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お前らだけ超能力者なんてズルい  作者: 圧倒的暇人
第5章 旅は道連れ
160/169

第160話 ヒロイン育成計画㉑

 ———都内某所


「………………………」

 鬼束丹愛はピクリとも動いていない。

 右手には銀色一色のナイフが握られている。

 うつ伏せのような状態でまるで眠っているかのようだが、目はしっかりと開いていた。


(ギギギギギギギギギギギギギ。くそっ、全身を押さえ込まれてる。これを身動きせずにくらい続けるのはきちぃ)

 実録の『氷鬼(ムーブスナッチ)』が発動している。丹愛はその場から一歩も動くことが出来ない。

 市丸や実録が接している床はギギギと音を出しているが、丹愛のところは一切音を出していなかった。

 下向きの力が『氷鬼(ムーブスナッチ)』によって0にされているのだ。

 当然だが完全に無になっていない。実録が瞬きをして能力が解除された瞬間に、その抑え込んでいた力が一気に全解放される。このパワーを持って丹愛の床だけを先に破壊させるのが作戦だ。


氷鬼(ムーブスナッチ)』発動中は聴覚と触覚しかまともに機能しない。


 他の3人は固唾を飲んでその時を待っている。

 視界の先には実録がいる。視界は能力発動の瞬間で固定される。だから見えなくなっているわけではないが、一切視界も体も動かせないのは動きたいという意思に反しているようで恐怖を感じる。

 何回か『氷鬼(ムーブスナッチ)』を受けたことがあるが、どうにも慣れることが出来なかった。


「……30秒経過か。実録大丈夫か?ただでさえ普通とは違う状況なんだから、無理に目を開き続けなくてもいいんだぞ」

 全員が平等に重力を受けている。目を閉じて上からの力に耐え凌ごうと奮闘する中で目を開き続けるのは精神的に消耗してしまう。零は自分ならとてもではないが20秒も開けられないだろうと考えていた。

「…大丈夫だよ零兄。今の零兄や市丸兄よりはマシみたいだ。ほら、俺のところだけミシミシ言ってないだろ?体格や姿勢で力の加わり方が微妙に違うんだろうな」

 確かに先程まで音を立てていたのに今は音が鳴っていない。身じろぎしたことで力のかかり方が分散されて負荷が軽減されたのかもしれない。

(俺はとても動かせないのに実録が動けたのもそういうことか)



 さらに15秒経過。トータルで45秒だ。

 普段の実録なら平均1分なのでそろそろリミットが来る。


「……ぐっっっっ」

 目が乾いてきて瞬きしたくなる衝動をどうにか抑え込んでいる。

 限界まで耐える気だが、ふとした拍子でうっかり瞬きをしてしまうかもしれない。

「実録、限界だろう。無理をするな」

「ま、まだ行ける。せめて1分は行かないと…」

「…1分を超えなくて良い。丹愛にも分かるようにタイミングを合わせる。10カウントで目を閉じろ」

「……分かった」

「丹愛、0になったらナイフを放るんだ。体が落ち始めた瞬間だ。外すなよ」

「………」

 返事はない。『氷鬼(ムーブスナッチ)』によって声を出すことが出来ない。表情も固定されているので今意識があるのかもはっきりしないが、信じるんだ。


 ちょうど50秒が経過したところでカウントが始まった。


「10!」


「9!」


「8!」


 神坂雪華によって『隠れ鬼(インビジブルスナッチ)』は解除されてしまっている。


「7!」


 それによって解除された『隠れ鬼(インビジブルスナッチ)』は既に弟達で全枠使っている。


「6!」


 伊武祥菜を見ていれば今の彼女の安否が分かって安心出来ていたが…


「5!」


 ドクターでも良かった。今どこにいるかでも分かれば弟達を安心させられただろう。


「4!」


 神岐義晴と手を組んだのは正解だったのかもしれない。彼が味方になっただけで隕石能力者達は抑制を強いられている。


「3!」


 いや、味方というのはおかしいな。主導権は向こうにありこちらをいつでも処理できる。


「2!」


 神原や白ウサギとも協力関係になれた。


「1!」


 曖昧ではなく完全なる敵。ここからは時間の勝負!


