第4章 穏やか(?)な日常編 - 第7話 「繋がった点」
「座敷わらしの福徳は、本来そこまで自己を削って他者へ与えるものではない」
フレイフェルは机の上へ置いた資料に目を落としたまま、淡々と続けた。
「だが、お前には人間の身体と、人間として育った心があった。その心と座敷わらしの福徳が反応を起こし、お前特有の性質を形成したと考えられる」
「ニュータイプ座敷わらしってこと!?」
「端的にはそうだ」
「端的にしないでください!」
思わず卓へ身を乗り出した美月に、フレイフェルは眉一つ動かさない。
「座敷わらしが去った家には、不幸が訪れると言われている」
「それは知ってます」
「だが、厳密には少し違う。座敷わらしが不幸を置いていくわけではない。それまで与えられていた福徳がなくなり、本来の状態へ戻るだけだ」
「幸福バフが切れただけってこと?」
「その表現で構わない」
「ゲーム用語通じるんだ……」
フレイフェルは無視した。
「本来なら、その場を離れれば与えていた福徳もお前へ戻り、再び循環する。しかし、お前の場合はそうならなかった」
「なんで?」
「人間として持っていた“情”だ」
「情?」
「あぁ。お前は、一度関わった相手が、自分が離れたことで不幸になることを望まなかった」
「え!?私、“福を残してあげよう”なんて思ったことないよ!?ただ、みんな幸せになるといいなぁとは思ってたけど!」
「それだ」
「それなの!?」
「人間の身体のまま、妖として思い通りに能力を操作できると思うな。そもそもお前は、自分が座敷わらしだという認識すらなかった」
確かにそうだ。
自分に妖力があることすら、隠世へ来るまで知らなかった。
「つまり、無意識に発動した福徳を、無意識に相手へ残そうとしていたということですか?」
隣に立つ写仝が確認すると、フレイフェルは頷いた。
「そうだ。そして、本来戻るはずだった分が戻らなければ、不足する」
美月の顔から、徐々に嫌な予感が滲み出る。
「……不足したら?」
「自分の運から補填していた」
「……」
数秒。
「つまり、私の運勢口座から運が自動引落しされてたの?」
「概ねそうだ」
「最悪!!」
美月の声が在魂課へ響いた。
「え!?毎回!?」
「あぁ」
「何その募金のサブスクみたいな生き方!」
フレイフェルは資料を一枚めくる。
「結果として、お前が関わり、離れた相手には幸福が残る。その不足をお前自身の運が埋める。だから周囲は比較的恵まれた状態が続き、お前だけが不幸を引き受ける形になった」
「……」
あまりにも腑に落ちてしまった。
美月はゆっくり椅子の背へ身体を預ける。
「……ん?」
そこで、ふと気づいた。
「じゃあ、なんで今は人間だった時ほど不幸が来ないんだろ……?」
顎へ指を添え、首を傾げる。
「今も座敷わらしなら、誰かの幸福に福徳使ってるんですよね?」
「人間の身体という制限がなくなったからだ」
「制限?」
「今のお前は、座敷わらしとしての魂が表へ出ている。本来持っていた福徳の生成と循環が、正常に行われるようになった」
「……なるほど」
「さらに」
フレイフェルの目が美月へ向く。
「お前の人間の身体は朽ちた。だが、人間として育った心は朽ちず、そのまま残っている」
美月は少しだけ目を丸くした。
「それって……良いことですか?」
「良い」
即答だった。
「お前が人を助けたいと思えば、そこへ福徳が乗る。何かを育てたいと思えば、その意思へ豊穣の力が乗る。今は以前と違い、己を削り続けなければ与えられない状態ではない」
「……」
「お前が成したいことへ、お前の力がついてくる。これほど良い成果はないだろう」
美月は自分の両手を見る。
この手で育てた、馬鹿みたいに巨大な野菜。
ジャジーへ渡った精気。
鳳へ与えた血。
どれも、自分が誰かの役に立ちたいと思った結果だった。
「……そっか」
小さく呟いてから、美月はもう一つ思い出した。
「あ、あと!」
「なんだ」
「私の魂って、最初“誤配送”だったって聞いたんですけど。それはどういう……?」
「妖の先祖返りには、発現する時期に個体差がある」
フレイフェルは新しい資料を開く。
「魂をこちら側へ置くか、人間界へ送るか。その選別を行った段階では、お前は人間として判定される状態だった」
「じゃあ、その時は普通だったんだ」
「あぁ。だが、人間の身体へ魂を入れた後に発現した」
「それで……結果的な誤配送?」
「そういうことだ」
「ちなみに、その確認ってどうやってるんですか?」
フレイフェルは真顔で美月へ向き合う。
「流れてくる魂を複数方向から視認し、定められた時間観察する。その後、人間界側と隠世側へ仕分ける」
「……」
美月の頭の中に、ベルトコンベアーに乗せられた魂が次々に振り分けられていく光景が浮かぶ。
「急な工場のライン作業感!」
「効率は必要だ」
「魂なのに!」
フレイフェルは資料を閉じた。
「宣告は以上だ。他に質疑がないのなら去れ」
「あっ、じゃあ最後一つ!」
「なんだ」
美月は妙に真剣な顔になった。
「ブロンドの髪がサラサラ、輪っかふわぁな真っ白な羽のニコニコ天使はいますか」
「いる」
「勝った!」
美月は椅子から立ち上がり、拳を握った。
「何に勝ったのですか」
写仝が淡々と尋ねる。
「幻想じゃなかった!」
「そうですか」
美月は満足げに拳を下ろし、改めてフレイフェルを見る。
「じゃあ次回からはチェンジで」
「風俗ではありませんよ」
「……」
美月の目が、すっと細くなる。
「写仝さん」
「はい」
「風俗知ってるの?」
「……文化としては」
「へぇ……」
「その顔をやめてください」
「美月」
「また呼び捨て」
フレイフェルはそんなやり取りにも構わず、美月を見る。
「今まで、御苦労だった」
「……え?」
あまりにも突然だった。
「人間の身体で、本来扱えるはずのない性質を抱えて三十一年生きた。お前自身に自覚がなかったとはいえ、楽ではなかったはずだ」
美月は何も言えない。
「こちらでは、有意義に過ごせ」
「……」
しばらくして。
美月の口元が、ゆっくり緩んだ。
「……やっぱりチェンジなしで」
「手のひら返しが早いですね」
「あんな岩塩だった人から、ひとつまみの砂糖みたいなオアシス出てきたら一生舐め続けるよ!」
「俺を舐めるな」
「比喩です!」
在魂課に、美月の声が響いた。
美月。
血統、人間と座敷わらしの混血。
魂、座敷わらしへの強い先祖返り。
人間として歩んだ三十一年は、決して幸福ばかりではなかった。
むしろ、不幸だったと呼んだ方が正しいのかもしれない。
けれど。
これから始まる長い妖生に、“不幸”の“不”の字さえ浮かばないのではないか。
そんな予感が、美月にはしていた。
第4章 穏やか(?)な日常編 - 第7話
「繋がった点」- 完 -
第4章 穏やか(?)な日常編 - 第8話
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