8.5章 願う未来、叶わぬ夢
きっと私は幸せだったのだろう。
短い時間であろうと家族がいて、欲しいものも特になくて窮屈でも退屈でもない生活を送っていた。
それが崩れるのは一瞬かもしれない。
でも、一秒でも幸せを感じたことのない人間がいるのに贅沢なことを言っているとバチがあたる。
私の最初は幸せから始まっていた。
「ママ!」
「もう、シオンは甘えん坊さんね~」
私が駆け寄っていって椅子に座っていた母親に抱きつくと大きくはないけど安心できる手で頭を撫でてくれる。
偉大な魔女で、私の自慢の母親だ。
「私ね! 小鳥さんと仲良くなったんだよ!」
「さすが私の娘ね。もうテレパシーが使えるの?」
私の肩に留まっていた鳥は母の言葉に反応するように空をくるくると回り、それを見た母親は肯定だと捉えて心の底から嬉しそうに微笑んだ。
テレパシーは動物などと言葉を交わす手段である。
しかし、私はあまり魔法が得意ではないのでテレパシーなんて低級の魔法でも使えなかった。
それこそ幼い私には才能なんてあると思ってなかったのだから仕方のないこと。
だから使い魔に頼んだのだ。
心配させたくないから鳥を演じてほしい、と。
「アーシャは身体があまり強くないんだから飛び込んだりしたらダメだぞ?」
「パパ!」
「あら、お帰りなさい。シオンは軽いから平気よ?」
今度は仕事が終わって戻ってきた大きくて私の身長では腰の高さにも届かない父親の足に抱きついた。
母親は魔女だけど父親は普通の人間。
寿命も違うし魔女は衰えを姿に見せないけれど人間は老いていく。それを理解した上で二人は結婚することを決意し、街の外れに小さな家を立てて私を産んだのだ。
私は母親も父親も大好きで、この家も好きだ。
だから毎日が楽しかった。
「おっ、今日も元気が有り余ってるんだな? でも日が暮れるから家にお入り? 湯を沸かしてやるから身体を洗ってきなさい」
「パパも入る?」
「あはは! 遠慮しとくよ。アーシャが怒るからね」
父親はそう言って私のためだけに湯を沸かしてくれた。
私と父親が一緒に入浴すると母親が怒る理由は魔女が長生きするということにあるらしい。
昔は魔女の寿命が長いからと結婚した人間が娘に欲情して魔女とは別れ、娘と再婚するという事件があったのだ。
私の世界にはそれを裁く法なんてない。
そもそも魔女が人間に手を出したから悪いと言われれば魔女は反論ができず、そうなることを抑制するために魔女の中でも取り決めが行われた結果がこれだ。
幼くとも娘は女。
たとえ信頼に足る人間だとしても自分に娘が産まれた場合は二人きりでの接触を禁ずる、と。
「別にママとパパが仲良ければいいのにね~」
「お前はそうかもしれないけど人間の心なんて簡単に変わるものなんだぞ?」
「もう、うるさいよペロ」
「……なんかその名前で呼ばれると恥ずかしいんだけど」
使い魔のくせに賢いから口出ししてくることが多い。
入浴は私一人で、ということだから使い魔のペロは元の姿に戻ったとしても見られるわけではない。
彼は小さな犬のように見えるが狼だ。
森で弱っていた狼を見つけて可哀想だと思い治そうとしていたら魔力を注いでしまったがために使い魔になってしまい、仕方なく私に付いてきている。
つまり、主従関係はないからタメ口なのだ。
「お前のパパさんなんてお前が魅了したら簡単に堕ちるぞ?」
「そんなことしないもん! それにパパはママみたいにおっぱいの大きい女性が好きなんだよ」
「バカだな」
「え?」
「そんなもん無くてもお前のパパさんはママさんと結婚してたんだよ」
まったく使い魔なのに私に意地悪しすぎだ。
母親は私でも恥ずかしいと思ってしまうほど綺麗な女性で胸がとても大きいから父親はそれに惹かれたのだろうと人間は皆そう言っていた。
でも、それが無くてもよかったの?
