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お前らだけ超能力者なんてズルい  作者: 圧倒的暇人
第5章 旅は道連れ
168/169

第168話 後始末

 麦島と別れた神原は祥菜を家まで送り届けていた。

 最初は麦島も一緒に送り届ける予定だったが、神原の一言で麦島が身を引いて2人で帰ることになった。



「……似合わないこと言ったね」

「……かもな。でも祥菜も同意見だろ?」

「そうだね。デートも途中で邪魔が入ったし、入院中も奈津緒君はお見舞いに来れなかった。でも"デートの続きがしたい"なんて、奈津緒君らしくないよ」

 2人きりになりたい理由があったから敢えてそう言ったのだろう。

 麦島もその言葉に面食らっていたが、すぐににこやかな表情になって何も追求することなく帰って行った。


「もう俺達は普通じゃない。これからドクターと協力して敵超能力者(ホルダー)殺害に向けて行動しなきゃならん。ならせめて、中断されたデートを……ただの帰り道だけどやっておいた方がいいだろ」

 今までは片方は普通だったから出来たことも、両方普通でなくなったことで出来なくなる。

「そっか…もう普通には戻れないね。府中動乱からみんな動き出してる。『認識誘導(ミスリード)』の人がドクターを動かして私達や雪華ちゃん達と協力関係になったように。もうデートしてる暇はないのかも」

「学校にも行けないかもな…。祥菜……悪いがもう部活動は続けられない。駄愚螺棄(ダグラス)に名前が割れた以上は下手に露出することは出来ない」

「…………」

 祥菜がどれだけ部活動に打ち込んでいたかは理解している。

 彼氏と一緒に帰ることよりも部活動を選んでいた。

 休日もテニスに明け暮れて、付き合って最初のデートに1ヶ月かかったくらいだ。

(即死の首輪を掛けられ、部活動は出来なくなる……)


 祥菜は後悔しているのかもしれない。

 秘密を知らないまま手を引っ込めていればこんなことにはならなかった。

 市丸に襲われて入院したあの日、祥菜が自分の元を離れていればこんなことにはならなかった。

 麦島は事前に知らされた上で自ら乗り込んだ。だが祥菜は『超能力(アビル)』について前もって知らされることなく駄愚螺棄(ダグラス)に襲われてドクターに誘拐された。



「……いいよ」

「…………はっ?いいのか?」

「うん。凛ちゃんには申し訳ないけど、続ける理由がなくなったからな」

「続ける理由?」

 テニスが好きだからやっていると思っていたが……



「……私は、伊武三成の娘として役割を与えられてる。……政治取引の材料として…」

「……政略結婚」

 伊武議員のあの発言から想像はついていた。祥菜自身も自覚があるとは思わなかったが…


「うん、そういうのに少しでも抵抗するために中学からテニス部に入ったの。奈津緒君帰宅部だから分からないと思うけど、部活って簡単に休めないんだよ。実際そのおかげで政治パーティに呼ばれなくなって……テニスに打ち込んだせいで県大会まで進んで引退も後ろになって……色々あったけど何とか躱して来たんだ」

「………」

「部活が終わったら次は受験を理由に拒否できた。でも高校に入る直前、受験が終わった僅かな時間に捩じ込まれてパーティーに参加させられたの」

「……そこで結婚の話が出たのか?」

「ううん、相手の人が不参加だったからそこまでの話にはなってない。そこから高校に進学してテニス部に入って父や政略結婚から逃げ続けて現在に至る……って感じ」


「……初めて聞いた話だ。……それで、続ける理由がなくなったってのは?」


「……………はぁ」

 何故かため息をつかれてしまった。


「何故溜め息…」

「いや……これで気付かないんだなぁ…って。馬鹿だなーって」

「恋人に馬鹿とか言うな」

「なら変人」

「それ、馬鹿より酷い言葉のはずだぞ」

 言われ慣れてるせいで断定が出来ない。


「奈津緒君がいるからパーティー参加を断る理由にテニスを使わなくて良くなったって話!」

「あぁ…………そういうことね。確かにな、俺がいるんだから政略結婚できないな」

「ッ……!?」

(さらっとそういうことを言う……!)

 デート発言に恥ずかしがっていながら結婚発言を恥じらいなく言えるのは控えめに言っておかしい。

 やっぱり奈津緒は変人だ。

 だが、恥ずかしがっていないからこそ無意識の………本心による発言であると伝わってくる。


(責任を取るって……本気なんだ奈津緒君…)

「そ、そうだよ。責任取るんだもんね」

「当然だ」

「ケジメ、付けてくれる?」

「ケジメ?……責任と何が違う」

「4日前の映画館デート。見れなかったのは奈津緒君が『超能力者(ホルダー)』だったからでしょ?だから……奈津緒君にはケジメを付けないと…ここでスッキリした方が、これから打ち込めるんじゃない?」

(さっきドクターにやったみたいなことを、俺が受ければいいのか…?でもよぉ…)


