第166話 箱入り娘
———ヒューザ川崎前広場
大島総合病院に潜伏した内通者を捕まえるために神原は単身で病院内に残っていた。
院内では通話が出来ないので、こうしてただじっと神原と豊橋刑事の帰還を待つしかなかった。
「……神原君1人に任せて良かったのかい?」
「豊橋刑事もいますし駄愚螺棄の数を減らし切った今なら大丈夫ですよ〜」
「…駄愚螺棄を倒した君達がそう言うのなら大丈夫か。……君達が駄愚螺棄に勝てたのは、超能力を使ったからかい?」
「いや〜、恥ずかしいんですけど僕って自分の超能力知らないんですよ〜。だからほとんどなっちゃん頼りで〜。そのなっちゃんもほとんど超能力は使わなかったみたいです〜。なっちゃんは1人でトレーニングしてますから単純な地力の差ですね〜」
「異能を使わずにあの数を……。基礎だけで圧倒できるのならそれは才能だな。あまりその手のことが強いようには見えなかったが、見た目に惑わされてはいけないな」
見た目どころか目に見えない力と戦わなくてはならなくなるのだ。
心・技・体。満遍なく網羅しようとしている。その姿勢に枚方は感服した。
…と言っても、神原が自主トレをしているのは巻き込まれに対処するためだったのだが、結果として駄愚螺棄に対抗できる力を身につけるに至っただけだ。
〜〜〜
そこから20分ほど待機して、神原と豊橋刑事が広場までやって来た。
「おかえり〜。終わったの〜?」
「あぁ、清掃員がスパイだった。豊橋刑事が気付かなかったら危なかった」
「結局伊武さんがいないから危険が及ぶってこともなかったろうけど〜、もしも残ってたらここまでの頑張りが全部パーになるところだったもんね〜」
「警察に駄愚螺棄の内通者がいるって話を枚戸警視から聞かされていなかったら思い付かなかったよ。あの人はやり手の刑事だな」
「枚戸警視……3日前に先回りしてた警察官か。現場にいたって話でしたけど、どういうことです?」
「待った神原君。私はこれから警察署まで2人を連行しないといけない。4日前の件は未成年だからで有耶無耶に出来たが、今日の件は桝飛セキュリティサービスが明確に関わっている。2人を同行させないと警察官としての職務に関わる。さっき電話で伝えた通りだが、一度集まって会話をしよう。そこでお互いの情報を共有して今後どうするかを決めるとしよう」
「分かりました」
「君らと伊武祥菜さんについては伏せて話を進めておく。女島に伝えても構わないか?」
「大丈夫です。助かります」
「ありがとうございます〜」
豊橋刑事は有名な警察官。一緒にいるところを見られるとどう話が伝わるか分からない。
それに豊橋刑事も早く枚方達を警察署に同行させないといけないということで、この場はお開きとなった。
これで駄愚螺棄の件は片付いた。後始末は豊橋刑事や伊武議員に任せることにしよう。
「……………はぁ、疲れた~」
ぐでっ、と麦島がその場に座った。
———ようやく全部片付いた。心労がたたるとはこういうことを指すのかと言いたくなりそうだ。
病院から銭湯、また病院から河川敷、再度病院へと、短い時間で怒涛の展開の連続だった。
せっかく銭湯で体を癒したというのに、喧嘩したのでリセットされてしまった。
一段落ついて心を落ち着けてもまだやることはある。
「……はぁ、面倒な戦いだった。腰を下ろしてえな」
「なっちゃん〜。早く伊武さんの荷物を伊武さん家に持ってかないと〜……。伊武さんのお母さんはまだ入院してると思い込んでいるんだから〜」
「……娘が心配で病院に行く、か。こっちに来られると面倒だ。釘を刺しとくか」
4日前と違って負傷者がいるし人目に触れすぎている。メディアで大々的に報道されているに違いない。
ニュースを見たら祥菜の母親は心配になって病院まで安否を確認しに来るだろう。
そこで祥菜がいないことを知られたら面倒なことになる。
伊武議員は上手いこと言いくるめているのだろうが、非常時にはブレーキが効かなくなるかもしれない。
下手な行動を取られる前に釘を刺しておく必要があった。
「一度電話してるんだっけ〜?」
「あぁ、祥菜が搬送された時にな。入院中暇しないように勉強道具とか持って来てもらった」
神原は通話履歴から『伊武家』と書かれた項目をタップした。
付き合った時に電話帳に登録しておいたものだ。
神原は知らないが、伊武は神原の家電と母実の電話番号も登録していた。そしてそれを暗記している。
プルルルルルル、プルルルルルル、ッ
「……はい、もしもし」
「祥菜のお母さんですか。神原奈津緒です」
「あぁ!神原君!」
驚きのリアクション。慌てているのがスマホ越しに伝わってくる。
「ど、どうしたんですか?」
「い、今さっき後援会の人から『大島総合病院が襲われてる』って連絡をいただいたんです。さ、祥菜は無事なの!?」
「お母さん、大丈夫です。祥菜は無事です。僕も心配で川崎に来たんですけど、警察の人に聞いてみたら祥菜は警察が保護して別の場所に移してくれたみたいです」
「あ、あぁ、良かった。祥菜は無事なのね……」
「はい、なのでお母さんも心配なさらないでください」
「良かった。……神原君、娘のためにありがとうね」
「彼氏ですから当然です。警察の方から病院内の祥菜の私物をいただいたのでそちらにお持ちしようかと思うのですが、自宅で待っていてもらえますか?」
「いえそんな、私が取りに行きます」