私は服を脱ぎ終えてペロを抱えて浴場に向かう。
魔女だから希に国からも助けを乞われて手伝いにいくことがあり、その時に見た人間の居住空間を真似ているから綺麗で色々と揃っている。
このお湯が出てくるパイプも人間の技術らしい。
「てか、相変わらず俺のご主人様はおっぱいのおの字もないな~」
「あるもん! あんまり失礼なこと言ってると去勢するよ!」
「やってみろよ。俺より身体が大きいからってバカにしてると腰抜けるまで虐めてやるんだからな!」
ペロは私に抱えて運ばれている分際で偉そうに宣う。
その前に私がペロに分けてあげた魔力を全部奪えば簡単に無力化できるのにね。
私はペロを床に下ろすと自分の胸を押してみる。
たしかに小さいけど、だからって無いとは失礼すぎる。
それにペロだって雄のくせに去勢する前から無いんだから私のことを言えた義理ではない。
「下は隠さなくていいのか?」
「使い間のくせに変なこと言わないで!」
「使い魔冥利に尽きるってもんだな。ま、幼女のおっぱいとか見ても全然興奮しねえけど…………って耳はやめろ耳は!」
この使い魔はどこまで主に逆らうのやら。
こうして耳を引っ張ればしばらく大人しくなるので私はキャンキャン鳴いていたペロを放置して身体を洗い始める。
「ったく、何でご主人様は凶暴なんすかね~。せっかく顔は可愛いのにおっぱいは小さいし無駄に凶暴だし、上物の女に使い魔にされたと思ってたのに残念だぜ」
「さっきからペロはおっぱいの話しかしないね」
「当たり前だ! 本当なら美少女の使い魔になって押し倒しておっぱい舐め回してやるつもりだったのに」
「やっぱり去勢しようよ。そうすれば大きくもならないから押し倒せなくなるよ?」
それはやめろバカ、とペロは必死に訴える。
「ペロが魔法でも使えるなら私を成長させてくれればいいのに」
私は冗談のつもりだった。
けど、ペロは信じてしまった。
私の言葉を信じてしまい、それを実現しようと行動に移してしまったのだ。
「え、なにこれ……」
私の身体が大きくなっている。胸は小さいままだけど手とか、足とかも大きくなっているのだ。
「成長したいって言ったのはご主人様だぞ」
「ほんとに、魔法が使えるの?」
「なに言ってんだ。俺に魔力をくれたのはご主人様だろ。ご主人様を大きくするくらい簡単だっての」
そんな、私があげられる魔力なんてごく微量のはずじゃ……。
「大きくなっても小さいんだな~。まあいいや、それはそれで美味しいし」
「ペロ!」
「な、なんだよ。願い叶えたんだから少しくらい舐めさせろよ」
「すごい! ペロってすごいんだね!」
私が使えなかった魔法を簡単に使ってしまった。
こんな、こんなことがあってもいいのだろうか。
ペロが本当に魔法を使えるなら、私の魔力を分けてあげれば使ってくれるのではないだろうか。
「ふ、ふふん! もっと誉めろ」
「ペロ、あなたは私の使い魔だけど最高のパートナーね!」
「いい顔になったじゃねえか。その顔を屈辱に歪めさせるのは最高だな」
ペロが私の顔を舐めてきたけどそれは信頼の証だろう。
私のために魔法を使ってくれる使い魔が下心を持っているなんてそんなわけない。
信じてみよう。
私は、その使い魔にすべてを懸けて特訓することにした。
──十年後。
「ペロ……今日という今日は洗わせてもらうからね!」
私の考えは間違っていなかった。
小さな身体だったけど母親よりも魔力を貯蓄していたらしく、ペロに分け与えていても問題はなかった。
少しずつペロに魔法を使わせ、その時に放出された魔力のイメージを体感して実践。それを繰り返していたらペロに使わせた魔法を自分が使えるようになったのだ。