「…確かにな。俺は何をすればいい? 『箱入り娘(チョコレートボックス)』じゃあないんだろ?」

「私の『超能力(アビル)』じゃ奈津緒君には勝てないよ…。私の家の近くに公園があるから、そこでケジメを付けさせてもらうね。だからそれまでは…はいっ!」

 祥菜から腕を差し出される。


「手を繋ご?私達、全然恋人らしいことしてないから!」

「……この前のデートで抱き合ったしさっきも腕にくっ付いてただろ」

「なら止める?」



「…………それだと握手になるから腕の向きを変えろ」

「えへへ…….、うんっ!」

(……ようやくデートらしいことが出来るな。行き先は地獄かもしれないがな…)



 ♢♢♢



 腕にくっつくことはせず、手を繋いで帰る2人。

 公園に着くまでの僅かな距離を、2人はゆっくりとした歩幅で帰った。

 手が繋がっているから足早に進むことが出来ない。だからスローペースになるが、2人ともこの時間を少しでも長く過ごしていたいからか、より足取りは重く心は軽やかになっていた。



 さっき館舟緑地に行くまでに話した内容は神原視点の物語だったが、今度は伊武視点の物語だ。

 誘拐されてから館舟に戻ってくるまでの2日間。時雨の昔話や祥菜以外の被害者2人の話を聞くことが出来た。

 やはりというか1番衝撃的な内容は彼女の存在だろう。



「……声優の滝波夏帆が"幌谷の白ウサギ"の姉ちゃんだったとはな」

「私も驚いた。目の前に滝波夏帆がいるんだもん」

「白ウサギが『超能力者(ホルダー)』なのは時雨から聞いてたが…そうか。凄い姉弟(きょうだい)だなこれは」

「うん。それでね。奈津緒君を雪華ちゃんに紹介するって話になったんだけど、大丈夫だよね?」

「滝波夏帆を俺にぃ?……止めとけよ。人気声優に変人を当たらせたら碌なことにならんぞ」

「大丈夫!雪華ちゃんのマネージャーさんしっかりしてるみたいだからそんなこと起こらないよ。弟の白ウサギ君にも会っておきたいでしょ?」

「...まぁな。…にしても有名人(ビッグネーム)2人に会えるなんて……『超能力者(ホルダー)』になって初めて得をしたって思えるよ」




 ———そして伊武の自宅の近くにある公園まで辿り着いた。

 遊具などはなくベンチが3つ並んでいるだけの殺風景な場所だ。

 だが逆に子供達が自由に走り回れるだけのスペースになっているということ。

 2人が到着した時には誰もいなかったが…、ベンチの足にスナック菓子のゴミが落ちていることからも、誰も寄り付かない場所ではないらしい。



「ここでケジメを付けるのか。兎跳びで公園を一周すればいいか?」

「私そんな熱血漢じゃないよ。やらされたことあるけど、膝が痛くてしばらく動けなかったからやらない方がいいよ」

「テニス部結構厳しいんだな」

「……ベンチに座って」

「……おぅ」

 言われた通りに座る神原。伊武は立ったままであり、彼女を見上げるような形となっている。


(ビンタされるのか?でも『自己暗示(マイナスコントロール)』で痛覚切ってるからダメージないんだよなぁ。……一旦切るか?それだけで俺にとっては罰になるが…)



