第4章 穏やか(?)な日常編 - 最終話 後編「前進」
帰宅するまでの道中、ジャジーと鳳は先ほど管理所の外で行った吸血について、何度か言い争っていた。
「外でやる必要あったのかよ」
「必要であった。美月殿が勧めてくださったのだ」
「そこじゃねぇ。もっとこう、場所とかあんだろ」
「お主に言われたくないでござる」
「なんだと?」
「はいはいはい!家着いた!喧嘩終了!」
美月が二人の間へ腕を突っ込んだ。
どうにか大事にはならなかったものの、帰宅してからも互いに納得している顔ではない。
そんな二人を眺めていた美月は、別の話題を探す。
そして、ふと思い出したように口を開いた。
「あ、二人とも。そういえばね……」
「何でござるか」
「なんだ」
「私、先祖返りした座敷わらしだったって」
「……」
「……」
部屋に沈黙が落ちた。
美月はきょとんと二人を見る。
「ん?どうしたの?」
「どうしたのじゃねぇ!」
真っ先にジャジーが声を上げた。
「“そういえば夕食どうする?”みてぇなノリで言うもんじゃねぇだろ!」
「私も流れ弾みたいな感じで言われたんだよ!」
「情報の食らい方まで事故ってんじゃねぇか!」
鳳は驚きを残したまま、美月を改めて見つめる。
「座敷わらし殿でござったか……」
そして、ぽつり。
「……通りで……」
鳳が美月を見る。
決して美月の外面を見ているわけではない。
なのに、美月の目が細くなった。
「小さい?」
「……」
「童顔?」
「美月殿」
「まな板?」
「卑屈か!」
ジャジーの突っ込みが飛ぶ。
「そのようなことは思っておらぬ!」
鳳も思わず身を乗り出した。
ジャジーは一度美月の全体を見ると、腕を組む。
「まぁでも安心しろ。ちっと犯罪感はあるが、いい身体してる」
「やっぱ小さいとか童顔なのは思ってるんじゃん!」
美月の頬がぷくりと膨らむ。
しかし、ジャジーは呆れたように眉を上げた。
「小せぇからなんだ。童顔だからなんだ」
真面目な顔で告げる。
「そんなん、お前についてきたただのオプションだろ。お前は可愛い」
「……っ」
膨らんでいた頬が、一瞬で萎んだ。
鳳も真面目な顔で頷く。
「拙者も同意でござる。先ほど『通りで』と申したのは、補給時の効能の高さについてであって―――」
「緊急会議を開催します」
「……」
「……」
「羞恥逃げすんな!」
「そんなのまともに食らったら私が持たないので!」
「つーかこの章、会議に始まって会議に終わるのかよ」
「メタ発言やめて!」
鳳だけは素直に姿勢を正した。
「して、今回の議題はなんでござるか」
美月は一つ咳払いをする。
そして、妙に改まった声で告げた。
「男性妖好意伝達後の女性妖好意未返答事案継続中における周辺地区の散策について」
ジャジーと鳳が一瞬停止した。
「……めちゃくちゃ長ぇ議題なのに、一ミリも意図が伝わってこねぇ」
「何かの周辺警備でござるか……?」
「不正解!」
「回答できるやつどこにいんだよ」
ジャジーの眉間に皺が寄る。
「マジで分かんねぇから短く言え」
そう告げられた言葉に、美月は一度下唇を噛んでから、ゆっくりと口を開いた。
「………………デート、です」
最後だけ、蚊の鳴くような声になった。
「……」
「……」
_人人人人人人人_
> デート <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
二人の頭の中に、デートの文字が爆発した。
「んぃぃ羞恥が膨張するから急に黙るのやめてぇ……」
ジャジーがようやく口を開く。
「でもデートだぞ!?」
「三人でだけどね……」
「そこは納得できねぇけど剪定とパシリより断然いい!」
「……拙者も異論はないでござる」
「しかし問題はですね……」
美月は腕を組むと、遠い目を向ける。
「私の脳内マップが、自宅と管理所で終わっています」
「……」
「……」
「計画として詰んでる!」
「ゲームで言えばプレイ時間100時間以上いってるのに、始まりの街から出てすらいない」
「確かに、美月殿はまだ周辺をほとんど知らぬな」
鳳が考え込む。
少しして、その黄色い瞳が美月へ向いた。
「美月殿は、以前タンパク質を食したいと言っておったな」
「え!?」
美月は勢いよく鳳へと向く。
「食べられるの!?」
「海であれば、当てはあるでござる」
「海もあるの!?」
美月の目が一気に輝く。
「海デート!行く!海!魚!」
即決だった。
鳳はそんな美月をじっと見つめてから、わずかに視線を逸らす。
「……まぁ、あやつなら問題ないでござろう」
「なんの話?」
「何でもござらぬ。では、拙者の古き縁の者に伝えておこう」
「古き縁?」
ジャジーが片眉を上げる。
「お前、仲間いたのかよ」
「腐れ縁でござるが、あの海一帯を治めておる者だ。いくら縁がある者と言えど、許可なしには無礼にあたる」
鳳は目を閉じ、指先へ妖力を集めた。
淡い水色の光が文字のように形を作り、するりと空間へ溶けていく。
「知らせを送った。これでよい」
「え?相手からの返事は?」
「あやつは受け取ることはできようとも、送ることができぬ。妖力の扱いを知らぬゆえ」
「始めの頃の私と一緒だ」
まだ見ぬ海へ、美月の意識が飛んでいく。
青い海、新鮮な魚、三人での外出。
そして。
「せっかくの海デートなら、ちょっとおしゃれしちゃおうかな」
「つーか男二人いる時点でデートになんのか?」
「気持ちの問題です」
「お前の気持ち、こっちはまだ未払い状態なんだよ」
「必ず!必ず払いますので!」
「なんの取り立てなのでござるか……」
美月は笑いながら、自室の服を頭の中で思い浮かべていた。
何かを忘れているという、それすらを忘れて。
その頃。
隠世の東側に広がる海。
波に削られた岩場の上で、一人の男が釣り糸を垂らしていた。
「……なんだ?妖力文か?」
宙に現れた淡い光を、大きな手で掴む。
スモークブルーの肌と、ギザついた鋭い歯。
顔の右半分を覆う、赤い碇のような紋様。
濃灰と白が荒く混ざった長髪は、潮風を受けてもほとんど形を崩さない。
男は妖力文へ目を通す。
「鳳じゃねぇか!へぇ、三人でここに来んだな!」
ぱっと顔が明るくなる。
「つーかあいつ、俺以外に仲間がいたのかよ!」
再び豪快に笑うが、すぐに眉が寄る。
「……こいつ、なんか変わったか?」
首を傾げる。
「なんだこの死体みてぇな妖力……やべぇもん食ってんじゃねぇだろうな……」
その時。
男の鼻が、わずかに動いた。
「……なんだ、この匂い……」
鳳の妖力文に、ごく微かに混ざっている。
甘いとも、花のようとも違う。
それなのに妙に意識へ残り、もっと確かめたくなる香り。
男は妖力文を鼻先へ近づけた。
「土産の匂いか?」
少し考え、すぐどうでもよくなったように笑う。
「まぁ、美味えもんだったら食うだけだな!」
妖力文を消す。
再び釣り竿を大きく振ると、針が海面へ落ち、波紋が広がった。
空は晴天。
波は穏やか。
文句のつけようがない穏やかな日。
―――しかし。
新たな騒動の気配が近づいていることなど。
誰も、知る由もなかった。
第4章 穏やか(?)な日常編 - 最終話
後編「前進」- 完 -
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