「0!」






 ボガァァァァァァァァァァァァァァァン





「ゲホッゲホッ」

「ブハッ、(けむ)い」

「はぁ…、丹愛は?ナイフは?」

 ビルに穴を開けたのだ。ただでさえ廃ビルで清潔な環境ではない。色々なものが舞っていて視界が煙で覆われている。過重力は健在なので腕で顔を覆うことも出来ない。

「あまり喋るな。変なものを吸い込む。煙が晴れるのを待て」


「ゲホッゲホッ」

 丹愛の咳き込む声がする。声は下から聞こえてきた。丹愛は無事に下の階に落ちることが出来たようだ。後はナイフの所在だけだ。


 〜〜〜


 煙が薄らいできた。視界が戻ってきて目の前に縦長の空洞があるのが確認できた。丹愛の型抜きになっていて人型であることがほんのりと確認できる。




「………成功だ」

 クリアになったことではっきり見えた。

 空洞のど真ん中。ナイフが空中で固定されていた。

 零はすぐに目を閉じて『隠れ鬼(インビジブルスナッチ)』を発動させた。階下の丹愛を確認する。………落下の衝撃で立ち上がれていないが、丹愛は無事だ。

「丹愛も落下できたみたいだ。ここまでは作戦通りだ」

「やったな零兄」

「後は丹愛兄の『高鬼(タワースナッチ)』の出番だな」

「丹愛、『高鬼(タワースナッチ)』は問題なくナイフを動かせそうか?」

「………うっ…、何とか動かせると思う。……零兄、ここには重力がないみたいだ。上から抑え込まれる力がなくなってる」

「何?それは本当か?」

 4階は重力があって3階には重力がない。これは貴重な情報だ。もしも4階だけに重力が発生しているのなら、5階の伊武祥菜には被害が及んでいないということになる。まだ確証はないが安全かもしれないと分かっただけ前進している。


「零兄、丹愛が無事なら俺らも穴から落ちれば…!」

「…おそらく重力から解放される。実録、丹愛が移動したら穴から落ちれるか?」

「うっ……階同士って3メートルくらいあるよな。でも丹愛兄もやったんだし………分かった。零兄、丹愛兄が真下からいなくなったら教えてくれ」

 実録が這いずって穴へと進めていく。

「俺も…少しでも近付いとかないと…」

 市丸も過重力で実録よりも動けないが穴へと進んでいく。

 零は『隠れ鬼(インビジブルスナッチ)』の特性からしてここで待機しておく方がいいだろうし、重力で這って進むことも出来ない。

(俺が一番でかいからか…。でも不思議だ。さっきよりは少し楽になった気がする。丹愛が解放されたことに敵が気付いて能力の調整をしているのか?)


 謎の重力能力。3階はセーフで4階はアウト。指定されたポイントに重力をかけるものだと推理したが、今自分のかかりが緩まったことや市丸丹愛実録それぞれで微妙に重力のかかり方が違うことが気になった。

 もしかしたら能力者の位置が関係しているのではないか?滝波夏帆の無効化能力は半径5メートルという範囲指定があった。


(例えば…4階という空間指定を行なって重力の中心点を俺や市丸側に設定しておけば……重力のかかり方に違いがあることの説明が出来る。けど今は緩くなってるってことは…、手動指定じゃなくて能力を受ける人間全員の中央の座標が自動的に設定されるのかもしれない)

 そうなれば、市丸と丹愛の間あたりが中心となって比較的市丸に近かった零が影響を強く受けて実録が他二人よりも動けたことの説明がつく。


(じゃあ丹愛が抜け出した今はどうなる?4階から外れたから再計算しているのか?となると、市丸が中心点になる。俺にかかる重力が弱くなったのも中心点が市丸になってその市丸が俺から離れているから………)

