第4章 穏やか(?)な日常編 - 第9話 「幕開け?」
「鳳ちゃんはねぇ……とにかくなんでも自分の中にしまい込んじゃう性格なのよぉ」
縁は頬杖をついたまま、ふさふさとした尻尾を左右へ揺らした。
「我慢してぇ、我慢してぇ、我慢してぇ……自分でどうにかしようとするの」
「それは、なんとなく分かります」
美月は小さく頷く。
自分の身体に起きた異変も、血がなければ存在を保てないことも。
鳳は限界まで誰にも言わなかった。
そして。
「まさか、しまい込む果てが僵尸の集団だとは思わなかったけどねぇ」
「そこは私もやりすぎだと思います」
収納するものの規模がどうかしている。
「だからぁ」
縁は、にんまりと狐らしい笑みを浮かべた。
「ちょっと、気分転換に違う地区にでも行ってきたらどうかしら?」
「違う地区?」
「そうよぉ。普段と違う場所に行ってぇ、美味しいもの食べてぇ、景色でも眺めてぇ」
そこまで聞いたところで、美月の目が細くなる。
「……それって、まさか……」
「ちょっとしたイベントで、距離もぐっと近づいちゃったりして♪」
「やっぱり……?」
「デートに決まってるじゃなぁい!♡」
「…………」
美月の思考が止まった。
_人人人人人人人_
> デート <
 ̄Y^Y^YY^YY^Y^Y ̄
「美月ちゃん、今無言で爆発した?」
「……してません……」
「してたわよぉ。顔の中で盛大に」
「まだ返事もしてない相手とデートって、もう一段階くらい踏み越えてません?」
「そうかしらぁ?お互いを知るためなんだから、むしろ今こそじゃなぁい?」
「うっ……」
言われてみれば。
美月自身、昨日二人へ伝えたばかりだ。
もっと知りたい。
そしてその上で、きちんと返事をしたい。
なら、鳳と二人で普段と違う場所へ行くことも、そのための一つではある。
「……」
そう思ったところで、美月の思考がもう一人の男に滑る。
「…鳳と二人とか、ぜぇったいジャジーが納得しない…」
美月の目が細くなる。
「あの子、押して押して押しまくるタイプだものねぇ」
「潰れる…」
「じゃあ三人でデートで決まりねぇん♪」
「それって普通にグループ外出!」
その時。
『縁職員。種族心理相談に来られた来徒様がお待ちです。至急、カウンセリングルームにお越しください』
館内放送が響いた。
縁の耳がぴん、と立つ。
「大っ変!!すっかり忘れてたわぁ!」
「忘れてたの!?」
縁は慌てて机の上の資料をまとめ始める。
「ちょっと待ってください。縁さん、カウンセリングもするんですか?」
「一応、上級種族心理相談士もってるわよぉ〜」
「圧倒的に人の話聞かなそうなのに!」
「失礼ねぇ!仕事中はちゃんと聞くわよぉ♡」
「今仕事中じゃないんですか!?」
「これは恋バナ♪」
「種族支援課の窓口ですよね!?」
縁は資料を抱え、立ち上がる。
「じゃあ私は急ぐからぁ、美月ちゃん、また後日結果聞かせてねぇ〜♪」
「報告の予約入った!」
「あんな、ザ・カタブツのデートなんて聞く価値しかないわよぉ〜!」
「観察対象じゃありません!」
しかし、縁は手を振りながら、早足でカウンセリングルームの方へ消えていった。
「……縁さん、意外と忙しい人なんだなぁ……」
しみじみ呟いていると。
「美月さん」
背後から聞き慣れた声がした。
「あ、写仝さん」
振り返ると、総務管理課の写仝が立っている。
フレイフェルとの話を終え、戻ってきたようだ。
「縁さんとのお話は終わりましたか?」 「終わりまし……あ」
美月の顔が固まる。
「っていうか!私ここに野菜を販売するのに妖力とか魔力のやり取りの仕方を聞きに来たんだった!」
両手で頭を抱えた。
「あなたは、一度にまとめて聞きに来ることはできないのですか」
「できません!」
即答だった。
「それに、ここ好きだし……」
「……」
写仝の身体が、ほんのわずかに止まった。
「まとめて全部聞いちゃったら、皆さんとちょくちょく会えないじゃないですか」
ブゥン。
「……」
「……」
写仝の顔周りの輪郭が、一瞬だけノイズのように揺れた。
美月が目を細める。
「今ノイズ入りました?」
「無事です」
「いや回答!」
美月が身を乗り出す。
「テレビ見てて『砂嵐起きた?』って聞いたのに対して、『使えます』って答えてるんですよ!」
「使用可能なら良いじゃないですか」
「写仝さん今日どうしたの!?」
「それより、妖魔力のやり取りについてですよね」
「逃げた!」
写仝は何事もなかったように、一枚の札を美月へ差し出した。
「こちらを」
「……これは?」
白い札には、細い魔力線のような模様が刻まれている。
「個人間、対面販売用の直接決済札です」
「電子マネーじゃん!」
「決済札です」
「言葉が違うだけ!」
美月は札を裏返したり、光へ透かしたりする。
「まず販売前に、この札へ、商品の対価としてどの程度の妖魔力を受け取りたいのか念じてください」
「念じるだけでいいんだ……」
「はい。購入希望者は札へ手をかざすことで、その量を確認できます」
写仝は別の札を取り出し、手をかざした。
淡い光が灯る。
「美月さん。札の上へ手を」
「はい」
言われるまま手をかざす。
「その光を、手から吸い取るように念じてみてください」
「吸い取る……」
意識を集中させた、その瞬間。
「……あ」
分かった。
掌の中に、何かが集まっている。
目には見えないが、確かにそこにある。
「なんか……お皿みたいなのが手の中にできた感じがする」
「それが、私が仮に設定した必要量です」
写仝が頷く。
「購入者側は、支払う直前に必要な妖魔力を一度手元へ集めます。その時点で負担が大きいと感じた場合は、札へ流さず、自身へ戻すことができます」
「なるほど……!」
美月の目が輝く。
「つまり『買いたいけど、この値段だと今日の魔力残量ヤバいな』って自分で分かるんだ」
「概ねその認識で構いません」
「親切設計!」
写仝は続ける。
「品目ごとに札を用意しておけば、その都度必要量を書き換える必要もありません」
「すごい。バーコードとレジと電子マネーがメタモルフォーゼしてる」
「決済札です」
「そこ絶対譲らないんですね!?」
美月は札を見つめる。
「美月さんが一人ひとりへ説明しなくとも、購入者自身で量を確認し、判断できます。購入する場合のみ、美月さんに受け渡しを依頼する形になりますね」
「……!」
ようやく、畑で育てた野菜を正式に売れる。
「これで……これでやっと販売ができる……!」
美月は両拳を握り、ぐっと胸元へ引き寄せた。
「よぉし!来たれ労働版スローライフ!」
「労働が入った時点で一般的なスローライフから離れている気もしますが」
「気持ちの問題です!」
念願だった畑と、自分で育てた野菜。
それを誰かに食べてもらい、その対価を受け取る。
やや従業員が濃いことは、今は無視しよう。
転生してから何度も遠ざかっていた“穏やかな生活”が、ようやく少しだけ形になり始めた。
今度こそ本当に、スローライフに近しい生活が始まる。
美月は、そう信じて疑わなかった。
第4章 穏やか(?)な日常編 - 第9話
「幕開け?」- 完 -
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