第164話 超常のない世界
———2018年8月8日 彩プロダクション
神泉高校に進学するつもりの神坂雪兎に追いつくために勉強を頑張ることにした月城泰二と臼木涼祢。
勉強への意欲を燃やしつつ、守護者として雪兎を守るために、事務所のトレーニングルームを使って鍛錬に励んでいた。
当の雪兎は体力が貧弱なため、今は体を激しく動かさない体幹トレーニングを行っていた。
合気道を学ぶなら筋力よりも動かしやすい体づくりがマストだと判断してのことだ。
時刻は12時を回ろうとしている。
そろそろお昼時だ。昨日も事務所に常備されている食べ物を拝借した。無関係なのに無料で食べてしまったことに申し訳なさがあるが、「出勤停止状態で食べる人がいないからむしろ食べてもらわないと困る」と保谷に言われたことで3人はご厚意に甘えることとなった。
ピッ ガァーーーーー
カードスキャン認証の音と共にトレーニングルームの扉が開いた。
〜〜〜
彩プロダクションでは、部屋に入る際には必ずカードによる認証を行っている。
声優を守るために屈強なマネージャーを付けるのがこの事務所の方針だ。となれば自然とマネージャーは男性に限られ、声優が女性であろうとも男性が当てがわれる。
声優とマネージャーは互いに支え合い切磋琢磨するもの。それはビジネスパートナーに留まることはなく、そこから友情に近いもので形成されていく。それであれば問題ないのだが、中には相思相愛まで発展して行くこともある。
また、マネージャー側が劣情を催して担当声優に手を出すということも、人間の三大欲求から鑑みても0ではない話だ。
爛れた話はたとえ事実でなくても、彩プロダクションの方針を聞いた人によってはそういう可能性が頭に過ってしまう。
そんな噂や都市伝説がSNS上で拡散され、ファンからは疑惑の目で見られることで声優達に精神的負荷が掛かることを考慮した上層部によってこの制度が採用された。
これによりどの部屋に誰がどれだけの時間滞在していたのかが分かるようになった。
空き倉庫に男女2人が1時間もいる。勤務中にオフィスから2時間も離席してトイレに行っている人がいる。
など、異性交流の防止だけでなくサボり社員の発見にも役に立つこととなった。
マネージャー含めた事務所の職員にとっては気が休まらないが、声優サイドからしたら身の安全が保障されていることに加え未成年声優の保護者からも、「この事務所になら預けても問題ない」という安心感を得ることにつながった。
事務所の外では屈強なマネージャーが守り、事務所の中でもカード認証、さらにカード認証をすり抜ける"共連れ"防止のためのカメラの設置により、事務所の中も厳格な体制で監視されている。
この仕組みによって、大手の事務所でないながらも高い志望率と知名度を得ることとなったのだ。
〜〜〜
トレーニングルームに滝波夏帆のマネージャーである保谷秀人が入って来た。
「3人とも、12時を過ぎた。昼食を取りたまえ」
保谷は右手にバスケットを持っており、その中には事務所に常備されている軽食や、3人のために買って来たであろうコンビニのおにぎりが10個も入っていた。
「ありがとうございまーす」
月城がウキウキとバスケットを受け取って食事が可能な部屋の片隅まで持って行った。
「保谷さん、ありがとうございます。でも3人でおにぎり10個って、中々食わせますね」
軽食だって甘い物含めて沢山あるのに、どれだけ食わせるつもりなのかと神坂が心配になった。
「子供は沢山食べるのが仕事だ。本当だったら栄養士に管理してもらいたいが生憎裏が取れてないから出勤できない。栄養という面では不安だろうが、まずは腹に溜めるんだ。いつ戦闘になってもいいようにな」
元自衛官の保谷が言うと説得力が違う。食える時に腹に詰めて不意の長時間戦闘を戦い抜く。普通のサラリーマンだったら腹一杯食べて昼の仕事中に瞼が重くなっていることだろう。
「雪兎君、食べよう。雪兎君はもっと筋肉をつけた方がいいからな」
「……言いたいことは分かるけど、胃袋はそう簡単に膨らまないぞ。フードファイターよろしくで食う前に水をしこたま飲まんとこれだけの量は食えん」
臼木にも心配される神坂の貧弱ボディ。『超能力』を使って体を激しく使う戦いをしてこなかった影響で神坂は平均以下の身体能力となっていた。
長岡相手には手鏡で不意をついたことと向こうの発動条件が整っていなかったことで殺すことに成功したが、背後から不意打ちを受けると『強制平等』発動前に負けること必至だ。
