第158話 ヒロイン育成計画⑲
———都内某所
銀色のナイフに対して『色鬼』を発動させた市丸。
ふわりとナイフが空中を漂っている。物理法則を無視した挙動。能力発動は成功した。
「…やっぱり俺達以外は重力の影響を受けていないな」
ナイフは空中で静止している。もしもこのナイフに過重力が加わっているのなら、この静止を維持できないはずだ。
人間……または生物に重さを加える『超能力』で間違いない。
ビギッビギッ
「や、やばい零兄。俺らの重さで床が!」
人間にしか重さがかからないと言っても大地はその重さを受け止めることになる。
ここは廃ビル。床の資材や柱は老朽化している。細身の人間がダンベルを持ち上げられないように、上からの重みに床が耐えられなくなってきていた。
少しずつの押し込みだからどうにかペースを落とせているが、今以上に重力がのしかかれば床が崩壊して最悪ビル倒壊すらあり得る事態となる。
命の保証すら危ういし伊武祥菜やドクターの研究資料にも被害が及ぶ。
無理にジタバタして重力に抗うよりも『超能力』で侵入者を迎撃するしかない。
「……くそっ、時間がない。市丸、ナイフを扉の外へ出せるか?」
「だ、出せる。完全に扉を閉めてなくて良かった」
ナイフを扉の方へ動かす。隙間風が入り込む程度の隙間が空いていたおかげでナイフを扉の外へ出せそうだ。几帳面な性格であれば扉をしっかり閉めて出られないところだった。
隙間にナイフを入れ込む。精密な動作に集中するためには本体は複雑な動作を取れないが、この重力でそもそも動けない。むしろより集中してナイフを操作することが出来た。
鍵を開ける要領でナイフを90度捻る。
キィィィィィ
少しずつ扉が開いていく。
(開く……開きはするけど、扉を押すだけのパワーがないな。捻って動かしただけじゃ多分全開にはならないよ…。俺達の場所からでも見れないことはないけど……)
やはり丹愛の『高鬼』でないと打開できない。だが実録ですら動けない中丹愛が動けるはずがない。
道具を渡しても『高鬼』の発動条件を満たせない。
結局少し扉を動かしただけだった。
「…ダメだ零兄。俺の『超能力』じゃこれ以上のことが出来ないよ」
ナイフを自分のところへ戻しながらこのままではダメだと零に伝える。
「…分かった。5階に行こうとする奴が視認できるようになっただけでも大きい。もし扉から侵入者が見えたらナイフを全速力で飛ばせるように準備しておけ」
「わ、分かった」
「……一発攻撃できるだけの下地は整ったが、やっぱりこの重力をどうにかしないと…」
ビジジ
軋むような音が床から鳴る。重力に押し潰されないように全身で抵抗し続けている。
(ビルの倒壊は向こうだって不都合があるはずだ。『超常の扉』が破損して使い物になりません。設計図は塵芥に巻き込まれましたなんてことになったら10年分の我慢がおじゃんだ。とにかくドクターを殺すことを考えている?……ドクターの外出時に仕掛ける無能を晒すとも思えないのが謎だ。隕石能力者や仮面の集団とか関係なく第三勢力の『超能力者』?他にも別の生き残りがいるのか…?)
…いや、現に生き残りの能力者は結構存在している。どこにも所属せず野良で生きて社会に溶け込んでいる奴がいてもおかしくない。
(俺達の存在を知ってまずは頭数から減らす目的ってこともありえる。それならドクターがいないこの瞬間を狙って来ているのも頷ける。ドクターが戻ってくるまでみたいな希望は持っちゃいけない。それより前にビルが崩壊する!)
