第2章 隠世の問題編 - 第3話「刑事告訴レベルの愛」
「あ、管理人さん休憩は?」
管理所ツアーへ向かいかけていた美月の足が止まった。
後方にいた管理人は、先ほどから変わらず小さな受付場所に立っている。
「私も後休憩組ですので、こちらで来客対応を継続します」
「そっか。じゃあまた―――」
その時だった。
「あら〜写仝さん!お疲れ様です〜!」
聞き慣れない明るい声に、美月が振り返る。
「……“シャドウ”さん?」
管理人はいつもの調子で軽く会釈した。
「縁職員。お疲れさまです」
「管理人さん“シャドウ”って名前だったの!?」
思わぬところから判明した事実に、美月は受付へ駆け戻った。
「そうですが」
「初耳だよ!」
「聞かれませんでしたので」
「そこ自己紹介で先に出す情報じゃない!?」
「訪れる方々がなぜか私だけ“管理人さん”と呼ぶので、統一していただけです」
「自分の名前に誇りを持ちなよ!」
数日間ずっと“管理人さん”で済ませていた相手の名前を、まさか他の職員との挨拶で知るとは思わなかった。
「ちなみに、種族は?」
「ドッペルゲンガーです」
「だからシルエットなんだ……」
「はい」
「写仝さんは何課なの?」
「総務管理課です」
「ですよね」
「何を期待したんですか」
「予想通りであることを期待しました」
美月が妙な満足感に浸っていると、先ほどの声の主がくすくすと笑った。
ふわりとした髪の上には大きな狐耳。
背後では豊かな尾がゆったりと揺れている。
「種族支援課の縁よ〜!よろしくねぇ、美月ちゃん♡」
「普通にキャラが濃い人が来たなぁ…」
「多伴侶に興味あるかしらぁ?」
「ないです」
「いやぁん即答〜!」
心底残念そうに縁が頬へ手を添える。
「種族支援課ではねぇ、異種族間の生活相談や契約、伴侶関係のお悩みなんかを扱ってるのよ〜!」
「生活相談…」
美月がちらりとジャジーを見る。
「なんだよ」
「換羽期とかない?」
「…ある」
一拍。
「絶対部屋に入れないからね!?」
「なんでだよ!」
「濡れ羽色の羽根が舞う幻想的な景色と引き換えにワンシーズン後処理に消えるとか嫌だよ!」
そんなやり取りも慣れているのか、縁は続ける。
「そうそう!そういう相談から住む場所、食事、求愛方法まで種族によって全然違うから、理解しないと大変なのよぉ」
「な、なるほど……」
美月が素直に頷く。
「でもほんっっと妖少化が進んでてぇ…できれば海系の妖を多めに伴侶契約をお願いしたいのよねぇ……」
「切実な悩みなのは分かったんですけど、今の説明からどうして私が人材受け入れ先になったんです?」
縁は聞いていなかった。
「海系妖怪は良いわよぉ〜!」
「話聞いてない!」
「愛情表現はストレート!」
「はぁ……」
「一途!」
「はい……」
「逞しい体の方も多いからぁ、力仕事なんてお手のものよ〜!」
「それはあのダンジョンみたいな畑にありがたい……って、あれ?陸に来れるの?」
美月がほんの少し食いついた。
その横で。
「…………」
ジャジーの眉間に、わずかな皺が寄っていた。
別に美月が誰と話そうが、どんな種族に興味を持とうが、自分には関係がない。
―――そのはずなのに。
もし、美月が他の男を好きになったら?
ふと、見たこともない男の姿が頭に浮かんだ。
危険な時には颯爽と現れ、礼儀正しく優しい。
勝手に家へ入ったり、寝込みを襲ったりもしない。
必要以上に触れず、それでも守る時には迷わない。
「……いや」
ジャジーは小さく首を振った。
何を考えている。
あのお硬いちんちくりんが、そんな簡単に誰かへ心を奪われるわけがない。
そう結論づけた頃には、目の前の話はすっかり進んでいた。
「随分、良いところばかり言いますね」
受付から写仝の声が飛ぶ。
「あらぁ写仝さん、営業妨害しないでくださる〜?」
「後に契約破棄となり、さらに妖少化を進めたくなければ、最初から全て説明すべきです」
「はぁい……」
縁の狐耳がしゅんと伏せ、美月は眉を寄せた。
「やっぱり良くないところもあるんだ……」
「そうなの…でも本人たちに悪気はまったくないのよぉ…」
「ちなみに何ですか?」
縁は一拍おき、ひとつずつ話し始めた。
「海系妖怪特有の生臭さ」
「……」
「ぬめり」
「……」
「騒音に近い声の大きさ」
「……」
「求愛による負傷」
「最後だけ事件!」
縁は指を折りながら続ける。
「海への引き込みにぃ、抱擁のつもりの締め付けぇ、囲い込みぃ……種族によって色々あるわねぇ」
「私、犯罪一覧を読み上げられてます?」
「求愛なのよぉ!」
「凄い。ジャジーの初登場が凄く甘く見える」
いつもなら『俺を比較対象にすんな!』などの鋭い声が飛んでくる。
しかし、当の本人は腕を組み、険しい顔で俯いていた。
美月がジャジーの顔を覗き込む。
「ジャジー?」
そこでようやく、ジャジーの思考が戻った。
「行くよ?」
「……おう」
返事は普段より少しだけ低い。
けれど、美月は気にすることなく、百之鬼の持つ“管理所ツアー”の旗を追いかけていく。
「では、次の課へ参りましょうか」
「はーい!」
その背を追いながら、ジャジーはもう一度だけ、先ほど勝手に作り上げた男を思い浮かべた。
礼儀正しくて。
優しくて。
危険な時には現れる男。
「……くだらねぇ」
誰にも聞こえない声で吐き捨てると、黒い翼を揺らして美月を追った。
第2章 隠世の問題編 - 第3話
「刑事告訴レベルの愛」- 完 -
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