だから今でも一緒にいる。
だってペロとは一心同体だから。
「ご主人様は俺が水苦手なの知ってるだろ! 何がなんでも入らねえよ」
「わがまま言わないの!」
「いーやーだー!」
「はい、転送しまーす!」
嫌がるペロを引きずるのは不可能だ。
私が成長したようにペロも成長してる。私の魔力を何度も受け取っているのだから普通の生物と同じ成長の仕方をするわけもなく、馬よりも大きな狼になった。
故に隙を見て魔方陣を設置し浴場に転送する。
「卑怯だぞご主じんさ……ま?」
「どうしたの?」
「あんなペタンコがな~」
「なんの話をしてるのか分からないけど大人しくしてたらすぐ終わるからね」
ペロは舌舐めずりをしていたけど、理由は分からなかった。
私はすぐに泡立ててペロを洗い始める。
今思えば洗うのに濡れてしまうからと服を脱いだがペロも雄なのに裸で側にいたら嫌だったりしないだろうか。
「遊ぼうぜご主人様!」
「ちょっ、ペロ!?」
「まったく食い応えのある身体になっちゃって……そんなに俺に食われたかったのか?」
「待って、そんな慌てなくても──」
「慌てなくても、なんだ?」
ペロが途中で止まったので私は彼の下敷きになる前に外へ出て息を整える。
そうだ、襲わなくても私にも考えがあった。
彼と二人三脚で生きてきたのだからただの使い魔のままで終わらせるつもりもなかった私はペロの頭に魔方陣を描く。
「素人だけど、我慢してね」
「何するつもりだ?」
「継承の儀式、初めてなんだ……」
ペロは察したのか大人しくなる。
継承の儀式は最初の一回きりで、それ以降はない。二度と結ぶことのできない大切な契約だ。
意味としては使い魔と自分の魔力が流れている通路のようなものを繋げて互いに自由に出し入れができる状態にすることにあり、そうすると命すら共有されることになる。
でも、そうした方が力は強くなるし互いに大切な存在になる。
ちなみに普通は使い魔と継承の儀式はしない。
継承の儀式は処女を捧げて本当の意味で繋がることで結ばれるものだから大抵は恋人にすることが多い。
でも、私は……。
「待てご主人様……!」
「どうして? 嫌だったの?」
「そうじゃなくて家の外から知らない臭いが近づいてる。二人とも外出してるんだろ?」
「……私が、戦わなきゃいけない?」
誰かを相手に魔法を使ったことなんてない。
もしも家に害を与える人間だったら守らなければいけないけど戦える自信がない。
と、不安がペロに伝わったのか顔を舐められた。
「ご主人様がやるんだよ。俺もいるだろ?」
「そうだね。ペロ、一緒に頑張ろう」
私はすぐさま服を身に付けて窓から外の様子を伺う。
臭いで判断はできたが姿が見える距離までは近づいていないということだろうか。
「今のうちに結界を貼っておく?」
返事がなかった。
「ペロ?」
「ご主人様……逃げろ!」
「黙れくそ犬!」
気がつくのが遅かった。
私が違和感を覚えてペロの方を確認すると既にペロは攻撃されてぐったりとしていた。
なのに、音も何もなかった。
二人も侵入していたのに気づけなかったんだ。
「随分と手間かけさせてくれたな」
「何でひどいことするの!?」
「この森に住んでる魔女を殺せって指示だからな。少し離れたところでもう一人魔女と男がいたから仲間が捕まえてる」
そんな、この森にいるのは母親と父親だけなのに……!
もう何も手立てはないのだろうか。
私が魔法を使うまでにはかなり時間がかかってしまうし二人が相手でペロも押さえ付けられている状態で有効な魔法が思い浮かばない。
早く二人を探しにいきたいのに、なんで……こうなるの?