「…せめてどういうケジメにするか言ってくれ。殴られるにしても歯を食いしばる準備がしたい」

「だから私は熱血漢じゃないよ…。あのね、奈津緒君…………」




 そう言って祥菜はゆっくりと奈津緒に顔を寄せていき———










 ———唇が触れ合った








 敵意や悪意への反応に敏感な奈津緒であるが、好意への反応はあまり…というかかなり鈍い。

 恋人と2人きりでいるのに兎跳びやビンタを連想してイチャイチャした内容が出てこないのがその証拠だ。


 ドクターと同じでケジメを受けるために何をされても動じないという心持ちでいたため、()()()()()()()()()を食らってしまった。






 ———5秒は経っただろうか


 一瞬の触れ合いではなく長く接していた。恋人の吐息が口の中に入ってくるくらいには接していた。


「…………ぱっ」

 祥菜の口から出た潤いのあるもの同士が離れた時の水っ気のある微細な音。

 互いの唇の潤いと唾液によって奏でられた甘い音。




「…………これがケジメ」

 恥ずかしい気持ちがどんどん込み上げてきて顔が火照っている。でもこれは絶対にやっておきたかった。

 4日前の映画デートが決まった時、良い雰囲気になったらやろうと前々から考えていた。

 恋人(なつお)は変人で鈍感だ。向こう(なつお)からアクションを待っていたら大人の階段を登る前に大人になってしまう。


 そしてこれからは戦いでデートが出来なくなる。ならばタイミングはこの瞬間しかなかった。

 向こうもデートしたいと言っていたのだから4日前のやり直しとして当初の目的を果たせたことになる。



「……熱血漢ではないが、情熱的な女だな」

 相変わらず表情に出ず絶妙に外したことを言う奈津緒。

「奈津緒君が冷め冷めだからね」

「せめてクールと言ってくれ」

「激冷め男。私や麦島君じゃなかったら愛想尽かされてるよ」

「……かもな。……でもこれはケジメになってるのか?」

「映画の分としては十分じゃない?」

「…そうなのか」

 疎いというか考えついたこともないようで、素直に受け入れる。背後からの不意打ちに気付いた男と同一人物に思えなくて、少し可笑しさを感じる。


「キスの感想はないの?」

「……祥菜は、随分とのぼせ上がってるな。やっぱり恥ずかしいもんなのか」

「は、恥ずかしいよぉ!ファ、ファーストキスだし!」

「そうか、初めてか。初めてだと恥ずかしいんだな」

「それで感想は?美味しかったとかないの?」

「不意を突かれて味わう余裕はなかったよ。レモンの味がしたかも分からん。……レモンってあんまり口にしないから本当にレモンなのかも分かんねーな。感じたか?」

「れ、レモン?…………どうなんだろう」

 お互いレモンの味が分からないので評価が出来なかった。同じ味の好みをしている弊害である。


「まぁキスなんていつでも出来るから検証は難しくないだろう」

「っ!?またキスしてもいいの?」

「初回だけ無料みたいなことはしねーよ。恋人ならキスだったりその先だって普通にするだろ」

「そ、そうだね………」

 その先、の意味を分かっていないはずがない。責任を取って今後も一緒にいるのならどこかで辿り着く通過点だ。

(そ、そうだよね。責任取るんだからそうなるよね……言っちゃえば責任の重ね掛けだよね…)

 恋人(なつお)みたいなアホ発言をしているが、当の初代アホはというと………




 またキスしてもいいの?



(…………俺からはしないと思われてんだな)

 実際キスが選択肢に上がってこなかった以上は奈津緒自身はしないし、それを祥菜は分かった上で自分からすると言っている。

 自分が化け物だと何年も思い続けていたせいで普通の人生を歩んでいれば思い付くことをスルーしてしまった。そのせいでどこか足りない人間になってしまった。

 余りある力を持ったが故に欠落した人間になるとは、見えない力でバランス調整されているようだ。


自己暗示(マイナスコントロール)』を深く知ることよりも先に人を深く知らないといけないのかもしれない。

 人を知れば、自ずと『自己暗示(マイナスコントロール)』で出来る幅を広げることになる。やるべきことだが常識を知るためという理由がどうも情けなく見える。



「じゃ、じゃあケジメも終わったし。帰ろうかー」

 これ以上一緒にいると恥ずかし過ぎて死んでしまうため、奈津緒を促す。

「…あぁ」

 キスしたいという目的を果たすことだけ考えたせいで事後を予想できていなかった。

 …ギクシャクしてしまう。お互い初めてだとこうなってしまうのかと祥菜は恋愛の難しさを痛感していた。


 ガタッ

「? どうしたの?」

「…いや、足が重くて立ち上がらん」

 どうにか踏ん張っているが、奈津緒の腰が浮くことはなかった。


「…疲れてるんだね。ごめんね寄り道させちゃって。はい、私の手に捕まって」

 奈津緒は駄愚螺棄(ダグラス)と戦ったと言っていた。相当疲れているはずだ。ドクターとも口撃しあって絶えず動きっぱなしのはずだ。


 ゆっくりと奈津緒が手を伸ばす。


(急にお爺ちゃんになったみたい。試験終了のチャイムが鳴った途端ドンと疲れが押し寄せてくる感じかな)

 集中状態から解放されれば集中によって無視してきたものを嫌でも受け入れなければならない。

 テニスでもそれはある。ラリーが終わった途端にドンと汗が吹き出すあの感覚。

 永遠に続いていれば良かったのにと思ってしまう感覚を…。


(永遠にラリーしてたらそれはそれで限界なんだけどね。でも奈津緒君が疲れてるところを見るのなんてあんまりない…………………)


 〜〜〜


「……なっちゃんって疲れを感じるんだね〜」

「肉体的には全然だよ。痛覚無効のおかげだな」


 〜〜〜


(奈津緒君は能力で疲れないはずなのに…なんで)


 グイッ

 差し出した手が思い切り引っ張られた。


「キャッ———」








 ………らしくないと思う。

 …らしさって何だろう。

 俺は普通ではない化け物だから。

 普通のことが出来ない。そう思っていた。


 全ては『超能力(アビル)』なんてモノに関わってしまったからだ。

 (かす)かな記憶しか残っていない10年前のあの日。

 あの日、ドクターと出逢っちまったばっかりに、俺の人生は普通ではなくなった。


 それがどうだ?

 親友とも言える友人が出来た。大切な恋人が出来た。

 有名人とも知り合う機会に恵まれた。



 じゃあ結果的に良かったのか?









(そんなわけねぇだろ!)

 あってはならない異物。”超能力”、絶対に排除する。

 敵を全員倒して、超常の扉(アビリティーパス)も破壊して、超能力(アビル)を根絶させる。


(世界の平和のため……なんて大層な志はない。全ては……俺の日常(へいわ)のために———)





(ひぇぇぇぇ……奈津緒君から、キスされてる………)

 心境の変化でもあったのだろうか?どういう事情であれ、奈津緒から仕掛けてくれたのは嬉しい。

 らしくない気がするが、デートで少しだけ踏み込んでくれているのかもしれない。


(明日からは…気軽にこういうこと出来なくなるのかな…)