 もしもこの仮説が正しいのなら、市丸が穴に近づくほど、実録にかかる重力が強まってくるはずだ。

(実録の反応でそれは分かる。だが重力が強くなってもどちらかは穴に入れるはずだ。そうなれば再計算で俺と残った方の中間……。最終的には俺だけが過重力になるが、弟達が動けるならそれで良い。3人が3階から移動したのを見計らって俺も穴から落ちれば4階が崩れてビルが全壊するのも避けられる。伊武祥菜は安全に外に出してやりたいが、敵がどこにいるか分からない状態で移動させるのは危険すぎる…)


 パラパラパラ……

 絶えず穴から欠片が落下していく。ただでさえ穴が空いたことで強度が安定していない中で市丸と実録の重力によってさらに穴に負荷が掛かっている。丹愛の重力がなくなったがトントンといったところだろう。


 目を閉じて丹愛を確認する。会話は聞こえていたようで、穴の真下から動こうと這っている。市丸達が着く頃には移動しきって降りれるはずだ。

(『氷鬼(ムーブスナッチ)』で1分間溜め込んだパワー。床をぶち抜くほどの威力を前面で受け止めたんだ。……内臓が心配だ。……俺達は病院に行けるのか?)

 保険証は昔のものを持っているが、被保険者が死んだことで扶養の保険証も無効になっているかもしれない。それにホームレスだった自分らに身分と呼べるものはない。3年前からマイナンバーが発行されるようになったが、ホームレスだった自分達は当然所持していない。



 スゥゥゥゥと丹愛のナイフが穴の中に入っていく。停滞状態だったが動かせる余力が戻って来た。丹愛もナイフも動いたことで穴に入れるようになった。


「実録、大丈夫か?」

「だ、大丈夫。なんか体が重い気がするけど、落ちて動けるなら安いもんだ」

「零兄、俺ももうすぐだ。実録が降りてから降りる」

 予想通り実録の重力が強まっている。これで重力の秘密が解けた。

「丹愛は移動してる。このまま落ちてくれ」

「……受け身取れるかな…」

 重力から解放されるとしても落ちる瞬間には下向きに強い力が入る。自由落下ではなくボールを下に叩きつけるような勢いになるはずだ。



 ふーう、ふーう

 呼吸を整える。長い時間重力を受けたおかげで落ち着けるだけの余裕が生まれてきた。気のせいか()()()()()()()()()()気がするが、それもすぐ終わる。


「零兄、市丸兄。行くね!」

 目を開けていると怖くて竦んでしまう。竦む足はないが、ローリングで落ちるにしても体が竦んでしまう。

(ローリングなら市丸に押してもらえば楽だったけど…、穴挟んで反対側だからな…)

 自分で一歩踏み出さないといけないバンジーやスカイダイビングよりは体を捻るだけだ。体を捻るのに勇気はいらない。目を瞑っていれば知らず知らずに落ちるだけだ。だが閉じていると受け身が取れない。

(ええぃ!勢いだ!)


 ぐりん


 穴に向けて体を回してカップインした。

 空いた穴は鉄筋が一部剥き出しで側面もアスファルトのようにザラザラしている。

 ジャンプして落ちたわけではなく沿うように落ちるわけだから、そういった危険物に触れてしまうことになる。


 キンッ ビッ

 左腕と背中に痛みが走る。剥き出しの鉄筋で引っ掻いたのか粗めの側面で削ったのか分からない。

 そして体が浮いた感覚がした。引っ掛かって落ちないということはなかった。

(落下の恐怖より体を削られるっての方が怖いな。市丸兄、大丈夫か)

 グインと物凄い力で下に引っ張られる。体は力のままに落下していく。

(おぉっ、早い。受け身どころじゃねぇ!)

