第4章 穏やか(?)な日常編 - 第8話「天からスカイダイビング」
美月が椅子から立ち上がり、在魂課の扉へ向かおうとした、その時だった。
「美月」
「なんですか?」
呼び止められ、美月が振り返る。
「“赤”は身につけるな」
「……へ?」
唐突だった。
あまりにも唐突すぎて、美月の口から間の抜けた声が漏れる。
「赤?」
「あぁ」
「服?アクセサリー?あれ!?私今日の下着何色だっけ!?」
美月は自分の服を確認しながら、両腰をぱん、と叩いた。
そんな美月の様子に、写仝がわずかに顔を逸らした。
「っていうか、なんで赤なんですか?」
「時間だ。行け」
「答えないなら嫌な置き土産しないでください!」
フレイフェルは既に次の来徒の資料を机へ置いている。
「え!?気になるんですけど!?『赤は身につけるな』って言われたら一生赤信号見るたびに思い出しますよ!?」
「お前の場合、どう作用するのか分からない」
「何が!?」
「座敷わらしにまつわる赤の伝承だ」
美月が固まる。
「伝承……?」
「俺の専門は魂と存在の記録だ。各種族の伝承や特性については、種族支援課の方が詳しい」
そこで、美月の顔がぱっと明るくなった。
「あ!ちょうど種族支援課に行く予定あるんです!」
美月は隣に立つ写仝へ顔を向ける。
「じゃあ私、先に行きますね!」
「はい。お気をつけて」
「ありがとうございます!」
ぺこっと頭を下げ、美月は在魂課を出ていった。
扉が閉まり、しんと静かになった室内で、写仝はしばらくその扉を見つめていた。
「フレイフェルさん」
「なんだ」
「一つ、よろしいでしょうか」
フレイフェルが資料から目だけを上げる。
「先ほど、美月さんが成したいことへ、座敷わらしの力がついてくると説明されていましたが」
「あぁ」
写仝は一度だけ、美月が消えた扉へ視線を向けた。
「……利用される恐れは、ありませんか」
「ない」
即答だった。
写仝の顔がわずかにフレイフェルへ向く。
「美月の力は、美月そのものだ」
フレイフェルは淡々と続ける。
「美月自身が好意を持ち、相手の幸福を願わなければ、福徳は動かない。妖は感覚が鋭い。少しでも本人が違和感を覚えた相手に対しては、強く反応することはないだろう」
「……そうですか」
写仝の肩から、ごくわずかに力が抜ける。
「なら、よかったです」
「……」
「その目はなんですか」
「保護者のようだと思ってな」
「管理所職員です」
「それにしては、ずいぶん入れ込んでいる」
その瞬間。
写仝の顔周りの輪郭が、ブゥン、とノイズが走ったように一瞬だけ乱れた。
フレイフェルの眉がわずかに上がる。
「照れ方も独特だな」
「照れていません」
「では、なぜそこまで気にかける」
「……」
珍しく、写仝が少しだけ間を置いた。
「……あの方は」
「……」
「私を、“管理人さん”と呼ばなくなったからでしょうか」
「……」
今度はフレイフェルが黙った。
「入れ込む理由が哀れだな」
「天界にチェンジを依頼しましょうか」
「やめろ」
「即答ですね」
「美月の幻想通りの使いが選ばれれば、天界が隠世からの恋文で埋まる」
「フレイフェルさんよりは来徒対応に向いているでしょう」
「俺は魂を扱うために来ている。好感度を稼ぎに来たわけではない」
「それは見れば分かります」
二人は少しだけ黙った。
普段なら、どちらも冗談など口にしない。
それでも。
美月が関わってから、管理所の静かな場所にも、こんな他愛ない会話が増えていた。
一方、その頃。
「縁さーん! 今空いてますか?」
「美月ちゃぁん♡ 待ってたわよぉ〜!」
種族支援課の窓口から、ふさふさの尻尾と共に、縁の腕が大きく振られている。
「座って座ってぇ♡」
「はいはい」
美月が窓口前の椅子へ腰を下ろす。
すると縁は頬杖をつき、わくわくした目で美月を見つめた。