「今川崎はバタバタしてますから近付かれない方が賢明かと。お母さんは伊武議員や後援会の方々に『祥菜が無事であること』をお伝えください。私の方でお家に伺わせていただきますので」
「……何から何までありがとうございます」
伊武の母との通話を終えた。
「義理のお母さん〜、になるのかな〜」
「くだらん事を言うな。"なるのかな〜"じゃなくて"なる!"だ」
「……バカップルめ〜。結婚なんて早いっての〜」
「バケモンと結婚できるのはバケモンだけだ。異種族結婚なんて日本の法律ではまだ整備されてなかったはずだ」
「……急に会話が馬鹿になってきた〜」
ようやくいつもの抜けている神原が戻って来た。シリアスな奈津緒もカッコよくて頼りになるが、こうした年相応……年齢以下のアホ発言を聞くと落ち着く。
「それだと俺結婚できないじゃん〜」
「だから言っただろ。超能力なんてもんは持つべきじゃねーって。人じゃなくなるってだけで最悪だよこんなもん」
「こればっかりは後悔して良いかも〜」
「それよか早く電車乗るぞ。ダイヤが乱れるはないと思うけど、混雑するだろうからさっさとここを離れるぞ。祥菜のお母さんも電話だけだと不安が残るだろうからな」
「確かにね〜。不安になってアレコレ動かれないように家に固定したのは良かったかもね〜。でも伊武議員にも病院の件が伝わることになるね〜。あぁでも後援会の人が知ってるならどの道伝わっちゃうか~」
「伊武議員にしかできないことを履行しなかったこと、政治家としてどういう言い訳をするのか楽しみだな」
♢♢♢
———館舟駅前
「伊武議員がいなくて少しだけ安心した〜」
「政治家様だからな。次の選挙のための票固めだよ」
「…もう〜当たりが強いよ〜。義理のお父さんになるかも……じゃなくて〜"なる!"んだから今の内から仲良くしとかないと〜」
「職務放棄って体たらくを見せられて素直にリスペクトするのは難しいな。ドクターといい……力があるくせにごちゃごちゃ考えて手をこまねいてるのがムカつくだけだ」
神原には力がないからこそ、力があるのにしっかりしていない人を見ると腹が立つ。
「全ての人間がなっちゃんほどスパッと動けるわけじゃないよ〜。なっちゃんほど心が強くないんだよ〜」
「心ね……稀中にもそんなこと言われたな。覚悟や信念を持って生きるって、そんなに難しくないだろ。宗教の戒律みたいなもんだ」
「ん〜〜〜、自覚がないのも良くないね〜」
「それに仲良くったって…俺はそれに見合う働きをしてると思うぞ。もしも伊武議員が「君がいなくても大島総合病院は問題なく解決していた」って言われた日にゃブチギレるかもしれん」
行動で、結果で示す。口先だけではない。それもまた神原にしか出来ない特異なことだ。
誰もが宣言通りに動けるわけではない。
「ま〜、何があれば俺が仲裁すれば良いのかな〜」
神原のストッパー、それが自分の役割。神原のために動く。それは麦島が神原に救われてからの行動指針だ。
麦島は自覚はないが、『神原のために尽くす』と宣言してその通りに動いている麦島も十分特異側の人間だ。
一緒に『超能力者』と戦い、半グレ組織と戦い、これから見えない強大な能力者集団と戦おうとしている。
普通なら逃げて当然。だが麦島は、伊武は、逃げない。
神原にあてられてしまったのか、2人もまた精神が強靭になっていた。
2人は伊武宅へ祥菜の私物を届けると、館舟駅前まで戻って来た。
このまま櫛灘病院に顔を出すべきか。それとも真っ直ぐ家に帰るべきか。
午後4時。まだ何か出来る気がする、お開きするには絶妙に早い時間帯だ。
「…微妙だな。駄愚螺棄とドンパチやったから体を休めるためにもう一回銭湯に行くのも悪くないかもしれない」
「俺は付き合うけど〜、時雨ちゃんに顔を出さなくても大丈夫〜?」
「朝の感じからして大丈夫なんじゃないか?ゆっくり心を休めて神岐のトラウマを克服してもらえりゃそれで良い」
「それもそうだね〜。伊武さんがいつ帰って来るかも分かんないし」ブーン、ブーン、ブーン
「……俺じゃないね〜」
「なら柿山じゃないな。母さんか?」
スマホを取り出して呼び出し元を確認する。
「!?」
すぐさま通話をオン、スピーカーをオンにした。
「……もしもし」
「…もしもし。本当に奈津緒君の番号で合ってたか」
おそらく6日にドクターに掛けた通話履歴からリダイヤルしたようだ。
ドクターの連絡先を知っているというだけで発信元は限定される。
「昨日ぶりだな。…ちゃんと時雨に電話を掛けたんだろうな?」
「勿論、私のスマホから電話を掛けたよ。結構な長電話になってしまった。無制限プランだからお金の心配はないがスマホのバッテリーが心許ない。少しばかり充電時間が必要だった。時間もないのに参ったよ」
「……んで?要件は?時雨と話したんなら時雨のことじゃないんだろ?」
「おや?てっきり『参ってんのは時雨の方だろ。テメェのせいでな!』くらい言うと思ったが、随分と軟化しているね?」
「麦島にお前ともっと仲良くしろって言われたからな。血涙流してこうして接してやってんだろうが」
「…麦島君、聞いてるんだろう?これは仲良くやれているのかね?」
「時雨ちゃんがいないのにこれってことは〜、相当下手に出れてますね〜」
「これが合格点とは…随分と低いハードルだね」
「それで?俺に何の用だよ?ダラダラ引き延ばして無制限プランアピールか?」
早速血涙が止まってしまう。イラつくと元に戻ってしまうようだ。
