第155話 ヒロイン育成計画⑯
———大島総合病院
迫り来る駄愚螺棄の群れ。
試合に負けることは絶対にないが、ここで勝負に負けてしまったら彼らに申し訳が立たない。
「うぉぉぉぉぉ」
駄愚螺棄の1人が特攻を仕掛けて来た。
その後ろから4人も向かって来る。
(もたつくと後ろの4人に抜かれる。後ろの4人への対処に集中してしまうとこの一番槍に病室に入られてしまう……。多対一の状況を想定した訓練は積んでいるが……こういう狭い場所は想定していないな)
多対一はそれに適したシチュエーションで行われる。
家の中で多対一を想定するのか?そんなものは学校の中にテロリストが侵入してきた時くらいありえない話だ。
(護衛が必要な場所ってのはそれだけ豪華絢爛でだだっ広いところだ。……今までにない状況での実戦。桂西も潜伏なんて反対のことやってるんだ、しかも隠密で…)
考える程に不安が過ぎるが、それに対してああしようこうしようと練る時間はない。
目の前の敵を排除し依頼主のオーダーを満たす!
1人に構っていられない。であれば………
切込隊長は真っ直ぐ突っ込んでくる。その後ろを4人が控えている。
先頭をどう捌くか。ただ倒すだけじゃダメだ。後ろの進行も妨害するように対処する。
枚方は迫り来る男に肉薄した。
「はぁっ?」
扉を守らなくてはならない男が逆に近付いてきた。これでは扉がガラ空きだ。
いくら屋内の狭い通路だと言ってもすれ違えないほどの狭さではない。無謀な突進だ。
(奴は1人だぞ。絶対にどうにか出来るって自信かよ……舐めやがって、絶対突破してやる)
須藤がさらに怒声を張り上げながら迫る。
後ろの4人との間の距離が空いた。それだけ加速したのだ。
(………逃げないってのは、相当の覚悟が必要だ)
枚方は神原奈津緒が駄愚螺棄による伊武祥菜誘拐の主犯格と対峙した時の話を豊橋刑事から聞いていた。
刃物を持った男に正面から逃げずに立ち向かったらしい。神原は高校生、丸腰だったはずだ。
プロテクターや武器を携帯している自分とは雲泥の差だ。その差を埋め合わせたのが超能力というのなら納得だが、それでも臆さなかったのは彼自身の心の強さを表している。
やはり護衛の仕事に向いている……
この特攻隊長はこちらの動きを止めるのが目的だ。
この突進にはこちらのカウンターを想定していない。カウンターを決めても後ろの4人による雪崩でこちらは倒壊する。
(目標は………ストライクッ!!!)
須藤の突進を枚方は紙一重で躱した。だが躱したと同時に須藤の懐へと潜り込んだ。
「なっ!?」
肉薄している中で懐に潜り込んでは接触してしまう。突進してきているから前面全体がガラ空きだ。その中で懐に入り込んだ。
向こうの速度では懐に潜り込んでるだけでは体を抑え込んでも突破される。それじゃダメだ。
懐に潜り込んだ枚方は右手で拳を作り上げた。その右拳で須藤の鳩尾に思い切り拳を捩じ込んだっ!!
「ブッッッ!?」
両者の加速が相まってより深くにめり込んでいく。
枚方は鳩尾に叩き込みながら手首を捻ってドリルの要領でさらに押し込んでいく。
ギギギギ
意識明瞭のまま動きを止めるのは枚方と言えど難しい。
鳩尾にくらった痛みと衝撃で一瞬でも加速を止められれば———
須藤の加速を枚方の加速と攻撃が凌駕した。
アッパーカットのように鳩尾を攻撃された勢いで須藤が押し戻された。
「須藤!?」
須藤が押し返されたことに気付いた梔子だったが、梔子達も止まることは出来なかった。
須藤と梔子達の間に空いた空間。その空間を埋め合わせるように梔子達も速度を上げていたのだ。
時間制限がある中で圧縮できるポイントを見つけた。あのシチュエーションで梔子らが勢いをつけるのは間違った行為ではない。だがそれは須藤が護衛の動きを止めたという前提条件が付いた上での話だ。
加速しているので止まることが出来ない。加速が付けば、体は走ることだけの機能だけに研がれていく。
押し返された須藤はギリギリ躱せる。狭い通路で須藤が道を体全体で塞いでいれば難しかったが、直立の体勢で押し戻された。余地はある。
加速を少しでも緩めながらの回避動作———
ブワッッッッッッ!