 明日になればドクターは目を覚ますだろう。

 取引や今後の動き方について話し合いが行われる。

 ただの一般学生 伊武祥菜は今日目を覚ました瞬間から卒業、異常側としての生活を余儀なくされた。


 日常が非日常に変わる。

 1人なら怖いが、大切な人がそばにいる。

 誰も近付けない『超能力(アビル)』に抗い隣にいてくれる大切な人がいる。

 …怖くない。

 大切な人と一緒なら、どんな非日常でもやっていける———







 少しだけ奈津緒の唇が離れた。

 少しと言っても首の動き次第でまた重ねられる距離だ。


「……祥菜。———」

「!?!? …………はい」



 ———


 ———


 ———



 甘い空間とはよく言ったもので、外野からそう比喩されるが当事者側も身も心も蕩け切ってしまっている。


 お互いが体験したことのない甘さと一種の快楽。

 レモンなんてのは嘘っぱちだ。酸味なんて一ミリもありはしない。

 この快楽がビジネスになっているのも頷ける。

 ビジネスではない純粋なモノであればより強烈な甘さを発する。

 無限に続いてほしいとすら思える至福の時間であるが、今はデートの帰り道だ。

 やっていることは変ではないが、目的地はここではない。


 どれくらいしていたのだろうか。このままお互いの肉を貪り出しそうな勢いだが、時間はない。

 甘い余韻を楽しみつつも2人は公園を後にした。



 2人の手は先程よりも力強く絡み合っていた———



 ♢♢♢



 ———伊武宅


 2人が祥菜の家に辿り着くと、家の前にいかにも高そうな黒い車が一台停まっていた。

 運転手の男が降りて後方左座席のドアまで周り、ドアを開けた。


 バッ

 ドアを開けて腰を下げる運転手。

 そして1人の男が車を降りた。


 県議会議員 伊武三成

 祥菜の父親だ。車を降りたところで2人の存在に気付いた。



「っ…!? 祥菜、祥菜か?」

「……うん、心配かけてごめんね」

 どこかぎこちなく答える祥菜。

「そうか、無事だったか。………神原君、まさか本当に娘を探し出すとはな」

「どっかの誰かと違って俺は有言実行するんでな」

「お前!伊武先生になんて口を…」

「待て佐渡」

 声を荒げる運転手だが、それを諌めたのは三成であった。


「今回ばかりは彼が正しい。下手に言い訳すると恥の上塗りになる」

「今回?俺はいつでも正しいことをしていると思いますよ?それで伊武議員、やるべきことをやらなかった言い訳を当事者(さちな)の前でしてもらいましょうか?」

「………」

「大島総合病院の件、耳に入ってるよな?祥菜のお母さんに、あんたに伝えるように頼んでるからな。記憶にないってんならそれでもいいけど、だとしたら頭がボケ始めた証拠だから国会議員なんて目指さない方が日本のためだぞ。………あぁ、そうじゃないと国会議員にはなれないのか?若い人全然いないもんな?いてもサラブレッドだけなのは、カエルの子だからって話か?」

「………」


 ズバズバと抉り込んでくる。言い訳を引き出そうとしながらも言い訳したら徹底的に糾弾するつもりのようだ。


「…娘を守ってくれたことに感謝する。そして、君が言っていた私にしか出来ないことが何を指しているか分からないが、君を満足させる結果にならなかったことは申し訳ないと思っている」

「あたかも俺が結果に不満でゴネてるって言いたいわけか?次はこんなことにならないように善処するんだろ?やるとは言わないクソのような詭弁だな」

「…………」

「お父さん…」

「祥菜…」

 祥菜の呼び掛けは、心配よりも失望や呆れを孕んでいた。

 祥菜は詳しいことを聞かされていないが、奈津緒の発言から父親の行動次第で大島総合病院の惨劇は回避できたかもしれないということは理解していた。

 父親が自分を助けてくれなかった。それだけで父親への信用は失墜した。


「……」

 佐渡も下手に口を挟んだりしない。彼も病院の話を聞いているからこそ、恥の上塗りにならないように口を噤んでいる。


「病院に祥菜がいないのは不幸中の幸いだった。俺含めて祥菜のために尽力した人達がいたからこそ祥菜は無事に帰って来れたんだ。やるべきことをしないのならそれはつまり俺達の敵だ。駄愚螺棄(ダグラス)と同類だ」

「……」

 下手な言い訳を重ねてたらもっと口撃していただろう。


「もう一度言うぞ。これはお願いではなく命令だ。『伊武議員にしか出来ないことをしろ!』 婉曲表現で伝わりにくいなら祥菜の前ではっきり言っても良いんだぞ」

「…………」

「それと、俺と祥菜の邪魔をするな。祥菜を政治に関わらせるな。祥菜は俺の女だ。祥菜の男は俺だけだ。政略結婚しないと成り上がれないならそれは約束(マニフェスト)を守れない伊武議員の未熟さによるもんだから政界に行くのは諦めた方が良い。………はぁ、高校生にこんなこと言わせないでくれよ…」

「お父さん、そういうことだから洸磨さんの件は諦めてね」

「………」

 ずっと無言だ。返事をしないことで勝手に承諾したつもりでいるようだが、後から「私は了承するなんて一言も言っていない」とでも言うつもりなのだろうか?



