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十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。  作者: 藍水ーあいみー
スカーレットに最後の別れを……

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2【リヒト】

 全てのやるべきことが終わってしまった。


 でも、まだスカーレットを送れない。


 「スカーレット!!」


 扉が、叩きつけるような音を立てて開いた。


 「フィオーレ様」


 僕達に目をくれることなく、一直線にスカーレットに駆け寄った。


 伸ばされた手は止まった。


「スカーレット」


 何度も、何度も名前を呼んだ。


 その痛々しい姿から、目を逸らしてはいけなかった。


 「すまない、スカーレット」


 フィオーレはスカーレットに触れることなく、涙を流した。


 「どうして俺は……」


 フィオーレの肩が震えていた。後悔の叫びは罪の意識だった。


 どんなに願っても戻せない、進んだ時間。


 何もしなかったと自分を責めるヘルサン公爵。


 約束を破り、逃げたと自分を責めるエーレ。


 何も気付かなかった自分を責めるフィオーレ。


 彼らに罪はない。裁かれる罪人は僕なんだ。


 スカーレットが苦しんでいる時期に出会って、レッティとスカーレットが同一人物であることを見抜けなかった。


 スカーレットの愛称がレッティであると知っていたのに、その可能性はないと否定した。


 罪に問われ、裁かれるべきは……僕だけ。


 「リヒト様。全員、揃いました」


 オルバスが静かに声をかけた。


 開かれた扉の外には、スカーレットを苦しめた使用人の家族、友人達がいた。


 スカーレットを知る街の人々が駆けつけてくれている。


 順番に中に入っては、短い別れの挨拶をした。


 老人は震える手で帽子を胸に抱き、スカーレットの前で深く頭を下げた。


 「嬢ちゃんには、昔世話になったんだ」


 掠れた声だった。


 「店で倒れた俺を助けてくれてな……礼も、ちゃんと言えてなかった」


 それだけ言うと、老人は目元を押さえながら部屋を出ていった。


 次に入ってきたのは、幼い少女。不器用ながらに、自分で作ったであろう花束を抱えている。


 「お姉ちゃん、このお花が好きだって言ってたから……」


 そっと、棺の中に置いた。


 スカーレットは、多くを語らなかった。自分から人の輪に入ることも、ほとんどなかった。


 それでも確かに、誰かを救っていたんだ。


 部屋の外には、まだ人がいる。皆、短い言葉を残していく。


 「ありがとう」

 「ごめんね」

 「忘れません」


 その度に、自分の中の罪が重くなっていく。


 どうして気付けなかった。どうして、もっと早く……。


 スカーレットはずっと、一人で痛みに耐えていたのに。


 「リヒト」

 「陛下!?」


 国王陛下夫妻の登場により、全員が一斉に膝を突く。


 「いいんだ。頭を上げてくれ」


 優しい声色でみんなを立たせた。


 「ソメイユを教えてくれたのは、この子か?」

 「はい」


 不眠に悩まされていた兄上を救ったのもまた、スカーレットだ。


 あの日、偶然にも出会わなければ、今も兄上は眠れない日々を送っていた。


 「スカーレット嬢。感謝が遅くなってすまない」


 兄上は白銀の花を棺へ置いた。王家の庭園にのみ咲く、ルナリア。


 それは王族が、最大の敬意を捧げる者へ贈る花。


 ルナリアを見た瞬間、空気が変わった。


 誰もがその意味を知っている。


 そして……。


 今度は義姉様が静かに白い花を棺へ添えた。


 白宵花(はくしょうか)。


 歴代の王妃が庭園で育て続けてきた花。


 夜にしか咲かず、傷ついた心を静める香りを持つ。


 王妃がその花を他者へ贈るのは、ただ一つ。深い敬愛を捧げるときだけ。


 スカーレットは、こんなにも多くの人に愛されていたんだ。


 その事実が僕の胸を締め付ける。


 スカーレットを天に送る準備は終わり、縁のあった人達が集まってくれた。


 それは……終わりを意味する。


 兄上にそっと背中を押された。


 ──僕が最後なのか。


 言いたいことは山ほどあった。けれど、喉の奥で全部消えていく。


 「スカーレット。次に君がこの世界に生まれたとき」


 冷たい手を包み込むように握った。


 「君の優しさを当たり前に思わない家族と、君の苦しみに気付いてくれる人と出会えることを祈るよ」


 時間は残酷なほど平等で、止まってはくれない。


 僕がどれほど願っても。どれほど後悔しても。


 スカーレットは、もう……。


 「レッティ。僕と出会ってくれてありがとう。幸せと思える時間をくれてありがとう。守れなくて……ごめんね」


 そっと手を離した。


 僕達は多くの幸せを貰っていたのに、そんな君に何も返せなかった。


 「どうか……愚かな僕を許さないで」


 それは、懺悔ではなく願い。


 誰も別れの言葉は口にしなかった。


 ただ、感謝と謝罪だけが、静かに積み重なっていく。


 誰も動かなかった。ただ、静かに時間だけが進む。


 やがてオルバスが、低く告げた。


 「火葬の準備が整いました」


 空気が揺らぐ。心臓の音がやけにうるさかった。


 泣き叫んだところで、何も変わらない。


 閉じた目を開き、現実と向き合う。


 棺が、炉の前へ運ばれていく。


 ──あぁ、嫌だな。


 己の弱さに負けて、目を背けたくなった。


 そんなこと、許されるわけがない。最後まで見届けなければ。逃げることは許されない。


 笑った顔を思い出す。心臓が破裂するくらい綺麗な笑顔を浮かべたスカーレットに、僕は……。


 スカーレットが火葬されて、ようやく僕達は実感した。


 陽だまりのように温かくて、優しい彼女はもうどこにもいないのだと。


 声を荒らげることはなく、皆が静かに涙を流す。


 時間を戻せないことを悔やみながらも、僕らは生きていくしかなかった。スカーレットのいなくなったこの世界で。


 「忘れないよ。君が生まれてきてくれたことを。絶対に」


 奇跡のような出会いに感謝をして、祈るだけ。


 今世では得られなかった人並みの幸せを、来世では得られるように。

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