第165話 運命の赤い糸
———2018年8月8日 ゴールデンジム中目黒店
「どうだった?」
「11日なら空いてるってさ」
「コミケの翌日ですね…」
竹満、神岐、設楽は無茶苦茶な爆走を終えて体を休めていた。
府中動乱の戦利品であるスマートフォン2台。神岐はユーツーバーであるが、メカニック周りには精通していない。
スマホのデータ解析をどうしようかと悩んでいたところに設楽が教えてくれた『庭早烈斗』の存在。
comcomの知名度を使って彼にコンタクトを取り、無事に予定を組むことが出来た。府中動乱ではたまたま近くにいたというだけで『認識誘導』で酷使したが、彼で良かったと心から思う神岐であった。
「こっからどうする?11日までこの感じを繰り返すか?」
筋肉痛でろくに動くことが出来ないが、宗麻と設楽は『認識誘導』で無尽蔵に動くことが出来る。
この場所なら家から近いし道中で力尽きることもない。
「俺は別に良いけど…、2人は休んだ方がいいんじゃないか?お前と設楽君は府中の件から動きっぱなしだろ?」
竹満は8月5日の府中動乱に巻き込まれていない。6日に八重洲エンティホテルに突然召集されて、そこからはひたすら体を動かしているだけだが2人は違う。
口頭でも地獄だったことが分かる。おそらく実際は口だけでは表せないほどの混沌だったはずだ。
神岐は『認識誘導』で人を動かしただけかもしれないが、設楽は神岐の手札として戸瀬奏音の護衛から陣頭指揮まで担っていた。
8月5日から今日までのトータル4日、設楽には『認識誘導』で誤魔化しているだけで相当の疲労が溜まっているはずだ。
「大丈夫ですよ竹満さん。義晴さんの『認識誘導』でいくらでも誤魔化せますし」
「それが危ういって話だよ。義晴が毎日『認識誘導』で設楽君をコントロールし続けるわけにはいかないし、どこかで身も心も休める時間が必要だ。『超能力』に頼りまくって体がボロボロになったらいざって時に何も出来なくなる」
「そう…ですかね…」
「設楽の言い分も分かる。あんな激ヤバを身をもって知ってて、まだ見えない敵がいると分かってる。だから呑気に休んでられないってのはな。だが宗麻の言い分も正しい。今こうして鍛えているのは『超能力』に頼らずに戦う自衛力を得るためだ。その手段が『超能力』に頼りきりってのは、本末転倒ってわけじゃないが疑問符は出るわな」
設楽は『超能力』をもっていない。だからこそ早く戦力になれるように力を付けなくてはならないと考えている。
一方竹満は、地獄を見ていないせいなのか一歩引いた目で見れていた。
それは竹満が迎合しないわけではなく、神岐のストッパーという役割に徹しているからだ。
神岐が我を通すつもりなら『認識誘導』を使えばいいのだ。ならば自分は神岐が暴走しない我を通すように軌道修正するのが役目だ。
これは設楽や平原、戸瀬にも出来ない長年連れ添って来た自分にしか出来ない役職だと確信している。
神岐もその役目でいてくれるのを望んでいるのか、竹満の意見に肩を持ってむしろ設楽を宥めるような言い方をしている。
「それは…そうですね…」
焦る気持ちは抑えられないが、心のどこかで『認識誘導』に頼ろうとしていた。
使えるものは使う。だが使えない時に何もできないでは意味がないということだろう。
自衛力強化は『超能力』に頼りきりにしないため。そして『超能力』に対抗する力を『超能力』以外から得るためだ。
牧原桃秀、雪走一真は『超能力者』であり、『超能力』を使って府中をめちゃくちゃにしていたが、彼らには武の心得のようなものがあった。空手や格闘技の動きではなかったが、体をよく動かせていた。
神岐の『認識誘導』で操られた催眠人間達を簡単に殺戮する雪走を、設楽は近くで見ていた。
