第4章 穏やか(?)な日常編 - 第5話 「ザル行政」
管理所へ入った美月は、まず見慣れた小さな受付へ向かった。
受付には今日も変わらず、総務管理課の写仝が立っていた。
「写仝さーん! 時間停止魔法付与ぶりです〜!」
美月が大きく手を振ると、写仝もこちらへ顔を向ける。
「美月さん、こんにちは。その挨拶はなかなか日常では言いませんね―――」
「美月ちゃん聞いたわよぉ〜〜〜!」
「うわっ!?」
写仝の声を途中で押し潰し、横から何かが飛び込んできた。
柔らかな毛並みを持つ妖狐、種族支援課の縁である。
相変わらず勢いがすごい。
「あなた、座敷わらしだったんですってねぇ♡」
「…………」
美月の思考が止まり、表情も固まった。
縁は首を傾げる。
「あらやだ。お通夜でもあった?」
「たった今、情緒の葬儀を執り行なってます」
「まぁ」
「『まぁ』じゃないです」
そこへ、すっと写仝が縁の前へ出た。
「縁さん」
「何かしらん」
「『何かしらん』ではありません」
写仝の声はいつも通り淡々としているが、美月にも分かる。
これは少し怒っている。
「その件については、ご挨拶の後、私から正式に在魂課へ引き継ぐ予定でした」
「いやん、ごめんなさぁい」
「あなたは時々、口が仕事より先に走りますね」
「狐だから足と同じで口も速いのよぉ」
その会話を聞きながら、美月の思考がようやく再起動した。
「……っていうか、え!?」
二人が同時にこちらを見る。
「座敷わらし!?」
「そうみたいよぉ」
「初耳なんですけど!?」
「え?まだ聞いてなかったのぉ?」
今度は縁が固まり、狐耳がぴん、と真っ直ぐ立つ。
「やだぁ、そうだったのぉ?てっきりなんの妖かくらいは聞いてるのかと思ってたわぁ〜」
「だから初耳ですって!」
「もう管理所職員ほぼ全員知ってるわよぉ?」
「プライバシーどうなってるんですか!?」
「あるわよぉ〜。職員の数だけ穴が空いてるけどぉ」
「ザル!!」
美月が受付へ身を乗り出すと、縁は慌てる様子もなく、尻尾を揺らした。
「ちゃんと管理所の外には漏らさないわよぉ。美月ちゃんの種族情報は、今後の生活支援や妖力管理にも関わるんだもの。必要な部署にはすぐ共有されるのよん」
「あぁ、そういう意味なら……」
「職員同士で『聞いた?』ってなることはあるけどぉ」
「行政の館内で井戸端会議しないでください!」
写仝が静かに手を上げる。
「美月さん」
「はい」
「詳細は在魂課の担当職員から聞いてください。推測の段階ではなく、記録として確認された内容があります」
「記録として……」
その言葉で、美月の表情が少しだけ変わった。
自分が何の妖なのか。
隠世に来てからずっと分からなかったことだ。
福徳系で、作物はただ巨大になるだけではなく、異常なほど美味。
ジャジーへの補給効率も、鳳への血液の作用も普通ではないらしい。
それでも、何者なのかだけは分からなかったが、ようやくその答えが出た。
「……座敷わらしなんだ、私」
自分で口にしてみても、まだ実感がない。
「美月さん」
「はい?」
「歩きながら説明しましょう。在魂課までご案内します」
「あ、お願いします!」
美月は受付を離れ、写仝の横へ並んだ。
後ろから縁がひらひらと手を振る。
「またねぇ、美月ちゃん♡」
「あ!縁さん!」
美月は歩を進めながらも振り返る。
「あとで一つ相談があるのでよろしくお願いします!」
「多伴侶についての相談でよろしくねぇん♡」
「指定しないでください!」
そして、写仝と美月は廊下を歩き始める。
以前よりは管理所に慣れてきたが、部署の数は多く、職員も濃い。
総務管理課の写仝。
捜索監視課の百之鬼。
種族支援課の縁。
妖魔力環境課の蔓実。
幼怪課の守命流。
思い返すだけでも、一人として薄味がいない。
「そういえば」
「はい」
「在魂課担当の職員さんって、どんな方なんですか?」
「専門性の高い方です」
「種族は?」
「天使です」
美月の足が止まった。
「天使!?」
「はい」
「あの!?」
「おそらく美月さんが想像している“あの”です」
「本物の天使!?」
美月の顔が一気に明るくなる。
「すごい!私、生きてる時一回も会ったことない!」
「普通はそうでしょうね」
「というか天使も隠世で働くんですか?」
「派遣です」
「派遣天使!?」
一気に現実的になった。
「魂の扱い、存在記録、転生や輪廻に関する知識を持つ者です。在魂課とは非常に相性が良いので、現在はこちらへ派遣されています」
「天使にも派遣制度あるんだ……」
「あります」
美月の中に、勝手な想像が膨らんでいく。
「でも天使かぁ……」
思わず頬が緩む。
「きっと真っ白な服で、ブロンドの髪がサラサラしてて、背中には綺麗な羽があって……頭の上に輪っかがふわぁっと浮いてて……」
写仝が足を止めた。
「美月さん」
「なんですか?」
「あなたは、そういったイメージを口から出力しないほうが身のためですよ」
「写仝さんまで私のフラグ回収を懸念してる!?」
「経験則です」
「否定してよ!」
やがて二人は、一枚の扉の前で止まった。
扉の横には、簡潔に文字が記されている。
『在魂課』。
美月が少しだけ姿勢を正すと、写仝が扉を軽く叩く。
「失礼いたします」
数秒後。
扉の向こうから、低い男の声が返ってきた。
「入れ」
「……」
キラキラしていた美月の顔の温度が消える。
美月の頭の中にいた、にこやかで柔らかな天使像に、ピシリと嫌な音が鳴った。
「私、今からなんか罰されます?」
「宣告を受けるだけです」
「余命宣告ですか?それとも有罪宣告?」
「何かされたのですか」
「勝手なイメージをしてしまった罪とか」
「いつまでそうしている」
「ひぃんすみません!」
そして、写仝が扉を開く。
「どうぞ」
「し、失礼しまぁす……」
美月は恐る恐る一歩。
在魂課の中へ、足を踏み入れた。
第4章 穏やか(?)な日常編 - 第5話
「ザル行政」- 完 -
第4章 穏やか(?)な日常編 - 第6話
→「2Pカラーえんじぇる」へ




