第2章 隠世の問題編 - 第1話「改めまして、隠世へようこそ」
翌日。
美月は野菜の販売許可について確認するため、再び管理所に向かっていた。
当然のように、隣にはジャジーがいる。
管理所に足を踏み入れると、花畑の中の小さな受付で、管理人が美月に気づく。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
軽く会釈をするその姿は、いつもと変わらないシルエットだった。
美月も軽く会釈を返し、本題に入る。
「野菜販売の件、どうなりました?」
「はい。美月さんの野菜ですが、販売基準値を大幅に上回る結果が出ておりまして」
「へ!?もしかして売れない!?」
「いえ、検査した結果害はありませんでしたので、販売は可能かと思われます」
「ならよかったぁぁぁぁあ…」
ほっと胸を撫で下ろす美月。
「そして『妖魔力環境課』の職員と、あのトマトを試食致しました」
「知らない課が出てきた!」
「話を聞いてください。今担当を呼びますので」
管理人が花畑の一角へ声をかける。
「蔓実職員。こちらへお願いします」
すると、景色が縦に割れ、その向こうから一人の女性が現れた。
蔓や花を思わせる装飾をまとい、長い髪には瑞々しい葉が混じっている。
「わぁ……綺麗な女性…」
「妖魔力環境課担当、蔓実職員です。ドライアドとアルラウネの混血の方でして」
「だからこんなに神秘的なんだぁ……」
蔓実職員は、にこりと笑った。
そして。
「あんなでっけぇトマトだば、ふづーはんめぐねぇ(あんな大きいトマトだったら、普通は美味しくない)」
「……」
「……」
美月とジャジーが一瞬停止した。
「いや何語だよ!!」
ジャジーが叫んだ。
「秋田弁!?」
美月だけが分かった。
「おらの標準語だ。んだどもおめぇ、どでんしねぇんだな(私の標準語だ。でもお前、驚かないんだな)」
「祖父も同じ方面の言葉を話すので……いやぁ濃いな…」
『総務管理課』『捜索監視課』と知り、次に来たのは『妖魔力環境課』の属性過多秋田美人。
美月が困惑していると、蔓実職員は気にせず続ける。
「おらがしゃべねば男ども寄ってぐるのに、しゃべれば離れでぐ。なしてだ(私が話さなければ男たちは寄ってくるのに、話せば離れていく。何でだ)」
蔓実職員は本当に分かっていない顔だった。
「ギャップが凄いからね!」
思わず声に張りが出る。
「話を戻してください」
管理人の声が刺さる。
ジャジーはただ後ろで、そのやりとりを聞いていた。
どうやら話についていく気力はないらしい。
「俺、こんなところで魔力消費したくねぇ…」
そしてようやく美月のトマトの品評が始まった。
蔓実職員が、妖力板にまとめた内容を見る。
「おめぇのトマト、やだらんめぇ。香りもいいし、食感もいい。どうなってら(お前のトマト、やたら美味い。香りもいいし、食感もいい。どうなってるんだ)」
「妖力入れすぎまして」
「したってだ。あんなんまくならねぇ(それにしたってだ。あんな美味くならない)」
「そ、そうなの?」
「んだ(そうだ)」
「んだ」
思わず復唱してしまった。
「だから話を進めてください」
管理人の声がやや低い。
「ひぃんごめんなさい『んだ』が可愛くて」
蔓実職員は肩を揺らして笑っていた。
品質、含有妖力、保存性。
すべて基準値を大きく上回っているということだが、検査結果は問題なし。
「なので、販売許可は本日付で発行されます」
「やったぁ!」
管理人の言葉に、美月が小さく拳を握る。
すると、それまで後ろで見ていたジャジーが横から覗き込んだ。
「これであの畑に価値がついたのか?」
「言い方!」
「では蔓実職員、ありがとうございました」
「へば、まだな。まだんめぇの持ってこ(じゃあ、またな。また美味いの持ってこい)」
「お裾分けを請求された!」
そして手続きが一段落したところで、管理人が美月へ顔を向けた。
「隠世には多少慣れてきましたか?」
「まぁ、普通に生活できるくらいには」
「なら、そろそろこの花畑も解除して良さそうですね」
「……解除?」
次の瞬間。
花畑の景色が、紙を千切るように裂けた。
色鮮やかな花々が剥がれ落ち、その奥から巨大な空間が現れる。
何階層にも続く吹き抜けと、無数の窓口。
行き交う妖、精霊、神らしき者。
天井の一部は隠世の空へ開き、翼を持つ者が上層階へ直接飛び込んでいる。
美月は口を半開きにした。
「改めまして、隠世へようこそ。美月さん」
ただの歓迎の挨拶だ。
それなのに。
「……なんこれ」
美月の口から出た言葉は、『なんこれ』だった。
「隠世管理所の全貌です」
美月は勢いよく振り返った。
「花畑がカレンダー破るみたいに消えたんだけど!」
「隠世初心者限定スキンでしたので」
「着せ替えみたいな扱い!?」
「ちなみに、美月さん以外の方には以前からこの状態で見えています」
美月はゆっくり振り返る。
「……ジャジーも?」
後ろにいたジャジーは腕を組み、美月を見下ろした。
「当たり前だろ」
その瞬間、美月の頭に昨夜の光景が蘇る。
色とりどりの、夜の花畑。
神秘的に光る月光。
ジャジーと繋ぎ合った手。
キス。
「……まさか」
美月の眉間に皺が寄り、冷や汗が流れる。
「私には花畑にも見えていましたが、百之鬼職員とジャジー様にはすべてこの景色でしたよ」
管理人は淡々と告げた。
「ぎゃぁぁ!! ロマンチックな映像に急に行政と書類の山がぁぁぁ!!」
美月が崩れ落ちる。
「待ってこれ、オフィスラブのカテゴリに入る…?」
思考を巡らせ、なんとかロマンチックな方へと修整しようとする。
しかし自身の職場ではない。
職場恋愛でもない。
ただのオフィス。
そしてNOTラブ。
どうしたって無理があった。
「あの時は私と百之鬼職員とジャジー様しかおりませんでしたので、他の方に迷惑はかかりませんでしたよ」
「私の精神に多大な負荷がかかってるよ!」
すかさずジャジーが口を開く。
「月は出てただろ」
ジャジーの言う通り、天井は吹き抜けで太陽や月は見える仕様だ。
しかし、問題はそこではない。
「高級なお菓子出されたのに皿が紙皿だった時の残念感……」
「なんですか、その例え」
管理人は管理人だった。
美月は頭を抱える。
「じゃあ、初めて妖力使った時に花が育ったのは何!?」
「妖力で構築された実体を伴う空間ですので、扱いは通常の花畑と同じです」
つまり、あの花畑は初心者本人だけを包む“実体付き案内層”。
「なのに周りから見たら?」
「閉庁している館内で接吻した挙句口説き合う迷惑客です」
「もっと歯に衣着せて!」
その時。
ポーン、と柔らかな音が館内に響いた。
第2章 隠世の問題編 - 第1話
「改めまして、隠世へようこそ」- 完 -
→第2章 隠世の問題編 - 第2話
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