回避動作をするはずだったのに、横一直線に須藤が吹っ飛んで来た。
「なにぃぃぃぃぃぃ!?」
ドジャッ
4人全員が須藤の巻き添えで吹っ飛ばされた。
下からの突き上げを喰らっていた須藤が横になって飛んで来た。
「……ふぅ、変な筋を痛めそうで多用は出来ないな」
5人全員が立っていられなくなっていた。
4人は尻もちをついたようになっていて、ジェットコースターの安全レバーのように彼らの膝の上に横一文字で残りの1人が突っ伏していた。
「ストライク達成……と言いたいが、全員の意識を奪えていない。……次はスペア狙いかな」
一度見せてしまった以上同じ方法は使えない。単純に数を覆い尽くせば枚方のリソース限界を超えられる。
追撃を加えようとした枚方だったが、踏みとどまった。護衛として持ち場を離れての追撃は任務から逸脱してしまう。
そして敢えて追撃をしないことで相手に余裕を見せつけて冷静な判断能力を奪える。さっきの件でもそれは証明されている。
そしてそれは正しかった———
「畜生!どけっ!」
須藤が乗っかっているせいで立ち上がれない。
完全にノビていて動く気配がない。
足をロックされているから腕だけの力で退かさないといけないのだが、非常時というのは冷静さを欠いてしまうのか落ち着いて力を込めれば退かせるものも動かせていない。
失敗の可能性がチラつくことによる焦りが梔子を襲うが、護衛の男がこちらを見下ろしていることに気付き怒りが込み上げていた。
(このッ……舐めやがっっってよぉ………)
重心のバランスが悪いように作用して動かせないのか死後硬直なのか分からないが、早く立て直さないと時間がなくなる。
単純に押すだけでは動かせないと分かった梔子は、須藤の衣服を摘み上げて自分の太腿と摘み上げたことで生まれたスペースに摘んでいない方の手を差し込んだ。
差し込んだ腕で須藤の腹部を上へと押し上げた。
他の3人も梔子のやっていることを真似ることで、ようやく須藤を動かすことが出来た。
「はぁ、はぁ。くそッ、ロスった」
「………」
護衛の男は不動でこちらを見ているのみだ。近付かなければ見逃してやると言わんばかりだ。
「……梔子さん、どうします」
「…さっきのやり方ではダメだ。一斉に攻め込むぞ。何人かは須藤と同じ目に遭うだろうが、まずは一人でも病室の中に入る事を優先するぞ!」
「「「はいっ!」」」
(まぁ……そうなるよな)
同じ手法は通じない。奴らが直線的に来ても全員を一度に薙ぎ払うことは出来ない。
何人かは通してしまう。さっきの男のように対峙することではなく突破することが目的だ。
つまりこちらが動いて止めなくてはならないということだ。
(1人をすぐさま潰して扉に入ろうとする奴を……ってやっても2人中に入ってしまう。2人なら桂西で対処出来るが、伊武祥菜様がいないことがバレてそれを仲間に連絡されてしまうな…)
そうなったとしても駄愚螺棄が撤退するだけだが、少しでもこの病院に留めて警察に捕まえてもらいたい。
(こちらから攻めにくくなるが……こうするしかないか…)
枚方は後ろに下がって空の病室と背中合わせになった。
道中にいれば4人の一斉攻撃ですり抜けられてしまう。しかしここにいれば4人は必ずここにたどり着く。彼らの突破優先策は潰せるが、各個撃破は叶わなくなる。
(…ロスった影響がデカいな。攻撃2回分の時間がなくなった)
城門まで見えているというのにそこから中に入れない。
あと2回、攻勢をかけられるかだ。実質次の一斉攻撃が最終だ。
これ以上固執すると病院から脱出できなくなる。1階の連中は数も多いから抜け出しやすいがこっちは12階から1階まで降りなくてはならない。
エレベーターの待ち伏せを警戒して階段を使うことも考慮するとこれが実質ラストだ。
(ここまで来たのに失敗したなんて………古坂さんに殺されちまうな。……最悪失敗したとしても、向こうの連中が"なつお"を捕まえれればこっちは頑張る必要はないからな———)
♢♢♢
———都内某所
「ド、ドクター。戻りました!」