(くそっ、どうやって『高鬼』を使えるようにする)
ポケットに入れていた黒い球に対して『色鬼』を発動させる市丸。同じ色を連続して操作できないため別の色で能力を発動させる必要があるからだ。
(侵入者が来る様子はない。姿が見えてから攻撃するために闇雲にナイフを操作するわけにはいかない。小規模攻撃はポケットに入ってた小物が使えるけど所詮は砂かけレベルだ。刃物には及ばないし向こうも『超能力者』だ。気休めにもならない)
零はビルの倒壊を目論んでいるのではないかと予想しているが、市丸はドクター目当ての『超能力者』がビル内にいると思っている。
重力からの解放と侵入者への攻撃
この2つは交わることがない。
侵入者への攻撃を考えていると重力からの解放に手が回らなくなる。侵入者への対処に思考が寄っていれば重力からの解放の手段も本体への攻撃になってしまう。
重力からの解放に寄っているのは零で三つ子達は侵入者への攻撃に意識が向いている。
扉に近いということもそちらに意識を持っていかれる要因になっている。
市丸も扉からは遠い方ではあるが、『色鬼』でナイフを操作できることで後者に傾いてしまった。
決して後者の判断が間違っているわけではない。
正体不明の『超能力者』に対処するなら後者になるのは正しい。
だが今大事なのは『高鬼』を使えるようにすること、つまりは重力からの解放だ。
このビル内にいる限り重力の支配下にあればどうしようもないが、もしもこの『超能力』が滝波夏帆のように特定の範囲内で発動するタイプの能力であれば?
この階層から脱することができれば敵の『超能力者』へ心理的圧をかけることになり『超能力』からも解放させられるかもしれない。
(このまま時間経過でビルがぶっ壊れるのを待つべき……ってなりそうだけど、それじゃあ4階がぶち抜かれて伊武祥菜のいる上の階層も崩壊して……最悪死にかねない)
そうなれば神原奈津緒との交渉が決裂する。ドクターが気にかけている神原奈津緒。敵が神原に接触してきたことから分かるが、神岐に並ぶ重要人物だ。神岐とは違った意味で敵にしたくない男だ。
(実録の『氷鬼』は生物にしか効かない。崩れかけのビルに能力は使えない。……俺の『隠れ鬼』は……役に立てるわけもないわな。滝波夏帆に能力リセットされていなかったとしても設楽を見るくらいしか出来ないしな。みんなが一堂に会してるからこそ役に立たないなんて不甲斐ない。1人でもこの重力からの脱出して視界外に行ってくれれば『隠れ鬼』が使えるようになるのに……どうやって視界の外に出そうか…)
そのためには重力からの解放が必要………堂々巡りだ。結局そこに行き着く。
『色鬼』、『高鬼』、『氷鬼』、『隠れ鬼』
この4つの『超能力』で何が出来るか。どうやって『高鬼』にバトンを渡すか。
『色鬼』でナイフを丹愛に届ける。これで『高鬼』発動に必要な道具の手配は出来る。
そこからだ。重力の中でどうやって発動条件の『上に放る』を満たすことが出来るのか。
(触れてから丹愛が下に移動するんじゃダメだった。触れて手を離した時には上になければならない。だが今の丹愛に上に放り投げるだけの腕力はない。この重力の中で上向きに動くなんて…………………………)
いや、ある。
上に放り投げる手段がある。
(けど…それはダメだろ。伊武祥菜が絶対に巻き込まれる………!?いやいやいやいやいやいやいや)
何で、何でこの考えに至っていなかったのか不思議なくらいだ。
(どうして伊武祥菜が過重力の被害に遭っていないと断言できる!彼女も圧迫されていて床をぶち抜きそうと何故想像できないんだ!)
弟達のことばかり、見えない侵入者のことばかり考えていて伊武祥菜が巻き込まれていないかを考えていなかった。
男でこれだ。女なら動くことは絶対に出来ない。指一本すら難しいだろう。
もう時間がない。ビルの倒壊よりも伊武祥菜の限界の方が早い。
思い付いたことを実践して重力から解放された後のことは後回し、まずは行動だ。
「市丸、丹愛、実録!」
「…作戦がある」
♢♢♢
———大島総合病院
「…ほぅ、答える気はないか。ならば………むっ?」
明らかに何かを仕掛けて来そうだったが、言葉を止めて後ろを確認した。
警察官が後ろを気にしたことで枚方、桂西も後ろの方を確認する。
ダッダッダッ
姿は見えない。だが誰かがダッシュでこちらに向かっている。
警察官が動きを止めたことから彼も把握していない人物ということになる。
(まさか……、神原君か?)