神岐があの時体を張って動きを止めていなければ、牧村も合流してより収拾が付かなくなっていただろう。
直接は見ていないが、牧村も仮面の集団を1人で蹂躙していた。
二人とも超能力を抜きにした素の戦闘能力が高い。
だから奴らに追いつかなくてはならない。それが『超能力』に頼る行為であったとしても。
(義晴さんや竹満さんの言い分は尤もだ。………ここで意地張ってもどうせ『認識誘導』で承諾させられるんだ。今もこうして会話させてるのは、ちゃんと俺に理解させるため。俺を木偶の坊にして酷使させ続ける方が楽なのに俺を説得しようとしてる)
竹満は設楽を気遣っている。そして神岐も同調している。それを無視するほど設楽は意地っ張りではないし、自分の視野が狭くなっていることに気付かされた。
「…分かりました。では明日と明後日は家で体を休めます」
「そうしろ。明日明後日に限らず……設楽はアルバイトはしてるのか?」
「いえ、俺は実家暮らしなのでバイトはしてません」
「……富裕層め」
「お前が言えた台詞かそれ」
片や実家暮らし、片や日本トップクラスにまで上り詰めたユーツーバー。
「そういう台詞は俺が言うんだよ」
「ガレージと車を持ってるやつは富裕層だと思うぞ」
「あのねぇ…それはお前が免許持ってないからだろ。それに中目黒だと置くだけで金かかるから実家の空きスペースに置かせてくれってお願いしたの義晴だよな?」
「中目黒のマンションの維持と車のローンだけで精一杯だったんだよ。野球動画だって投稿したばっかだからまだ振込のラグがあるし……。安定した金が入ってくればマンションの駐車場を契約するからさ」
「ガレージ…。竹満さんも実家暮らしなんですか?」
「そうだよ。俺と義晴は田無出身で、俺は今もそこに住んでる。俺の家は町工場やってて無駄に敷地だけはあるんだよ。義晴は免許持ってないから俺名義で買ってな。自宅兼職場だし運転するのは俺だから別に困っちゃいないがな」
「……なんか、もっとリッチな暮らしをしてると思ってました」
「…義晴は親元を離れて全部1人でやってるからな。学費、家賃、活動資金。今のユーツーブの収入だと生活インフラを維持するだけで精一杯なんだよ。…今思えば、お前の両親がマンションの契約書にサインするわけない。『認識誘導』で誤魔化したな?なのになんで金はちょろまかさないんだよ」
「…それは超えちゃいけないラインだろ」
「お前の主義ね。野球動画で全面的に押し出したのはそのポリシーに限界が来たからか?さっさと『超能力』使えばもっと楽にcomcomとして大成できたのに…」
「最初から使ってたらユーツーバーとして空っぽになるからな」
「でも使ったと……。義晴って結構ブレブレな性格だよな。考えもコロコロ変わるし。まぁ、『認識誘導』なんて万能なもん持っちまったらそうなるのもおかしくないけどよ」
「頭で思うだけで全部思いのままなんだぜ。ポリシーでも決めてなかったらやりたい放題だ」
「そのポリシーで苦しんでちゃ意味ないっての。…設楽君、あまりこいつを神格化しない方がいいぞ。社長のドラ息子くらいで見る方がちょうどいい」
「sageてんじゃねーよ」
竹満が結構踏み込んだ発言をしたが、神岐は怒ったりしなかった。
本人にも自覚があるようで、否定もしなかった。
さっきの『超能力』頼りではダメだという部分にも通じるところがある。
計画性の無さ。絶対的な力を持ったが故の唯一の弊害。
それだけの力を持ってユーツーブをするに留めていることも凄い。普通だったらもっと悪事に転用していい程の力だ。
なのにそれをしないというのは、神岐が言っていた主義によるものだろう。
神岐は昔から、能力偏重にならないように心を律していた。
(……敵わないな、この2人には)
竹満も一昨日初めて『超能力』の存在を知ったが、それよりもずっと前から神岐の『超能力』に心当たりがあったのだろう。