 ガチャッ

 伊武宅のドアが開いた。

 家の前の口論に近いやり取りが聞こえたのであろう。伊武祥菜の母が出て来た。


「あらあなた、玄関前で誰と話して………祥菜っ!?無事だったのね」

 ガバッと扉を全開にして祥菜へ駆け寄る。

「お母さん!」

 祥菜も駆け出して、2人は抱き合った。


「大丈夫だった?お母さんニュースを見て心配で心配で…」

「大丈夫だよお母さん。奈津緒君のおかげでなんとか早く帰れるようになったんだよ」

 祥菜の母親はずっと祥菜が大島総合病院にいると思い込んでいた。

 そして襲撃を受けて別の病院に移送されたと…。

 この設定は祥菜にも共有済みで、移送先の病院で心身の健康状態に異常はないと診断されたから入院することなく退院できたというシナリオにしている。


「そう…良かった…。神原君、娘のために本当にありがとうございます」

「いえいえ、恋人として当然のことをしたまでです。感謝なら伊武議員からもいただきましたから十分です。『君になら娘を預けられる』とお墨付きをいただきましたので」

「まぁ! 祥菜本当なの?」

「うん!私にはもう奈津緒君しかいないから!」

「まぁまぁ!祥菜良かったわねぇ…本当に良かった…」

 この反復、おそらくは祥菜の母親も政略結婚のことを知っていたのだろう。母親としては好きな相手と結婚してほしいが、それを言える立場にない。


「………」

 外堀が急速に埋められていくのを三成は黙って見ていた。

 否定は出来るが、タイミングと状況が悉く悪い。

 向こうの要望(オーダー)に応えて中学卒業の段階で強引に引き合わせようとしたのがこうも裏目に出てしまうとは予想もしていなかった。


 やること全て、子供()に反感感情を植え付けることになっている。


(………越岡議員との約束を反故にしてしまったら…マズいことになる。どうしたら……)

 娘の帰還は嘘偽りなく喜ばしいことだが、自分が決断を渋ったせいでどんどん事態は悪い方に転がっている。

 早めに立て直しをする必要がある。まずは()()()()()()をさっさと済ませてこれ以上の悪化を阻止しなくてはならない。



「じゃあ祥菜、俺は帰るよ」

「うん、送ってくれてありがとう」

「神原君、娘のこと本当にありがとうございます。なんとお礼をしたらいいか…」

「既にいただいていますので大丈夫ですよ。正式なご挨拶は私がもう少し大人になってから伺います」

「まぁ……聞いてる私が恥ずかしくなってくるわね。その時は夫共々心待ちにしております。でもいつでも遊びにいらして構いませんよ。学校での祥菜のこととか知りたいですし」

「お、お母さん!別に知らなくて良いから」

「では祥菜が僕の足を踏み付けた話でも…」

「奈津緒君も変なこと言わなくていいから!」

 強引に母親を家の中に引き込む祥菜。


「奈津緒君、また明日ね」

「あぁ、ゆっくり休むと良い。お義母さんもお疲れ様です」

「…お義母さんて言われたわ祥菜」

「私もいつもお母さんって言ってるでしょ!ほら、早く。お母さんのご飯を久しぶりに食べたいわ……」

 バタンッ


 祥菜が母親を家の中に引き込んで扉を閉めた。



「……ではお義父さん。失礼致します」

「……気安くお義父さんと呼ぶな。私は認めていない」

「…まあ政治家は約束を守らないのが当たり前ですからね。ちなみに駄愚螺棄(ダグラス)も約束を守ろうとはしませんでしたよ」


「……君はどこまで知っているんだ」

「…何も知りませんよ。祥菜も知らないはずです。だから伊武議員にしか出来ないことなんですよ」

「………」

「正直駄愚螺棄(ダグラス)に邪魔されると俺達困るんですよ。だから早く駄愚螺棄(ダグラス)には手を引いてもらいたいんです」

「………君の頼みは分かった。私も出来る限りのことをしよう。だが娘を君にやるわけにはいかない」

「自分の将来のためですか?議員としては立派な志でしょうが、政治家を全うする前に父親の責任を果たしてもらいたいですね」


「…………もう夜だ。早く家に帰りなさい」

「…お義父さんの気遣いに感謝します。それでは失礼致します」

 三成に頭を下げて奈津緒は伊武宅を後にした———




「……先生」

「………送迎ありがとう。明日の朝も頼んだ」

「……御意」

 佐渡は運転席へ戻り、車を走らせた。


 扉の前には三成だけが残っている。



「………」

 三成は黙ってスマホの連絡帳を開いた。

 スマホをほんのちょっとだけスワイプさせてその連絡先を睨み付けた。


「………………」


 プチン

 三成はその連絡先をタップすることなく電源ボタンを押してスマホを閉じ、家の中に入っていった———



 ♢♢♢



「次のニュースです。神奈川県川崎市にある大島総合病院が半グレ組織 駄愚螺棄(ダグラス)に襲撃される事件が起こりました」


「現場の水塚(みなづか)です。こちらが現在の大島総合病院となっております。駄愚螺棄(ダグラス)は病院内部に入り込み、看護師や受診者に対して暴行を加えたとのことです。現在の負傷者は20名を超えております。警察によりますと、病院内に侵入した駄愚螺棄(ダグラス)の構成員は全員逮捕したとのことです」