この警察官の存在を察知して戻って来た。
(いや、彼は任せると言ったんだ。ここに戻って来はしない。そもそも外にいた彼がこの病院に再度入るのは厳しい。駄愚螺棄がまだいるし警察も入り込んでいる。伊武議員の娘が12階にいることを知っていてこの状況で院内に入れるのは…2人しかいない……)
ダッダッダッ
ダダッ
「はぁ、はぁ、はぁ」
枚方の予想は当たっている。警察が突入した現場に入れるのは警察官だけ。そして伊武議員の娘が入院しているのを知っているのは豊橋刑事と女島刑事だけだ。
豊橋寛治が12階まで全速力でやって来たのだ。
豊橋が来たことで挟み撃ちの形になった。
「ま、枚戸警視!何故あなたがここに!」
ケイシと言った。警視は警部より上の役職。つまり豊橋刑事よりも立場が上の人間だ。
刑事ドラマとかでも警視が現場に出るなんて聞いたことがない。会社でいう管理職ポジションや部長クラスのはずだ。
「…豊橋刑事か。君こそ何故ここにいる」
「いやいや…あなたは警視です。本来は現場に出るご身分ではないはずですよ」
「聞こえなかったのかな、豊橋警部補。何故ここにいるかと聞いている」
ピリッと空気が張り詰める。階級は向こうが上だ。そして枚戸警視は8月4日の事件の捜査を自ら行っている。
(迂闊なことは言えない。ありえる理由を並べ連ねて…向こうの出方を伺う…)
「…8月6日、大島総合病院の窓ガラスが割れる事故がありました。同時刻に大島総合病院の受付で若年層の集団が押し掛けて来たことから2つの事件に関わりがあるのではないかと推理しました」
「……」
ここまでは警察官なら調べればすぐ分かることだ。嘘ではないし関わりがあると県警でも同じ見解だった。
「そして今日再度病院に押し掛けているとの通報を受け、連続誘拐事件の捜査で銀柳街にいた私や捜査員が病院へ急行。暴れる連中を拘束しつつ窓ガラスが割れた12階に連中が迫っているのではないかと思い、ここへやって来た次第です」
連中と窓ガラスの件が繋がっているのなら、今日の襲撃で12階で何かが起こっているのではないか?だから駆け付けるのは変ではないと…。
「…枚戸警視も同じ結論でここへ来たのではないですか?我々駆け付けた警察官が12階に意識を向けていないのではないかと思い、自ら先行してやって来た…と」
「……」
違うと言えばでは何故かと追撃される。そうだといえばそこで話が終わってしまう。枚戸が答えやすいように同意を求めるような聞き方をする豊橋。
「……にしては私がいることにひどく驚いているようだったね」
「そ、それは…恥ずかしながら私が一番乗りだと思っていましたので。それに…まさか枚戸警視自らが現場に来るとはつゆも思わず…。でも正直心強かったです。そこで拘束されている連中がもしもフリーだったら、私1人で対処できるか怪しかったです。詳しい事情は後ほど伺いますが、そちらのお二方がやられたということでしょうか?」
「え、えぇ。そうです。この者達が突然襲い掛かってきまして…」
知っているはずなのに知らない風を装う。豊橋と12階にいる護衛に繋がりがあると知られたら、豊橋の推理と食い違いが発生する。
目の前の護衛は自分が手配したものですなんて言えるはずがない。
「…………」
枚戸は何やら思案顔だ。嘘を見破られたのかと内心ハラハラだ。
(…枚戸警視。ショッピングモールで自ら聞き込みしていたこと、そしてここにいることから間違いなく神原君絡み。館舟商店街には来ずショッピングモールと病院に来ているから駄愚螺棄……その裏で糸引いてる記憶消去の能力者との関与も疑わしい。個人的に彼らと繋がっているのか、全く別で私に圧力をかけたお上側なのか……)
「……流石だ豊橋警部補。君は優秀な刑事だ。間違いなくね」
圧力を掛けてきた課長と同じようなことを言っている。脅しのつもりか……?
