第1章 夜の来訪者編 - 第8話 「武器の生る畑」
巨大な大根を抱えて家へ戻った美月。
畑から家まで数メートルほどの距離。
普通に歩く分にはなんの労力もいらない。
しかし今、その腕には自分の足ほどの大根が抱えられている。
“持つ”、“抱える”というよりも、“抱き上げている”が正しいかもしれない。
「重さがほぼ幼児!」
見た目だけなら立派な野菜だが、大きさは美月の片脚ほどあり、太さも抱え込まなければならないほどだ。
葉まで含めれば、もはや家庭菜園の収穫物というより、植物系の中型モンスターや鈍器に近い。
美月はどうにか台所まで運び、床へそっと置いた。
ドゴッ。
「音が瓦礫!」
大根が床を鳴らした。
畑には、これと同じように規格という概念を置き去りにした野菜たちが、まだ大量に残されている。
美月は大根を見つめたあと、窓の向こうに広がる畑を見た。
「……全部、今日中に収穫した方がいいのかな」
説明書には、妖力を与えすぎた場合の巨大化については書かれていた。
しかし、その後も成長し続けるかまでは書かれていない。
もし明日の朝、さらに二倍になっていたらどうしよう。
大根が家より大きくなったら。
じゃがいもが家の基礎を持ち上げたら。
トマトがボーリングサイズになったら。
「朝起きて畑がダンジョンになってるとか絶対嫌だ」
考えた瞬間、美月は軍手をはめ直して畑へ戻った。
―――遅かった。
じゃがいもを掘れば、一株から顔のサイズほどの芋がごろごろ現れる。
「ぎゃぁぁ今やっといて良かった!」
危なかった。
次の日に回していたら、もはや基礎を持ち上げるどころかじゃがいもの上に家が乗るツリーハウスならぬポテトハウスになるところだった。
玉ねぎも顔サイズ。
「リアル永沢君…っ」
人参はかろうじて大剣にはなっていなかった。
しかし、美月の腕ほどの太さはあり、スラリと長い。
「大剣じゃないにしても太刀なんだよ!」
茄子も小さな木ほどに展開し、人参よりも長くはないが、太さがやはり腕ほどある。
「金棒じゃん!」
トマトに至っては、もはや片手で持てる赤い果実ではない。
ボーリングの玉だった。
「ほんとにボーリングの玉サイズになるなんて思わないよ!」
収穫はもはや収穫ではなく討伐に等しかった。
本来トマトは手で簡単に収穫できる。
力も必要ない。
しかしここまで成長したトマトを支える茎ともなれば、それは茎というより幹と化している。
通常のハサミでは当然切れない。
美月はトマトの底に手を添え、元々家の備品として置いてあった包丁で、慎重に刃を入れる。
「畑で調理開始したみたいになってる…」
何度か刃を動かすと、トマトが皮一枚で繋がった状態になった。
ここからは両手を使わなければきっと危ない。
美月は両手でトマトを掴むと、捻じるようにして茎、もとい幹からトマトをもぐ。
ぶつんっ、という音とともに、ありえない重量が手に落ちた。
「ん゛ゔぁっ!?」
明らかにヒロインが出す声ではない。
「いや重量がかぼちゃ!」
両手で抱えた真っ赤なトマトを前に、美月は途方に暮れた。
しかし、見た目だけは完璧だ。
皮は張りがあり、傷一つない。鼻を近づければ青々しいトマト特有の香りがする。
人間界で遊んでいた農業ゲームのような、普通に考えれば明らかに巨大である野菜のサイズ感。
それがまさに今、目の前にある。
「夢がある…」
そして当然、ここまでのものとなれば、味や食感が気になる。
「とりあえず、収穫頑張ろう…」
そしておよそ二時間後。
畑はどうにか落ち着きを取り戻した。
代わりに、家の土間が野菜に占領された。
「農家?」
美月は腕を組んで、大量の収穫物を眺める。
「いや、農家でも一人暮らしの家にこの量は置かないよね」
だが、せっかく育ったものを腐らせるのは嫌だ。
しかし一人で食べ切れる量でもない。
美月はまず、一番気になっていた巨大大根へ包丁を入れてみることにした。
「硬かったらどうしよう……」
念のため両手で包丁を持ち、力を入れる。
すとん、と思いのほか軽い音が響いた。
「えっ!?軽っ!」
驚くほど綺麗に刃が通った。
断面は真っ白で、瑞々しい。
筋張っている様子もない。
薄く切った一片を水で洗い、美月は恐る恐る齧った。
しゃくっ。
「梨!?」
大根である。
なのに辛味はほとんどなく、水分が多い。
青い部分は本当に甘い。
巨大化しているにもかかわらず、大味どころか、人間界で食べていた大根よりもはるかに美味しい。
「何これ。妖力農業すごい……」
自分でやらかしておきながら、急に感動する。
美月はそのまま大根を煮物用、味噌汁用、漬物用に切り分けた。
しかし、一つ問題があった。
「切っても切っても終わらない……」
巨大大根一本を相手にしているだけなのに、まな板の上から大根がずっといる。
「昔話の無限に出てくる餅みたいになってきた……」
そんな時、ふと思った。
「これ、売れるんじゃない……?」
食材としては完璧。
普通に美味しいどころか、これなら苦手な子も食べられそうだ。
人間界でよくある、親戚や知人が言う“これなら絶対食べられるから!”のような根拠のないものではない。
味が食材の固定概念をひっくり返している。
「明日、管理人さんのところに行って聞いてみよう」
売買についての疑問に加え、通貨の件もある。
「まだ食べてない野菜もあるから、ちゃんと味の確認しないとね」
美月は両腕をぐんと伸ばすと、夕食の準備に取りかかった。
第1章 夜の来訪者編 - 第8話
「武器の生る畑」-完-
→第1章 夜の来訪者編 - 第9話
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