小学校からの幼馴染と言っていたから10年以上の付き合いだ。
3日前に知り合った程度の自分ではとてもではないが2人のステージに立てない。
頭で起用されているが、その頭すら竹満にも劣ってしまっている。
何でもありな力に縋ろうとしない竹満は、ハッキリ言って眩しい。
彼は、超能力者でありcomcomである神岐義晴ではなくただの神岐義晴を見ているのだ。そこが自分と決定的に違う。
神格化するなも、超能力者やcomcomという称号に惑わされていないから言えるのだ。
まだ、力が足りていない。
八重洲エンティホテルのミッションを突破したくらいで満足してはいけない。
さらに成長しないといけない。だがそのためにはまずは体を休める。
先に進むために足踏みをするというのは、どうにももどかしい。
「義晴、全部片付いたら免許取れよ」
「なら一緒にだな。お前も大型免許取れよ。comcomの活動に限らず、実家の工房のためにも必要だろ?」
「それもそうだな。全部終わる頃には3年経ってるだろうしな」
「設楽、お前は免許持ってんのか?」
「…原付免許なら。普通免許はいずれ取るつもりでしたので、良い機会ですね」
「私も免許を取ってみたいですわ」
「馬鹿が作った馬鹿な問題の傾向さえ掴めばなんとかなるだろ。『〇〇しなければならない』は×にしておけば8割は正解らしいぞ」
「8割…まぁ妥当だな。あぁ、路面電車の問題は気を付けた方がいいぞ。電車の有無、安全地帯の有無、乗降客の有無でパターンがありすぎる。出ないことを祈った方が早い」
「路面ですか…身近にないからイメージしづらい問題ですね…」
「だな。座学もだけど実技が不安だな。途中で高速乗ったりするんだろ?あぁ……不安だ。もういっそ『認識誘導』で実技ちょろまかすかぁ?」
「おいコラ主義。行き当たりばったりで決めてんじゃねーよ」
「怖いですけど、頑張ります」
「?…………っ!?」
「ほら、設楽君も頑張るって言ってんだ。お前がビビっててどうすんだよ」
「………竹満さん。義晴さん」
「どうした?」
路面に不安を抱いていた設楽だったが、名前を呼ぶその声は、不安よりももっと大きなものに感じられた。
恐怖で上手く声が出ないような、そんな声色だった。
「どうした?」と2人が設楽の方を見た時に、2人もまた気付いた。
「義晴様、それに設楽さんと………お二人のご学友でしょうか?」
「…………」
「…………」
「…………」
3人とも固まってしまった。
それもそうだ。今このジムは神岐の『認識誘導』の影響下にある。
神岐達が入店した時点で既にトレーニングをしていた人間は全員操ってこちら側を認識できないようにしている。
受付の女性も操って新規で人が入って来るのを防いでいる。
今このジムで神岐達に話しかけることが出来るのは、外から入って来た認識誘導影響下にない人物だ。
しかも目の前にいる人物は、3人とも見知った顔だった。
「……暁美、どうしてここにいる」
驚いた中どうにか口を開いた神岐。そして声に乗せて『認識誘導』を発動させた。
『平原暁美は俺、宗麻、設楽の質問に偽りなく答えろ』
(…今、使ったな。暁美さんに)
『認識誘導』発動時の空気の変化。設楽は気付いている様子はない。やはり自分しか分からないようだ。
「義晴様がここにいると分かったからです」
「……」
無言のまま竹満と設楽に確認する。
「初対面はお前の部屋だ。彼女と連絡先を交換できるわけがない」
「……ドクターが八重洲エンティホテルだと特定していましたから、おそらくそっち経由ではないかと」
「白衣のお方ではございませんわ。ここにいると分かったからです」
暁美は繰り返して言ったが、ドクターから聞いていないとなれば何故分かった?