 3メートル下にジャンプしたら1秒くらいだろう。だがその半分の時間もない。


 バダァァァァァァァァァン

「いってええええええ!!」

 丹愛はあまりの勢いに悶絶して声が出せなかったのだろうが、実録は『氷鬼(ムーブスナッチ)』で溜め込んだパワーがない分ダメージは丹愛より少なかった。だがその分痛みに対して声を上げることが出来た。

 自分らが潜伏している、敵がいるかもしれないとは分かってはいても、この痛みを無言で耐えることは不可能だ。着地なんてものではなく地面に叩きつけられたようなものだからだ。



「実録、無事か?」

「ゴホッゴボッ。…何とか大丈夫。丹愛兄、凄いな」

 丹愛は何とか立ち上がれたようだ。頭の上でナイフがプカプカと一定の距離を保ちながら浮遊していた。

「大分無理してるよ。これは意地だな」

「…なんか大声出した俺が情けねーな」

 丹愛から差し出された腕を取って何とか支えありで立ち上がれた。

「市丸兄が来る。お前は『氷鬼(ムーブスナッチ)』で市丸兄に触れるんだ」



氷鬼(ムーブスナッチ)』の特性

 固定中に加わった非自然のパワーは能力解除時に一気に解放されるが、固定前のパワーは0になる。つまり過重力によるパワーで落下している市丸に触れれば、過重力分の力は無効化することが出来る。



「分かった。丹愛兄は早く階段の方に行って敵を確認してくれ。階段さえ塞げば伊武祥菜は守れる」

「了解」



「……よしっ、丹愛が部屋の外に出た。実録も準備出来てる。市丸、落ちて大丈夫だぞ」

「分かった。…敵は見える?」

「………いや、見えないな。丹愛は今2階を繋ぐ階段にいるな。上に上がって来ないように待ち構えるみたいだ。お前と実録が来れば2階の部屋を見ながら1階を確認するつもりだな」

 3階、2階、1階をクリアできれば敵はビル内にいないことになる。これほどの能力なら()()()()()()()()()()()と踏んでいたが、近くにいなくて良いくらいに厳しめの条件を定めているのかもしれない。


(発動中は自分も重力の負荷がかかるとか、実は時間制限があって空間から人がいなくなれば強制的に解除されて同じ場所で重力をかけることが出来なくなるとか…色々あるな)


 もしも空間からいなくなることが解除条件であれば、零がここに留まっている間は能力を3階に設定し直せなくなる。

 移動して能力を解除させてしまえば4人全員が動けるようになるのだから、能力を再発動させて弟達を押さえつけても自分が4階の階段にいれば伊武祥菜を体で守ることが出来る。

 逆であっても敵は伊武祥菜に近づけなくなるのだ。彼女を守る目的は果たすことが出来るようになる。



 ♢♢♢



 だんだんと押さえつける力が弱まってきている。

 予想では中心点が市丸から自分と市丸の中間になるから重力は強くなると思っていたが、弱まっている。もしかすると重力は人数に比例して強くなるのかもしれない。市丸が落ちればもっと弱まるということだ。

(弱まってきてるなら直接4階の階段まで向かうまでだ)

 4階に誰もいないことは明白だ。『隠れ鬼(インビジブルスナッチ)』で弟達をレーダー代わりにして敵の位置を把握する。こうして敵の侵入を阻む間にドクターは戻って来るだろう。

 丹愛が地面をぶち抜いた時の音はビルの外まで聞こえているだろう。ドクターには聞こえているはずだ。




「よしっ、市丸。お前もすぐに降りて丹愛達と———何で穴から離れてるんだ」

 穴に落ちるはずなのに市丸は先程よりも穴から離れてこちらに近付いていた。動いた素振りはなかったが確かに穴から離れている。

「ち、違う零兄。なんか……引っ張られるんだ」

「何言ってるんだ。ただでさえ重力で…………重力で……」

 重力はだんだんと弱まってきていた。最初は100のパワーで苦悶していたが、丹愛と実録が落ちたことでパワーは弱まっていた。初めにMAXを体感したことで弱まりがより強く感じられていた。あまり過重力を感じないくらいに……だが……


「……………」スクッ

 零はすんなりと立ち上がれた。立ち上がる際に抵抗感はない。体の節々が痛いがこれは過重力によるもので今過重力があるから発生している痛みではなかった。

「重力がなくなった……でも何だ?バランスが…」

 体が後ろに引っ張られていく。市丸が言っていたことと同じだ。

(何だこれ。急斜面に立ってるみたいな……横向きの重力?中心点から重力の向きを変えられるのか?)