「……伊武君が目を覚ました。それを連絡したくてね」
「「!?」」
6日に『超常の扉』を浴びて丸一日経過している。今日目が覚めたのはおかしいことではない。それをわざわざ連絡して来る?それも電話で?そこが引っかかった。
「ご丁寧な連絡どうも。祥菜は?無事なんだよな?」
「平気だよ。『超能力』の覚醒も確認済みだ」
「!! 伊武さんも『超能力』を使えるようになったんだな〜。早いな〜……」
まだはっきりしていない麦島にとっては羨ましいことだ。
「じゃあ祥菜は解放されるんだな?てことは解放後の協力の話か?」
「その通り。今後どうしていくのか。しっかりと話し合わないとね」
「…話し合いか」
「?」
神原の言葉が止まった。話し合いに何か引っ掛かるところがあったようだが、ここからだと分からない。
「いや、それは後だな。祥菜は?ちゃんと無傷なんだろうな?擦り傷一つあっただけでお前との交渉はお終いってこと忘れるなよ」
「分かっている。彼女自身も君に誤解されないよう怪我に注意していたよ。伊武君は今そちらに向かってる」
「向かってる〜?また俺達の居場所が分かってるんですか〜?」
「まあね。そういう『超能力』だから。私の『超能力』についても話しておかなくてはな。伊武君には既に伝えてある」
「へぇ〜、言ってくれるんですね〜」
「元々言おうとしていたのを奈津緒君が遮っただけだからね」
「………」
「伊武さんはいつこっちに来れますか〜?」
「さぁ、こればかりは電車次第だね。にしても館舟は南武線しか通っていないから都内からの移動が不便だな」
「今は東急の路線や貨物線の旅客化で変わろうとしてますよ〜。数年後には電車がいっぱい来る街になってるはずです〜」
「……おい、ドクター。何故嘘を吐く」
しばらく黙っていた神原が突然割り込んだ。
「嘘〜?どこが〜?」
「お前………いやお前らか……」
「後ろにいるんだろ?」
「へ?」
神原はゆっくりと後ろを振り返る。だが麦島は突然の背後の話にびっくりして神原よりも早く後ろを振り返った。
突然振り返った2人に対して1人の少女が固まってしまっていた。
さらにその少女の後方15メートルほど、白衣を纏った男がスマホを耳に当ててこちらを見ていた。
「い、伊武さん〜?」
「…………………………ただいま?」
苦し紛れに聞こえた。せっかくの帰還だというのに、微妙な空気が流れていた。
プツッ
ドクターが通話を切ってこちらに近づく。
ツーツーという音が神原のスマホから流れた。
麦島は驚き、伊武は固まり、ドクターは黙って近づき、神原は黙って3人を眺めていた———
♢♢♢
ドクターも揃ったのに4人とも口を開かない。
誰がどう切り出すのか、打ち合わせしていないのでどう動いて良いかが分からない。
「………おかえり」
「えっ?」
「さっき祥菜ただいまって言っただろ。だからおかえり」
「あっ、うん。…心配かけてごめんなさい。……怒ってる?」
背後にいることに気付いてから神原の口数が少なくなっている。
既に館舟に帰って来ていることを伝えず、あまつさえ後ろからビックリさせようとしていたのだ。
「別に怒っていない。驚いてるだけだ」
「…その割には無表情じゃないか」
「なっちゃんはリアクション薄いですからね〜。なっちゃん〜、なっちゃんが驚いてるのって伊武さんが戻って来たからじゃないでしょ〜?」
「……よく分かったな」
「俺とドクターが話してる時から黙ってたからね〜。驚いたのは伊武さんが帰って来たことじゃなくて伊武さんが帰って来たことに先に気付いたからでしょ〜?」
「……お前は気付いてたのか?」
「まーったく〜。電話に集中してたからかな〜」
「多分駄愚螺棄のせいで感覚がより鋭敏になってるな。後ろから2人に見られているってことまで分かっちまった」
「…『超能力者』になると視線に敏感になるのは実証されているが…そこまでの効果は聞いたことがないな」
「修羅場潜った経験値によるものなのか、単に長く超能力者やってると練度が上がっていくのか…。ドクターが知らないってことは前者か……いや、俺の『超能力』の効果かもな」
ざっくり見られているという感覚から、見ている人数と方角までは分かるようになった。
(これだけでも十分役に立つが…このスキルツリーをもっと伸ばした方がいいよな。方角が分かったんなら次は距離や高低差。人数が分かったのなら性別や個人特定まで出来れば相当使える力になるぞ)
「『超能力』含めてもっと詳しく話を聞きたいが……流石に公衆の面前過ぎるな。人がいないところに移動しようか。人が少なく、かつ広々とした場所が望ましい」
「『隠れ鬼』以前から俺の所在を把握してたんならリサーチしとけよ。こっから人が少ない広い場所………学校のグラウンドはマズいな。祥菜、地元強いだろ。なんかあるか?」
「えっ私?強いって言ってもそれはあの人の地盤だし………あっ、館舟緑地は?あそこなら広いし場所によっては人がいないところもあるかも」
「あそこか…。遠いけどそこ以上が浮かばんな。ドクター、ちょっと歩くけどいいか?」
「構わない。いつも『瞬間移動』頼りだからこういう散歩みたいなのは新鮮で悪くない」
「じゃあ行きましょう〜」
神原が先陣切って歩き出す。
伊武祥菜はそんな単独行動が染み付いている神原の腕を絡めて2人で隣に立って歩き出した。
神原も振り解こうとはせず、やや甘い空間が形成されていた。