ワイドソファーをプカプカと浮かせながら鬼束市丸の表情には笑みが伴っていた。
「戻ったか……彼女の『超能力』の射程範囲外に出れば『超能力』が使えるようになるようだな。3メートル……いや、5メートルだな」
「…無効化能力、全く『超能力』が使えなくなるなんて……元に戻っただけなのに…」
後天的に得た力。それも得なくて良い、本来得てはならない人の理を超えた力。
今まで持っていなかったのに、持っている生活に慣れていざ失うと惜しみ嘆く。
「『超能力』の致命的な欠点だな。欲望をとことん刺激してくる。この力が世界中に知られたら、どんなパニックが起こることやら…」
その果てが世界征服になる。それを止めるために10年以上戦い続けているのだ………
神坂雪華は自身の『超能力』を知覚したことでドクターの元を去っていった。
この部屋には市丸とドクターと伊武、そして部屋にはいないが未だ通話中の時雨が残っていた。
鬼束市丸の『色鬼』が元に戻った。2日前に見せられたものと同じ超常現象が起こっていた。
既に雪華は5メートル圏外にいる。いなくなってしまったという事を実感させられる。
(寂しいけど……弟君のためだもんね)
『それで、滝波夏帆がいなくなったんなら次は伊武さんになるけど……』
平原暁美は既に去っている。この廃ビルには伊武祥菜しか残されていない。焦り……はあまり感じていない。
雪華の『超能力』によって自分の力が封じ込められていたのだから、今はその力を十分に発揮できるはずだ。
「後は私だけね……」
自分の味方が誰もいない空間というのは久しぶりに感じる。
(学校には友達もいるし、学校の外ではお父さんの秘書とかいたから……この状況は駄愚螺棄の人達に狙われた時みたいだな…)
4日前だというのに体感では数週間前の出来事のように感じる。
「…伊武君、まだ分からないのならゆっくりしておくと良い。神坂姉がいなくなったことで変に急いでも力が目覚めることはないぞ」
「……お気遣いどうも」
(………本心……なんだろうけど、優先度が下がった感じがする。そりゃ無効化能力以上を見せろって言われても何も思い付かないけどさ…)
アピール合戦をしているわけではない。無効化能力ほどのパンチがあるほどでなくてもドクターはそれを認めて帰してくれるだろう。
けどそれは不合格の烙印を押されたようなもんだ。
戦力外だから帰れ。と……
だが焦っても良いことはないのも事実。反射的に反発しそうになったが、もう意味がない。
(みんなそれぞれのやるべきことに進んでいる。私も力を自覚して先に進まないと!)
再びベッドのある部屋に戻った伊武祥菜。
部屋の占有率が倍になったことで随分と広くなったように感じると同時に、渇いたような空気が伊武を支配する。廃ビルで換気が上手く機能していないから余計にだ。
『……伊武さん』
「大丈夫だよ時雨ちゃん。焦りがないって言うと嘘だけど、自棄にもなってないよ」
『…うん』
「……雪華ちゃんが覚醒めたから話途中だったけど…、私が『超能力』に願ったことだよね」
『…うん、教えて』
「…雪華ちゃんは弟君に止まって欲しくて力を奪う能力を手に入れた。私も最初は同じような事を考えてた」
彼は自身の『超能力』について万能なものではないと言っていた。隕石とか無効化とか人を操るとかではない。市丸に襲われて病院送りにされて、駄愚螺棄の稀中って人にも仕込みを入れての勝利だった。
弱いと言いたいわけではないが、他の能力者と比べると威力だとか影響力はないのだろう。
もしも、奈津緒君が弱い『超能力者』だったとしたら、雪華ちゃんみたいな考えに至っていただろう。
(稀中って人も言ってた……奈津緒君の強さは精神力…心だ。マイペースだからこそ曲げない。他人に曲げられない覚悟の強さ。心の強さを奪うなんて出来っこない)
羽原ののの記憶を奪う力にも奈津緒君は抵抗していた。彼だけは彼女の記憶を有していた。