「君と同じ推理でここまでやって来た。なぜ私が来たのかと聞いたね。…個人的な興味……っと言っても信じないだろうがね」
「興味……ですか」
「現場のことはなるべく耳に入れるようにしている。未成年の誘拐事件、駄愚螺棄による騒動。他にも豊橋刑事が関わっていない事件などもね。上の人間だからこそ全体を把握し適切に指示を出さなくてはならない。必ず犯人を捕まえ、市民の皆さんに安全に暮らしてもらう。それが警視として、警察官としての責務だ。君も同じ気持ちのはずだ」
「……はい。警察官とは、治安を守り市民を守る存在です。我々の在り方1つで区民、市民、県民の暮らしは大きく揺らぎます」
ただでさえ自分達は警察の中でも軽んじられている。不祥事といえば神奈川県警なんて不名誉な称号を与えられている。一部の警察官のやらかしで全体に悪影響を与えている。まさに在り方1つによるものだ。
「その通り。その中でも私は駄愚螺棄が最も危険だと考えている。彼らが誘拐未遂をした…近頃の連続誘拐事件も駄愚螺棄の犯行であるのならば、一刻も早く組織を撲滅しなくてはならない。……だが、そう簡単な話ではない」
「?………っ!?……警察内部に駄愚螺棄と内通している者がいる?そんな…」
馬鹿な……とも言い難い。警察内部に能力者側の人間がいるかもしれないのだ。駄愚螺棄と繋がっている者がいないとは言い切れない。
(神原君……)
警察と能力者が繋がっている、だけでなく警察と駄愚螺棄が繋がっている。能力者と駄愚螺棄が伊武祥菜の誘拐を企てた。
直線が交差し合い、三角形となった。三すくみでもなく相互に作用しあっている。
もはや高校生が抱え込める次元ではない。陰ながらの支援ではどうしようもない。本格的に対策しないと潰されてしまう。神原が謎の力を持った能力者だとしても、所詮は子供だ。超能力のカードだけで勝利できる相手ではない。
「内通者がいる。それは現場なのか私のような上の人間なのかは分からない。いや…1人なのかも疑わしい。私が内々に探るように指示を出した警察官が裏切り者かもしれない。……最も信用できるのは自分自身だよ」
「…そうだったんですね」
コツッコツッ
枚戸が豊橋刑事の方へと歩を進める。
「豊橋警部補。君はショッピングモールの事件でも駄愚螺棄を拘束した実力を持っている。ここへやって来た推理力も見事なものだ」
(?ショッピングモールの事件被害者である伊武祥菜の病室だと知らない?駄愚螺棄絡みってだけでここに来たのか?)
豊橋はそこに引っ掛かりを覚えたが枚戸は続けた。
「明確に駄愚螺棄撲滅へ動いている君は内通者ではないと判断した。そこでどうだろう。信頼できる者同士、駄愚螺棄の撲滅に向けて協力をしないか」
手の届く距離まで近づくと枚戸は手を差し出した。
「……具体的には?」
枚戸は神奈川県警、豊橋は中原警察署。親子関係の2つが親子の垣根を超えて動くとなると色々根回しが必要になる。上層部に内通者がいる場合、その根回しで不審がられてもおかしくない。
内通者からしたら、4日の事件で活躍した豊橋の動きは最も警戒しているだろう。常に動向を見張っているかもしれない。そんな中、身分も管轄も違う枚戸と繋がっていると分かればどう動くか予想が付かない。
「急に君の配置が変われば怪しまれるからね。誘拐事件と並行して駄愚螺棄について調査して欲しい。私も立場上大手を振って捜査できないが、可能な限り情報収集に努める。敵が潜んでいる状況だ。1人より2人の方が諸々やりやすい」
なるほど納得だ。そして女島のことは知らないようだ。
(私と違って表彰されるとかはないからな。知らないのは当然か…。神原君や女島のことを知らない本当に駄愚螺棄撲滅のために個人的に動いている、と……)
差し出された手を拒むという選択肢はない。立場上というのもあるが…ここで拒む理由がない。真っ当な理由に対して断る理由を見つけるのは難しい。
(それに———)
「…承知いたしました」
差し出された右手に対して豊橋も応えた。ガシッと握手が交わされる。