「ご主人様、なに、ためらって……」
「黙れって言ったよなくそ犬」
「ぐっ!?」
「やめて! ペロを、私の使い魔を虐めないで!」
「まだ状況が分からねえのか?」
分かるはずない。
だって幸せはいつまでも続くものだって、自分達が不安を感じさせなければ終わらないものだって聞いたのに。
こんな終わり方、信じられるわけがない。
「お前の行動次第でみんな助かるんだぞ? なあ、まだわからないのか?」
「私が……従えばペロは助けてもらえるの?」
「だからそう言ってんだろ?」
「ご主人様……?」
ペロが無事ならどうとでもなる。
私一人じゃ何もできないかもしれないけど、ペロさえ無事なら母親も父親も助けに行ける。
だから、私が犠牲になれば済むなら差し出せる。
「どうだくそ犬。お前のご主人様が自分から服を脱いだぞ? このあとはどうしてくれるんだろうな」
「ダメだ……ご主人様……それだけは……絶対に」
「私は何されてもいいから、ペロを……虐めないでください」
「くくくっ、じゃあ遊んでもらおうかな。おい、そこのくそ犬を殺せ」
「っ!」
どうして?
私は従ったのにペロが傷つけられなければいけないの?
信じたのに、騙したの?
「あのな~、魔女は使い魔がいると強くなるって知らないとでも思ったのか? こいつが生きてたらあんたで遊べないだろ。それにご主人様の濡れ場を見たくないだろうしな」
「ペロ! お願い返事をしてよ!」
「おい、あんたが鳴くのはこっちにだろ?」
私がバカだったのか?
ペロ、教えてよ。
私は何を信じればよかったの?
質問に答えるように首を切られて瀕死のペロが口をぱくぱく開いて何かを伝えようとしている。
分かる。今の私なら何を言われているか感じられる。
──自分で考えろバカ。
そう、だよね。
今までもペロを頼ってばかりで、あなたに全てを任せていたから呆れられていても、おかしくないよね。
私はひどい主だ。
彼に分からないことは押し付けて不安が無くなったら自分のものにして、そうして彼から自由を奪っていたのに好意を向けて操ろうとしていたんだ。
最低だ、私は。
ペロは初めから私になんて興味ない。
魅了されて言いなりにされるのが怖くて、ただの使い魔でいたくて距離を保っていたんだ。
「気がつくのが遅くてごめんね、ペロ」
「あん?」
「私の願い、聞き届けて!」
ペロの頭に描いたままだった魔方陣が光を放ち始める。
それは絶対に使いたくなかった服従の魔法……。
「ぐぎゃっ! や、やめ……っ!」
ごめん、私には皆の断末魔を聞いていられる余裕なんてないんだ。
大好きな使い魔が……死ぬのを覚悟で戦っているのに泣いているしかできない臆病な私には、他の誰かまで救ってあげられる余裕がないんだ。
だから、お願い。
今は安らかに眠って。
「ペロっ! しっかりして!」
「なに泣いてんだよ……死ねって、命令しといて」
あの魔法は何があっても使用者を守らせるための絶対服従の魔法だから怪我をしていようと関係ない。
ペロは傷が治ったんじゃなくて、深傷のまま戦っていたのだ。
「ごめんなさい! 私が、私が自分で戦えるように訓練してたらペロがこんな目に遭う必要はなかったのに!」
「俺が舐めたかったのは、こんな涙じゃねえのに……」
「ペロ……?」
最期のお別れを、とでも言いたいのだろうか。
もはや話していることすら奇跡といえる状態でペロは身体を起こすと私に頭を擦り寄せた。
まだ熱い血が私にべっとりと付いている。
「最期くらい、普通の狼で死なせてくれや……。お前には、やることがあるだろ?」
「待って! まだ治せるんだよ!?」
ペロには私の魔力が流れている。
少なくともこの十年間で与えた魔力は新人魔女の保有量なんて比じゃない量だ。
私が魔法を使えばペロの体内の魔力も反応するはずなんだ。
「あのな、俺はお前のお守りじゃないんだよ。どこに、四足歩行の獣と交わる人間がいる?」
「っ!」
「別にお前がそうしたいならいい。相手が人間じゃなくても、お付き合いなんて長ったらしい経過を無視して子供を孕みたいなら勝手にしろ。でもな、俺はごめんだ。こんな泣き虫じゃ俺とやったら泣き止まないだろ?」