そんな甘々フィールドの邪魔をしてはいけないので、麦島とドクターは2メートルほど後ろから続いて歩くことにした。
〜〜〜
「大丈夫だったか?」
「うん。私1人だったら怖かったけど、他にも誘拐された人がいたから平気だったよ」
「…そうか、誘拐は複数やれば抵抗が少ないんだな。勉強になった」
「勉強って…、修羅場潜ったって言ってたのにいつもの奈津緒君だね」
「…麦島曰くの変人か?」
「うん、私の好きな変人の奈津緒君!……でも駄愚螺棄って、映画の人達だよね?また私のせいで戦うことになっちゃったの?」
「祥菜のせいじゃない。奴らのターゲットは俺だ。俺を仕留めるために祥菜を利用しようと病院を襲った」
「!?……それ、大丈夫なの?」
「大丈夫……ではないな。病院を襲った駄愚螺棄は全員捕まえたけど、院内の人間が何人か負傷した……死人が出なかったのが幸いだ」
「…………駄愚螺棄も、超能力者が絡んでるんだよね?」
「あぁ、祥菜誘拐を消しかけた羽原ののって超能力者によってな。そのせいで祥菜が巻き込まれて、駄愚螺棄とやり合う羽目になっちまった。元を正せば俺のせいだよ」
「駄愚螺棄というのは、羽原ののが利用した連中か」
「はい〜。羽原のののせいで駄愚螺棄に狙われることになりまして〜」
2メートルしか離れていないので2人の会話が筒抜けである。
「あなたが伊武さんを連れ去った時にも病院に来てたんです〜。あなたが騒ぎを起こしたおかげですぐ撤退したみたいですけど〜」
「…そうか、誘拐が功を奏するなんてことが2回も起こるもんなんだな」
「(2回?) …でもようやく駄愚螺棄も沈静化できるので安心です〜。これで『超能力者』に集中できます〜」
「…君も駄愚螺棄を捕まえるのに一役買ったのかい?」
「いいえ〜、ほとんどなっちゃんが片付けました〜。……凄いですよね〜。使い勝手の悪い『超能力』を使いこなして人数差をものともしない〜。なのに『超能力』を毛嫌いしていて『超能力』に依存しようとしない〜……」
「………君も『超能力者』になったんだ。嫉妬しなくてもいいんじゃないのか?」
「『超能力』を持ってても伊武さんを守れず、なっちゃんに任せきりになった〜。……なっちゃんのための能力なのに〜……なっちゃんはそれを必要としていない〜………」
「……そうなんだ。奈津緒君も今日大変だったんだね」
「時雨がいない今しかタイミングがなかったからな。時雨の子守しながら駄愚螺棄と一戦やるのは流石に厳しい」
「時雨ちゃんの面倒ちゃんと見てたんだね」
「時雨ちゃん?」
伊武と時雨は一度も会ったことがないはずだ。なのにまるで知り合いを呼ぶような言い方だった。
「奈津緒君達が病院から出た後にお話をしたの。だから奈津緒君のこともある程度聞いたよ。……私のために怒ってくれたんだってね?」
「…………何もできない自分に腹が立ったからだ」
プイッと祥菜から外して答える奈津緒。羞恥故の行動をとった奈津緒が可愛く見えた。
「…ふっ、「お前が心配だった」って言ってくれても良いのに。病院で言った台詞はもう言ってくれないの?」
「俺は行動で示すって決めてんだよ。俺の背中見てろ」
「家父長制〜」
『女は男の三歩後ろを歩け』ではなく『男は背中で語る』の方だ。お互いが両方の意味を知っているからこそ成り立つやり取りだ。
「それは祥菜の家だろ。娘に相応しい男と結婚させるって言ってたぞ。バケモンの祥菜に相応しい男なんてこの世にもういないのにな」
「奈津緒君もね。もう私しかいなくなっちゃったね」
「確かにな。バケモンにしちまった以上いよいよ責任を取らないといけないな」
「お父さんに言ったみたいに?」
「…………………起きてたのかよ」
祥菜も『超能力者』になった以上は過ぎた話だが、どうやら大島総合病院で寝たふりをしていたらしい。
「お父さんにちゃんと言ったのカッコよかったよ」
「恥ずかしいから止めろ……。祥菜が薄目でもこっち見てたら気付けたのによ…」
「ふふん、寝たふりしてて良かったー」
「…気にしすぎだ。奈津緒君は君を頼りにしているはずだ」
「……ですかね〜」
「商店街で市丸君と戦ったのを私は見ていた。君がやってくれると信じた上で動いていたように見えたぞ。……君が言ったんじゃないか。『奈津緒君はリアクションが薄い』と」
「…………」
「奈津緒君を信じろ。それが奈津緒君のためであり、君自身のためにもなる」
「……分かりました」
(どうやら能力の自覚はあるみたいだな。……にしても1日でこうも塞ぎ込むようになるとは…。電話の後に何かあったようだな)
こればかりは2人の問題だ。
それを乗り越えた先に、麦島の『超能力』は表に現れるのだろう。
(…伊武君といい、奈津緒君の周りは面白い『超能力』で溢れてるな…)
良いチームだ。とドクターは高評価だ。
自分が作ったチームは『超能力』にかまけて奈津緒ほどの鍛錬を積んでいない。
府中の一件でも神岐がいなければ牧村と雪走を止めることは出来なかっただろう。
肉体を鍛えることの大事さを説けば良かったのだろうが、力を得た者に『その力に頼り過ぎるな』は水を掛けられたような気持ちになる。
時雨の幼さ、彼らの辛い境遇を思えばどうにも手厳しくいくことは難しかった。
"弱い"と言うつもりはない。命懸けを繰り返したことで確実に強くなっている。
だが、手を出せないという背景があったにしろ超能力者1日目の伊武祥菜に壊滅させられたのはよろしくない。