「…ありがとう」
「こちらこそ」
協力関係が生まれたが状況はリアルタイムで変化し続けている。すぐに動き出さなくてはならない。
「さて豊橋警部補。我々が追っていた駄愚螺棄はそこの護衛に全員倒された。次はどうするのかね?」
一番の目的は既に失われていた。枚戸としてはもうやることがないのだろう。だが豊橋にはやることがある。枚方と会話したいこともあるし、何よりいの一番にここに来た目的は———
「…まだ病院内に潜伏している構成員がいるかもしれません。院内全域で捜索を行う必要があるでしょう。既に全員捕縛していれば杞憂ですが…、全域を探すことでこのフロアに近付く警察官を炙り出したいと思います」
「…なるほど、そこの彼らが捕まったということは失敗だからな。本来なら被害者をここから脱出させるのだろうが、下手に動かすと裏切り者に付け入られてしまう。ここで網を張っていれば向こうからやってくる…かもしれないな。突入した警察官の中にいないことも考えられる」
「はい、私は彼らを連行するために外へ向かいます。誰もいないと思わせればここにやってくるかも知れません。そして枚戸警視。あなたの立場上ここにいるのはマズイです。院内捜索が始まる前に病院の外へ出てください。あなたがマークされるのは後々を考えるとまずいです」
「……了解した。………これは私の番号だ」
枚戸は手帳を取り出すとスラスラと自分の電話番号を書き殴って豊橋に渡した。
偉くなっても刑事時代の習慣なのかメモ用の手帳を携帯しているようだ。
「ありがとうございます。お気を付けて」
♢♢♢
枚戸は病院を去って行った。
12階には豊橋、枚方、桂西と、気絶している駄愚螺棄構成員だけがいた。
「……とよ」
枚方が口を開こうとした所へ豊橋がスッと腕を出して制する。
(!……そういうことですね)
豊橋が制した意図を理解した。過剰であるがここは徹するのが良い。ここでなければ良い話だからだ。
「病院に雇われた護衛の方ですね。神奈川県警の豊橋と申します。駄愚螺棄の逮捕にご協力いただきありがとうございます。彼らは私の方で連行しておきます。本来ならここに応援を呼ぶべきなんでしょうが…騒がしくしてしまうと入院されている皆様にご迷惑をおかけすることになります。時間はかかりますが私がここから連れ出しますので、しばしお時間をいただけると幸いです。」
ここには駄愚螺棄が5人いる。一人一人を1階まで運ぶのは時間がかかる。
「…構いません。あなたが連れ出している間に彼らが抵抗しないようにしっかり見張っておきます」
「ご協力感謝します。こちら、私の連絡先です。何か発生すればこの番号まで連絡してください」
豊橋は自身の電話番号が書かれている紙を差し出す。手帳から1ページ千切って2つ折りされていた。枚方に紙を渡した。
「…頂戴します」
中を確認すると豊橋の電話番号が記載されていた。豊橋は桝飛セキュリティサービスの社長と繋がりはあるが、従業員とは連絡先を交換していなかった。社長を介すると時差が発生するから直接の連絡先を渡したのだろう。そして———
「………………………その男がリーダー格です。まずは彼を連れ出した方が良いかと」
「……助言、ありがとうございます」
豊橋はリーダー格の男、梔子を背負い上げた。
「…重い。ここへ戻る時に一度に運べる物を持ってこないとな」
これを5往復は若くない豊橋には重労働だ。
♢♢♢
———大島総合病院前
「はい下がって下がって」
病院の前は非常線が張られ、野次馬が溢れかえっていた。
「すみません。診察に行きたいのですが…」
「申し訳ございません。ここは進入禁止になっています。西側に回ると病院スタッフがいますのでそちらまで向かってください」
「えぇ…、目の前に入り口あるんだから通しなさいよ」
強引に非常線の中に入ろうとする高齢の女性。
「おい、なんか病院の前すげぇことになってるぞ」
「テロ的な?」
「分かんねぇ。立て篭もりだったらおもしれーな」
不謹慎に大声で物騒な話をする大学生。
