幕間「その後のあれやこれや」
「……すでに閉庁なのですが」
少し離れた場所で、管理人は夜空の下に並ぶ二人を眺めていた。
「私は何を見せられているのでしょうか」
隣では、百之鬼職員が涙を拭っている。
「なんて素敵なのかしら……」
「私は早く施錠をして帰宅したいです」
「分かっています……でも……っ」
「腕の目まで泣かせないでください」
背後のやり取りなどつゆ知らず、美月は口を開く。
「私、聞きたいことは山ほどあるって言ったよね」
「あぁ」
「取り調べを開始します」
「事情聴取始まった」
美月はジャジーの手をきゅっと握る。
「なんであんな状態になるまで言わなかったの」
「言っただろ。拒否されたら死ぬって」
「本当に死ぬ意味だなんて分かるわけないでしょ!」
ジャジーが訝しげに美月を見る。
「お前、俺の魔力見えてんだろ?」
「見えるかぁ!」
「なんでだよ!」
「妖力の使い方だって昨日覚えたばっかだよ!」
「…………は?」
信じられない事実を耳にしたかのように、ジャジーの瞳が点になる。
数秒の沈黙。
すると、点だった瞳の輪郭が、ゆっくりと戻っていく。
「いや先に言え!」
「そっちでしょ!」
互いに睨み合った。
「それと」
美月はさらに詰め寄る。
「来た時、何か砕いた?」
「最後の魔力晶」
「魔力晶?」
「魔力が多い時、結晶化して持ってたやつ」
「なんで使ったの!」
「それ砕かねぇとお前のところに行けなかったからだよ!」
「……ごめん」
俯く美月の顔を見て、ジャジーはわずかに焦る。
「…まぁ、結果的に回復できたんだ。……ありがとな」
「……うん」
手はまだ繋がれている。
離すタイミングがないわけではない。
今は離すことに必要を感じていないからだった。
「……つーかよ」
「ん?」
ジャジーは口角を上げる。
「お前、俺の魔力残してたんだな」
その顔は、ただニヤついているものではない。
どうしようもない高揚感を抑えきれず、口角へと漏れ出している笑みだった。
「……ん゜?」
美月の口から、今までで最も濁った疑問符が出た。
「そこは私が説明致しますね」
今まで後方にいた百之鬼職員がぬらりと現れる。
「現れ方がちゃんと妖怪!」
百之鬼職員はあの時と同じほほ笑みを浮かべた。
「まず前提としてですね…」
人差し指を立てて続ける。
「受け入れ難い相手の妖力や魔力は、通常身体が異物として、勝手に外に出すのですよ」
「…………んぇ?」
「通常半日もあれば、完全に排出されます」
「そういうこった」
ジャジーの口角が更に上がる。
「俺の中にお前の妖力。お前の中に俺の魔力。両方残ってる」
「…………つまり?」
「離したくねぇってことだろ」
美月の顔が一気に赤くなった。
「ち…違う!!」
「違わねぇだろ。身体は正直だ」
「もっと言い方あるでしょ!!」
そこへ、管理人が淡々と補足する。
「相互残留状態ですね」
「急に色気マイナスになった!」
「意味は同じだろ」
「あなたは黙って!」
ジャジーは愉快そうに笑った。
「じゃ、今日からお前んとこ住むから」
決定事項のように落とされた発言。
「いぃや狭いわ!」
こぢんまりした家屋だ。
2メートル級の淫魔がいるなど、端から見れば外観が完全に侵略後だ。
「…断らねぇんだな」
当然、今までの傾向から、『ダメです』と言われると思っていた。
「断ろうか?」
美月の顔に黒い笑みが浮かぶ。
「却下で」
ジャジーは真顔で言った。
「いや却下する立場はこっちだよ!」
美月が食い気味に詰める。
なぜ家の主導権を握る自分の可否を、居候となる淫魔が却下するのか意味が分からなかった。
「じゃあ畑でいい」
妥協した先は、あの巨大野菜の生る畑だった。
「畑に二メートルの淫魔が寝てるとか鳥害すぎる」
「鳥害とか言うな!」
「畑だけでなく妖まで襲うのは、鳥害としてかなり優秀ですね」
「管理人てめぇ!」
結局話は平行線のまま進んだ。
すると。
美月は思い出したかのように、視線を泳がせた。
「…あと……その……」
「なんだよ」
言い淀む美月の様子に、ジャジーは首を傾げる。
「き……キス……」
「……」
唐突に落とされた爆弾に、ジャジーは固まった。
「一回したら……どのくらい保つの……?」
すると、ジャジーの顔が急に真剣になる。
眉を寄せ、視線を落とす。
一見すれば、生命維持に関わる重要な計算をしているようにしか見えない。
美月はじっとその顔を見る。
「……ねぇ」
「……なんだよ」
「今、“ちょっと短めに設定しとくか”とか、“どうにかその先できねぇかな”とか考えたでしょ」
「……してねぇ」
妙な間が開いた。
「ダウト!」
「なんで分かんだよ!」
「顔!」
そのやりとりをしばらく見ていた管理人のシルエットが、二人の間に伸びた。
「続きはご自宅でお願いします」
わずかに圧が見える。
全身から“帰りたい”というオーラが漏れ出していた。
それに驚いた美月の手が、無意識にジャジーから離れる。
「す、すみません……」
「いえ。ご帰宅頂ければそれで構いません」
美月とジャジーは管理所から出た。
「あ、あの」
「なんですか」
美月は管理人と、その後ろにいる百之鬼職員に体を向ける。
「本当に、ありがとうございました」
そして、深く頭を下げた。
それを見たジャジーは、バツが悪そうに視線を逸らした。
「……悪かったな」
しばらく視線を泳がせたあとの、短い謝罪と感謝。
やがて二人が騒ぎながら管理所を後にする。
その姿が完全に見えなくなったところで、管理人は隣を見る。
「……なぜ、伝えなかったのですか」
「……なんのことでしょう」
百之鬼職員は微笑んだまま、歩く二人を見ている。
「美月さんの感情や気持ちが見えていたのでしょう?」
「……ふふ」
「先程も、そのように誤魔化しておられましたね」
百之鬼職員は管理人へほほ笑みを向けた。
「気持ちは、代弁してもらうものではないですからね」
管理人は一度黙り、静かに頷いた。
「……そうですね」
管理人もまた、二人の背に視線を向けた。
「……それから」
百之鬼職員は静かに続ける。
「私は、あの焦れったさがとても好きなので」
心なしか、その笑みは妖しい。
「……なかなかのご性格で」
静まり返った管理所に、管理人のため息だけが落ちた。
幕間「その後のあれやこれや」- 完 -
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