(強い精神力は人を操る『超能力』に対抗できる。奈津緒君の心の強さなのかそれこそが奈津緒君の『超能力』なのかは分からないけど…。もしもそういう『超能力』なのだとしたら……雪華ちゃんの無効化能力を無効化出来るかもしれない)
操るだったり記憶を奪うだったりの精神に作用する能力が効かない。奈津緒君の絶対的なアドバンテージだ。
(これを奈津緒君は自覚してるのかな。私から変にアドバイス出来ないのが心苦しいな)
「……そう考えてたけど、奈津緒君は無効化しても止まってくれない。私や麦島君を置いて先へと進んで行っちゃう」
『…何となく分かるよ』
時雨は祥菜と違って神原の『超能力』を知っている。
府中動乱に『自己暗示』を携えて参戦していたとして、絶対に生き残れていなかったと思う。
だがそれは『超能力』だけで見た場合の話だ。
『自己暗示』は府中動乱で生き残れない。だが神原奈津緒は府中動乱で生き残れる。そういう確信がある。
仮面の集団からも、隕石からも、神岐の『認識誘導』からも、神原は何とか対処するのだろう。
そう期待してしまう……ドクターと同じように……
「だから私は———」
♢♢♢
———多摩川河川敷
「……ふぅ、勝率100%の勝負なんて久しぶりだな」
「……彼女は病室に…ねぇ〜……じゃなくて〜!」
古坂との取引が終わった神原達は、多摩川河川敷に移動していた。
2人の足元には駄愚螺棄の構成員が何人も転がっている。
「………ドクターに吹っ掛ける時もだけどさ〜、もうちょっと冷静になってよ〜」
過度に挑発や煽りを入れてしまう神原の悪癖のようなもの。冷静さを失わせて主導権を握る目的があるのだろうが、聞いてるこちらとしてはいつもヒヤヒヤしてしまう。
「何だよ。俺がさらっと"土手"って言ったらまんまとこいつらが釣られたんだろ。古坂の野郎も優秀だな。俺が失言したと思ってすぐに人を動かしやがった」
あの電話の時、神原はまだ住宅路にいた。
蔵野と細山田を倒してから移動せずに通話していたからだ。
自分達を逃さないために多摩川に人を配備していると推理した神原は、そいつらも一網打尽にするために敢えて堤防に向かうようにトラップを仕掛けた。
結果まんまと多摩川の人員が神原を見つけるために橋から離れて付近の河川敷を捜索するようになったところを、神原が襲撃して全員捕獲したのだった。
神原の足元には河川敷でのした奴ら、麦島の足元にはキャリーした蔵野と細山田が眠っていた。全員気絶している。だが迂闊に名前は言わない。指示を受けたということは誰かに聞かれているリスクがあるからだ。
「…にしてもさ〜、なっちゃんって嘘つくの上手いよね〜」
「何だよ、藪から棒に」
「ほらあの時も名前聞かれてすぐに違うって言ってただろ〜?」
あの時とは帰り道に鬼束市丸に襲撃された時のことだ。市丸に名前を聞かれて咄嗟に全く違う名前を言ったことを麦島はまだ覚えていたようだ。
「よく覚えてたな」
「まああれは全てを通してもビックリイベントだったからね〜」
「…俺の……能力は感情のコントロールが必要だからな。その過程で得られた技能だろ」
「ふーん〜、俺はそういうトラップとか欺くとか苦手だからな〜素直にすげぇって思う〜」
「俺はそうしないとやっていけないんだよ。お前は俺より腕っぷし強いんだから、こんな戦法使わなくてもいいんだよ」
(……これも『自己暗示』の弊害だな〜)
己の力を過小評価している。強い奴にお前の方が強いと言われて、すんなり納得できるはずがない。悪質じゃないのが余計にぶつけどころがなくて困ってしまう。
「んじゃ、こいつら見張っててくれ。俺は少し電話する」
「……あぁ、さっき貰ってたアレね〜。みんな寝てるから問題ないだろうけど〜」
神原はその場を離れながらズボンのポケットを弄ってとあるデバイスを取り出した。
マイク用の注射針穴のようなものと両端に小さな突起ボタンがある。ボタン電池のようでプラスドライバー用のネジが2箇所背面に付いていた。
「確か……1秒以内に左右右左左だっけか……」
カチ…カチカチ…カチカチ
ブーッブーッブーッ
プツッ
「……はい」
デバイスから音声。