そのために神坂は能力の幅を広げつつ体を鍛え、月城と臼木は神坂以上に体を鍛えて神坂に不足している部分を補おうとしている。
大人に食えと言われたらNOと言わずに食べるのが子供。
食事スペースで3人座り込んでモグモグと昼食を取り始めた。
「保谷さんは食わないんですか?」
「私はバスケットに入れる時に摘んだから問題ない」
「一緒に食ったって良いのに…」
月城としては一緒に食事することで少しでも関係性を深めていきたいのだが、保谷としては一マネージャーの立場であり、謂わば客人扱いの雪兎達に過度に接触するようなことはしなかった。
「同じ釜の飯を食わなくったってこれから共通の敵と戦うんだからいいだろ別に」
「ふゆ…普通はこういうところで親睦を深めていくんだぞ。ふゆが人との関わりに希薄なのは知ってるけどさーもうちょい繋がりを持つことをやった方がいいと思うな俺は」
「コネ……飯辺さん然り彩プロダクション然りか?否定するつもりはないけど、『超能力』なんてペラペラ話していいもんじゃないんだから下手に関係者を増やすわけにはいかんだろ。長岡みたいなスパイもどきがいるとも限らんし…」
「『超能力』関係なく!繋がりがあれば不測の事態にもなんとかなる!実録の件だって…………な?」
「実録…?………あぁ、繋がりね」
鬼束実録との一連の戦闘行為。月城が戻って来ないことで敵と見破り、別行動していた臼木が戦いに割り込みかねなかった玉梓組をブロック。そして玉梓組の物見八蔵を特攻させることで『強制平等』が発動できるようにした。
『強制平等』をすぐに使っていれば苦戦することもなかっただろうが、同じ条件下だった場合、神坂1人だったら勝利できていなかっただろう。
月城が言葉を濁したのは、反社会組織の玉梓組との関わりを保谷に知られないためだったが神坂には伝わったようだ。
「…利用できるもんは使えと。そして利用するためには仲良くしろと…まぁこれを保谷さんに聞かれてる時点で意味ない気がするけどな。…保谷さん、元自衛官として聞きますが、同じ釜の飯を食えば結束は強まりますか?」
「……レンジャーになるためには過酷な訓練を受けて合格しないといけない。途中でリタイアするなんてのは当たり前で、あまりの過酷さで身体中が痙攣して泡を吹いて死んだ同期を目の前で見たことがある」
「「「……」」」
「足が千切れるくらい歩かされて酸素ボンベもなく高い標高の山にも登った。48時間眠らずに行軍したりね……。それに比べたら今のマネージャー業なんてキッジャニアくらいの簡単な仕事さ。…軽んじるわけじゃないぞ。肉体労働で見た場合の比較の話だ」
「分かってます」
「……そんな地獄みたいな環境で、寒さで手を振るわせながらレーション……ご飯を候補生の仲間を食ったのは……なんとも言えない気持ちだったよ。頑張って乗り越えよう。レンジャーになるぞ!って…互いを励まし合って地獄を進んできた。……あの時ほど人の温かさを感じたことはないし、仲間同士の絆がガッチリ結び合ったこともない。今の君ら3人がやっていることみたいなもんだよ。地獄の度合いは違うが、一緒に飯を食う食わないじゃ雲泥の差だ」
自衛隊の中でも限られた者しかなれない”レンジャー”。経験者が語る壮絶な話と仲間の大切さ…
「……凄い話ですね。頭が下がります」
「カッコいいっすね。尊敬です」
「ありがとう。現役の自衛官にもその気持ちを伝えて欲しい。我々は政治に踊らされる危うい立場にあるからな。それを言われるだけで励みになる」
「…そんなにか」
同じ釜の飯を食う。そんなの毎日家でやっていたが、結束もないし深い繋がりになるなんてことはなかった。
(ただ食べるだけじゃダメなのか。今更あの人達と結束を深める気はさらさらないけど……)
♢♢♢
昼食を食べ終えて小休止
ルームランナーをウォーキングの速度に設定して腹に影響のない範囲で体を動かしていた。
「声優事務所なのにトレーニングルームがあったりしててすげぇよなぁ。ほら、武道用の畳部屋みたいなのもあったじゃん」
「合気道の体験で使った部屋か。道着もあって準備いいし声優も体型維持のために使ってるって見学の時に言ってたな」
「マネージャーオンリーだったら俺のサイズに合うウェアはないだろうからそうだな。収録スタジオよりも体動かす系の施設の方が面積が広い気がするな」
ウォーキングなのでこうして雑談も出来る。3人は彩プロダクションの設備について話していた。
「声優…にあるか分からないけどさ、バレエの練習部屋みたいなのもあるのかな?」