(彼女の『超能力』が想像以上なのは認めるが、もう少し頑張ってもらいたかったな…)
かくいう自分も『確実達成』がなければ鎮めることは難しかった。
今急に吹き飛ばされてもおかしくない状況。2メートル離れているが、可能ならもう数メートル後ろに下がっていたい。
「………見えないな」
「えっ〜?どうしました〜?」
心の中で留めるつもりだったが、つい口に出してしまった。隣の麦島が訊ねてきた。
「いや……伊武君のギャップが凄くてね。向こうでは奈津緒君みたいにネチネチ言ってきていたが…、目の前の2人は付き合いたてのカップルにしか見えない。さっきまでの認識では目の前に2人奈津緒君がいるはずなんだがな」
「……伊武さんはなっちゃんと同じで〜やる子ですからね〜。足、踏まれたんですよね〜?」
「あぁ、私が驚かせてしまった側面もあるが、躊躇いなく踏み抜いていったよ。戦闘能力は申し分ない」
「戦闘って〜……。伊武さんはなっちゃんのように動いただけですよ〜」
「そうだな、見ていてよく分かる。だからこそようやく素の彼女を見られたような気がするよ」
「なっちゃんが表に出さないだけで相思相愛ですからね〜。伊武さんに押されてペアルックする未来が見えますよ〜」
「手編みのセーターとかだな。伊武君が甲斐甲斐しく編み物をしてるのは想像つかないな」
修羅場明けで感覚が鋭敏になっている。それは気配だけではない。
どこに敵がいるかも分からない中では周囲を全く警戒せずに歩くわけにはいかない。
だからか、祥菜と会話しながらも耳をすませば後ろの2人の会話が断片的にだが聞こえてきた。
(ペアルック……は勘弁して欲しいな。幸い俺の誕生日は3月だからクリスマスまでは耐えられる)
セーターだけでなくハートマークをあしらえたマフラーなんかも定番だ。
(実際もらったら巻かなきゃいけないんだろうな……。うまーいこと祥菜の気を逸らして服から意識を外してもらわないと………服……)
「…祥菜」
「なぁに?」
「その服、どうした?」
祥菜は入院中に誘拐された。であれば入院着のままのはずだ。
だが今の彼女は普通の格好をしているし、なんなら靴を履いている。ベッドの上で連れ去られた彼女が靴を持っているはずがない。
「あぁこれ?ドクターに買ってもらったの。流石に裸足の入院着で移動なんて出来なかったから」
「あー、道理で身だしなみが整ってるのか」
「そっ、近くの銭湯で体を洗ったから綺麗さっぱりだよ。そういう諸々の準備のせいで館舟に戻るのが遅れちゃった」
「そうか、綺麗になって良かったな。麦島が祥菜が汗臭くないか心配してたからな」
「なっちゃんそれ語弊ありすぎ〜!伊武さんがどんな状態でもデリカシーないこと言わないでね〜って意味だよ〜」
「確かに奈津緒君なら平気でそういうこと言うもんね。デリカシーないもんね?」
「ね?って言われても、そんなこと言わねーっての」
(私の胸が小さいって言ったのは誰よ!)
(奈津緒君がデリカシーない?そうなのか?)
普段の神原を知る2人と、真面目?な時しか知らないドクターとでは、神原像に違い発生してしまうのは致し方ないのかもしれない———
♢♢♢
———館舟緑地
館舟の再開発の煽りで新しい競技場が建設途中だが、緑地という名の通り緑の多い土地であった。
スポーツ施設がいくつか建てられているがそれでも名の通り緑を感じられるところが多く、この場所でジョギングをしている人を見かけることも多い。
駅から離れているのが欠点だが、それが逆に自然の多さを確保することにつながっており、この場所は館舟の住民から広く親しまれている場所なのであった。
「……ほぅ、良いところだ」
普段寂れたところに潜伏しているので、緑の多さにドクターの心が癒されていた。
「サッカー見ないからここに来ることもあまりないよね〜」
「高校から遠いからな。もっと西側にこの場所があれば商店街はどうにかなったのに」
「再開発で西側通りも変わるでしょ〜。その頃にはなっちゃんの血は跡形もなく消えてるかもね〜」
「既に血は綺麗さっぱり消えてたぞ。綺麗過ぎて違和感ありまくりだった」
「あ〜〜、血とペンキでグッチャグチャだったもんね〜」
「…血とペンキって、市丸のこと?」
「そうそう市丸。市丸は元気だったか?」
「…大丈夫。ちゃんと仇は討ったよ」
「……………」
チラリとドクターの方を見る麦島。
「…壊滅的被害を受けたよ。彼女の『超能力』でな」
「……容赦ないね伊武さん〜」
「それを今から見せてくれるんだろ?広い場所を望んだってことは、広範囲に及ぶ『超能力』か」
「口より目で見た方が早い。………私しかいないよな」
「そのために付いて来たんでしょ。奈津緒君や麦島君に使えないんだから早くやられ役しなさいよ」
「…おっかね〜」
ドクターが「奈津緒が2人」と言っていたのも分かる。完全に敵視してる時の奈津緒だ。
遠慮なんて微塵もなくズバズバと切り込んでくる。
(なっちゃんが毛嫌いしてるんだから好意的になる理由はないよね〜)
祥菜の『超能力』が広範囲対象ということで、神原と麦島は祥菜から10メートルほど離れる。
ドクターは中間の少し祥菜寄り、距離にして3〜4メートルほどの場所まで移動した。
「逆説的に10メートルはセーフってことになるな」
「もっと逆に言えば3〜4メートルは射程圏内ってことになるよ〜。市丸の『色鬼』みたいな感じではなさそうだね〜」
