第4章 穏やか(?)な日常編 - 第4話 「それぞれの速度」
管理所の建物が見えてくる頃には、三人の歩調もすっかり揃っていた。
美月を真ん中に、右にはジャジー、左には鳳。
管理所の前まで“送ってもらう”。
確かにそういう約束だった。
しかし、左右を大柄な男二人に固められて歩く美月の状況は、護衛というよりSPに近い。
「着いた!」
美月が管理所の門前で足を止める。
見慣れてきた入口を前にすると、横からジャジーがじっと美月を見下ろした。
「おい。ほんとに一人で行くのかよ」
「そう言ったじゃん!」
「……」
「なにその顔」
「別に」
「絶対なんかある顔じゃん」
美月が眉を寄せると、ジャジーは小さく舌打ちした。
「……じゃあ、ちっと手ぇ貸せ」
「うん?」
言われるまま、美月は右手を差し出す。
その手首を、ジャジーの大きな手がそっと取った。
「え、なに?」
美月が首を傾げた直後。
ジャジーが身体を屈める。
そして。
美月の指先へ、唇がほんの一瞬触れた。
「っ!?」
肩がびくんと跳ねる。
何が起こったのか理解した瞬間、美月は勢いよく手を引いた。
「シフト制にしたじゃん!」
「これは挨拶だ!」
「つまみ食いじゃないの?」
「だから“補給”から一回離れろっつっただろ!」
「ごめん!」
「色気が死ぬ!」
「私の喪女が仕事しすぎて!」
美月は赤くなった指先をもう片方の手で包み込む。
昨日、告白された。
そしてその関係を、“友達以上恋人未満”と定義した。
だからこそ、こういう不意打ちは、心臓だけが勝手に先へ進もうとする。
「と、とりあえず行ってきます!」
「おう」
ジャジーは一度だけ美月の顔を見て。
「……早く戻れよ」
「う、うん」
低く落ちた声に、美月の頬へまた熱が集まる。
その隣で鳳も静かに口を開いた。
「……気をつけて行ってくるでござる」
「はーい!」
美月は二人に手を振ると、逃げるように管理所の門をくぐった。
その背中が建物の中へ消えていく。
「……」
「……」
残された二人。
鳳はしばらく管理所の入口を見ていたが、やがて視線を地に落とした。
先ほどジャジーが美月の指へ落とした口づけが、頭から離れない。
指先に、ほんの一瞬。
それだけだというのに、美月はあれほど顔を赤くしていた。
「鳳」
「なんだ」
「またござる抜けてんぞ」
「……」
鳳の眉間に皺が刻まれる。
「……なんでござる」
「お前、余裕なくなるとござる消えんだな」
「要件を申せ」
「ほらまた消えた」
「話が進まぬ!」
ジャジーが堪えきれずに笑う。
「お前、キスしてぇなら美月に聞きゃいいだろ」
「っ!」
鳳の肩がわずかに強張った。
「……外でするものではござらぬ」
「じゃあ家戻りゃあいいのか?」
「……」
「できねぇじゃねぇか」
「お主の口づけが軽すぎるのでござる!」
鳳が言い返す。
しかし、今度はジャジーが笑わなかった。
「軽くねぇよ」
「……」
その声の温度が変わったことに気づき、鳳も口を閉じる。
ジャジーの金色の瞳が、先ほど美月が入っていった管理所へ向いた。
「お前もわかってんだろ」
「何をでござるか」
「この世界、人間界みてぇにルールは多くなってきた。管理所だの契約だの、勝手にやっちゃ駄目なことだの、すげぇ増えた」
「……そうでござるな」
「けどよ」
ジャジーは腕を組んだ。
「俺らの根底は変わらねぇだろ」
鳳の黄色い瞳が細くなる。
「欲しいもんがあんなら、取りに行かねぇと奪われる。もともとそういう世界だ」
「……分かっている」
「俺はもう迷わねぇ」
昨日までとは違う。
あれほど自分の感情に名前をつけられず、森の中で立ち止まっていた男の言葉には、今は迷いがなかった。
「美月の一番になれるんなら、あいつが嫌がらねぇ範囲でなんだってやる」
「……」
「お前がいつまでも、その硬ぇ慎みを持って関わりてぇなら、それでもいい」
ジャジーが鳳を見る。
「……だがな」
口角が上がった。
「俺は全力であいつを振り向かせに行く」
「……」
「ぜってぇあいつから、『契約したい』って言わせるって決めたからな」
鳳の眉がわずかに動く。
しばらく黙った後、腕を組んだ。
「……拙者も、何もせぬとは言っておらぬ」
「おっ」
「その顔をやめるでござる」
「いやぁ。やっとやる気になったかと思ってよ」
「されど、気安く女子に触れることはよくないでござる」
「好きなら気安くじゃねぇだろ」
「何?」
「立派な求愛だ」
「求あ……!!」
鳳の肩が大きく跳ねた。
「な、何を急に……!」
「急じゃねぇだろ。伴侶になってくれって言ったのお前じゃねぇか」
「それとこれとは別でござる!」
「何が違ぇんだよ」
「拙者は、お主のようにはやれぬ!」
鳳は珍しく声を張った。
「拙者は拙者の進み方がある!」
「はいはい」
ジャジーは肩をすくめる。
「じゃあ俺は、お前が歩いてる横をマッハで飛んでくわ」
「お主は少し落ち着くでござる!」
「なんでだよ。昨日、美月がもっと知りてぇって言ったんだぞ。なら知ってもらえばいいだろ」
「だからといって節度を捨てる必要はない!」
「誰も裸になれっつってねぇ!」
「お主の場合は比喩として不安なのでござる!」
「どういう意味だ!」
「そのままの意味でござる!」
「お二方」
低い声が割って入った。
「……あ?」
「……む」
二人が揃って振り返る。
管理所の入口脇に立っていた警備員が、無表情でこちらを見ていた。
「騒ぐのであれば、管理所敷地の外でお願いいたします」
「いや、こいつが急に取り乱しやがんだよ」
「拙者のせいではござらぬ」
「……」
警備員の目が細くなる。
「災異治安対応課をお呼びしましょうか?」
二人が固まった。
美月の返事を待つ前に何らかの前科がついては、彼女の“嫌がらない範囲”を大幅に超えてしまう。
「悪ィ」
「申し訳ござらぬ」
同時に即答した。
警備員は一度だけ頷き、何事もなかったかのように持ち場へ戻っていく。
ジャジーと鳳は、しばらく黙って立っていた。
「……お前のせいだぞ」
「お主でござろう」
「は?」
「なんでござるか」
再び火花が散りかけた、その頃。
一方の美月。
「よし」
管理所の受付まで、あと数歩のところにいた。
妖力を通貨として受け取る方法。
そして、もう一つ相談したいこと。
それだけを頭の中で確認しながら、受付へ向かって歩いていく。
外では自分を想う二人の男が、恋敵として宣戦布告し合い。
その結果、管理所の警備員から災異治安対応課を呼ばれかけていたことなど。
美月は当然、知る由もなかった。
第4章 穏やか(?)な日常編 - 第4話
「それぞれの速度」- 完 -
第4章 穏やか(?)な日常編 - 第5話
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