ペロ……。
「お前からもらった魔力は、返す……。それなりに、楽しか……た………」
私を一人にしないで。
言いかけた私は口を閉じると完全に息を絶やした狼の額にキスをして家を飛び出した。
ずっと側になんて願ったら駄目だ。
未来を願うのは自由でも、彼の夢を閉ざしたのは私自身。
「せめて二人だけでも助けないと……!」
彼の死に報いるために私は母親と父親を探す。
森の中を何時間も、何時間も。見つかるまでいくらでも走り続けた。
私の中で既に嫌な予感が募り始めていたけどそれを真実にしないためにひたすらに走っていた。
でも、やっぱり神様は残酷だ。
私は走り続けた意味を失ってしまった。
「お母さん!」
「ちっ、連中しくじりやがったな!」
私の母親ほどの魔力の持ち主であればその場にいるだけでも魔力が感じられたというのに探してる間、ちっとも感じることができずにいた理由がはっきりした。
もう、魔力が根こそぎ奪われた後なのだ。
「邪魔だ、さっさと帰れクソガキ」
「帰れるわけないでしょ!」
「黙って帰ってくれるならあんたにゃ手を出さねえよ。でも残るなら相応のことは覚悟してもらわねえと」
人間は私たちと違って魔法が使えない代わりにギフトという特別な力を与えられている人もいる。
そして、その中には魔力を盗んで魔法を擬似的に使う人もいるらしい。
私は男が武器も持たずに突っ込んできたことからそれを考えた。
ギフトは万能じゃない。
長距離から魔力を奪えるんだったら魔法を使う魔女よりも優れているし、そんな差を作るほど神様は退屈が好きじゃない。
だってそうでしょ?
拮抗してる存在同士で争わせた方が結果が分からないから楽しいんでしょ?
「ブラスト!」
「ぐっ!」
相変わらず私は甘い。
こんな人間ですら殺すことができず吹き飛ばして気絶させるに留めてしまう。
「お母さん、今ほどくからね!」
「ううん、シオンは逃げなさい」
「どうして!? 一緒に逃げよう! お父さんも探さないといけないし──ッ!」
叩かれた?
今まで怒られたこともなかったのに、どうして?
「お願いだから聞き分けてね。私の魔力は全部あの男が持っているから回収して今すぐ森の奥に逃げて。私とお父さんのことは気にしちゃダメよ? 私からの最期のお願いよ」
私は頷くしかなかった。
母親が私にお願いをすることなんてほとんどなかったし、あるとすればとても重要なことだった。
それに何を言おうとしてるのか分かってたから私は強がるしかなかったんだ。
ペロから自分の魔力を返してもらったら鮮明に分かるようになった知らない人間の気配。間違いなくこちらへ向かってくる足並みの揃った行進の音。
魔女狩りだ。
私は気絶していた男から母親の魔力と思われる分を全て回収して側に落ちていた布を回収した。
「お母さん、これ」
「ありがとね。シオンは私の自慢の娘よ」
「うん……」
「あなたは死者から魔力を預かることができるの。本当なら私の死を看取って欲しかったけどあの男のお陰で手間が省けた。だから逃げて、死んでしまった同胞を、市民をあなたが救済してあげて」
急に言われてもそんなこと分からない。
でも、母親の遺言はしっかり聞いておかなければ後悔する。
諦めの悪いことで有名だった魔女が諦めているのだから何か理由があるのは知っている。
私が悲しむといけないから父親のことを黙っていることも。
だから私は涙を見せないように顔を隠しながら離れて、足音から遠ざかるように森を走り抜ける。
大切な家族も、パートナーも失った。
私は誰を、何を希望に仲間を助けていけばいいのか分からなくなりそうで、不安で、寂しさでいっぱいだった。
その時、声が聞こえたのだ。
──あなたを愛してくれて救いを求める者がいる。
俄には信じられなかった。
でも、この声に従ったからファングに出会えて、エルちゃんとも話せたんだ。
誰かを救えたのか分からない。
これで、よかったんだよね……みんな?
8.5章「願う未来、叶わぬ夢」fin