「…………」
ただ無言でスマホで現場を撮影し続ける高校生。
「あの、入院されている方は大丈夫なのてすか?」
「大丈夫です。中にいる犯罪者は全て逮捕します」
既に避難していた看護師を宥める女性警察官。
チリンチリン
「おいどけよ。道の真ん中でつっ立ってんじゃねーよバカ」
「はぁ?おっさん、ここ歩道。あんたの走る道は車道?バカはどっちよ」
自転車乗りと野次馬で言い争いを始める始末。
枚戸はどうにか病院の外へ脱出した。
一般の見舞客に扮して避難民の中に混ざった。偽装工作用の眼鏡をかけていたので同じ警察官にもバレることはなかった。
ここから院内に戻るには身分を明かす必要がある。だがそれは内通者に知られることになる。
豊橋刑事に任せるのが良いだろう。駄愚螺棄の事件に直面して奴らの危険性は重々理解しているはずだから…。
「………何故駄愚螺棄はこの病院にこだわるのだろうな」
2日前の騒動から連続してこの病院が舞台になっている。4日前の事件現場はここからそう離れていない。川崎の中心街で立て続けに事を起こしている。
4日前の事件資料を確認した。
被害者は高校生の少女。誘拐未遂を起こした駄愚螺棄の構成員を4名逮捕。だが得られる証言は曖昧で、誘拐を請け負ったようだが誰から依頼を受けたのかを覚えていないとのことだった。
「……被害女性についての詳細が全くないな。少女という記録は残っているが、どこの誰で今どこにいるのか全く分からない」
豊橋刑事に聞くべきだった。もしかしたら護衛の先にいたのがその少女なのかもしれない。
そうなると執拗に少女を狙っていることになる。
被害者にナニカ曰く付きの所以があるのかもしれない。
そして決定的に不審に思ったのが———
〜〜〜
「そこで拘束されている連中がもしもフリーだったら、私1人で対処できるか怪しかったです」
〜〜〜
———この発言だ。
4日前の事件で駄愚螺棄4人を逮捕した人の発言とは思えない。どうもこの発言がしっくり来なかった。
4日前の逮捕劇が偶然の産物で控えめな回答になった可能性もあるが、それでも釈然としない。
思えば逮捕したのも豊橋刑事で被害女性を保護したのも豊橋刑事だ。
4日前の事件の全てに豊橋刑事が関与している。彼は優秀な警察官だ。それは神奈川のどの警察官も知っていることだし警察外の公務員や議員などにも広く知られている。
知名度影響度を利用して多少の情報操作は可能であるということだ。
(スパイ……いや、逮捕してるんだから違うな。肉を切らせて骨を断つなんてことをするには報復もあるから出来やしないだろう。だが豊橋刑事は意図的に隠したい情報を持っている)
駄愚螺棄ではないとなると、被害女性に起因しているということになる。
「……被害女性について調査してみるか」
♢♢♢
「くっそが……」
「………」
古坂が悔しがるのも無理はない。
「駄愚螺棄の古坂……はどっちだ」
梔子からのヘルプメッセージ。
脱出の手伝いのために梔子と連携をとりながら病院裏の搬入口から侵入して合流する手筈だった。
だが合流地点にいたのは梔子…………気絶した梔子とその梔子を背負った中年の男性だった。
"さちな"はどこにもいなかった。完全にやられた……。
「あんた…何者だ」
「俺の協力者だよ」
口を開いたのは中年の男性ではなかった。
背後からの声に古坂と穂村がとっさに後ろを振り返る。
「お前………"なつお"!!!」
「ごきげんよう、猿山の大将。自首しに来たぜ」
謎の存在だった枚戸警視は駄愚螺棄の撲滅を目指す高官でした
ですが彼自身が伊武祥菜の調査に乗り出しました。自ずと神原奈津緒にも辿り着くでしょう
駄愚螺棄とは無関係だと分かりましたが、超能力との関わりが完全に消えたわけではありません
彼が敵でないのかの最終判断はまだ出来そうにありません
そして鬼束兄弟vs謎の過重力
零には丹愛をフリーにする作戦があるようですが果たしてどうなることやら…
久しぶりの神原奈津緒の登場
エマージェンシーでお願いした内容とは如何に?




