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──私は、私が死んでも誰も悲しまないと思っていた。
花々に囲まれ、次のお迎えが来るのを静かに待つ。
そこで、私の目に映ったのは、私の葬式の瞬間。
赤い椿とスカーレットで飾られた棺の中には、私が眠っている。
やせ細った頬も、色を失った唇も見慣れたものだった。
そんな私を綺麗に着飾らせてくれたのはリヒト様。
私には勿体ないドレスと簪を注文し、一人の女性が私にメイクを施してくれた。優しく丁寧に。
その人の姿に息を呑む。
──まさか、そんなこと……。
リヒト様は誰にでも親切な方だ。
だからきっと、これも憐れみなのだと思った。行き場のない私への、最後の慈悲。
でも、そうじゃない気がした。慈悲だけで、こんなことをするだろうか。
もっと、別の何かがあるように思えるのに、その“何か”が私にはわからない。
棺の前には大勢の人が立っていた。
私の死を惜しんでくれる人が、こんなにもいることが信じられない。
死んでしまった私は、あの部屋に放置されると思っていた。
異臭を放つほど腐りかけてきたら、適当な場所に捨てられる。
生きているとき以上に、死んだ後のことは諦めていたのに。
何より、その中にエーレの姿を見つけて驚いた。
──私なんかのために、わざわざ来てくれたんだ。
それだけでも嬉しいのに、私に合う化粧までしてくれた。
自然と胸の奥が温かくなっていく。
お母様は亡くなり、仕えてくれていたエーレも私の元から去った。
屋敷に残ったのは私を嫌う人だけ。だからこそ、私の死は喜ばれこそすれ、悲しまれることはない。
なぜだろう。それを、悲しいとさえ思わなくなっていた。
誰にも惜しまれずに死ぬ。それが私の当たり前だった。
彼らはルビアが生きていてくれれば、それ以外に何も望まなかった。
エーレは元々、お母様付きの侍女。
お母様の命が長くないと知ったときから、エーレの心はもう、あの場所にはなかったのかもしれない。
ルビアとのことを叱りながらも許してくれた人だった。
けれど、その優しさに甘えていたのは、きっと私だけだったんだ。
貴族としての常識を身に付けていない私に仕えることは、本当は耐え難かったのではないか。
いくらお母様の命令だったとはいえ、仕えたくもない私を主と呼びたくはなかったのだろう。
それでも、私にとって大切な時間だったことに変わりはない。
エーレは私のことを「お嬢様」ではなく、「スカーレット様」と呼んでくれた。
屋敷の誰もが伯爵家の娘として私を見る中で、あの人だけは私自身を見てくれている気がした。
だから、その呼び方が好きだったんだ。些細なことかもしれないけど、私にとってそれは特別だった。
お母様は滅多に私を叱らない人だったけれど、エーレは違う。
間違ったことをすれば叱り、駄目なことは駄目だと言ってくれた。
今思えば、私はあの人に母親を重ねていたのかもしれない。
──そんなこと、一度も言えなかったけれど。
いつか伝えられると思っていた。
当たり前のように明日が来て、エーレも傍にいてくれるのだと信じていたから。
その“当たり前”を疑ったことなんて、一度もなかった。
だからこそ。エーレが辞めたと聞かされたとき、私はその意味を理解しながらも、心のどこかで思っていた。
しばらくすれば戻ってきてくれると。
いつものように呆れた顔をして
「スカーレット様は本当に目が離せませんね」
と言いながら。
それは……エーレに傍にいてほしいという、私の期待だった。
でも、エーレが戻ってくることはなかった。待ち続けても、何も変わらなかった。
私の部屋を訪れることも、名前を呼んでくれることも、二度となかったんだ。
そんなエーレの優しさを疑ってしまった。そのことが、どうしようもなく苦しかった。
どれだけ謝っても意味はない。謝罪の言葉が届くことがないのだから。
「嫌われたと……思っていたのに」
そうじゃなかった。エーレは命を狙われて、過去の記憶を失っていただけ。
むしろ、私を助けようとさえしてくれていた。
でも、ルビア達にとってエーレは煩わしい存在。
正面から追い出せば不利益を被る。
だから……言葉を濁して、使用人にやらせた。
自分の手を汚さないまま。
人として越えてはならない一線を。
目の前に迫った死に、エーレはどれだけ恐ろしい思いをしたのだろう。
想像することしか出来ない。それでも、胸が苦しくなる。
エーレの身に危険が迫っていたことに、私は気付きもしなかった。
馬車に轢かれ記憶を失い、それでも……。私との思い出は、完全には消えていなかったんだ。
曖昧に、心のどこかに、小さな引っかかりのようなものを残したまま。
記憶を失ったまま、自分の命を守るために隣国へ渡るしかなかったのだろう。
優しい人に救われ、生き延びていたことに、私は静かに安堵した。
私を嫌うお父様達なら、辞職したという話が嘘である可能性もあったのに。私は何も考えなかった。
ただ、目の前にある現実だけが、真実に思えた。
──疑わず、エーレの優しさを信じるべきだったのに。
幼かったなんて言い訳にもならない。
エーレが去ったあの日。
本当は理由があったのかもしれないと、考えることすらしなかった。
ただ置いていかれたという事実だけが悲しくて、苦しくて……私は勝手に傷つき、勝手に絶望していた。
あの人がくれた優しさを知っていたはずなのに、それでも私は最後まで、エーレを信じ切れなかった。
いつ記憶を取り戻したのかはわからない。けれど、エーレは私に会いに来て、そして……泣いてくれた。
私が受けた仕打ちを聞き、心を痛めてくれた。
その涙を見た瞬間、胸の奥がひどく痛んだ。言葉に出来ないまま、ただ彼女を見ていることしかできなかった。
「エーレ。どうか自分を責めないで。私は貴女が生きていてくれただけで良かった」
思いは届くことなく、消えていく。
違う。そんな顔をしてほしいわけじゃない。
私は、貴女に幸せでいてほしかった。生きていてくれただけで良かったと、本当にそう思っているのに。
胸に穴が空いたような焦燥感。伝えたい言葉はまだあるのに、それが形になることはなかった。
「ありがとう。私のために泣いてくれて。ありがとう。私のことを……思い出してくれて」
呟いた声は、静寂に溶けていった。
謝りたかった。感謝もしたかった。もっと話したかった。
けれど、その願いが叶うことはない。
それでも、最後に知ることができて良かった。
エーレが私を忘れていなかったことを。
「ありがとう、エーレ」
感謝の言葉だけでは足りなかった。
だから、ずっと伝えられなかった想いを口にする。
「大好きよ」