祥菜の『超能力』の特定に入った2人。
「祥菜は手ぶらだ。物体を操ったりする能力ではないな。身体能力向上……だと広範囲に該当しないな」
「距離が空いてるから触れることが発動条件の能力でもないよね〜。comcomの『認識誘導』とも違うか〜。あれも広範囲に影響するけど逆に距離の制約はないからね〜」
「…『認識誘導』だってんなら、範囲内にいる人間を操作するとかの方がありえるな。範囲内に入ったら詰みって考えると恐ろしいぞ」
「でもドクターは壊滅的被害って言ってたよ〜。仇を討ったって言い方からしてもパワー系な『超能力』だと思うな〜」
「パワー系、広範囲で触れることなく、壊滅的被害………。人に対して壊滅的被害って表現使うか?」
「ひょ、表現〜?ん〜〜、重症とか重体とかは言うけど〜確かに被害って言い方はしないよね〜。建物とかに使う感じかな〜。建物を壊せるなら人なんてもっと簡単に壊せそうだけど〜、多分鬼束達って生きてるよね〜」
建物を壊す破壊力はあるが人を殺すほどの破壊力ではない。
矛盾を抱えたバランス関係だ。
「……ん〜分かんない〜。見てない段階で当てられる方が凄いよ〜」
「それもそうか。実演するってことはここで見てりゃ分かるみたいだし、ドクターには犠牲になってもらおう」
♢♢♢
「向こうも終わったみたいだから、初めていいぞ」
『確実達成』で神原と麦島が能力を考察していることが分かったので、少し猶予を持たせることにした。
相手の能力を見極める力。言葉の節々や動き、状況から的確に能力の絞り込みを行っていく。
(事前提示した情報があるから判断は難しいが、中々の出来栄えだ。修羅場を潜ったというのは誇張表現ではないな)
10年選手の神原はともかく、想像以上に麦島の『超能力』への理解が早い。
『超能力』を抜きにすると、神原以上に厄介かもしれない。
「…そう、なら遠慮なく」
一昨日市丸を使って実演したのと同じように、視覚的に分かりやすく通常では起こせない非現実を与える。
力を抑えるのは時間が掛かるが、発動させるのは時間がかからない。
発動条件は感情の昂り。ドクターへの不快感を想起させるだけで発動は容易い———
ブワッッッッッッッ
まるで強風の勢い。二本足で立っている人間にはこれを止める術はない。
「ぐっっっっっ…」
重力とは違う真横からのパワー。腰を落として吹き飛ばされないようにしていても大男が張り手をして来たら勢いのままに飛ばされるだろう。
伊武祥菜の力はその大男すらも凌駕する、近づくことはおろか立つことすら許されない。
ズシャァァァァァァァァとドクターが白衣を擦らせながら神原達の足元まで転がってきた。
祥菜は一歩も動いていない。大きく振りかぶったわけでもなく助走つけて飛び蹴りをしたわけでもない。
動いていない2人がいて、突然ドクターが何かから抗うように体を屈め出して、そしてここまで吹き飛ばされたのだ。
強い衝撃を受けたかのような現象。祥菜自身は動いておらず、ドクター以外に何ら変化は見られない。
「衝撃波……か」
奈津緒の呟きに麦島が頷いた。
「だね〜。シンプルだけど王道の念動力の超能力〜。……ドクターも抵抗してたってことは〜……」
「抵抗は出来るがそれでも祥菜の能力の方が強力ってことだな……見ろ麦島、祥菜の足元」
「足元〜?………何もないと思うけど〜?」
「地面にある石ころだよ。ドクターより軽い石ころは動かずドクターだけ吹き飛ばされた。そして俺達も距離を空けさせられたってことは?」
「…………!生物にしか効かない〜!?市丸の『色鬼』と同じルールだね〜」
「…イタタタタタ。…踏ん張ってどうにかなるものではないね」
白衣の汚れを落としながら立ち上がるドクター。
「大丈夫ですか〜?」
「問題ない。何回も受けていれば受け身も取れるというものさ」
つまりはそれだけ伊武を怒らせたということ。
「まさかこれだけじゃないんだろ?祥菜が駆け寄って来ないってことは、まだ祥菜の『超能力』は終わってねーな」
「まだあるの〜?」
「ほら、早くしろ。もっと祥菜を怒らせろ」
「どういう檄〜?」
「人使いが荒いな全く…。君達も少し近づけば分かるさ」
ドクターは数歩進んで祥菜に距離を詰めた。
そして何もない空中に手を添えるかのようにして、そこで静止した。
ドクターは僅かに体が傾いている。立てないほどではない。しかし体の傾き具合はまるで、吊り革に掴まっていることでどうにかバランスを取っている電車に乗車中のサラリーマンのようだ。
「……衝撃波が出っ放しってことか?」
「違うよなっちゃん〜。多分これバリアーみたいになってるんだよ〜衝撃波を飛ばすんじゃなくて見えない壁を設置してる感じ〜」
麦島はすぐ理解できたようだが、神原はまだイメージが掴めていなかった。
「違いが分かりにくいな。断続的に出してるわけじゃなくてか?」
「ん〜どう説明したらいいんだろうね〜。触ってみたら分かるんじゃない〜?手を進めようとすると僅かな抵抗もなく壁面を触ってる感じになると思うよ〜」
麦島がドクターのそばまで近づくと、右手を縦に揃えてチョップの構えを取った。
「よーーいしょ〜〜〜。見てなっちゃん〜。ピッタリ止まってるでしょ〜」
麦島の右手は空中でピタリと止まっていた。今ある場所から先に手を進められていない。進めようとしているのか僅かに手がプルプルと震えている。