 カランカラン

 氷同士がぶつかり合う音。

 球体のデカい氷一個だけであればもっと様になっていたのだろうが、客人をもてなすわけでもないのに作成が面倒な球体氷を用意したりはしない。

 そもそも、この部屋に客人なんて入ってきたことがない。


 ここは赤坂にある地上150メートルのタワーマンションの上層フロアだ。

 エレベーターは中下層とは別に用意されており所得によって隔絶されている。

 選ばれし者しか住むことを許されていない。

 エレベーターが渋滞することはなく、コンシェルジュを使えば大抵のサービスを享受することが出来る。


 何より一番の魅力は、東京の街を一望できることだろう。

 東京タワーや東京スカイツリーは勿論、快晴であればみなとみらいまで眺めることが出来る。

 世界最高クラスの夜景を誰の邪魔も入られずに眺められる。


 男が長年望んだ、頂からの景色だ。









 昔々、ある少年がいた。

 少年は裕福な家庭に生まれ、一般の子供とは少しだけ違う生活を過ごしていた。

 少年にとってその生活は優越感そのものであり、その生活を送れている自分は選ばれた側の人間であるという自負を抱いていた。


 子供の優越感は外に出てしまうもの。

 子供が嘘をついて過大に話し自分をよく見せようとするが、少年は誇張することなく話す内容が真実でありその真実性が少年への求心力にも繋がっていた。


 少年が中学校に上がる頃、引っ越しをすることになった。

 既に都内の私立小中高一貫校に通っていたため学校環境が変わることはないが、家族全員の意見を取り入れ、意思を統一する目的で少年も内見に同行することになった。


 一般的なマンションや高級住宅街を何軒も巡った。

 少年が一番惹かれたのはタワーマンションの内見だ。

 高層階からの景色は格別なもので、この景色は特別な自分に相応しいモノだと感じ、父親に強くプッシュした。

 父親も息子が乗り気ならとタワーマンションを契約するということになった。


 少年は学校で自慢した。

「俺タワマンに住むんだ…」と。

 小中高一貫校と言っても全員が金持ちというわけではない。友人は羨み、女子からはおこぼれに預かろうとすり寄る者が現れた。

 でも特別な自分には当たり前のことでありそれを煩わしいとも思わず、当然のものとして受け入れていた。



 しかし、事態は一変する。

 父親が突然タワーマンションへの引っ越しを取りやめて、タワマンなんて一棟もない都外の街の一軒家への引っ越しを決定してしまった。

「一般の方と同じ目線に合わせた生活を送るため」という訳の分からない理由で、少年のタワマン居住の夢は潰されてしまった。

 友達にタワマンに住むと言ってしまったから取りやめないでくれと縋ったが、一蹴されてしまった。

 意思を統一するとはなんだったのか?口約束を反故にして、こちらの意見を聞かずに押し通した。


 そして、引っ越し作業が完了した。

 友人らには隠し通そうとしたが、流石に通学経路が都外になったことを隠し通すことは不可能で、少年が都外の一軒家に引っ越したことが知れ渡ってしまった。

 少年からしたらギリギリで変更されたのであってタワマンに引っ越すこと自体は本当だったのだと説明したのだが、その説明が逆に苦し紛れの言い訳に感じ取られてしまい、男には"嘘吐き"のレッテルが貼られることになった。

 友人は少年の元を離れ、同級生の誰も近づこうとはしなかった。



 嘘をついていないのに、嘘吐き呼ばわりされた少年……彼にとってこれ以上の屈辱的なことはなかった。

 子供達が付けたレッテルは簡単には剥がれない。

 小中高一貫であるがため、エスカレーター式でほぼ全員が同じ中学に上がってしまいレッテルが消え去ることはなかった。

 さらに中学受験で編入した外部入学生も彼の悪評を聞いて近付くことはなかった。

 いじめを受けたわけではないが、嘘吐きとつるんでいたら仲間と思われると感じたため誰も話しかけることはなく、教師側は彼の方が心を閉ざしていると判断して彼に問題があると断定した。


 もう…中学に彼の居場所はなかった。


 彼は転校したいと両親に申し出た。

 しかし帰ってきた返事はNO。

 彼は正直に引っ越しの件のせいで"嘘吐き"のレッテルが貼られていてこれ以上は通えないと訴えた。

 だが……



「早合点したお前が悪い」


「私立の一貫校に通っていたのに転校なんてしたら私のイメージに傷が付くだろう」



 息子を心配することはなく、自分の立場を守ることだけを考えていた。


「学校には話を通す。だが友達関係はお前が蒔いた種だ。自分でどうにかしろ。それよりも、お前に出席してもらう催しがある。お前を紹介するから土曜日空けておけ」


 息子の学校生活よりも自分の仕事のことしか見えていない———




 次の週から少し学校の雰囲気が変わった。

 "嘘吐き"と陰で言われることはなくなった。父親は学校を通じて悪意あるレッテルを剥がしてくれた。

 ただ、それだけだ。一度崩壊した人間関係の構築はこちらに丸投げだ。



 ………何も、出来なかった。

 構築し直すことは出来ず、向こうからも扱いにくい奴と思われていてコミュニケーションを取ることすら難しかった。


 父親は「お前の努力が足りない」と息子を叱った。



 段々と父親との間に埋められない溝が出来つつあった。

 学校生活は灰色のままで、父親の都合で強引に華やかな空間に引っ張り出された。

 礼儀作法を嫌という程教え込まれて、出来なければ叱責を受けた。




 未来に希望が見えない生活を送る中で、彼の中で1つの答えが導き出された。



 "全てはあの時、ギリギリで決定を覆したからだ"