「……………なるほど、そういう『超能力』ね」
「「!?!?」」
「そうです。私もびっくりしました。白衣のお方に『超常の扉』を受けて目が覚めたら、義晴様の居場所が頭に流れ込んできたのです」
「……レーダーみたいな『超能力』か?」
GPS衛星のようなイメージを想像した竹満。
「…暁美。ホテルを出てから今この瞬間までに起こったことを話してくれ」
『平原暁美の記憶力向上。覚えている内容を余すことなく伝えろ。竹満宗麻、設楽柚乃はこのやり取りを記憶に定着させろ』
一言一句アウトプットさせ、他の者にインプットさせる。
記憶の定着については、命令自体は時間経過で効果を失うが覚えた事実は能力効果が切れた後にも残り続ける。
『認識誘導』はあくまで意識を変える能力。人間が引き出せたものについては喪失することがない。
無論定着させても記憶なのだがいずれは忘れていく。しかし何遍も『認識誘導』で頭に刻みつけていたら、小学生の九九のように暗唱できるようになる。
『認識誘導』の最も便利な使い方の一つだ。
「……はい、まず目が覚めたら———」
彼女が8月6日の夜から今、8月8日の昼にかけての全てを語った。
自分と同じように連れてこられた2人の少女のこと。
ドクターから受けた座学の内容。
能力形成と名付けの大事さ。
羽原ののの一味や丹愛からの断片的な情報でしか得られていなかった情報だが、暁美を通してようやく公式から得ることが出来た。
♢♢♢
「———そして電車を使って中目黒まで来ました」
『認識誘導』によって「あー」とか「えっとー」などの挟み込みがなく頭の中のカンペを読み上げるようにスラスラと語ってくれた。
「「「…………」」」
長い話だった。竹満と設楽はすぐに頭に入っているだろうが、能力が適用されない神岐には少し咀嚼の時間が必要だった。
能力が環境や願望である程度作られるなどの重要な情報を知れたことは大いに良いことなのだが、1番神岐を驚かせたのは……
「……滝波夏帆が『幌谷の白ウサギ』の姉だったとは…」
滝波夏帆には一度テレビ夕日で会ったことがある。賢い高校生という印象で一緒に写真も撮った。彼女は「弟がいる」と言っていたが、まさかそれが『超能力者』なのは衝撃だった。
「いや、それも驚いたけど。伊武って女の子、ドクターの足を踏みつけるとか凄いことしてるな」
竹満が驚いたのは、ずっとミステリアスであり、情報源、作り手として常に優位性を保っているドクターを負傷させた少女の存在だ。
「…ドクターのお気に入りの神原奈津緒と付き合ってるんだ。臆せず踏みつけるとは…将来有望だな」
「…神原や神坂にも敵能力者の手が及んでいたんですね。2人とも撃退できたみたいですけど」
設楽が驚いたのは神原と神坂が敵の能力者に襲われたことだ。
神原は半グレ集団が絡んだようだが1人で撃退。白ウサギも『超能力者』に襲われたがどうにか対処して姉に逃げるように伝えた。結局はドクター達に連れ去られることになったが、すぐに渋谷から逃げろと判断できたのは白ウサギが喧嘩だけの子供ではないことを表していた。
ケホッケホッと平原暁美が咳き込んだ。
「暁美、大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です。ようやく義晴様にお会い出来たんです。これくらいどうってことありません」
「義晴、彼女多分何も食べてないはずだ。下で何か買ってくる」
「いや、待て。暁美が戻って来たんならここに居続ける必要はない。暁美の家まで送るぞ。宗麻は下のコンビニで食べ物を買ってこい。設楽は暁美を頼んだ。俺は『認識誘導』使ってタクシーを捕まえる」
竹満と神岐は設楽が返事をする前にダッシュで動き出した。
神岐は自身に『認識誘導』が使えないから体の消耗は残っているというのに、竹満と同じ速度で動き出していた。
「俺車で来ればよかったな」、「俺達のところに戻るのは予想してなかったからしゃーない」と2人会話しながら見えなくなってしまった。
「……暁美様。もうしばらくの辛抱です」
「…大丈夫です。喉が渇いただけですから」
「義晴さんならすぐに戻って来ます」
「そうですわね。………私は義晴様に助けられてばかりですわね」