「ねぇ〜。もったいぶらないで、早く聞かせてちょうだい♡」
「……なんの話ですか」
「んもぅ!私の野生の勘が、もうびんっびんなのよぉ!」
ふんす、と鼻を鳴らす。
「多伴侶、あるいはそれに近い相談でしょ?♪」
「ゔ……」
美月の顔が固まった。
縁の耳が勢いよく立つ。
「図星ぃぃぃーーー!!ふぅーー!!」
「急にパリピにならないでください!!」
「だってぇ♡」
縁は嬉しそうに両手を合わせる。
「ついに美月ちゃんにも春が来たのねぇ〜!」
「春っていうか……その……」
美月は視線を逸らし、膝の上で指をもじもじと絡める。
「……今、二人から言い寄られてるんですけど……」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!♡」
「静かに聞いてください!!」
「ごめんなさいねぇ!私の内なる縁結びの妖狐が今スカイダイビングしてて!」
「そんなに喜ぶこと!?」
「当たり前じゃない!!」
縁が、びしっと美月を指差す。
「一人は、あの淫魔のジャジーちゃん!」
「はい……」
「もう一人は、青札の鳳ちゃんでしょ!?」
縁は興奮した様子で窓口のデスクを叩く。
「補給必須型の妖は、海系の妖と同じくして妖少化が進んでるの!でかしたわ美月ちゃん!」
「まだ返事返してないのででかしてないです!」
「これで海系の妖を何人かゲットしてくれればもう言うことナシよ!」
「ポ◯モンみたいに言わないで!」
美月は身を乗り出す。
「っていうか、なんで知ってるんですか!?」
「ジャジーちゃんと美月ちゃんが常に一緒なのは、百之鬼ちゃんから任意履修済みだしぃ」
「任意履修って何!?」
「鳳ちゃんは青札として管理所と繋がってるから、あの吸血の一件も既に職員間で回ってるわぁ」
「また館内共有!!」
「大事な記録だから仕方ないのよぉ」
縁は楽しげに笑う。
「ジャジーちゃんは見てわかるけど、あの、ザ・カタブツの鳳ちゃん、ずいぶん美月ちゃんに惚れ込んでるみたいじゃなぁい♡」
「え゛!!」
美月の顔が一気に赤くなる。
「それ、どこ情報ですか!?」
「どこ情報って……」
縁の耳がぴくりと動いた。
「あなた、自分についてるあの二人の魔力と妖力、見えてないの?」
「……へ?」
先ほど、ジャジーは自分の指にキスをしてきた。鳳とは先日、抱擁をした。
確かに、付かないわけがないが。
「ここまで濃かったら、隠世女子なら気づくわよぉ〜?」
「女子限定!?」
「隠世女子の野生の勘と、男女間において見えないものを見るフィルターをなめちゃだめよん♡」
「あっこれ女の勘の妖バージョンだ!!」
縁は身を乗り出した。
「二人の魔力と妖力から分かるわぁ。もう“大好き”を全然隠してないじゃなぁい♡」
「ジャジーは……まぁ……分かりやすいけど……」
昨日、本人の口から告白されたばかりだ。
美月は頬を赤くしたまま、小さく呟く。
「鳳も……?」
「……むしろぉ」
縁の笑みが、さらに深くなる。
「妖力から読み取った雰囲気で言えば、ジャジーちゃんに全然負けてないわよぉ〜♡」
「……え」
「それどころかぁ……」
縁は何かを見透かすように、美月をじっと見つめた。
「鳳ちゃん、普段すんごぉ〜く我慢してるのが分かるわぁ……」
「我慢……?」
「そう」
ニヤニヤと、狐らしい笑みを浮かべる。
「これは……何かきっかけがないと、鳳ちゃん自身が殻を脱げないわねぇ……」
「え?それってどういう……」
美月が首を傾げる。
だが、縁はすぐには答えず、ただ楽しそうに尻尾を揺らしていた。
第4章 穏やか(?)な日常編 - 第8話
「天からスカイダイビング」- 完 -
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