通信機とは聞いていたがキッズケータイよりも小さいのに遠くと通信できるのかと仕組みが分からない神原は感心する。
(えぇと次が…)
「…965525269150491495」
もっと短ければ良いのにと思ったがこれだけの桁数であれば当てずっぽうではまず当たらないし、規則性のない数列だ。推測されるものでもない。アルファベットがあればより覚えるのは困難だっただろう。
淀みなく言えなければアウトだと聞かされていたから必死こいて暗記しておいて本当に良かった。
〜〜〜〜〜〜
ガラガラガラ
2人が空の病室から出てきた。
大まかな方針は決まった。
自分らが引きつけている間に逆に病院へ攻め込まれそうな気もするが、12階にいるなんて向こうは知りようがないし辿り着いたとしても引き返す時間が足りなくなるはずだ。ならばより成功率を上げるために配分の割合としては病院の方が多くなるはずだ。
「こっちは2人で動き回れる。祥菜は1人で動けない。麦島、せーのっ」
「「1人 (〜)」」
一致した。古坂も同じ選択を取るだろう。女のために戦ったことは知られているんだ。女を人質に取ることの重要性は分かっているはずだ。
「枚方さん、これから大変でしょうが頑張ってください」
「………」
枚方は返事をしない。仕事に忠実だ。返事が来ない寂しさはあるが、それだけ真剣に全うしているのなら安心できる。サービス労働だからと言って刑事から頼まれた案件で変な人材を出すはずがない。忠告してくれたのも危険が伴うことを分かっているからだ。
「…では「待ちたまえ」」
去ろうとした神原を呼び止める。返事はしないが伝えたいことがあるということなのか…。
「………これを、持って行きたまえ」
「ちょっ、枚方さんそれはっ!?」
桂西が止めに入る。枚方の手には小さなデバイスが握られていた。
「…これは?」
「桝飛セキュリティサービスの緊急時の通信デバイスだ。特定の動作でボタンを押すことで桝飛セキュリティサービスのオペレーターに繋がる。認証コードを言えば好きにウチの人間を使うことが出来る。豊橋刑事も持っているものだ」
「…公衆電話の通報ボタンのようなやつね。豊橋刑事が時雨の運搬を指示したのはこれを使ってか…。しかし良いんですか?お隣の方が止めるくらいですからこれは私が持って良い代物ではないはずです」
謂わば特権を有したボタンだ。悪用する気はさらさらないが、子供にこれを渡すには相当な覚悟が必要になる。
「今の私達には不要だからだ。何もずっと譲渡するわけじゃない。駄愚螺棄や君らが抱えている諸々が終われば返してくれれば良い」
「…なっちゃん〜、貰っておいた方が良いよ〜。手を借りれるのと借りれないの差は大きいよ〜」
「……だがこれは明確に巻き込むことになるだろ」
「今更だよ〜。無計画な言い方になるけど〜、今はとにかく上限いっぱいまで借りよう〜。返済については、終わってから考えればいいよ〜。俺も返済手伝うからさ〜」
「………」
ドクターは存分に利用するつもりなのにそれ以外の人間が関わることには好ましくないらしい。
(時雨ちゃんのことも気にしてたけど逆に幌谷の白ウサギは存分に関わらせてるのは何なんだろうな〜。なっちゃんの判断基準は意味不明だからな〜)
「……これを俺に渡すということは、枚方さん達は使えないということですよ」
「ははっ、みくびられては困るよ。我々はそう簡単にやられるような鍛え方はしていない」
「桝飛セキュリティサービスが駄愚螺棄に狙われることになる」
「警備会社を攻め込む馬鹿はいない」
「………分かりました。一時的に使用させていただきます」
「承知しました」
そして枚方から操作方法と認証コードについて教えてもらった。
長めの認証コードを覚えるのに少し手間取ったが、麦島が先に暗記したのが悔しかったのか、程なくして神原も暗唱できるようになった。
「———では、この病室はあなた方に託します」
「承知しました」
枚方の表情が固くなった。