空中で何かに阻まれているような状態になっている。
「絶えず衝撃波を出してるならラグみたいなのがあるからボコボコ飛ばされると思うんだよ〜。でも俺もドクターも吹っ飛んでないでしょ〜?」
「……何となくイメージは掴めた。ガトリング銃とレーザー砲みたいなもんか」
連射と一閃の違い。祥菜の周囲に何者も近付けない不可侵バリアーを作った。最初に内側にいた者は外に弾き出され、再度内側に入ることは叶わない。
攻防どちらにも有用な『超能力』だ。
「チョップがダメなら本気のパンチでどうだ…」
神原も祥菜の能力に挑戦することにした。
〜〜〜
「…こうやって一歩引いて見てるだけって……寂しいな」
誰も近付けない領域。祥菜がドクター達に近づけば、彼らも同等の距離で離れていく。
便利な『超能力』だが、二つの意味で人間離れを起こしている。
大切な人さえも……
奈津緒に心配を掛けられなくても大丈夫な力を手に入れたのに、そのせいで奈津緒に触れられないというのは正しいようで正しくない。本末転倒だろう。
(私の『超能力』を突破するにはどうするのか…。既に事例はあった。雪華ちゃんの無効化能力)
彼女の『超能力』によって自分は能力が使えなくなっていた。
所謂『超能力』による打破だ。
(ドクターが言っていた隕石能力もそうね…。私の『超能力』は人にしか作用しない)
服と靴を揃える過程でペットを連れた大学生くらいの女性を見かけた。
申し訳ないとは感じたが、試しに超能力を発動したところ、女性がリードを離して転倒してしまったが犬は吹き飛ばされることなく不思議そうに飼い主に擦り寄っていた。
動物を脅威と捉えていないからかもしれない。人間にしか超能力は発現しないから危険度が下がって対象外になった。
隕石を危険視していないわけないが、そういう物体にまでは含まれないのだろう。人しか対象でないことは、ドクターの言っていた"万能"のルールにも当てはまっている気がする。
(『超能力』を抜きにしたら……単純に範囲外からの攻撃になるのかな?スナイパーライフル……日本に出回ってるのかな?猟銃で代用かな……考えたくないけど、警察の拳銃とかもあるから安全じゃないな…)
『認識誘導』で警察官を操って銃を撃つ。義晴という『超能力者』なら造作もないだろう。
彼が一応味方側で心底良かったと思う。
超能力と言っても何でもありというわけではない。"万能"になれない通りどこか穴があるし、異能を持っていても所詮は1人の人間だ。
死ななくなるわけでも超人のような身体能力が得られるわけではない。
せいぜいが視線に敏感になる程度だ。
「チョップがダメなら本気のパンチでどうだ…」
奈津緒もバリアーを体験してみるようだ。
(……奈津緒君と隣を歩けるように、範囲を調整できるようにしないとなぁ…)
簡単に吹っ飛んだりしないとドクターに啖呵を切ったはいいが現実問題、奈津緒も吹き飛ばされるだろう。
自分が出来るのは能力の効果範囲を調整して恋人の隣に立つことだけだ。
(数センチ。薄いベールを纏うくらいの感じがいいのかな。今は限界ギリギリまで何も考えずに展開してるけど、抑え込むのにも時間が掛かるから、狭め続けるのは結構骨が折れそうだな……)
「おぉっとアブねっ!」
奈津緒の声に驚いてそちらの方を見た。
奈津緒が体勢を崩したのか転倒しかかっていた。
どうにか手を地面につけて体勢を直したが、突然のことで祥菜も驚いていたし奈津緒本人も分かりにくいが驚いた表情を浮かべていた。
「なっちゃん〜、大じょう〜〜ぐわっ!」
奈津緒の元に駆け寄ろうとした麦島であったが、バリアーに阻まれて体を寄せた分のパワーがそのまま麦島自身に帰って来てしまい、麦島もよろめいていた。
「奈津緒君!」
突然転びかかっている2人。駆け寄りたいが能力が足枷になって2人に近づけない。
(くっ……範囲云々よりもオンオフの切り替えの方が大事そうね!)
足が出そうになるのをぐっと堪える祥菜。
どうにか留まったタイミングで、ドクターが口を開いた。
「……ちょっと待て奈津緒君。何で君は今……………」
「バリアーの内側にいるんだ?」
♢♢♢
「な、奈津緒君?ど、どうやったの?」
色々な可能性が頭を巡っている。でも目の前の現実が異常過ぎて、しっかりと脳を介していなかった。ただただ頭の中で可能性が踊り回っていて宙ぶらりん状態だ。
「いや…全力パンチで突破できるか試したら…そのまま空振りして転び掛けた…………はあっ?」
奈津緒自身も理解できていなかった。
麦島もドクターもバリアーに阻まれていた。ドクターが吹き飛ばされるのもこの目でしっかり見ていた。
なのに、自分はそのバリアーの影響を一切受けていない。
ドクターと祥菜の間だ。麦島も弾かれて転んでいる。この場所は間違いなく祥菜の能力の範囲内のはずだ。
神原奈津緒だけが影響を受けていない。
この現象、前にも起こったことがある。つい最近の話だ。
それに気付いたのはほぼ同時だった。
「「羽原ののの『一時の邂逅』!!」」
ほとんど同時だった。狸寝入りで映画館の顛末を聞いていた祥菜。その時に記憶を消す能力者の話も挙がっていた。奈津緒だけが影響を受けていないということも………
記憶メモリが少ない奈津緒もこれについては最近かつ超能力絡みだったので覚えていた。
何故か奈津緒だけ能力が効いていない。
(……精神に作用する能力が効かないって仮説を立てたけど……私の『超能力』もそうなの?)