「……私もです。義晴さんと竹満さんを見ていると、まだまだ頑張らないとと痛感するばかりです」
『認識誘導』で操られていなければこんなものだ。咄嗟の判断が弱い。操られて合理性の塊になっていれば即決できるが、人間らしさがあるせいで行動が数テンポ遅れてしまっている。
「設楽さんは私と奏音を守ってくれたではありませんか。あなたがいなかったら私達は府中を脱出できたか分かりません」
「…でも俺は、最終盤に突っ立ってることしか出来なかった。雪走一真が暴れているのを止められず、敵の合流を許してしまうところだった。義晴さんが止めていなかったら、雪走に殺されていたかもしれません」
「それは私もです。あのお方…牧村さんという方は義晴様達の敵でしたが、彼がいなかったら仮面の人達に襲われて終わっていたでしょう。……お互い、まだまだ精進しないといけませんね」
設楽が力を求めるように、暁美も己の無力さを痛感していた。
精進した結果、暁美は『超能力』を手に入れた。
詳細は分からないが、レーダーのような能力だ。
あまり戦闘向けの能力ではないらしい。
隕石や薬物や化物身体能力と比較すると別方向の強さとなっている。
(義晴さんが戦闘向けの『超能力』じゃないから出来ればそっち寄りだったら良かったけど………女性で戦闘向けの『超能力者』は見てない。女性が"願望"や"環境"で戦うことに特化した『超能力』になることはないか…)
ダッダッダッダッ
竹満がダッシュで戻って来た。
「暁美さん。まずは水分補給をしてください」
「ありがとうございます……ええと……」
暁美と竹満は面識がない。竹満は6日に会っているがその時暁美は眠っていたので会話するのは今が始めてだ。
「竹満宗麻、義晴の幼馴染です」
「まぁ、幼馴染!よろしくお願いします、竹満さん」
自分も幼馴染がいるからなのか、それとも同じ属性を神岐が持っていることが嬉しいのか。
どちらにしても暁美は水を受け取ると、余程喉が渇いていたのかゴクゴクと爽快感を感じさせるように…………ということはなく、立場に相応しく慎ましくペットボトルに口を付けた。
「義晴周りで暴走してたって聞いてたけど、素敵なお嬢様だ。奏音さんとも違う」
「好きな人相手だと周りが見えなくなるタイプですね。むしろそれで義晴さんが見えるようになったってのは面白いですね」
彼女の願望の通りの能力になったのは間違いない。
ファァァァァァァン
クラクションの音が下から聞こえて来た。
「タクシーを捕まえたみたいだ。暁美さん、食べ物はタクシーの中で」
「は、はい」
「設楽君はこのフロア内の俺達の痕跡を消しておいてくれ。急がなくて良い。義晴も防犯カメラのデータを『認識誘導』で消してる途中だろうから」
「わ、分かりました」
さっき一緒に降りる時にそういう取り決めをしていたのか、スムーズな指示だった。
2人も素直に従う。暁美は竹満と連れ立って外に出て、設楽も備え付けのタオルなどで指紋や汗などの生体に関する痕跡を可能な限り消し始めた。
フロアの反対側ではこちらを認識することが出来ないトレーニー達が汗を流している。
いずれ彼らは『認識誘導』の効果が薄くなって、ごく自然にこちらの領域まで足を踏み入れるのだろう。
『認識誘導』は認識を変える能力であり厳密には催眠ではないが、『認識を変える』では言葉足らずに感じる。催眠術と言われた方が飲み込みやすい———
♢♢♢
———成城学園から北に2キロほど進んだところ
整備された綺麗な公園かと思うほどの緑と広々とした空間。
金持ちあるあるで庭に噴水があったりするが、実物を見るのは初めてだ。
そして庭の奥。植物のない真四角の空間。一瞬テニスコートかと思ったが、どうやらあれはヘリポートのようだ。床にオレンジ色で"H"とペイントされている。
ここは世田谷にある平原邸。地主の孫娘が住む家は?と問われれば皆が頭に浮かべる家が、眼前に広がっていた。
「……何圧倒されてんのよ」
「…いや、これ見て平静は保てないだろ。豪邸ってこういうところを言うんだな」
平原邸の前で合流した戸瀬奏音にとっては見慣れた光景だが、神岐にとっては生で見る豪邸。圧倒されていた。