再び仕事状態に入ったようだ。隣の男もデバイスを渡すことにまだ不満があったが枚方が黙った以上は覆されることはない。同じように仕事モードに入った。
「行くよなっちゃん〜。長居しすぎると全員がここに来ちゃうよ〜」
駄愚螺棄の人員を二手に分けるのが作戦の第一段階だ。早くここを離れる必要がある。
「あぁ、ここまでしてもらって失敗なんて真似は絶対にさせねーよ…」
〜〜〜〜〜〜
「………認証確認。枚方からのエマージェンシー。用件を伺います」
「こちら神原奈津緒。枚方さんの護衛対象、伊武祥菜の恋人です。枚方さんからデバイスの一時譲渡を受けて連絡しております。駄愚螺棄の構成員を6名捕獲しました。移送をお願い出来ますでしょうか」
「……承知しました。…デバイスの位置情報を捕捉。多摩川河川敷に輸送車両を向かわせます。他にご用件はございますか?」
「他………(駄愚螺棄さえ処理できれば良かったし大島総合病院は枚方さん達が何とかするって話だから俺らが応援を向かわせるとメンツが立たないよな……。メンツのためっていう駄愚螺棄の思うところも分からなくはないな。……いや、病院でやることはまだあるな…)」
「ではお願いがあります———」
♢♢♢
———都内某所
「……『隠れ鬼』が切れた?」
「はい、いつからかは分かりませんが、何気なく市丸の様子を見ようとしたら見れなくなってしまいました。…丹愛と実録は目に見えるところにいたから確認していないのですが……」
零からの報告を受けて市丸とドクターは顔を見合わせる。
「零君は今日初めて能力を使った…?」
「はい、3人ともここにいるので使う必要もなかったので…」
「今は使えるのか?」
「今は見えます。今丹愛と実録は下で寝転んでいます。市丸が見えなくなったので二人にもう一度発動条件を満たすようにしましたので」
「……市丸君はずっと見えなかったんだよな?」
「はい、ドクターに報告するまで何回も確認しました」
「なるほど………結論から言えばそれは神坂姉の『超能力』によるものだ」
「滝波夏帆の?…あっ、いない。もう戻ったのか」
能力が分かったら帰っても良いというルールなのを零は思い出した。
「彼女の能力は『超能力』を無効化する能力だ。そして零君の話から推察するに、一度彼女の射程圏内に入れば、既に掛けている能力は全て解除されるようだ」
「解除される……ということは、『隠れ鬼』で登録した情報が全てリセットされたということですね?だから市丸が見えなくなった」
「おそらくそうだろう。そうなると……試したいことがある…」
「試したいこと?」
———
———
「………なるほど、それは是非試したいですね」
「あぁ、『超能力』の判定がどこまで作用するのか実験したい。だが、その実験シチュエーションになる時は相当危険な状況だ。偶発的ではなくこちらが整えた場でやらないと悲惨なことになりそうだ」
「……滝波夏帆本人や白ウサギに話を通した方が良いのではないですかね?」
「そうだな。それがひいては雪兎君との取引にも直結してくることになるからな」
「そう言えば、神原の彼女の方はどうなんですか?」
零は市丸と違って現場にいなかった。伊武祥菜の状況を把握する術はない。
いつもならスマホでやり取りしているが、今は時雨の通話用に占有されていて直接話さない限りは情報を得ることが出来なくなっていた。
「……分からないな。願望は植え付けているから概ね望み通りの力になるだろう。…伊武君の性格を見るに攻撃的な『超能力』になりそうだが、絶対ではないからな」
大島総合病院、多摩川での小競り合いもそろそろ終わりが見えてきました
戦闘シーンを書くのは苦手ですが、枚方には頑張って抵抗してもらいたいですね
そして伊武祥菜、彼女の中に蠢く異能が飛び出しそうです
さて、次回もヒロイン育成計画です
小競り合いの結末は?
神原のお願いとは何なのか?
ドクターが試したいこととは何なのか?
伊武祥菜の決意は何なのか?
時雨は能力を取り戻せるのか?
神原サイド中心のヒロイン育成計画後半戦ですが、神岐や神坂サイドにもスポットが当たると良いですね