 指定した空間内にいる人間を対象に特定の向きに力を加える能力。床をぶち抜いたことは敵にも伝わっているはず。弱まっていたのは力の向きを再設定するのに一旦解除を必要としていたから?だが優勢の状況で向きを変える理由がない。


「れ、零兄!」

 階下の実録からだ。

「どうした?敵がいたのか?」

「じゅ、重力がまた来た!さっきよりは弱いけど立ってられねぇ!」

「何だと!?」

 4階は横向きの力、3階は真下への力。

(空間指定範囲を広げて3階の丹愛実録も対象に入れたのか?それとも力は弱まるけど複数空間を指定出来るのかもしれない)

 そう考えている間にどんどん力が強まってきた。立っていられない。

「やばい。どんどんパワーがっ!?」

「危ない零兄!?」

 市丸がものすごい勢いで零に突っ込んできた。地面をゴロゴロと転がっていて、明らかに人為的な動きではなかった。横向きの重力で()()()()()()()のだ。

「ぐぉぉっ!?」

 2人は激突して零の体が思いっきりビルの壁に叩きつけられた。

「ガバッッッ」

 背中を叩きつけられたことで一瞬だけ息が止まってしまった。市丸は零がクッションになったおかげで固い壁に激突せずに済んだ。


「ぐぅぅぅぅ…」

 階下の実録も重力で動けなくなっていた。

「に、丹愛兄!大丈夫か?返事してくれ」

 敵を確認するために階段に向かっていた丹愛の応答がない。

「まさか…敵!? 零兄!」

「分かってる。確認する!………」

隠れ鬼(インビジブルスナッチ)』を発動させて丹愛の様子を確認する。接敵したのであれば顔を見られるはずだ。


「………ダメだ。丹愛も階段の踊り場に押し付けられてる」

「ど、どうなってんだよ!?下だったり横だったりよお!」

 どうやら複数指定した場合は個別に重力の向きを変えられるらしい。

 だが丹愛は階段にいれば、侵入者が上に上がって来ても『隠れ鬼(インビジブルスナッチ)』であればそれを監視できる。




 ペタッ ペタッ

「市丸、静かに!誰か近くにいる」

 誰かの歩く音だ。



 ペタッ ペタッ

「ぐぅぅぅぅぅ」

 誰が歩くたびにパワーが強くなっている。足音の主と重力能力には明確な関係性がある。となれば音の主が能力者本人だが、丹愛は『隠れ鬼(インビジブルスナッチ)』で見ているのだから下からではない。


(まさか……最初から上にいたのか?)

 そんなわけがない。であればドクターがいないことに気付いているはずだ。第一どうやって中に侵入した?という話になる。


(重力を自分に掛けて上向きの重力にした?……ありえない話じゃない。隕石を落とす能力があるのなら空を飛べる能力くらいあってもおかしくない)

 比較対象が隕石落下能力ではどんなものでも矮小に見えて"ありえない"と切り捨てられない。

(5階にダイレクトに行ったけどドクターがいないから階下の自分達に能力を掛けた?目的は?……決まってる。人質にして『超常の扉(アビリティーパス)』を手に入れるためだろう)


 だが少し回りくどいようにも感じる。ドクターがいないのならドクターを待ち構えれば良いわけで、現に重力が発動するまで侵入者の存在すら把握していなかった。ここにいますアピールにしたってそれをドクターがいない時にするのは意味が分からない。とっとと自分達か伊武祥菜を捕まえれば良いのだ。



 ペタッ ペタッ

「グッッッッッッッ!」

 ビギッビギギッ

 さらに壁に押し付けられる。近付くほどに威力が増しているということは、相手との距離が短いほど威力が上がる能力のようだ。

(実録と丹愛は………やっぱりより強い力で押し込まれている。空間によって分散じゃない!5階から降りたことで3階にいる丹愛達も対象になったんだ!)

