第1章 夜の来訪者編 - 第7話 「スローライフとは」
美月は一度、家の中へと荷物を運んだ。
「よし」
箱に手をかけた瞬間、梱包に付与されていた能力が役目を終えたかのように、淡い光を散らしながらほどけていく。
「凄⋯」
当然中身は、注文したもののみ。
初心者セット。
大根、トマト、茄子の種。
「やっと穏やかな生活が始まる⋯!」
美月は初心者セットを手に持つと、何かを思い出したかのように眉を上げた。
「今更だけど、この世界の通貨ってなに⋯?」
美月には隠世管理所から、魂誤配送の保証として『妖生保証手当』が一定期間支給されている。
しかしそれは、形あるものとして美月の手にあるわけではなかった。
先程『異常妖稼働』で種を注文した際には、それがポイントとして入っていた。
そして支払い時には、『異常妖稼働はじめてクーポン』と併用して注文することができた。
美月がアプリを開きマイページを確認すると、ポイントの残高はまだしばらく保つほどには残っている。
「今度管理人さんに、通貨のこと聞いてみよう」
美月は種を抱え、畑へ向かった。
そして美月は、畑の前に立っていた。
「さあ……!」
つばの広い帽子を被り、ヤッケを纏い、手には軍手と 園芸用スコップ。
装備は完璧。
「今度こそ、正真正銘のスローライフ!」
昨日までは淫魔に侵入され、防犯相談へ走り、人生初の妖術が戸締まり用の結界だった。
しかし、今日は違う。
土を耕し、種を植え、水をやる。
誰にも邪魔されない。
服のボタンも狙われない。
「最高……!」
美月は感動しながら土を掘る。
人間界でも家庭菜園自体は好んでやっていた。
初心者セットに入っていた人参、じゃがいも、玉ねぎは特に育成自体は慣れている。
美月はそれ以外の種に視線を移した。
まず、大根。
「前にやった時、収穫遅れて辛くなっちゃったんだよねぇ」
次に、トマト。
「前回は第一果房の結実に失敗して、花は咲いても実がまったく生らなかったんだよね⋯」
茄子。
「茄子は⋯連作じゃないし、土に問題なし」
全てやったことがある。
野菜の種類によっての種の蒔き方や、嫌光性種子と好光性種子についても分かっている。
我ながら知識として、なかなか凄いかもしれない。
美月はテキパキと種を蒔き、種芋や球根を植え、軽く覆土する。
最後に散水しようとしたところで、美月の手が止まった。
『妖力栽培対応!』
商品ページにあった文字を思い出す。
「……妖力でも育てられるってことだよね?」
せっかく妖になったのだ。
覚えたばかりの力も使ってみたい。
美月はしゃがみ込み、昨日管理所で教わった通り、自分の中を流れる温かな力を意識した。
「水道管、水道管……」
体の中心から腕、腕から掌へ流していく。
すると。
ぽうっ⋯、と白い光が灯る。
昨日よりも早い。
美月はそのまま、種を蒔いた場所に手をかざし、妖力をまんべんなく散らす。
「今日は花くらいまで咲いたら、合格かな」
白い光が土へ染み込んでいく。
その様子を、美月はまじまじと見る。
「…………」
すぐに何か起きるわけではないようだ。
「まあ、そうだよね」
ゲームじゃあるまいし、種を蒔いた瞬間に芽が出るわけがない。
「明日の朝、また見に来ればいっか」
美月がくるりと背を向けたその時。
ぼこっ、と背後から音がした。
「え?」
振り返った時には、すでに若々しい緑の葉が4枚展開していた。
「芽出た⋯っていうかもう苗!?」
美月が目を輝かせた、その直後。
ぐんぐんと苗はその背を伸ばしていく。
「待って」
葉が増え、茎が太くなる。
「待って待って」
トマトの苗が、美月の背を越えた。
「いや早いって!」
苗の成長は一切緩まない。
大根と人参はすでに土から顔を出し、収穫目安の直径を大幅に超えた。
じゃがいもの葉は黄変し、玉ねぎは青々としていた葉が根元から倒れ、収穫のサインを出している。
茄子とトマトにも一斉に花が咲き、一センチほどの実が付いたかと思えばどんどん膨らみ色づいていく。
美月は慌てて妖力を止めた。
「成長速度どうなってんの!?」
美月は立派に育った野菜を見る。
収穫可能な状態まで、所要時間約1分。
「⋯⋯スローライフって、何⋯」
美月は真顔になった。
数分前までまっさらな状態だった畑は、繁忙期の農家のような状態になっている。
試しに大根を一本抜く。
「岩か!」
左右に揺らしながら、緩んできたところで真上に引っこ抜いた。
ずっぼん!と地面から出てきたのは、美月の足一本ほどの規格外な大根だった。
「大剣じゃん!」
大型モンスターもソロで狩れそうなほど重い。
両手で抱える。
しかし色艶は良く、葉も瑞々しい。
「普通ここまでいったら繊維質だったり大味になったりもするけど、どうなんだろ⋯」
美月は種子の袋に書いてある説明書きを読んだ。
『妖力を与えすぎた場合、急成長、巨大化することがありますので、妖力の使用は少量からお試しください』
「ぐあぁぁ書いてあった!」
よく見ると、袋の最下部にも小さく注意書きがあった。
『※福徳・豊穣系の妖力をお持ちの方は、通常量の10分の1程度からお試しください』
「ア゜ーーー!こっちにも書いてあったぁぁぁあ!」
完全に自分の落ち度だった。
美月は巨大大根を抱えたまま項垂れる。
「説明書を読まない人間が異世界転生するとこうなるのか……」
正確には妖である。
畑には、収穫を心待ちにする野菜たちが夕暮れの光に照らされ、つやつやと輝いていた。
「⋯⋯この喜びを、誰かと分かち合いたいんだけどなぁ……」
一瞬。
黒い影が脳裏を掠めた。
「……いやいやいや」
美月は大きく首を振る。
「ない。ないから」
美月は巨大な大根を抱え直し、玄関へと向かう。
脳裏に映った映像とともに、自然と胸に浮かんできた気持ち。
美月はまだ、気付かないふりをするのだった。
第1章 夜の来訪者編 - 第7話
「スローライフとは」-完-
→第1章 夜の来訪者編 - 第8話
「武器の生る畑」
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