第2章 隠世の問題編 - 第2話「珍獣ではありません」
ポーン、と柔らかな音が巨大な館内に響いた。
その直後だった。
先ほどまで各窓口で仕事をしていた職員達が、ひとり、またひとりと立ち上がる。
「……ん?」
美月が首を傾げている間にも、視線が集まってくる。
妖、精霊、明らかに神格を持っていそうな者。
角がある者、翼がある者、そもそも人型ですらない者まで、昼休憩に入ったらしい職員達がぞろぞろとこちらへ寄ってきた。
「え?え?」
美月が半歩下がった瞬間、ばさりと黒いものが視界を覆う。
ジャジーの翼だった。
二枚の大きな翼が美月を包むように広がり、周囲から完全に隠す。
「おい、お前ら。勝手に見んじゃねぇ」
「……ジャジー」
ジャジーは少し考えたあと、当然のように答えた。
「俺の飯だ」
「待てぇい!」
スパァン!!
美月の平手が黒い翼を叩いた。
乾いた音が館内によく響き、ジャジーの翼がびくっと跳ねる。
「痛ぇ!!」
「昨日の記憶消え去ったの!?」
「何がだ!」
「『お前は餌でも飯でもねぇ』って言った!」
「あの時はそうだ」
「日替わり!?」
「時間で変わる」
「待って。じゃあ私、天体と食物を一日のうちに何回も往復するの!?」
ジャジーは真顔で親指を立てた。
「光の速度でよろしくな」
「脳がバグるわ!」
美月の顔が一気に赤くなる。
「昨日は夜だの月だのロマンチックなこと言ってたのに! なんか私がお月見の団子になった気分!」
美月の顔を見ていたジャジーの視線が、ゆっくり下がっていく。
「視線でスキャンしないで!」
「確かにお前ちんちくりんだしな」
「黙れノンデリ淫魔!」
騒ぐ二人を、集まった職員達は妙に真剣な顔で見ていた。
「月の出る夜に、団子を食うのか……?」
「何かの祭典なのだろうか」
「我々にはまだ未知の作法が、人間界にはあるのだな」
集まった職員の数名が、自身の持つ手帳へさらさらと筆記している。
「ぎゃぁぁただのお月見の例えが重要な文化儀式みたいな判定されてる!」
美月は翼の隙間から顔を出し、ようやく根本的な疑問を叫ぶ。
「っていうか何!?なんでみんな私を見るの!?」
受付にいた管理人が、いつもの調子で答える。
「ちょうど昼休憩になりましたので、美月さんを見に来られたのですね」
「私、珍獣扱い!?」
「元人間の妖は珍しいので」
「珍獣扱いを否定してよ!」
その時、職員の壁と化していた景色が割れ、明るい声が飛んできた。
「美月さーん!」
「ん?」
職員達の間を抜けてきたのは、昨日ジャジーを捜索してくれた百之鬼職員だった。
鹿のような角を揺らしながら手を振っている。
そして袖口から覗く腕では、並んだ目がこれでもかというほど輝いていた。
「腕の目がめちゃくちゃキラキラしてる!」
「先日は良いものを見せ……ではなく、おふたりとも元気そうで何よりです」
「今『良いものを見せてくれてありがとう』って言おうとしました?」
百之鬼はにこりと笑い、否定せずに続ける。
「おふたりは私の推しカプですので」
「もはや隠さなくなった!」
「昨日は初対面でしたから」
「出会って2日目で推しカプ認定されるのはかなり攻めてるよ!あとカップルじゃないです!」
百之鬼は楽しげに笑っている。
「おい。“おしかぷ”ってなんだ」
ジャジーの顔は至って真面目だった。
知らない単語を一文字ずつ出力している。
「“推し”ている“カップル”のことですよ」
百之鬼が笑顔で答える。
「“かっぷる”ってなんだ」
「カップルはですね…」
「やめて。多分マジカルバナナみたいになって休憩終わっちゃうから」
「“まじかるばなな”?」
「ほら見ろ!」
ジャジーだけでなく百之鬼までも未知の単語に目を瞬かせている。
きっと人間界の単語一つ出すだけで無限のマジカルバナナが完成する。
美月は巨大な館内へ視線を向ける。
「そ、そういえば私全然この中のこと知らないなぁ」
明らかにわざとらしい切り替えだが、知らないことは事実だ。
「下手かよ…っ…」
ジャジーは肩を揺らして笑いを堪えている。
「誰のせいだと」
美月はジトリとした目でジャジーを見た。
そんな中、百之鬼が口を開く。
「私は後休憩組なのですが、よろしければ各課をご覧になりますか?」
「え!いいんですか?」
一瞬で美月の顔が明るくなる。
さっそく百之鬼の方へ向かおうとした美月の袖が、後ろからちょい、ちょい、と引かれた。
「ん?」
振り返ると、ジャジーが不満そうな顔で見下ろしていた。
「ん? じゃねぇ。俺の昼飯」
当たり前のように告げる。
「……ジャジーの“昼飯”って」
「キス」
「もう必要!?」
「お前、腹減ってなくても菓子は食うだろ。それと同じだ」
「せめて場所は選ぶわ!」
「チッ」
「舌打ち!」
美月は周囲を見回した。
まだ職員達がいる。
むしろ先ほどより増えている気さえする。
「しかもこんだけ集まってるのに、淫魔がキスしてくるとか公然わいせつすぎる」
「誰が犯罪者だ!」
その時、百之鬼がすっ、と何かを掲げた。
「私はいつでも準備万端ですよ」
手のひらほどの写し鏡。
「なにそれ」
「最近の写し鏡は印刷まで出来るんです」
「堂々とした推し活!」
百之鬼は鏡を構える。
「ではキスを。ブレたら勿体ないので、少々長めにお願いいたします」
「いやしないよ!」
「昨日はここでしたじゃねぇか」
「傷を掘り返さないで!」
昨日の甘い記憶が、閉庁後の行政施設だったという現実に再び殴られた。
美月は両手で頭を抱えている。
その横で百之鬼は楽しそうに笑い、ジャジーはまだ諦めていない顔をしている。
「魔力補給は帰ってから!休憩時間も有限!というわけで管理所ツアー出発!」
「チッ」
「補給しないよ?」
「……ツアーでいい」
そんなやりとりを全ての目を使って温かな眼差しで見ていた百之鬼は、どこからともなく“管理所ツアー”と書かれた旗を取り出した。
「では、まずはこちらにどうぞ」
「わぁぁ人間界のツアーでもよく見る旗ある…」
「かわいいので取り入れさせていただきました」
百之鬼が歩き出すと、美月もその隣へ並び、当然のようにジャジーも後ろからついてきた。
こうして美月は初めて、花畑の向こうに隠されていた隠世管理所の中へ、本格的に足を踏み入れることになったのだった。
第2章 隠世の問題編 - 第2話
「珍獣ではありません」- 完 -
→第2章 隠世の問題編 - 第3話
「未定」へ
読んで頂きありがとうございます。
面白かったらぜひ評価や★を押して頂ければ、やる気が上がります。