 彼の中に憎しみの感情が産声を上げた。

 早とちりした自分に非があることは分かっている。「お前が蒔いた種」という父親の言葉は間違っていない。

 でも、それでも、現状の発端となった父親の行為を、父親を許すことは出来なかった。



 彼は中学卒業と同時に失踪した。

 エスカレーター式で高校に進学することなく、家族の前から姿を消した。

 家の中の自分の痕跡は全て削除した。

 ()()()()()が幼い段階で良かったと彼は安堵した。

 姿を消した失敗作の自分のことを、父親は誰にも話せない。

 原因を突き詰めていけば自分に辿り着く。


 これが父親への復讐だった。

 復讐であり、彼……男にとっての最善の道だった。




 男は単身で新しい世界に飛び込んだ。




 そしてそれから10年の時を経て、力を得た。金を得た。念願のタワマン生活を手に入れることが出来たのだった———



 ♢♢♢



 ブーン ブーン ブーン


 ウィスキーの入ったグラスが揺れる。

 隣に置いたスマートフォンから着信が入った。スマホを手に取って着信元を確認する。


(…………)


 予想はしていたが、まさか本当に掛かってくるとは思わなかった。

 何故このタイミングなのかも推察できる。

 仕事は出来るが仕事以外がおざなりな奴だ。容易に想像がつく。



 シュッとフリックして通話をオンにした———




「これはこれは、まさかあなた様からお電話いただけるとは思いませんでしたよ」

『…………私もお前なんぞに電話をかけたくはなかったがな』

「それはそうですよねぇ。こんな中卒で高認取っただけの底辺と、()()()()が気軽に話していいわけがないですもんねぇ」

『…お前が勝手に家を出たんだろうが、それも私のせいにするつもりか?』

「先生にも2割くらいは責任があると思いますけどねえ。家族への意思統一はしないくせに、有権者の意見には耳を傾けるお方だ。崇高な理念を抱えていらっしゃることこの上ないですねぇ」

『…お前に"先生"と言われたくないな。どこまでも私の邪魔をしてくれる』

「2割を清算しなかったお前のせいだろうが!」

『………』

「ダンマリか?……本当に国会議員になるつもりなのか?お前程度が?自分の家すらちゃんと運営できてない奴が日本の舵取りを出来るとは思えないが?国政に入るために誰を使うんだ?お宅の麗しのご令嬢さんか?」

『…娘も理解している』

「承知していると誤認しかねない言い方だなオイ。パーティに連れ出して良い魚が釣れるのを待つつもりか?…いや、もう高校生か。許嫁は出来てるのか?」


『…さっき断られたばかりだ。政略結婚は諦めろとな』


「………ぶっ、ぶっはははははは。マジか!あんたの娘にしては胆力があるな。てっきり箱入りで従順にされてると思ったが…。そうか傑作だなぁ。つくづく親としての資質は持ってないな先生さんよぉ」

 愉快でたまらない。自分は離れることでしか叶えられなかったが、()の方は自力で叶えた。

 一度目の失敗でガードが甘くなった隙を突かれたのか、自分のように外の力を使ったのか。



(いや、おそらくは———)



『お前に電話したのは娘のことだ。娘にちょっかいをかけるのは()めろ。お前らがいらんことをしたせいで私のプランが総崩れだ』

「はぁ?あんたの命令を聞くとでも思ってんのか?俺が何も喋らずにいることがお前がペラペラの二枚舌議員をやれていることの何よりもの貢献だと思うが?これ以上求めるのなら対価を払って欲しいくらいだ」

『………』



 三成にとって電話の男の存在は邪魔でしかない。

 放置しても厄介だし警察に突き出してもとばっちりを食らう。

 立場上動けないしそもそも辿り着くことすら難しい。

 向こうもそれを分かっているからこそ強気な態度を崩さないし、口を滑らせることもない。

 互いの最善を取り合った結果がこの歪な関係なのだ。



「……と言いたいところだが、流石に目立ち過ぎた。西宝の件は金に踊らされたバカの暴走。病院も役者不足の参謀が勝手に弔い合戦を仕掛けて返り討ち。バカどものせいで組織のブランドに傷が付いた。だが助かった」

『助かった?何がだ』

「西宝だけだったら俺が止めても効果はなかっただろうからな。及び腰になってるとか逃げたとか言われて内側に不穏分子を増やすことになってたかもしれん。だが古坂(バカ)が暴走したおかげで不穏分子の火種を丸ごと除去できた。晒し者が出たおかげで第二第三のバカが出現することもなくスムーズに手を引くことが出来た。見せしめほど人を動かしやすい手段はないよな?」

『………』


「だけどよぉ、何故このタイミングなんだ?西宝の件、妹が大島総合病院に運ばれたのはお前は知ってるはずだし、それが俺のせいだってことも分かってたはずだ。なのに、なんで西宝の時や6日の襲撃の時に何も言わなかったんだ?………どうせ答えないだろうから当ててやるよ。"自己保身"だろ。俺に借りを作りたくなかった。例え娘に危害が加えられたとしても自分の身分の安全を優先する判断をした。……ってところか」