「バレエの練習?ステージってことか?」
「…多分鏡張りの部屋だと思う…手摺がある」
「そうそれ!」
「あぁね。ダンスとかでも使うような奴か。たまにテレビの密着でそういうところで撮ってるな」
「最近の声優はアイドル売りもしてるからダンスルームがあるはずだよね」
「さすが声優好き。姉ちゃんが帰って来たら聞いてみるか」
人がいない今こそ事務所の隅々まで探検したいものだが、長岡以外のスパイがいるかもしれない中では下手に事務所内を動き回るのは得策ではない。
保谷は通常業務があるため既に部屋にはいない。何かあれば連絡してくれとは言われたが、この質問のために呼び出すのは気が引けたので姉に聞くことにした。
そしてそうやって人の名前を出した時に限って当人が出現する。
噂をすればなんとやらだ———
ブー ブー ブー
神坂のスマホが震えた。
ラインの通知でも通話音でもなく直電。雪兎の直電を知る者は家族、月城と臼木と成瀬だけだ。
成瀬の可能性もあるが、彼女はチャット中心で今まで彼女の方から電話を掛けてきたことはない。
月城達は隣にいる。家族仲が冷え切っている中で電話を掛けてくる家族なんて1人しかいない……
「月城、臼木。保谷さんをここに呼べ、大至急」
ルームランナーを降りて自分の荷物が置いてあるロッカーへ向かう。
「「分かった」」
月城と臼木も余計な口は挟まず守護者として命令を全うする。
2人もルームランナーを降りて事務所の全ての部屋に備え付けられている受話器を取って、保谷から事前に聞いていた内線番号をプッシュした。
「もしもし、保谷さん———」
月城が保谷に連絡を取ったのを確認したところで、神坂も通話をオンにした。
「………もしもし」
姉からの着信だが、昨日みたいにドクターが出て来るかもしれない。あれも相当面食らったがあの時はライン通話だったので違和感による心構えは出来ていた。
今回はいつもの連絡手段だから姉であるはずだし、これで姉が出て来なかったら事態が悪い方向へと転がっていることを意味することになる。
「…….ふゆ君?」
「電話掛けといて疑問系かよ」
「そのツッコミはふゆ君だぁ〜」
ボケなのか誘拐による混乱なのか判断が付かないが、この返しが出来るということは一先ずは姉本人であることは間違いない。
「……助けられなくて悪かった」
「ううん、ふゆ君も『超能力者』に襲われてたんでしょ?仕方ないよ」
(超能力者……)
この単語を2日前の姉は知らなかったはずだ。自分も長岡から聞かされドクターによって正しくレクチャーを受けたばかりの新出単語だ。
姉もドクターによって教えられたのだろう。知らなかったことを知ることはこの先を思えば正しいことだが、誘拐によって姉が変えられてしまった事実がそこにはあった。
「今どこにいるんだ?」
「新宿だよ。『超能力』が分かったから帰っていいってドクターに言われた。ふゆ君は?家?」
「いや、彩プロダクションにいる。月城と臼木もいるぞ」
「いまーす」「います」
内線が終わった月城と臼木がこちらに来て会話に入ってきた。
「事務所にいるんだ…。じゃあ私も渋谷に行くね」
「いや、どこに能力者がいるか分からんから迎えに行く」
「ダーメふゆ君、私も『超能力者』だよ。自分1人の力で帰れなきゃ何も出来ないわ。それに能力者が来ても大丈夫!私の『超能力』は凄いんだよぉ。ふゆ君もびっくり仰天しちゃうかもなー」
ピッ ガァーーーーー
内線が終わってから1分も経っていないのにもう保谷が中に入ってきた。
3日前に見せた1階へのジャンプ然り、とてつもない身体能力だ。
「滝波さん、ご無事ですか?」
「その声は保谷さんだ。私は大丈夫です。今からそっちに行くので待っててください」
「いえ、しかし…『超能力』関係なしに滝波夏帆を1人きりにするわけには…」
「西武新宿線でも1人だったから大丈夫。あっ……電車が来たので切りますね」
「ちょっと、滝波さん!」
「じゃあまた」
トゥートゥー
一方的に喋って通話が切られた。
「……はぁ…」
マネージャーとしては気が気でないのだろう。『超能力』などという未知の存在を知った中で大切な商品をフリーにして、何かあったらその損失は計り知れない。
厄介なファンだけでなく超能力の関係者も警戒しなくてはならなくなる。
「ハイ…みたいになってたな、雪華さん….」
「『超能力』を手に入れたらそうなるんだろう。超人になってスマートにしてるのなんて雪兎君くらいだ」
