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十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。  作者: 藍水ーあいみー
スカーレットの場合

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1

 ──私は、私が死んでも誰も悲しまないと思っていた。


 花々に囲まれ、次のお迎えが来るのを静かに待つ。


 そこで、私の目に映ったのは、私の葬式の瞬間。


 赤い椿とスカーレットで飾られた棺の中には、私が眠っている。


 やせ細った頬も、色を失った唇も見慣れたものだった。


 そんな私を綺麗に着飾らせてくれたのはリヒト様。


 私には勿体ないドレスと簪を注文し、一人の女性が私にメイクを施してくれた。優しく丁寧に。


 その人の姿に息を呑む。


 ──まさか、そんなこと……。


 リヒト様は誰にでも親切な方だ。


 だからきっと、これも憐れみなのだと思った。行き場のない私への、最後の慈悲。


 でも、そうじゃない気がした。慈悲だけで、こんなことをするだろうか。


 もっと、別の何かがあるように思えるのに、その“何か”が私にはわからない。


 棺の前には大勢の人が立っていた。


 私の死を惜しんでくれる人が、こんなにもいることが信じられない。


 死んでしまった私は、あの部屋に放置されると思っていた。


 異臭を放つほど腐りかけてきたら、適当な場所に捨てられる。


 生きているとき以上に、死んだ後のことは諦めていたのに。


 何より、その中にエーレの姿を見つけて驚いた。


 ──私なんかのために、わざわざ来てくれたんだ。


 それだけでも嬉しいのに、私に合う化粧までしてくれた。


 自然と胸の奥が温かくなっていく。


 お母様は亡くなり、仕えてくれていたエーレも私の元から去った。


 屋敷に残ったのは私を嫌う人だけ。だからこそ、私の死は喜ばれこそすれ、悲しまれることはない。


 なぜだろう。それを、悲しいとさえ思わなくなっていた。


 誰にも惜しまれずに死ぬ。それが私の当たり前だった。


 彼らはルビアが生きていてくれれば、それ以外に何も望まなかった。


 エーレは元々、お母様付きの侍女。


 お母様の命が長くないと知ったときから、エーレの心はもう、あの場所にはなかったのかもしれない。


 ルビアとのことを叱りながらも許してくれた人だった。

 けれど、その優しさに甘えていたのは、きっと私だけだったんだ。


 貴族としての常識を身に付けていない私に仕えることは、本当は耐え難かったのではないか。


 いくらお母様の命令だったとはいえ、仕えたくもない私を主と呼びたくはなかったのだろう。


 それでも、私にとって大切な時間だったことに変わりはない。


 エーレは私のことを「お嬢様」ではなく、「スカーレット様」と呼んでくれた。


 屋敷の誰もが伯爵家の娘として私を見る中で、あの人だけは私自身を見てくれている気がした。


 だから、その呼び方が好きだったんだ。些細なことかもしれないけど、私にとってそれは特別だった。


 お母様は滅多に私を叱らない人だったけれど、エーレは違う。


 間違ったことをすれば叱り、駄目なことは駄目だと言ってくれた。


 今思えば、私はあの人に母親を重ねていたのかもしれない。


 ──そんなこと、一度も言えなかったけれど。


 いつか伝えられると思っていた。


 当たり前のように明日が来て、エーレも傍にいてくれるのだと信じていたから。


 その“当たり前”を疑ったことなんて、一度もなかった。


 だからこそ。エーレが辞めたと聞かされたとき、私はその意味を理解しながらも、心のどこかで思っていた。


 しばらくすれば戻ってきてくれると。


 いつものように呆れた顔をして


「スカーレット様は本当に目が離せませんね」


 と言いながら。


 それは……エーレに傍にいてほしいという、私の期待だった。


 でも、エーレが戻ってくることはなかった。待ち続けても、何も変わらなかった。


 私の部屋を訪れることも、名前を呼んでくれることも、二度となかったんだ。


 そんなエーレの優しさを疑ってしまった。そのことが、どうしようもなく苦しかった。


 どれだけ謝っても意味はない。謝罪の言葉が届くことがないのだから。


 「嫌われたと……思っていたのに」


 そうじゃなかった。エーレは命を狙われて、過去の記憶を失っていただけ。


 むしろ、私を助けようとさえしてくれていた。


 でも、ルビア達にとってエーレは煩わしい存在。


 正面から追い出せば不利益を被る。


 だから……言葉を濁して、使用人にやらせた。


 自分の手を汚さないまま。


 人として越えてはならない一線を。


 目の前に迫った死に、エーレはどれだけ恐ろしい思いをしたのだろう。


 想像することしか出来ない。それでも、胸が苦しくなる。


 エーレの身に危険が迫っていたことに、私は気付きもしなかった。


 馬車に轢かれ記憶を失い、それでも……。私との思い出は、完全には消えていなかったんだ。


 曖昧に、心のどこかに、小さな引っかかりのようなものを残したまま。


 記憶を失ったまま、自分の命を守るために隣国へ渡るしかなかったのだろう。


 優しい人に救われ、生き延びていたことに、私は静かに安堵した。


 私を嫌うお父様達なら、辞職したという話が嘘である可能性もあったのに。私は何も考えなかった。


 ただ、目の前にある現実だけが、真実に思えた。


 ──疑わず、エーレの優しさを信じるべきだったのに。


 幼かったなんて言い訳にもならない。


 エーレが去ったあの日。


 本当は理由があったのかもしれないと、考えることすらしなかった。


 ただ置いていかれたという事実だけが悲しくて、苦しくて……私は勝手に傷つき、勝手に絶望していた。


 あの人がくれた優しさを知っていたはずなのに、それでも私は最後まで、エーレを信じ切れなかった。


 いつ記憶を取り戻したのかはわからない。けれど、エーレは私に会いに来て、そして……泣いてくれた。


 私が受けた仕打ちを聞き、心を痛めてくれた。


 その涙を見た瞬間、胸の奥がひどく痛んだ。言葉に出来ないまま、ただ彼女を見ていることしかできなかった。


 「エーレ。どうか自分を責めないで。私は貴女が生きていてくれただけで良かった」


 思いは届くことなく、消えていく。


 違う。そんな顔をしてほしいわけじゃない。


 私は、貴女に幸せでいてほしかった。生きていてくれただけで良かったと、本当にそう思っているのに。


 胸に穴が空いたような焦燥感。伝えたい言葉はまだあるのに、それが形になることはなかった。


 「ありがとう。私のために泣いてくれて。ありがとう。私のことを……思い出してくれて」


 呟いた声は、静寂に溶けていった。


 謝りたかった。感謝もしたかった。もっと話したかった。


 けれど、その願いが叶うことはない。


 それでも、最後に知ることができて良かった。


 エーレが私を忘れていなかったことを。


 「ありがとう、エーレ」


 感謝の言葉だけでは足りなかった。


 だから、ずっと伝えられなかった想いを口にする。


 「大好きよ」

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