 5階にいた時に3階がセーフだったということは、フロア1つ…踊り場も動けないから1.5フロア分。5~7メートルかといったところか。

 そしてもう一つ分かったことがある。



(この『超能力(アビル)』の正体は()()()()()()!この『超能力(アビル)』は———)




 キィィィィ


 ゆっくりと扉が開かれた———



 ♢♢♢



 ———廃ビルの5階

 日光は届いておらずどんよりとした空気が流れている階段があった。

 ドクターや鬼束達は毎日上り下りしているから慣れているのだろうが、始めての伊武には通りにくさを感じていた。

(高校の階段も窓がないからこんな感じの暗さだけど……古びてるのが余計にね……蜘蛛とか出て来たら絶叫しそう…)

 ドクターの前で絶叫は二度とごめんだ。思い出しただけでまた足を踏んづけたくなってきた。


 ペタッ ペタッ

「……裸足…」

 夏の病室で靴下を履くことはない。誘拐されてからもカーペットやマットが敷かれていて裸足でも問題ない空間だったが、階段にまでカーペットは敷かれていなかった。

 ただでさえ廃ビルだ。木片や鉄釘を踏んでしまったら病気になってしまうかもしれない。


『伊武さん?何かあった?』

 時雨が心配そうに尋ねる。

「大丈夫。階段が暗いから踏み外さないように慎重に行かないとねって思っただけ。『超能力者(ホルダー)』がいるなら尚更ね」

 5階で履物を探したいがそれをする時間はない。時雨の不安を早く解消させるべきと伊武は判断した。

(ベッドシーツで足をぐるぐる巻きにしたいけど、時間も移動効率もマイナスだもんね。足元に気を付けながら歩けば良いか)

 暗く、足元も安全ではない中で裸足で進むのは怖いが、『超能力者(ホルダー)』を前にそんなことは些細な事でしかない。



 バダァァァァァァァァァン

「いってええええええ!!」


「!? ……誰?」

『どうしたの?』

「……鬼束…さん達の誰かの声だと思う。市丸かな?大きな物が落ちた音と痛がる声がした」

『…戦ってるみたいだね』

「そうね…下でやり合ってる」

『……行くの?』

「行くわ。奈津緒君なら絶対に行くから。能力は分からないけど私も『超能力者(ホルダー)』だもん。奈津緒君とドクターが協力関係を結んだ以上は一緒に共通の敵と戦う必要がある。一瞬でも意識を反らせれば強い相手に勝てる事を私は知っているから」

 駄愚螺棄(ダグラス)の稀中を倒した時のように、父に敢えて近付いて仰け反らせた時のように。———奈津緒君のように。



 ペタッ ペタッ

 廃ビルは随分と小さい構造のようだ。1階層に1フロアしかないようで、単身者向けのワンルームマンション程度の広さしかない。

(2Kか2DKってところかな。5階がメインの空間みたいだけど、鬼束さん達は4階にいるってことは……2階分使ってるって事?時雨ちゃん含めて6人で暮らすなら2つくらいあってもおかしくないけど……)

 確証はないが、このビルは自分や暁美、雪華を連れて来る前提で準備していたような気がする。府中動乱がなければ自分達が連れて来られることはなかったはずなのに……


(…能力を可視化させる市丸用のワイドソファが特にね。あれで『超能力(アビル)』が分かりやすくなった。……能力で動かして掃除とか運搬を手軽にするためにってだけならそれまでだけど…)

 ドクターの『超能力(アビル)』が何か分からないが、何かそういう方面の能力のような気がする。


(先を見据える……根回しが良い?勘が冴える。未来が分かる……には感じないかな。ざっくり未来が分かる……くらいならそうかな。隕石だったり未来が分かったり奈津緒君みたいによく分からなかったり……環境や願望に左右されるにしても振れ幅が大きいわね…)