「……漏れ聞こえた音からして山手線だったから直に着く。事務所の入り口で姉ちゃんが来るのを待とう。保谷さんは事務所へ連絡してください。シャワーはトレーニングルームを使えば良いし、服なんて渋谷で一式揃えられる」
「あ、あぁ分かった。…雪兎君、冷静だな」
「帰って来るのは分かってましたからね。本人も1人で帰って来れる自信があるのなら、その機会を奪わない方がいい。何よりあの状態の姉ちゃんに逆らうと後々めんどくさい」
(絶対にだる絡みしてくるからな…)
(ブーブー文句言いながらふゆに戯れてくるな…)
(雪兎君と口を聞かなくなるかもな)
姉弟のやり取りを知っている者からしたらどれもあり得る。保谷はそういうシーンを見たことがないからめんどくさいの意味が分からなかったようだが、3人のなんとも言えない表情から自分の知らない一面があるのだと割り切り、すぐに動くことにした。
「…他のスパイはどうなってます?」
「清掃員周りは長岡以外シロだな。他の職員や声優についても調べているが……勘だが出て来ないだろうな。そもそも長岡は雪華さんが所属する前から勤務している。そんな状況で2人もスパイとして潜り込ませるとは思えない。…以前からならスパイですらないな。長岡が働いていた目的がさっぱり分からない…」
「姉ちゃんが入る以前から働いていたんですか。…それは確かに奇妙ですね…」
長岡のあの言い振りでは滝波夏帆の弟が『超能力者』であることを3日前まで知らなかったはずだ。
(『超能力』関係なくたまたまここで働いていて、たまたま『超能力者』の姉が入所して、たまたま『超能力者』の存在を知って尾行したところバレて殺されたってか?偶然にしては出来過ぎてる)
いや、長岡の目的が分からないのなら『超能力』絡みと断定するのも視野を狭めることになる。
姉でないのならこの彩プロダクション自体に長岡が働いていた理由があるはずだ。気分転換なんて発言を鵜呑みにして片付けるわけにはいかない。
(…もう一度会えば分かるけど…手掛かりも掴めないからな。そしてそんなヤベェ奴を蘇生できる復元能力者…知覧だったか……。薬物能力も末恐ろしいけど能力者を1回だけだが復活させれる知覧は真っ先に始末するべきだ)
一度実践して殺し方は学んだ。自分の息止め時間を伸ばして向こうには呼吸していない状態を『強制平等』で押し付ければ、対策されていない限り確実に殺せる。
(警戒すべきは保谷さんが言ったように遠距離攻撃とか不意打ちだな。"見れば勝てる"は言い換えれば"見ないと勝てない"だ。手鏡は常備するとしても、他にも"見る"ことにフォーカスした発動までのプロセスの改善が必要になる)
『強制平等』で記憶操作が出来ることは確認した。能力無効化も出来たしまだまだ試してみたいことはある。
ただ、発動の改善は今までやってこなかった。
(目に映った全ての人に無差別に『強制平等』を使うのは現実的ではないし根本の対策になっていない。…守護者を自称してる月城達を上手く使ってやれることを探していくか……)
♢♢♢
———30分後
彩プロダクション 正面入り口
「ただいま〜」
「「「「………………」」」」
「…おかえりって言ってよふゆ君!」
「…テンション高いな。ストックホルム症候群じゃないよな?」
「ドクターを好きに?ないない。私が大好きなのはふゆ君だけだよ〜」
そう言って抱きついて来た姉を弟は振り解こうとするが、リュックを背負っていてかつ日々声優として体のメンテナンスを欠かしていない姉には力で敵わず、されるがままになっていた。
能力で強引に外そうとしたが抱きつかれているせいで姿が見えず、姉も対策しているのか顔が上向きになるように抱きついていてどうにも出来ない。
「超人気声優に抱きつかれて嫌がるのなんてふゆくらいだよな…」
「…人によっては鼻血出してもおかしくない」
「…せめて事務所の中でやって欲しい…」
雪兎のツンを見てしみじみ思う月城、雪華のルックスとネームバリューを再確認する臼木、タレントの暴走を止められない保谷。
「さっさと離れろ!」
シスコンのくせに嫌がる雪兎。
3日前の事務所見学の際と同じ感じになっていて、全員が雪華が帰って来たことを改めて実感していた。
ようやく姉から解放された弟。せめて事務所の中でと言う保谷によって、事務所の中に入った5人。
保谷が既に会議室を一つ押さえていたようでそちらに移動することになった。
会議室の中には神坂姉弟、月城、臼木、保谷の5人だけだ。
滝波夏帆帰還は社長には伝わっているが、気を利かせてくれたのか面会は後でも構わないと言ってくれた。社長には『超能力』の話は伝わっていないため、ありがたい申し出だった。
