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転生先は隠世!?〜属性過多の妖怪達に愛され過ぎて、念願のスローライフは享年1日で終了しました〜  作者: 桜桃
第2章 - 隠世の問題編 -

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第2章 隠世の問題編 - 最終話 前編「命を分ける」



「させぬ」


低く、静かな男の声。


炎に埋め尽くされていた美月の視界へ、柔らかな水流の膜が張った。


ゴォッ、と炎が唸る。


蒸気が爆発するように広がり、美月は思わず腕で顔を覆った。


「……っ!」


熱が消えていく。

美月が恐る恐る目を開けると、結界のその向こうへ、青く長い髪をなびかせた一人の男が立っていた。


薄いミントグリーンの肌。

頭には赤い皿が固定され、そこには呪文のような文字が書かれた札が貼られている。

耳は魚の鰭《ひれ》のように広がり、水の妖術を纏ったその手には水かき。

肩から見える腕には硬質な緑の装甲が水滴を弾いていた。


「青札が来られました!」

「緑札の職員は今のうちに結界を張り直すぞ!」


職員が声を上げる。


美月の目の前に立った男は、軽く振り返った。


「怪我はないでござるか」


黄色い瞳が美月を見る。


「え……あ、はい……!」


美月が答えた直後、白い糸が男へ飛んだ。


「あ…っ!危ない!」


しかし、男は避けない。

男が腕を振ると、薄い水の膜が刃のように走り、蜘蛛《くも》糸を空中で叩き落とした。


「……すご……」

「美月!ボサッとしてんじゃねぇ!」


怒鳴り声と同時に、黒い影が上空から降ってくる。


ジャジーだった。

翼へ絡んでいた蜘蛛《くも》糸を引き千切り、そのまま男の隣へ着地する。


「お前、水のやつか」

「左様」

「なら火ぃ消せ。糸とあのちっせぇのは俺がやる」


男が一瞬だけジャジーを見る。


「承知した」


絡新婦《じょろうぐも》が甲高い声を上げた。


「返せ……返せぇぇぇっ!!」


再び大量の子蜘蛛《こぐも》が一斉に散開する。


「来んぞ!」

「わかっておる」


子蜘蛛《こぐも》の口から炎が噴き上がり、二人に向かう。


男は両手を前へ出す。


「退け」


地面から水が噴き上がった。


「さすが青札…!」

「あぁ、助かった…!」


緑札の職員が結界を張りながら希望を漏らす。


巨大な壁となった水流が炎を呑み込み、辺り一帯へ白い蒸気が広がる。


「うぉっ!」


ジャジーが飛び退く。


「俺まで濡らすな!」


そう叫ぶと、男は眉を顰《しか》め、怪訝《けげん》な表情をジャジーへと向けた。


「注文が多いでござる」

「羽濡れたら乾かすの大変なんだよ!」

「あちらに炎がある」

「羽燃えんだろうが!」

「面倒な御仁《ごじん》であるな」


次の瞬間、蒸気の中から細く鋭い蜘蛛《くも》糸が、何本も飛びかかった。


「チッ!」


ジャジーが翼腕を振る。

風の刃が糸だけを寸断し、そのまま子蜘蛛《こぐも》の脚元を薙いだ。


ギッ、と鳴きながら、次々にひっくり返っていく。


「殺すでないぞ」

「分かってる!さっきから気絶させてんだよ!」

「左様か。ならば任せる」


男は地面へ掌をつけた。

水が蜘蛛《くも》の脚を伝い、絡新婦《じょろうぐも》の巨大な下半身へと絡みついていく。


「があぁっ!」


絡新婦《じょろうぐも》が暴れる。

八本の脚が地面を抉り、水の拘束を破ろうとしていた。


「油断すんな!女でも力が強ぇ!」

「繁殖期ゆえ、本能が勝っておるのであろう」

「だったらどうすんだよ!」

「鎮める」

「具体的に言え!」

「頭を冷やす」

「物理かよ!」


男が両腕を広げる。

そして勢いよく手を合わせると、指を組んだ。


次の瞬間、絡新婦《じょろうぐも》の周囲に大量の水が渦巻く。


すると、一面に立ち上っていた炎が消えた。

子蜘蛛《こぐも》達も火を吐こうと口を開くが、ジャジーの風刃が先に喉元へとぶつかり、次々と転がった。


「今だ!」

「承知」


水流が絡新婦《じょろうぐも》の胴体を包むと、暴れていた脚の動きが、徐々に鈍くなっていった。


「返……せ……」


低い声が掠れる。


やがて八本の脚が折り畳まれ、絡新婦《じょろうぐも》の巨体がゆっくりと地面へ沈んだ。


「制圧確認!」


緑札の職員達が一斉に動き出す。


「子蜘蛛《こぐも》の確保を!母体は拘束を維持!負傷者を確認しろ!」


張り詰めていた空気が、ようやく緩んだ。


美月は結界の中から走り出す。


「ジャジー!」

「おい!出てくんなって言っただろ!」

「もう終わったでしょ?」

「……まあな」


美月はジャジーの翼を見上げる。


焦げた痕はなく、水に濡れた痕も羽の先くらいだった。


「よかった……焼かれてない……」

「そこ気にしてたのかよ」

「べ、別に!」


そして、美月はもう一人へ視線を向けた。


水を操っていた男は、静かに絡新婦《じょろうぐも》を見下ろしている。


「…あの…っ…」


美月が駆け寄ると、男はゆっくりと振り返った。


近くで見ると、思っていた以上に大きい。


ジャジーよりは低い。

しかし他の男性と比べると、頭半分ほどは飛び抜けていた。


美月は男を見上げると、頭を下げた。


「助けてくれて、ありがとうございました」


男の黄色い瞳がわずかに見開かれる。


「……礼には及ばぬ。拙者は、なすべきことをしたまででござる」

「それでもです。隠世に来てまだ数日なのに、今日消えるところだったので」


美月が笑う。


「本当に、ありがとうございました」

「……」


男はしばらく美月を見つめた。


やがて、ほんの少しだけ表情を和らげる。


「無事で、何よりでござる」


その直後だった。


男の身体が、ぐらりと揺れた。


「……え?」

「おい!」


ジャジーが眉を寄せる。


美月が駆け寄るより早く男の膝が崩れ、その身体が地面へ伏せた。


「え……なんで……」


返事がなく、息も浅い。


すると、男の輪郭がゆっくりと、景色へ溶け始めた。


「ちょ…え、なに…!?」


美月の顔から血の気が引いた。


「ねぇ!大丈夫!?」


つい先ほどまで炎を押し返していた“青札”は、美月の目の前で完全に意識を失っていた。





第2章 隠世の問題編 - 最終話

前編「命を分ける」- 完 -

→第2章 隠世の問題編 - 最終話

後編「命を分ける」へ

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