係だけど身体が目当てだったとかそんなわけではなくてだな?

 いや、そもそも別の件が気になりすぎる。

 服はどんなものが、ってルインズに行った時のか?

 たしかにあの清楚な感じはシオンがあまり身に付けないような感じだったから驚いたし少し動揺したけど……。

 もしかして下着、付けてなかったのかあの時。


「エ、エルはシオン公認の女だからいいだろ! あいつもエルなら別にいいかな、とか言ってたし」

「最低ですね」

「笑顔で憎まれ口叩くな!」

「……お師匠さまが何をしたかったのか私には分かりません。ここにある書物の半分も理解できなかったんですから当然と言えば当然です」

「…………」

「あなたが継いでください。お師匠さまの想いを」


 頼まれなくたって……、いや。


「改めて了解した。残されたお前の願いとして、シオンを知っている者の頼みとして引き受けた」

「あとあんまり小さい女の子といちゃいちゃしてるとお師匠さまが泣きますからね!」

「べ、別にいちゃいちゃしてねえし胸が大きい女は嫌いとかそんなこと一言もいってねえし!」

「えっ…………ご主人、エルのこと嫌い?」

「だあもうどいつもこいつもめんどくせえな!」


 嫌いじゃない=好き、と捉えるな。

 そんな自分の乏しい胸を押して落ち込まなくたってエルもちゃんと成長してるんだし嫌いになんかならないのに、な。


「それに、シオンからお前を一人にするなって頼まれてるしな」

「そうなの?」

「疑うのか? お前の飼い主を」


 エルは首をふるふると横に振りながら俺に抱きついてくる。

 さて、と。

 ネスのお陰でシオンから託された想いを改めて受け止めることができたわけだし、そろそろ始めないとな。


 反撃の一手を。

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