「ほとんど眠ってたから体感1日もないけど…今日は8日なんだよねー」
誘拐されて起きるまでの間、能力付与で丸一日と雪華が起きていた時間は結構短い。
「まずは雪華さん、ご無事でなによりです」
「保谷さんありがとう。…3人も心配かけてごめんね。この2日間、私のために動いてくれたんでしょ?」
「い、いえ、俺達はふゆの守護者として突然のことをしたまでです」
「雪華さんの問題は雪兎君の問題でもありますから。2人の力になります」
「ありがと。ふゆ君も『超能力者』に襲われたらしいけど、大丈夫だった?」
「大丈夫だ。姉ちゃんのお節介のおかげで何とかなったよ」
「? 分かんないけど、私が手助け出来たんなら良かった」
「それで姉ちゃん。誘拐されてからのことを教えてくれ」
「うん、そうだね。私の『超能力』を含めて全部話さないとね」
雪華は4人に誘拐されてからのことを語った。
同じく誘拐された伊武祥菜、平原暁美のこと。ドクターから府中動乱や『超能力』についてレクチャーを受けたこと。
『超常の扉』によって能力を付与されたこと。伊武祥菜と共に萩原時雨と会話してドクター達の過去を聞いたこと。
そして、自らの『超能力』を自覚してドクターに帰されたこと———
〜〜〜
「……結構楽しかったんだな」
「うん、祥菜ちゃんと暁美さんと知り合えたからね。祥菜ちゃんは可愛くて、暁美さんは大和撫子みたいな美人さんだったよぉ」
「「「伊武祥菜が可愛い…」」」
ドクターから聞いた伊武祥菜とは印象が異なっている。ドクターを攻撃した血の気の多い女と聞いていたが…
「あぁ…まぁ、ドクターに主導権を取られないようにしてたからね…。でも祥菜ちゃんは奈津緒君を心から思っててね。奈津緒君は幸せ者だなーって思ったよ。ま、私のふゆ君への思いの方が強いけどね!」
「はいはい分かった。それで、姉ちゃんの『超能力』は何なんだよ」
「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれました。私のびっくり仰天の『超能力』はーーーーーーー」
ゴクリ
月城の唾を飲む音が聞こえた。あいつはこういうところに乗っかりやすいというか飲まれやすいというか……
「………当ててみてね」
「雪華さん…」
今はふざけてる場合じゃないでしょうと保谷が嗜める。
「向こうで時雨ちゃんからクイズ出されたの。だから私もクイズを出したいの。それに、相手の能力を推察する力は大事でしょ、保谷さん?」
「…それを言われると困りますね。装備や所作からどこの国の兵士でどういう攻撃をしてくるかを瞬時に判断する訓練は昔ありました」
「クイズですか…確か『超能力』は願望や環境で決まることが多いってドクター言ってたな」
「言ってた。願望は分からないけど環境という点なら、雪兎君と同じような能力なんじゃないか?」
「俺?」
「同じ屋根の下で育ったんだから」
臼木の言うことも分かるが、同じ家で育っても歩んできた道のりは全然違う。側や問題児、側や声優。
似たような能力になるようには思えなかった。
「…じゃあなんだ。俺の『強制平等』みたいに相手の力を俺レベルまで変えるってのか?」
「ブブー、でもふゆ君の『状態を押し付ける力』に近いと言えば近いかも」
「近い…」
『強制平等』も大分特殊な能力なのでそれの派生となるとやはり特殊になる。
『超能力』に触れた時間が短い保谷には難しい問題だが、卓越した戦闘スキルや過酷な環境に身を置いたからこそ導き出せることもある。
月城、臼木も『氷鬼』、『頭上注意』、『解体々々業者』などの力を見聞きしている。能力考察という点では十分な経験をしていると言えるだろう。
だがやはり、『超能力』を持っている人間にとっては『超能力』の特定も容易になるのである。神坂雪兎の『強制平等』はそれを十分に満たしていた。
「……なるほどな。厄介な能力を身につけて帰って来たな」
「えっ?ふゆ、分かったのか?」
「厄介な能力?」
「…………はぁ」
「えっ?なんで嫌そうなんだよ?」
答えが分かったのに何故か勿体ぶる雪兎。
「さすがふゆ君!頭良いね!」
「この答え合わせに頭の良さは関係ねーよ」
「それもそっか…。では今から私はふゆ君に抱きつきます。嫌なら『超能力』を使って躱してね!」
姉弟の以心伝心によって他3人が置いてけぼりを食らっている。クイズかと思えば急に抱きつくという流れになった。クイズはどこに行って、結局能力は何なのか?
