第4章 穏やか(?)な日常編 - 第3話「1UP美月」
三人は管理所に続く道を歩いていた。
美月を真ん中に、右側をジャジー、左側を鳳。
管理所の前までという約束なのだ。
そこまで護衛のように左右を固める必要はない気もする。
「……ん?」
ふと、美月の足が止まった。
道の端。
少し離れた場所に、一人の男が座り込んでいる。
灰色の着物を纏った、かなり色白の男だった。
ぼさぼさとした白銀の髪は短く乱れているが、右側のもみあげだけが妙に長い。
その毛束の中間と毛先の方には、小さなガラス玉のような飾りが揺れている。
俯いているため、顔はよく見えない。
―――だが。
「……っ!」
美月の視線が男の手へ落ちた瞬間、息が止まった。
肘までは白かった肌が、指先へ近づくにつれて濃い紫色へ変わり、足も同様に染まっている。
人間として三十年近く生きてきた美月の頭の中で、救急車のサイレンが盛大に鳴り響く。
「ちょ……っ! 大丈夫ですか!?」
「美月?」
美月はジャジーの声も聞かず、男へ駆け寄った。
男はゆっくりと顔を上げる。
頬はややこけており、疲弊した印象。
額には、小さな円形の痕のようなものが横一列に並んでいる。
そして、目。
本来なら白いはずの部分は淡い黄色に染まり、黄疸のように見える。
すると、切れ長の三白眼が美月を静かに見上げた。
「ヴァーーー!!なんでここまでになるまで放置してんの……!」
美月からすれば。
見た目は栄養失調。
両手足壊死。
黄疸は、確か何かしらの内臓で不調があると出る症状のはず。
完全に病院案件。
それどころか、人間界なら確実にオペ案件だ。
美月の言葉に、男の眉がわずかに動いた。
「以津真天が来そうなのに来てねぇな」
「美月殿、まず話を聞くでござる」
「そ、そうだね!」
美月は男の前へしゃがみ込み、一度息を整える。
「えっと……こんにちは?」
「今さらかよ」
「コミュ症が全力で仕事してるんだよ!」
ジャジーへ小声で返し、美月は改めて男を見る。
「あなた、具合が悪いんじゃないですか?私達今から管理所に行くので、よければ一緒に行きません?」
男はしばらく美月を見つめた。
やがて視線を逸らし、低く静かな声が落ちる。
「……私には、近づかないほうが良い」
「え、なんでですか?」
「……良くないものを、引き寄せる性質がある」
「良くないもの?」
美月は少し考えた。
「あぁ!感染症とか持ってます?」
美月は手をぽん、と叩いた。
「大丈夫ですよ。私、大抵は罹患するって言われてる手足口病とかインフルエンザとか胃腸炎とか、赤ちゃんの頃から罹患したことないんで」
「お前やっぱ人間じゃねぇよ」
「産地は人間界です!」
鳳が男へと一歩歩み寄る。
「しかし、貴殿には何か事情があるように見える。同行せぬのであれば、拙者達が管理所にて貴殿のことを伝えることもできるでござるが、如何する」
男の視線が鳳へ向き、次に美月へ戻る。
「……お前達は、私を恐れないのか」
「今の私は二トントラック以上に怖いものないですよ」
「基準どうなってんだよ」
「美月殿の場合、実体験でござるゆえ笑いづらい」
「いや笑って!私も今ちょっと面白いと思って言ったから!」
男は何も言わなかった。
ただ、ほんの少しだけ目を細める。
「……少し、休んでいただけだ。私に構うな」
「あ、鼻緒切れてますよ」
男の草履の鼻緒が、片方だけ切れていた。
美月は手提げを漁り、小さな裁縫道具を取り出すと、切れた鼻緒を応急処置していく。
男はしばらくそれを見下ろしていたが、やがてぽつりと言った。
「……お前は、話を聞いているのか」
「“聞”いてはいますよ。“効”いてないだけで」
「紛らわしい言い方すんな!」
「美月殿は、他者を救うことに躊躇いがないでござるな」
「私は自分に関わった人全員、幸せになってほしいなって思ってるよ?」
「どこの聖女だよ」
「しかし、己を犠牲にするのはよくないでござる」
「はぁい」
「返事が軽いでござる」
鼻緒を結び終え、美月は満足そうに頷いた。
「よし。これなら管理所くらいまでは歩けると思います」
「……おかしい」
「何がですか?え、もしかして縫い方変でした!?」
「そうではない」
男の三白眼が、美月、ジャジー、鳳を順番に見る。
「お前達……体に変化はないのか」
三人がそれぞれ自分の身体を見る。
美月は腕を曲げ伸ばし、首を傾げた。
「ないですよ?むしろ人助けできて一UPした感すらあります」
「……わんあっぷ」
「悪ィな。こいつの語彙、意味分かんねぇもん多いんだよ」
「拙者も未だ頭を悩ませることがあるでござる」
「被害者の会開かないで!」
男はしばらく三人を見たあと、わずかに頭を下げる。
「……すまなかった。感謝する」
「ならよかったです!」
美月が笑う。
男はその顔を数秒見つめた後、静かに視線を落とした。
「何か用事があったのだろう」
「はい。管理所に」
「なら行け。……私の外見は、病から来るものではない。心配するな」
「そうなんですか?」
美月が紫色の指先をもう一度見る。
「種族によって身体全部が同じ色とは限らねぇしな」
「そういうものなんだぁ……」
人間界基準をそのまま当てはめると、この世界では毎日救急車を呼ぶことになりそうだ。
鳳が男へ軽く頭を下げる。
「では、拙者達は失礼するでござる。何かあれば、管理所を頼るとよい」
「……あぁ」
「では、お元気で」
美月も小さく手を振ると、三人は再び道を歩き出した。
そして、しばらく進んだところで。
「…………あ゛!」
突然、美月が立ち止まった。
「今度はなんだよ」
「名前聞くの忘れた!」
「お前、大体何かしら終わった後に気づくよな」
「だって途中まで足と体調しか見てなかったんだもん!」
美月は勢いよく振り返った。
しかし。
「……あれ?」
先ほどまで男が座っていた場所には、誰もいない。
「え!?もういない!」
「別に、一瞬で消えることなんざこっちじゃ珍しくねぇよ」
「そうなの?」
「移動の術を使う妖も多いでござる」
「ならいいんだけど……」
美月は少しだけ気になりながら、空になった道端を見る。
鳳が静かに言った。
「落ち着いた者であった。緊急時には、自身で行動できるでござろう」
「……そうだね」
美月は頷いた。
「鼻緒も直したし!」
「そこが基準なのでござるか」
「歩けるって大事だよ!」
「でもあいつ足使わねぇで消えたぞ」
「遠回しに無駄骨みたいなこと言わないで!」
そう言って再び前を向く。
この世界、まだまだ知らないことが多い。
三人は今度こそ、管理所へ向かって歩き始めたのだった。
第4章 穏やか(?)な日常編 - 第3話
「1UP美月」- 完 -
第4章 穏やか(?)な日常編 - 第4話
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