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「泣いてくれなかったじゃない。私に結晶石が届いたって知ったとき」
ルビアは私にそう言った。
違うのに。本当は私は泣きたかった。
でも、泣けなかった。
涙を流すことすら、許されていない気がした。
呼吸の仕方さえ、間違っているような世界だったから。
それでももし、泣いてしまえば、きっとこう言われる。
「ルビアが死ぬことが、泣くほど嬉しいのか」
と。
怒りに満ちた声は私を非難し、殺意のこもった視線は刃物のように鋭かった。
私が何をしても彼らは決して認めない。口を開けば、些細な言葉尻まで責め立てられる。
それでも、ルビアを失う未来に胸が痛んだ。
守りたかった。その気持ちだけは、本物だったんだ。
リックフォード様のおかげで、ルビアが普通に暮らせるようになったのに、結晶石に選ばれるなんて。
どれだけ認めたくなくても、結晶石に選ばれた事実だけは消えてくれない。
私達に出来ることはもう、限られていた。せめて、残された時間を幸せにすることだけだった。
その役割が私に求められていないとしても。ルビアが生まれてきて良かったと、そう思えるように。
でも……。私の想いは壊れ、ルビアの願いが歪な形で叶ってしまった。
「言い訳はするな!!」
「なんて醜い女なんだ。母親は違えど、たった一人の妹を殺そうとするなど!!お前のような悪女が今までルビアの傍にいたと思うとゾッとする!!」
「私は……」
「黙れ!!ルビアに少しでも詫びる気持ちがあれば、お前が死ね」
「でも、結晶石が選んだのは……」
「まぁ!!まさか貴女!!ルビアがいなくなれば、小公爵様の婚約者になれるなんて思っているの!?なんていやらしい子なの!!仮にも貴族令嬢がはしたない!!」
「ぁ、っ……ほんと、なの?お姉様はリックのことを……ううん。お父様やお母様の愛情、使用人達の信頼も全部、奪うために私に死んでほしいと、そう願っているの?」
「違う!!そんなことない!!」
叫んだところで、誰も私を見てはいなかった。
結晶石に選ばれた運命を、私に背負わせた。
家族も、リックフォード様も、結晶石に選ばれたのは私で、死ぬのが怖くなった私がルビアに押し付けたと、信じて疑わない。
どんなに否定しても、信じてくれる人はいなかった。
私が誰にも気付かれず、ルビアの部屋に入れるわけがないのに。
それでも、誰もそれを確かめようとはしなかった。
「いいか。もし仮に、世界が滅ぶ確率で、あり得ないことだが、ルビアがいなくなったとしても、俺はお前のように心まで醜く腐った女を選びはしない。絶対にだ!!」
「自分の妹を殺そうとする貴様を娘と思ったことなど一度もない!!」
リックフォード様とお父様の言葉は、私に弁明の余地すら与えなかった。
「私は……本当に何も……」
あの日はルビアの十五歳の誕生日。
記念すべき特別な日ということもあり、私は前日の夜から閉じ込められていた。
家族で祝いたいからと。
声を出すことも許されず、隠れるように息を潜めているだけ。
それは罰ではない。少なくとも、彼らにとっては。
大切な娘の誕生日を穢さないための、当然の配慮。
私も、それを知っていた。
この家にとって私は家族ではなく、祝宴の席に置くには都合の悪い存在なのだと。
誕生日が過ぎても、すぐに出られるわけではない。
宴の余韻が完全に消えるまで、待たなければならなかった。
お腹は空いていたけど、不思議と何も感じない。慣れてしまったのだ。
毎年のことなので、ここにいる全員がそのことを知っている。
私が閉じ込められていたことを。ルビアの部屋に行けるはずがなかったことも。
その上で、誰も何も言わない。
尊いルビアを助けるために。
いつものように私の言葉は死んでいく。どれだけ声にしたところで、伝わらないのであれば、“言葉”として意味を持たない。
重たい沈黙が落ちた。
誰もが、私のほうを見ていた。見ているのに、見ていなかった。
ミュル様は扇子で口元を隠し、さも当然のことのように言い放った。
「だったら貴女が死になさい。私達の可愛い天使のようなルビアがたった十六歳で死ぬなんて、許されるわけがないのですから」
毅然とした態度は、ジュエール家の女主人としての矜持というより、すでに決まっている結論をなぞっているだけだった。
周りは私が死ぬことを望む。
病弱な義妹に残酷な運命を押し付けた悪女として。
「お前のような女がルビアの役に立って死ねるのだ。光栄に思え!!」
反抗は認められなかった。
あぁ、そうか。結晶石はキッカケなんだ。
私という存在を追い出すための。体面を保ちつつも、確実に私を消し去るための。
誰もが待ち望んでいた結末に、結晶石は都合よく“罪”を与えただけ。
だから、誰も疑わない。だから、誰も確かめない。
だから誰も……私の言葉に耳を貸さない。
最初から真実など必要なかったのだ。
必要なのは……事実だけ。
ルビアの部屋に、結晶石が置かれたという“結果”さえあれば、それで良かった。
「お姉様。ありがとう。私のために死を選んでくれて。私、絶対にお姉様のことを忘れないからね」
ルビアは天使のように微笑んだ。
その微笑みは優しさではなく、選択の終わりだった。
まるで私が、本当に自分の意思で死を選んだかのように。
私の手を取ったルビアの手は温かいのに、握らされた結晶石がやけに冷たく感じた。
ルビアを憎めたら、どれだけ楽だっただろうか。
でも、出来なかった。
元々、ルビアは長く生きられないと医師に宣告され、幼い頃から死と隣り合わせで生きてきた。
小さな頃、熱を出したルビアの手を握った日のことを思い出す。
春を迎えるたびに喜び、冬を越えるたびに安堵する。
眠ってしまうと、そのまま死んでしまうのではないかと不安になり、眠れない時期もあった。
そんな小さな願いを重ねながら生きてきたことを、私は知っていた。
あの頃も今も変わらない。
私はただ、ルビアに生きていてほしかった。
だから、今さらルビアを憎めない。
生きたいと願うことは、罪ではないのだから。
一年後。ルビアの十六歳の誕生日。私はこの世を去る。
誰も疑わない。誰も悲しまない。
そうして、全てが終わる。
それだけが、もう決まっていた。
色褪せた世界が、静かに終わりを告げる。
そんな未来を、どこか他人事のように思い、受け入れるしかなかった。




