第2章 隠世の問題編 - 第8話「“青札”へ告ぐ」
「切実に悩み、こちらへ相談に来られる方は、立場や種族以前に、同じ隠世を生きる徒輩です」
写仝は、いつもの淡々とした声で続けた。
「徒輩…仲間って事ですね」
「はい。“来”たる“徒”輩として、我々は相談者の方々を、行政用語として『来徒』と呼称しています」
「普通だ」
「ですからあなたは私に何を期待しているのですか」
「普通の顔で普通じゃない話をすること」
写仝は気にする様子もなく続ける。
「そして、私たちはその“来徒”を“救助する者”です」
「ここで相談されるだけじゃなくて、現場にも向かうんですか?」
「はい。ただ双方が無駄に負傷する必要はありません」
写仝の言葉は効率によるものではない。
過度に能力を使用せずとも、相手を落ち着かせる事が可能である状況で、不必要に傷つく者を心配する声だった。
「適切な捕縛や制圧ができる者だけが名乗れるものとして、現在上へ申請中でして。先日、名称の職員投票も行いました」
「おぉ、ちゃんと行政してる……」
「現在、二案が同票となっています」
「どんな名前ですか?」
「一つは、そのまま『来徒救助者』」
「普通だ」
「もう一つは、人間界から横文字を拝借し、組み合わせた呼称です」
「おっとその前振り嫌な予感してきたよ」
写仝は一切の曇りもなく告げた。
「ライトセ―――」
「アウトぉ!」
美月の絶叫が幼怪課に響き渡った。
「何がアウトなのでしょうか」
「来徒救助者!普通に来徒救助者でお願いします!」
「随分必死なのですね」
「私が人間界代表として怒られるので!」
「誰もお前を代表に任命してねぇだろ」
ジャジーのもっともな指摘は聞かなかったことにした。
美月は一度深呼吸すると、根本的な疑問に気づき、写仝を見る。
「ていうか、普通に“職員”でよくない?」
「通常は職員ですよ」
「じゃあ何!さっきのアウトオブアウトな名前は!」
「新設予定の資格です」
「資格候補だったの!?」
写仝は頷く。
「災害、暴走、救助など、通常業務の範囲を越える案件へ対応するための資格ですね」
美月の視線が隣に立つ守命流へと移る。
「じゃあ守命流さんがその資格を取ったら?」
「『幼怪課の来徒救助者、守命流です』と名乗れます」
「危ない……後者の名称だったら自己紹介だけで情報の百烈拳になるところだった……」
「ライト―――」
「言わせないからね!」
「正式候補なんじゃけぇええじゃろうが!」
「広島の守男出た!」
「ワシを二重人格にすな!」
守命流の額へ青筋が浮かぶ。
写仝は再び淡々と話を戻した。
「……まさか、“色”までないよね……?」
「資格取得者には能力適性に応じた色札が与えられます」
「絶対わざとでしょ!!」
「何がでしょうか」
「うわぁ曇りなき眼……目無いけど」
写仝は指を折る。
「赤は火炎、青は水、白は浄化、黒は呪術など。管理所所属の来徒救助者は、調整や避難支援を担う緑札が多いですね」
「よかった、属性カラーだった……」
「まだ来徒救助者が新たな資格として成立していませんので、現救助者を属性により“赤札”、“青札”と呼称しています」
その時だった。
ポーン、と館内に柔らかな音が響く。
『災異治安対応課より、館内連絡』
それまでの空気が、一瞬で変わった。
『第三居住区画西部にて、火炎系妖怪の暴走を確認』
「第三居住区画西部……?」
「美月さん、あなた方の住む居住区です」
「ウソ!?」
放送は続く。
『周辺農地への延焼あり。近隣住民は結界内へ退避してください』
「農地……!」
「美月、帰るぞ!」
「うん!……ん?」
ジャジーは両手を広げている。
「え、な…何?」
「抱いて飛んだ方が早ぇだろ!」
ジャジーの顔から先ほどまでの表情が消えている。
「…じゃ、じゃあ……お願い」
「おう。しっかり掴まってろ」
美月の腕が、ジャジーの首へと絡む。
「っ…落とさないでね」
「落とすかよ」
そう告げ、美月を抱き上げるジャジーの腕に、わずかに力がこもる。
そして羽を打つ直前、写仝が声をかける。
「美月さん」
「はい!」
「ご自宅周辺に異常があった場合、決して接触せず、即座に管理所へ連絡してください」
「分かりました!」
ジャジーが翼を広げ、空を裂くように舞い上がった。
二人が管理所から姿を消した直後。
災異治安対応課では、すでに複数の妖力通信が展開されていた。
「赤札は近づけるな。火勢を増す可能性がある」
「緑札は避難誘導へ回せ。青札の所在確認を急げ」
一人の職員が、淡く光る通信陣へ手をかざした。
「全青札の者に告ぐ。第三居住区画西部近辺で警備中の者はいるか」
数秒の無音が続き、返答がない。
「くそっ……陸を住処とする青札の者が少なすぎる…!」
水面のような通信陣だけが、静かに揺れる。
やがて。
『……近辺には誰もおらぬ』
低く、落ち着いた男の声が響いた。
職員が顔を上げる。
「現在地は?」
『やや距離はある。だが、拙者が一番近いでござる』
「向かえるか」
『無論』
通信の向こうで、水が跳ねる音がした。
「なら頼む」
『承知した』
通信が切れる。
妖力板にはその者の名が浮かんだが、職員達は名を読み上げる暇もなく次の対応へ移った。
その頃、美月もまだ知らなかった。
自分達の家へ迫りつつある赤い火と。
その火を追うように、別の場所からとある“青札”が動き始めたことを。
第2章 隠世の問題編 - 第8話
「“青札”へ告ぐ」- 完 -
→第2章 隠世の問題編 - 第9話
「火炎の妖」へ




