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転生先は隠世!?〜属性過多の妖怪達に愛され過ぎて、念願のスローライフは享年1日で終了しました〜  作者: 桜桃
第1章 - 夜の来訪者編 -

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第1章 夜の来訪者編 - 第5話 「スローライフ、再建」

ジャジーが空の向こうへ消えてから、およそ一時間後。


美月は門を抜け、あの楽園の皮を被った公共機関である隠世管理所に到着した。


花畑へ足を踏み入れたその瞬間、気配を感知した管理人が、淡い景色を捲るようにして現れた。


「いらっしゃいませ」

「境目は暖簾みたいな仕様なの!?」


美月は一瞬驚くが、そこで時間を取っていられない。


管理人は美月の顔を見るなり悩むように首を傾け、影のような指先を顎に添える。


「なにかご不満がありそうですね」


美月は拳を握り込んだ。


「家の防犯について相談があります」

「はい」

「昨夜、知らない淫魔が入ってきました」

「あぁ、よくありますよね」

「あってたまるかぁ!」


管理人は昨日と変わらぬ顔で、美月を見返した。


「淫魔だけでなく、別の妖の住居侵入自体は珍しいことではありませんので」

「私、今ジャングルかアマゾンにいます?」

「隠世です」

「知能あるならせめて倫理観の義務教育させて!」


妖は長命だ。

だからこそ切実に、その長い時の中で培われるものに最低限倫理観は入っていてほしい。


美月が言葉を落としたその直後。


「通常は、その鍵を通して妖力や魔力で結界を張ります」

「出た!未履修科目!」


管理人は目をぱちぱち瞬かせる。


「妖力の使い方わかんないよ!」


その瞬間、管理人の目がわずかに見開かれたあと、すぐに細められる。


「…あぁ…」

「同情の目で見ないで!」


昨日まで人間だったのだ。


通常、鍵なら鍵穴に差して回せば閉まる。  

必要に応じ、窓には補助錠や防犯フィルムを張ることもある。


それがここでは、妖力や魔力で解決してしまうらしい。


しかし。


美月は少なくとも、「結界!」と唱える生活はしてこなかった。


「うちに来たの、二メートルの淫魔だったんです」

「でしたら結界ですね」


即答だった。


「昨日言って!」


美月の魂からの叫びが、管理所内に響いた。

幸い、他の利用者も職員もいない。


管理人は、花畑を映した何もない空間に手を入れると、ガラスのコップに入った水を取り出した。


「今の流れで急に冷水のサービス!?」

「違います」

「じゃあなんで水持ってきたの」

「妖力や魔力を目に見える形で練習するのに丁度いいからです」

「まともな理由だった!」


管理人は美月に水入りのコップを渡す。


「では、まず自分の妖力を感じてください」

「は、はい…」


美月は目を閉じた。

呼吸を整え、身体の内側へ意識を向ける。


「あ」


すると、胸の奥というより身体全体に、温かい何かがゆったり巡っている。


血液とは違い、熱とも違う。


けれど確かに、自分の中にあるのを感じた。


「なんか……なんかあります」

「それです」

「これが妖力?」

「はい」

「意外と普通」

「ではそれをコップの水に向かって集めてください」


美月は両手で持っている水を見る。


「来い…」


何も起こらない。


「来いっ…!」


やはり何も起こらない。


美月も焦れ始める。


「集合! 収集! 整列! ピピーッ!」


人間界にある何かしらが集まりそうな単語を並べたり、笛の音真似を口で言ってみる。


当然、妖力など出ない。


「号令ではありません」


至極真面目なトーンで返された。


「ピ◯ミンだったら“ピピーッ”で集まるのに…」

「妖力は集まりません」

「じゃあどうすんの!?」

「流れを意識してください」

「水道みたいに?」

「近いです」


美月は再び目を閉じ、身体の中を流れる温かい何かを、コップの水に押し込むように流した。


すると。


掌が淡く光り、コップの中の水が動いた。


「でっ…できた!」

「そのまま飛ばすように意識をしてみてください」

「はい!」


美月は妖力を飛ばすように意識して流す。

先程よりも、もっと勢いをつけて。


すると。


バシャッと水が高く跳ねた。

大きく舞い上がった水滴が美月の顔にかかる。


「うわっ!?」


白い光の塊が水の中から飛び出す。


飛ばしたその後のことを考えていなかった美月の妖力は、行き先が分からぬまま花畑へ墜落した。


白い光が音もなく散ったその時。


小さな花が、異常に増えた。


「…………」

「…………」


葉が増え、蕾がつく。


その後、ぱあっと咲いたかと思えば急に花弁が枯れ落ち、瑞々しい実までついた。


「…なにこれ」

「福の類の妖力みたいですね」

「じゃあなんで私の人生不幸ばっかだったの」

「他者へと配り歩いていたのでしょうか」

「駅前で広告入りのティッシュ配る人みたいなことしてたの私…」

「全員絶対受け取るので社員としての成績は良さそうですね」

「私生活の損害は大きいよ!」


美月は空になったコップを管理人へと渡した。


「あとは、お渡しした鍵に妖力を流しながら施錠することで、家屋全体に結界が張られます」


ようやくだ。


これでようやく、窓から二メートルの淫魔が生えてくる生活とはお別れできる。

 

「やっと馬乗りされない朝を迎えられる!」

「そこを目標にする方は初めて見ました」

「普通は目標にしなくても達成できるんだよ!」


今度こそスローライフを送ることができる。

美月は晴れやかな顔で管理所の出口へ向かった。


隠世生活、二日目。


「……妖怪になって最初に覚える技が防犯ってどうなの?」


人間界で三十年以上生きてきた彼女が、人生で初めて習得した妖術。


それは攻撃でも、変身でも、空を飛ぶ術でもなく。


戸締まりだった。





第1章 夜の来訪者編 - 第5話

「スローライフ、再建」-完-

→第1章 夜の来訪者編 - 第6話

「隠世の通販事情」


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