「この屋敷は奏音の会社が改修に携わってるんです。年数が経っているのですが、適宜リフォームしてくれるおかげでこうして景観を保てているのです。驚いていただけたようで嬉しいです」
「は、はい。とても……場違いで…」
「……本来俺達は客人として招かれる身分ではないですからね…」
竹満と設楽は完全に及び腰になっている。神岐よりも親が裕福なはずだが、平原家と比べるとミジンコサイズのようだ。
「ちなみにあそこに見える高層マンションの最上階が私の家ね」
奏音が指差したのは南にある高層マンションだ。駅から徒歩5分のところにあって立地も申し分ないし周りは高層の建物が少ないから塔のように聳え立っていた。当然戸瀬不動産が開発したものだ。
「……暁美は分かるけど、奏音もやっぱお嬢様なんだな」
「…物凄い失礼な言い方だけど、アウェイだから我慢するわ。私の家で言ってたらマンションの基礎にしてたところよ」
「そういうところがお嬢様らしくないんだよ」
「2人とも喧嘩しないでください。そろそろ離れに着きますわ」
暁美と奏音の友人として神岐達は平原邸に招かれた。
本来なら本邸の応接間で会話するつもりだったが、暁美の帰還、しかも男連れということで家が軽いパニックになったため、混乱を避けるために離れで会話することになった。
暁美の父は裏の事情を周りに伏せているようだが、平原家の人間は神岐達が暁美の失踪に関わっているとうっすら気付いているらしく、そういったヘイトを神岐達に直接向けさせないための配慮だ。
離れに入って周りに人がいないことを確認すると、今度は奏音に聞かせる目的でもう一度説明を行うことになった。
「………なるほどね。府中動乱の全容がやっと分かったわ。…………………はぁ」
知れて良かったと同時に、知りたくなかったという気持ちになる。
「それで、暁美は超能力者……『超能力者』になったってことね。………あんまし見た目の変化はないのね。金髪にでもなれば面白かったのに」
「パツキンで家に帰したら俺達たぶん監禁されてるぞ」
「……なんで金髪なんですか?」
「「!?」」
えっ、知らないの?と驚く竹満設楽。お嬢様であることは見た目や言葉遣いで分かるが、誰もが知る名作を知らないというのは……箱入りを通り越して教育不足と言ってしまいかねない。
「……よく超能力を飲み込めましたね」
超能力は魔法と同じ括りで知識として知っているはずだが、サブカルなものに触れずに超能力を理解するのは難しいだろうと竹満は考えていた。
「そうですね……府中で隕石を見てしまったというのと、白衣のお方の講義を受けたからではないでしょうか。多分金髪というのはアニメや漫画なのでしょうけど、私は何も知らない分見聞きしたものを現実にある理論として咀嚼することが出来ました」
異常な物を有るものとする、エセ科学や量子力学として暁美は捉えていた。
「先入観がない方が『超能力』の幅が広がるのかもな。念力しか存在しないって思い込んでたら願望や環境あっても念力止まりだった気がする」
「ほぇ〜、ある程度ルールがあるのね。願望や環境って言ってるけど要は運なんでしょ? 暁美、あんた大丈夫なの?」
「大丈夫です。『超能力』は私の想い通りの力をくれました」
「そうだな。まだ暁美の『超能力』の詳細を聞いていなかった。暁美、可能なら『超能力』に何を込めたのか教えてくれないか」
「大したことではありませんわ」
暁美は立ち上がると設置された台座に乗り上げた。
「……私は、府中動乱の渦中で独善的な行動をとってしまいました」
それは、神岐から「府中から離れろ」と言われたのに、神岐が心配で府中市街に入ってしまったことだ。
仮面の集団に襲われたところを牧村桃秀に助けられたが、牧村が全力で神岐に攻撃を仕掛けていたら暁美は人質として利用されていただろう。
暁美と奏音が府中に取り残されたことで、神岐は2人を逃がすために敵の無力化に奔走した。
神岐が羽原のの達に行った交渉や、偶然操った設楽が有能だったなどの様々な要因によって、2人は府中を脱出することが出来た。
全て暁美の暴走が原因だ。