「りょう、どうなってんだよ」
「分からん。でも抱きつくことで『超能力』が分かるってことじゃないか?」
「でもふゆは『強制平等』で動きを止められるんだから抱きつき阻止なんて朝飯前だろ」
「とりあえず2人の戯れ合いを邪魔しないでおこう。邪魔すると後が面倒だ」
(………)
下手に邪魔しない方がいいと踏んだ月城臼木は静観する。保谷も会話を挟むことはしないが顎に手をやって考察を続けているようだった。
3メートルほどの距離を空けた2人。助走を付けて抱き付くつもりのようだ。
「じゃあ行くよ!ふゆ君!」
「へぇーい」
元気ハツラツな姉に対してめんどくさそうな弟。
能力が分かってからというものの、どうにも気怠そうにしている。
そして雪華が走り出した。3メートルだから5秒もかからない時間だ。
(ふゆの『強制平等』なら一瞬で発動できる)
(雪華さん、どうするつもりなんだ?いや……そもそも走り出せてる時点で———)
(私の全速に対応した雪兎君なら雪華さんの一歩目の段階で止めるくらいわけないだろう………!? まさか……)
「グェッ」
雪兎は姉の突進を止める事が出来ず、全力のタックルハグを食らった。来ると分かっていたから重心を前に倒していたため倒れることはなかったが、それでも人1人のタックルだ。変な声が出てしまった。
「ふゆ……何で…」
雪兎の能力なら造作もないはずなのにそれをしなかった。
「違うぞ月城。『強制平等』を使わなかったんじゃない」
「はっ?………はっ!」
月城もようやく理解した。
「……『超能力』を使えなくする『超能力』……というところか」
保谷の呟きに臼木が頷いた。
「雪兎君ならクイズを出された時点で自白強要していたはずです。なのに雪華さんは普通に会話していた…だから雪兎君は気付いたんだと思います」
「あぁ…だからあのタイミングで諦めが付いてたのか」
「…『能力を使えなくする能力』か。『状態を押し付ける』に近いが最早上位種だな。『強制平等』を封じられたら俺は何も出来なくなる」
「…….うん、ふゆ君に戦って欲しくないから身に付けたんだよ」
「過保護だ。それに長岡と出くわした時点でもう避けられない。ドクターとも手を組んだ以上姉ちゃんの願望は叶わない」
「それでも、戦って欲しくないの。これ以上ふゆ君だけ辛い思いをしてほしくないの」
その言葉は超能力だけではない。別のモノも含まれていた…。
「……泣いてんのかよ」
「………泣いてない」
「声震えてるぞ。声優ならもっと演技しろ」
「今は滝波夏帆じゃなくて神坂雪華だから演技しないの。そして私は泣いてない」
「元気ハツラツだったのは泣きそうなのを隠すためかよ。不安だったんなら泣けば良かったのに」
「ふゆ君が泣いてないのに私だけ泣くわけにはいない。…そして私は泣いてない」
ギュゥゥゥゥゥと抱きしめる力を強める雪華。貧弱雪兎を黙らせるには十分だ。
「イテテ、BOTみたいに言ってる時点で隠し通せてないだろ。分かったから、能力は十分理解したから離れてくれ」
「……ずっと…ふゆ君とは距離があったけど、超能力者になったことでようやくその距離が縮まった気がする」
「…今までだったら『強制平等』で近づかせないように出来たからな」
「うん、もうそんなことさせないからね」
「…節度は保ってくれよ」
「ふゆ君が私から離れなかったらね」
「このまま抱きつかれ続けろと?」
「ふふっ、流石に3人が見てるからここまでだね」
ようやく雪華が離れてくれた。
「2人きりで抱擁はいよいよやばいだろ。千葉の高坂さんみたいになるぞ」
「私達は足立区の神坂さんだね」