 つくづく……


「つくづくクソ野郎だな。自分しか守る気がないのなら所帯持つんじゃねーよ子供を何人も作るんじゃねーよ。まぁ良い年して子なしなのも外聞が悪いからだろうけどな。……議員になる前の社長の頃のアンタはマシな父親だったのに……圧倒的権力を得ると人は変わるらしい。……血は争えないな」

『…人は変わるさ。私も……お前も……()()もな』

「俺やお前は自分の意志で変わったが、祥菜は違うだろ」

『なにっ?』



「…祥菜の恋人、"なつお"。西宝も病院も警察がやったことになってるが、保身の化身のお前が警察を動かすはずがない。"なつお"が動いてバカどもを撃退したんだろうな。子供なのに大したもんだ」

『! なんで彼のことを……』

駄愚螺棄(ダグラス)の構成員に支給されるスマホには監視アプリが仕込んであって証跡を海外サーバーに転送している。ラインのやり取りや通話内容とかな。病院襲撃に関わった奴らのスマホのログから"なつお"の顔写真も手に入れた。本名は分からなかったが、同じ学校だろうから特定は容易い」

 情報の重要性を昔息子に説いたことがあるが、こういう形でアウトプットされるとは……


『……彼にも手を出すな』

「………驚いた。あんただったら政治利用の邪魔になるから排除するだろ。"なつお"の肩を持つのかよ」

『……お前を止めなければ敵と見なすと言われた』

(俺を止める?……祥菜か?いや、祥菜は自分に兄貴がいることを知らないはずだ。こいつが言うわけないし……そもそもどうやって駄愚螺棄(ダグラス)と議員が繋がってるって気付いたんだ)


 今まで誰にも正体がバレたことはない。父親には今後政治家として後ろめたさを持たせるために敢えて正体を明かしたが、逆はない。


 〜〜〜


「…分かってんなら退いてもらえないですかね。こっちに危害を加える気なら潰さざるを得ないんだがな」


 〜〜〜


 古坂のスマホから得た"なつお"の発言


 〜〜〜


「断る。そのマクロスだかラプラスだか知らねーが、俺の邪魔をするなら容赦はしない」


 〜〜〜


 稀中に言い放った"なつお"の発言。


 2つの発言から"なつお"の行動原理は予想できる。

 こっちから仕掛けなければ"なつお"は動かない。

(駄愚螺棄(ダグラス)が暴れればそれだけ"なつお"が出張ってくるリスクが上がる。…川崎の映画館ってことは生活圏はその近辺。横浜や都内に出ないってことは川崎市内。俺の事例があるから祥菜は遠くの高校には出さないはず。………館舟近辺と仮定して、そこ回りでは大人しくしておくか)

 "なつお"が神出鬼没なら厄介だが、夏休みの時期さえ終われば行動圏は自宅と学校が大半を占める。

 子供と侮れば稀中や古坂の後追いになる。



「ガキの虚勢…ではないな。駄愚螺棄(ダグラス)を二度叩き潰したんだ。本気でやるだろうな。意地(プライド)を捨てて俺に頼み事をしてきたのはそういうことね。娘の彼氏にも底の浅さを指摘されたわけだ」

『黙れ。このまま彼に好き勝手はさせん』

「なら仲を引き裂くのか?おいおい、可愛い妹の恋路を邪魔するってんならお兄ちゃんが全力で援護してやらねぇとなぁ」

『手を引けと言ったはずだ』

「あぁ、2人には手を出さない約束しよう。"嘘吐き"遺伝子を受け継いでるから信用ならないと思うが、優秀な先生のご指導で約束は守るように教えられてるから安心しろ。それに、"なつお"を突っついていらん損害を被るのはこれ以上避けたいしな。だが2人に興味が出てきた。逆鱗に触れない程度には見ていくつもりだ。だからお前も2人に手を出すな」

『……』

「お前が約束を破れば俺は2人に手を出さなくちゃならない。もしも俺が捕まれば芋蔓式でお前も破滅だ。分かるよな?起点はお前だ。お前の動き次第で俺や"なつお"、祥菜の未来が変わる」

『……』




『………』




『……私には私の為すべきことがある』


 プツン

 ツー ツー ツー





「……逃げたな。黙りこくって答弁を避けるとは、議員としての箔が付いてきてんなぁ…」


 長電話になったせいか、氷の大半が溶けてしまっている。味が薄くなったウィスキーを一気に喉の奥に流し込む。


「バハァッ。何十人も持っていかれたと知った時は腹が立ったが、胸が空くってのはこういう感覚か。ハハハッ、良い気分だ」


 空になったグラスに氷を追加してドボッドボッとウィスキーを注ぎ込んだ。

 無様な父親に一発お見舞いした"なつお"への感謝の気持ちとして、注いだウィスキーを一気飲みした。



「……クゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ。……アハハハハハハハハハハハハ———」

為すべきことをしなかった伊武議員へのケジメと後始末のお話でした


これで神原サイドの8月8日は終了です


次回からは今後の方針を決定する回です

神原サイド、神岐サイド、神坂サイドそれぞれがどういう方針を立てていくのかを見ていきましょう

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