 先が分かる能力であれば敵襲は予見できそうな気がするが、ドクターは先に芽を摘むわけでもなく今は鬼束さん達が戦ってる。となるとドクターはビルにいないということになる。

(たまたまいない?未来予知じゃなくて危険予知みたいな能力ってことなのかな?虫の知らせみたいな何となく分かる感じ………うん、そんな気がしてきた)




 もう直ぐ4階だ。

 ペタッ ペタッ

「市丸———」

 声が小さくて聞こえなかったが間違いなく市丸と言っていた。4階に鬼束市丸がいるようだ。


 ペタッ ペタッ

「ぐ———」

 苦しそうな悶える声。近付いているから声が段々とはっきり聞こえてくる。

(敵の『超能力(アビル)』は何だろう。苦しんでるってことは人を操る能力じゃないって想像は立つけど…私に何も影響がないって事は対面してる相手に作用するってところかな)



 超能力者(ホルダー)同士の戦闘で必須の”相手の能力の考察”。受け身では『超能力者(ホルダー)』に勝てない。相手の能力を推理して看破し自分の能力を押し付ける。非能力者では能力の特定は出来てもそこから勝利まで持っていく自力がない。非能力者と能力者には絶対に超えられない格差が存在している。

 だからこそかつてそれを乗り越えたドクターを敵は最大限警戒しているのだ。



 ペタッ ペタッ

「グッッッッッッッ!」

 はっきり聞こえた。苦悶の声だが不思議と争っているような音は聞こえてこない。

 ビギッビギギッ

 何か軋むような音がした。さっきの衝撃でビルに深刻なダメージが入っているかもしれない。

 このままここにいるのは危険だが、下には敵がいる。それにドクターから外に出るなと言われている。

(こういう敵襲があるなら能力を理解するまで出るなってのは正解だったみたいね…。留まったことで生き埋めって別の危険が潜んでるけども…)




 4階に降り立った。

 5階と同じように扉がある。中に入れば鬼束達がいるはずだ。

 その扉は少しだけ開いていた。部屋の中に入り込んでいるのか……慎重に近付く。


 ペタッ ペタッ

「ギギギギギ」

 扉の向こうからだ。苦しんでいる。

 ビギッビギギッと亀裂の音も強くなっている。やはりすぐそこに敵がいる。


 扉の隙間からそっと中の様子を確認する。

「っ!………」

 思わず声に出しそうになったところで口元に手を添えて抑え込んだ。

(………壁に磔になってる。音はビルの壁に亀裂が入ったことによる音……。敵の超能力者(ホルダー)本体はどこ?)

 扉の隙間からは2人以外に誰も見えない。

 よく見ると部屋の中央に大きな穴が空いていた。最初の爆音はこの大穴が出来た時の音のようだ。


(……この部屋にいるのは2人だけ。後の2人とドクターはいない。穴の中…3階かな?敵は3階にいるとすれば助けられる)

 助けに入りたいが、敵の『超能力(アビル)』に巻き込まれかねない。今なお自分は能力の影響下にないみたいだが、部屋に入ったら発動してしまうかもしれない。

(人を操作する能力って、洗脳とかじゃなくて物理的な操作もあり得るのね…)


 自分も操作される。だがここでじっとしていても事態は好転しない。亀裂は入り続けているのだからいずれは限界が来て壁が崩れる。

 4階から落ちたらひとたまりもないだろう。『超能力者(ホルダー)』なら生き残れるだろうが、隕石能力者らと戦うというところに負傷者が出ると今後不利になる。時雨がテレポート能力を喪失している中でこれ以上の損失を発生させるわけにはいかない。

(……敵はドクターが何とかする。頼りたくないけど今は協力者の救出が優先!)


 祥菜がドアノブに手を添え……



 キィィィィ


 ゆっくりと扉を開けた———

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