「治安が悪いな。鼻にピアス付けてそうな姉弟だ」
「キスは子供の頃にやったから……結婚式はどうする?」
「頭の治安まで悪くならないでくれ…」
キスと言っても10年以上前に撮った写真の中での話だ。あれを大人の階段の1ステップに含めないで欲しいしそもそも向こうの兄妹だって本当のゴールインをしたわけじゃない。
「ふゆ……俺は滝波夏帆のファンを代表してお前を倒さなくちゃならない」
「同意」
「止めろよ。そのテンションで来られるとマジの近親相姦みたいで笑えねぇぞ」
「雪華さん、弟相手と言えど不用意にそのような発言をされると滝波夏帆のブランドに傷が付きます」
「保谷さん、家族の戯れ合いですよ。本気にしないでください」
(((いや…絶対に本気だっただろ)))
月城臼木保谷の心の声が一致した。
本当にヤバい関係を持ちそうな2人であるが、これ以上踏み込んでも何も出てこないだろう。
互いの重い思いを知っている月城臼木は、今後2人の動向を警戒するようになった。流石に家の中までは介入できないが、滝波夏帆というブランドを持っている以上は家の外でイチャイチャさせないようにする必要がある。この点は保谷も同意見で裏で2人が一線越えないようにしようという協力体制が築かれたことを、この姉弟は知らない———
♢♢♢
「そういえば、ふゆ君の『超能力』って『強制平等』って言うんだね」
「あぁ、平等にする力だからそう名前を付けた。…そうか、姉ちゃんには言ってなかったな。名前がどうしたんだよ」
「ドクターがね。言ってたの———」
〜〜〜
———2018年8月6日 都内某所
「………そうだ、これも伝えておかなくてはな。自身の『超能力』が何か分かったら、名前を付けるんだ」
「「「名前?」」」
「君達がこれから手に入れる『超能力』の固有名だ。市丸君の『色鬼』だったり義晴君の『認識誘導』だったりね」
「…名前…ですか?必要…でしょうか?」
代表して平原が尋ねる。
「絶対ではないが、名付けもされてないフワフワしたままだと、『超能力』の方向性も定まらなくなるだろう。これは人によるだろうが、名前を付けると自分の物になったという実感が湧いて愛着が持てる。…ペットへの名付けと思ってくれたまえ」
「なるほど…ワンちゃんのように…」
「平原君、馬鹿正直にポチとか付けようとするなよ。自分の願望…謂わば半身なんだからな」
「分かっております。思いの丈を『超能力』の能力…そして名前に込めればよろしいのでしょう?」
「その通り。私は把握していないが、奈津緒君と雪兎君にも固有の名前があるはずだ。……と言っても変にこねくり回す必要はない。平原君が"思いの丈"と言ったが、パッと思い付いた名前が案外しっくり来るものさ……」
〜〜〜
「確かに…パッと思い付いた名前だったけど、体を表した名前だな」
「そう!ここに帰ってくるまで名前をずーっと考えてて、全然良いのが思いつかなかったんだけど、ふゆ君の平等にする力で『強制平等』みたいに、私もそういう連想できる名前に決めたよ!」
自分の周りの『超能力』を無効化する能力。
大切な弟に戦わせない力。
弟を守る力。
「名前は…………『超常のない世界』」
神坂雪華
能力名:超常のない世界 (ピースフルデイズ)
能力詳細:半径5メートルの超能力を無効化する
雪華の超能力名が明らかになりました
雪兎が能力を使っても姉から逃げられなくなったので、雪兎にとっては最悪ともいえる能力でしょう
さて次回は、長らく登場していなかった平原暁美の超能力が明らかになります
起きて早々ビルを抜け出して行った彼女。行き先は何処へ———