「義晴様に迷惑をかけましたし、危うく奏音を失ってしまうところでした。『超能力』のことを知って、義晴様が優れた『超能力者』であることを知りました。白衣のお方も義晴様を警戒なさっていたのですから、義晴様は強く私の心配が及ばない方なのでしょう。でも………私は義晴様が心配です」
それは暁美が義晴を好きだから。
好きな人が危険な戦いに巻き込まれている。
それを遠くから見ているだけでは自分の体がどうにかなってしまう。心配で、そばに居たいけど、それは迷惑で……
「白衣のお方に『超能力』に願いを込めろと言われて私はすぐに思い至りました。私は……大切な人と離れ離れになりたくない…と」
「……その結果、相手の居場所が分かる『超能力』を手に入れたと。常にそばにいられないのは府中動乱で痛感したから、せめてどこにいるかが分かっていれば、離れていても安心できる……か。願望通りの『超能力』だな」
暁美が義晴を強く想ったからこそ覚醒した力。
「…その『超能力』だと俺はどう見えるんだ?場所が頭に流れ込んでくるって言ってたけど」
「…どう説明したらよろしいのでしょうか。義晴様の姿が衛星カメラのように上から見えているわけではなくて、スマホの電波のように強弱があります。後は漠然とした方角が分かる感じです。方位磁針で近付くほどに針が大きくなっていく感覚でしょうか…」
実際に方位磁針を具現化するわけではなく、頭がそう解釈しているということなのだろう。
「今日覚えたてでそれだけ説明できれば十分だ。……その場所特定ってのは、俺にしか効果を発揮しないのか?」
「ど、どうなのでしょう。市丸さんという方は動かす物を選べていましたから、私も選択できると思いますが……、私が強く想っていないとダメな気がします。義晴様と……後は奏音くらいですね」
「私?私の場所が分かるの?」
「いえ、今は目の前にいるから判断が付かないです…」
「義晴さんと会ってないのに目覚めてすぐ居場所が分かったということですから、"強く想っている相手の場所が分かる能力"……ということになるのでしょうか」
「誰彼構わずだとドクターの言う"万能"になるからおそらくな。俺や奏音だけってのは制約的にも妥当と言える。…常に居場所がバレるってのは、俺や奏音からしたらちょっと心配になるけどな」
ピクンと奏音も反応して立ち上がった。
「確かに……私の位置情報筒抜けじゃない!なんか位置情報を共有するアプリがあるみたいだけど、それをスマホなしでかつ一方的に知られてるのよね!………私も暁美の居場所が分からないと釣り合わないわ」
「ご、ごめんなさい。私のせいで…」
暁美が謝罪するが、それは問題ない。いや、筒抜けなのはプライバシー的にも嫌なのだが、1番の問題は"大切な人"という条件から外れるために暁美と仲違いしてしまいそうということだ。
(私のことを気遣って敢えて嫌われ役をされる方が私にとっては最悪。私が神岐を好きになってドロドロする以外に居場所を知られるデメリットはないわ。……暁美が能力を悪用しないようにもっと箱入りにさせる必要がありそうね。少なくても合コンとかのお遊び系は生涯NGで決まりだわ)
「…別に良いわよ。『超能力』がそういうことも出来ちゃうくらい無法ってことがよーく分かったわ。…暁美は場所が分かる能力、神岐は人を操る能力。超能力って碌な力を与えちゃくれないのね。一昨日は欲しいって思ってたけど、欲しくなくなってきちゃったわ…」
自分の願望が何か分からないが、変な能力を持たせられるくらいなら何も持たない方が良い。
「後は………名前か。ドクターにも名前を付けろって言われたんだっけか?」
「はい。義晴様はどう名付けられたのですか?」
「丹愛に付けてもらった」
「お前……ホントそういうとこあるよな。子供に付ける時のおばあちゃんみたいなことさせんなよ」
「ざっくり"認識を誘導する能力"って決めてたから名付けにそこまで意味を見出せなかったんだよ。丹愛の『高鬼』を聞いて、名付けの前例に肖っただけだ」
「2人とも、暁美さんのターンなんですからちゃんと聞きましょう」
脱線し始めた二人を宥める設楽。
「設楽さん、ありがとうございます。……色々考えたのですが、"これ"という物はまだ思い付いていないのです。パッと浮かんだのって言われたのですがそもそも浮かんで来ず…。サブカルチャーに疎いとこういうところで困ってしまいますわね」