精神に作用する能力ではない。人間同士の物理的な位置関係によって効果範囲外まで吹き飛ばし続ける能力。目に見える力ではないが、近づくことが出来ないと心に訴えかける能力でもない。
仮説を立てた祥菜自身も、自分の能力は対象外だろうと見立てていた。
だがそれは覆った。
(『一時の邂逅』に続いて二例目か。偶然じゃねえな。明確な法則性がある。『色鬼』は×。『一時の邂逅』は○。祥菜の『超能力』は○。肉体に直接作用するか否かか……でも俺の足を治した能力は効いてるよな)
ドクターによれば能登八散の『治癒活性』によって足の切断は治療されたと言っていた。
(回復能力が×なのがノイズだな。……直接作用の中でも接触の有無か?……くそっ、サンプル数が少な過ぎる)
何が正解かは分からない。だが今の現象をより詳しく分析する必要がある。
「……祥菜、そっち行くから動くなよ」
そう言って祥菜の返事を待たずに距離を詰める奈津緒。
祥菜も検証目的であることはすぐ理解できたので近づかれるのをじっと待っていた。
勿論その間は『超能力』は発動中のままで今も祥菜の『超能力』は奈津緒を吹き飛ばそうとしている。
しかし、奈津緒が吹き飛ぶ様子はない。ドクターのように抵抗しているわけでもない。
歩みに淀みはないし苦悶の表情もない。
もう確定的だ。
「………贔屓は良くないぞ」
「……私じゃなくて奈津緒君だよ? 家父長制って間違ってないかもよ」
「はっ、能登八散って能力者が俺の足を治してる。だから当てはまらねえよ。…俺自身もまだ把握出来てない。条件は必ずあるはずだ」
そう言って祥菜の手に触れる奈津緒。そして後ろを振り返るが、麦島とドクターはまだこちらに入ってくる様子はない。
「なるほど、俺が触れて能力がリセットされるわけじゃないか。俺だけ作用しないと…」
自分だけに適用される……となると、体質の問題になってくる。
体質………『自己暗示』だ。
「俺の『自己暗示』によるもんか……。法則性が掴めればちゃんと能力として行使できるんだが…、ドクターみたいに"勝手に発動する能力"なのかもしれねぇな」
「『自己暗示』?それが奈津緒君の超能力名なの?」
「あぁ、『自分に都合の悪い暗示をかける能力』だ。祥菜のに比べたら使い所の悪い不便な能力だよ」
「…私の『超能力』を無効化しておいてよく言うよ…」
(精神に作用する能力だけじゃなかった。奈津緒君は雪華ちゃんに近い能力を持っている)
雪華は自分の周囲における『超能力』を全て無にする。対して奈津緒は条件は不明だが『自分に作用する効果』を無効にしている。
“使えないようにする”のではなく”効かない”という差異がある。
(……雪華ちゃんと奈津緒君の『超能力』がぶつかったらどっちに軍配が上がるんだろう……。奈津緒君の『超能力』を把握するためにも早めに場を用意した方が良いかもしれないな…)
諸々が終われば今夜にでも家に帰れる。
スマホにはおそらく雪華から連絡が入っているはずだ。
夏休みの間にどこか予定を作っておかなければと祥菜は決めた。
「………俺に効かないってことはよぉ、俺がドクターを拘束して祥菜が近づけばドクターだけバリアー攻撃を受け続けるってことだよな?」
「…そう、だね。そう考えると最悪のコンボが成立するね!」
憎きドクターに鉄槌を下せるコンボが完成していた。
これで自由にドクターをボコボコに出来る。
「…今からやるの?」
「いや、鬱憤ばらしは祥菜が十分やったしな。それに、今は協力関係にあるから内輪揉めは勘弁だ。ドクターをシメるのは全部の戦いが終わった後だ」
「そっか…、奈津緒君は理性的だね。私だいぶドクターに当たっちゃったから」
「能力得て最初は高揚感とか全能感が出るもんだろ。でも能力だけが全てじゃない。能力には相性とか優劣があるし、駄愚螺棄相手にも能力で完封できたわけじゃない。能力にかまけていたら絶対にこの先の戦いには勝てない。能力と能力以外の力。この2つを両方鍛える必要がある。そこに気付けただけ前に進んでると思うぞ」
そのための協力関係だったり、能力以外の要素の強化という話につながって来ている。
おそらくはcomcomや、白ウサギも同様の方針になっているはずだ。
「…せっかく能力を得たのに、能力以外も目を向けなきゃいけないんだね。ただやること増えた感じ…」
「なっ?能力なんて必要ないだろ」
「そんなことを言えるのは奈津緒君くらいだよ…」
「『自己暗示』が最悪すぎたせいだな。……そういえば、祥菜のこの『超能力』はなんて言うんだ?名前は決めたんだろ?」
「う、うん。ドクターにも名前を付けろって言われたし、館舟に戻る道中で考えたんだよ」
〜〜〜
誰も近づけない力
誰も寄りつかない力
まるで……普段の自分のようだった
議員の娘として一定の畏敬を持たれて、誰も踏み込んで来なかった
父親からも変な虫が寄りつかないようにされていた
大事にされている……それはまるで———
〜〜〜
「名前は、『箱入り娘』」
伊武祥菜
能力名:箱入り娘 (チョコレートボックス)
能力詳細:自分の周囲に生物を寄せ付けないバリアーを形成する
ついに祥菜の超能力名が明らかになりました
重力能力ではなく強力な範囲バリアーを作って近づけなくなる能力
奈津緒だけは効かないので完全に2人だけの空間を形成できますね
そして明かされた『自己暗示』の別の効果
ルールは解明されていませんが効かない能力があると自覚することになりました
これは制御できるのか?ルールは何なのか?
神原がその答えに気づくのはだいぶ先の話になりそうです
ようやくヒロイン3人の超能力名が明らかになりました
長かった8月8日の物語
ようやく終わりが来そうです




