第4章 穏やか(?)な日常編 - 第6話「2Pカラーえんじぇる」
写仝に促され、美月は恐る恐る在魂課の中へ足を踏み入れた。
室内は思っていたよりも静かだ。
壁際には分厚い帳簿や書類が並んでおり、その中央。
大きな机の向こうに、一人の男が座っていた。
「美月さん。こちらが在魂課のフレイフェルさんです」
写仝が紹介する。
紫色の羽。
褐色の肌。
首までの長さの髪は黒く、前髪はM字に割れている。
全体的に暗い色なのに、翡翠色の瞳がやけに目立っていた。
すると男は手元の資料から視線だけを上げる。
「フレイフェルだ。お前への宣告を担当する」
「……」
美月は写仝を見る。
「……天使に2Pカラーとかあります?」
「ないです」
「圧倒的堕天側というか…謀反カラーなんですけど……」
フレイフェルが眉間に皺を寄せる。
「座れ」
「はい」
美月はフレイフェルの即座に椅子へ腰を下ろした。
そのあまりの素直さに、隣へ立った写仝がわずかに首を傾げる。
「ずいぶん素直ですね」
「死にたくないので」
「殺さない」
間髪入れず、フレイフェルから否定が飛んだ。
美月は恐る恐る男を見る。
「魂とか剥ぎそうに見えるもので……」
「それ以上無駄口を叩けば、本当に剥ぐぞ」
「ウワァァァこの人ほんとに天使!?」
「天使です」
「嘘だ!絶対聖書じゃなくて浄玻璃の鏡持ってる側でしょ!」
「閻魔大王様ではありません」
写仝は冷静だった。
「美月」
「呼び捨て!」
思わず背筋が伸びる。
フレイフェルは気にも留めず、手元の書類を一枚めくる。
「写仝さん、この人、来徒にもこの感じなんですか?」
「フレイフェルさんは誰に対してもこのような対応でして」
「色々追いつかないよ!」
「美月」
「はい!」
「混乱しているのは分かるが、次が控えている。真面目に聞け」
「はい……」
もう一度だけ姿勢を正す。
フレイフェルは美月の返事を確認すると、ようやく本題へ入った。
「美月。人間として生きた期間は三十一年。死因は大型車両の衝突による失血死《失血死》」
「いやぁぁぁ結論!妖としての結論だけお願いします!」
「お前が何者だったかを説明する上で必要だ」
「そうだとしても絶対“失血死”まではいらなかった!」
容赦がない。
だが、フレイフェルの表情にも声にも、美月を責めるような色はなく、ただ事実を説明しているだけだった。
「まず、なぜお前が人間界で生まれたか」
その一言で、美月の意識が引き締まった。
喉が、ごくりと鳴る。
「お前の家系を遡った」
「家系……?」
「あぁ。お前の祖先は、純粋な座敷わらしだけで続いた血筋ではない」
フレイフェルが資料へ指を置く。
「人間と交わった記録が多い。世代を重ねるごとに妖としての性質は薄れ、人間としての性質が強くなっていった」
美月は黙って聞く。
「そして、お前より数世代前には、ほぼ人間として生まれるようになっている」
「じゃあ……私のお父さんとか、お母さんも……?」
「少なくとも記録上は人間として生まれ、人間として生きている。祖父母の代に至っては、人間としての輪廻へ完全に乗っている」
そこで、美月の眉が寄った。
「……え?じゃあ、なんで私は輪廻に乗れないんですか?」
人間として生まれた。
両親もその前の世代も、人間として生きた。
なら、自分だけが隠世へ来た理由が分からない。
フレイフェルはしばらく美月を見たあと、静かに帳簿を閉じた。
「“先祖返り”を知っているか」
「先祖返り……」
聞いたことはある。
何世代も前に失われたはずの特徴が、突然その子孫へ現れる現象。
「まぁ……なんとなくは分かります」
「なら話は早い」
フレイフェルの目が、まっすぐ美月へ向けられる。
「お前の魂が、先祖返りを起こしている」
「……私が……?」
「あぁ」
短い返事だった。
「身体は人間として形成された。だが、魂の構造は座敷わらしへ強く回帰している」
美月は目を瞬いた。
フレイフェルは続ける。
「身体は人間。魂は先祖返りを起こした座敷わらし。人間としての肉体が、お前の魂を人間界へ縛り付けていたと考えられる」
頭の中で、いくつもの点が繋がっていく。
人間として生まれたこと。
それなのに、人間として輪廻へ戻れなかったこと。
「つまり、お前は生きている限り、人間界からこちらへ戻ることができなかった。肉体が死に、魂だけになったことで、ようやく本来属する側へ移動したのだろう」
「……」
美月の口が、少しだけ開いた。
頭に浮かんだのは、先ほどまで一緒にいたジャジーの言葉。
『事故った先がお前の本来の世界だったんだ。事故でもF1でもなく、ただ帰宅しただけの話だろ』
「じゃあ……」
思わず、小さく笑いそうになる。
「ジャジーが言ってた“帰宅しただけ”って……ほんとにそうだったんだ……」
「表現は雑だが、概ね間違っていない」
そこで、美月の表情がふと止まる。
「え、待ってください」
「なんだ」
「じゃあ、なんで私はあんなに不幸だったんですか?」
フレイフェルの目が美月へ向く。
「座敷わらしって、むしろ福を呼ぶ妖ですよね?」
「あぁ」
「私、人生の大半、不幸側だったんですけど」
「それも説明する」
「お願いします!」
「だから黙っていろ」
「んひぃ、すみません」
フレイフェルは資料へ視線を落とした。
「美月。お前は、困っている者を放っておくことができない性質だな」
「そんなつもりないですけど」
「ある」
「あります」
フレイフェルと写仝の声が、ほぼ同時に重なった。
「息ぴったりやめてください!」
美月が振り返る。
だが、写仝は淡々と立っているだけだった。
「事実ですので」
「二対一!」
「話を戻すぞ」
「すみません……」
フレイフェルの声に、美月は再び前へ向き直る。
「お前のその性質が―――」
一枚の資料が、静かに机へ置かれた。
「結果的に、お前自身の首を絞めていた」
「……え?」
意味が分からなかった。
「どういうことですか?」
フレイフェルはすぐには答えない。
資料の文字を一度確認するように視線を落とす。
先ほどまでの軽口が嘘のように、美月も黙り込んだ。
自分の不幸と、座敷わらしであること。
そして、自分自身の性質。
その三つがどう繋がるのか。
美月は、これから告げられるであろう真実を、固唾を飲んで待っていた―――。
第4章 穏やか(?)な日常編 - 第6話
「2Pカラーえんじぇる」- 完 -
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