綾ノ森では奏音と常に行動しているが、講義の空き時間や食堂に行くと、サブカルチャーの話題が多く挙げられている。
綾ノ森は"THE お嬢様"な人だけでなく一般の高校から進学した者も多い。そうなれば自然とそういう話が大学内に入り込んでくるのだ。
会話の中に入れないというのを暁美は感じていた。みんな知っていて自分は知らない。だが奏音がいるから孤立することはなかった。
けど奏音はサブカルチャーに詳しい。戸瀬家の親子関係を見ていると、そういうものに検閲や制限をかけていないのだろう。
暁美の家は由緒正しいが故に箱入りとして育てられた。
「……じゃあ、俺らで考えるか。暁美の『超能力』に合った名前にしよう。ここで経験積んどけばいずれ名前付ける時に困らないしな」
「いずれって…ドクターって人の話だと『超常の扉』は後1つなんでしょ?誰かはあぶれるし…他にも私らみたいな子供達がいるんでしょ。そんな抜け駆けみたいなこと………出来るのか、神岐なら」
「ドクターに『認識誘導』を使って『超常の扉』を作らせるつもりですか?」
「『超能力』には頼らない自衛力って話じゃなかったのか?」
「全部終わった後の話だ。それに作るのに時間と金が掛かるらしいからな。『認識誘導』で不眠不休にしたところで3分の1までしか圧縮できない」
「…裏を返せば私達は無能力者としてた戦わないといけないわね」
「『超能力』に頼らない力を手に入れる大事さが分かるな。でも奏音さんは難しいんじゃないのか?奏音さんも体を鍛えてもらうのか?」
「えっ?私も前線で戦う想定なの?私と暁美は後方支援でしょ?暁美の『超能力』も前線で使う向けの能力じゃないんだし」
「当然だ。2人には繋がりを使わせて欲しい。特に奏音の果たす役割が大事になる」
「私?」
「それは後で話す。まずは名付けだ。"大切な人の場所が分かる"…………大切な人って英語でなんて言うんだ?」
「important…だけど、重要って意味じゃないな。どっちかって言うと、親愛……ラブ的な意味のが正しいだろ」
「ラブ……ね。だいぶ恥ずかしいわね。じゃあ場所が分かるっていうのは?」
「know……だと弱いですね。願いのきっかけ的にもどこにいるか分からないから場所を知って会いに行きたい。会いに行けなくても居場所が分かれば安心できるって感じですからね」
「重たい愛が抑えきれずいつでも会いに行きたい…て感じか」
「!!?」
竹満が何気なく要約のために呟いた一言だったが、平原暁美には何かビビッと来るモノがあった。
今まで箱入りで育てられた暁美が、初めて家の介入なく動いた事柄。それは『超能力』であり神岐義晴だ。
神岐のために手に入れた能力。
竹満の言葉はまさしく彼女の『超能力』を表していた。
そこで頭に流れ込んできた言葉。何でそれと言われても説明が付かない。
ドクターが言っていたようにパッと浮かんだからだ。でもこれが自分を表した名前であることは間違いないと断言できるものだった。
「………ラ……、『運命の赤い糸』」
「えっ?」
「……私の『超能力』の名前です。ポチよりは会心の出来栄えですわ!」
「ポチ?……その名前でいいのか?」
「はい、みんなが案を出してくれたおかげです。ありがとうございます」
「…あまり役に立っていない気がしますが、俺達が役に立てたのなら良かったです。な、義晴」
「おぉ、本人が納得してんならそれでいいよ。一助になったんなら万々歳だ」
大切な人と離れ離れになりたくないが故に手に入れた力。
愛故に想い、安心するための力。
名は、『運命の赤い糸』
平原暁美
能力名:運命の赤い糸 (ラブアトミック・トランスファー)
能力詳細:大切な人の居場所が分かる
※現状は神岐義晴と戸瀬奏音にのみ有効
暁美の超能力名が明らかになりました
愛を体現した能力になりました
これで神岐が浮気していてホテルに行っているとすぐにバレてしまいますね
さて次回は、伊武祥菜の超能力名が明らかになります
ドクターも一緒に館舟に行くようですが……神原とトラブルを起こさないでもらいたいですね……




