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「スカーレット。良かった。お前……いや、君に会いたかったんだ」
「お姉様!!私のこと憎んでないよね!?」
「ああ、スカーレット。許してくれるわよね?悪気があったわけじゃないのよ」
「ええい!!私の娘に近寄るな!!この犯罪者共め!!」
一斉にスカーレットのもとに駆け寄っては、各々が喋り始める。
語られる内容はどれも自分勝手なものばかり。
謝罪の言葉は一切なく、言い訳ばかり。
誰が悪い。騙されていただけ。本当は愛していた。
薄っぺらい絆と同じ。上辺だけで中身はない。
閻魔とサタンだけが気づいている。謝罪に必要不可欠な言葉、「ごめんなさい」を言っていないのだ。
二人は黙って顔を見合わせるだけ。他人に指摘されなければ気づけないようなら、最初から謝る意志はなかったということ。
肝心のスカーレットは何を言われても微笑むだけ。四人が望む「許す」を言う気配はない。
「いい加減にしろ!!お前みたいな醜女にこの俺が下手に出てやっているんだぞ!!」
「酷いわお姉様!!そうやって私を苦しめて楽しんでいるのね!!」
「これだから不細工は嫌いなのよ!!家畜よりも存在価値がないじゃないの!!」
「父親である私を見殺しにするつもりか!!親不孝者が!!」
思っていたよりも早く表れた本性。
無抵抗のままスカーレットは、殴られ蹴られ、唾を吐きかけられた。
「不合格だな」
スカーレットが白鬼に変わる。
その手が四人の首を一瞬のうちに斬り落とす。
地獄は烙印者が落ちてくる場所だと説明をした。それなのになぜ、スカーレットがここにいると、本気で思えるのか。
所詮は作られた幻。糸なんてものは最初からなかったのだ。
だが、もしも。その糸に触れてしまっていたのなら……。
四人は知らない。罪深き魂が在るべき場所から逃げようとすればどうなるのか。
剥き出しになった魂は鎖で縛られ、何もない“無”に幽閉される。
閻魔に弄ばれていると気づけない愚かさに、もう笑いも込み上げてこない。
救いなんてないのだ。一欠片の希望さえも。それが地獄。
実に惜しかったと呟く閻魔を横目に、サタンは小さく息をついた。
どうせ、本心で言っているわけではない。閻魔にとって烙印者は退屈を紛らわせる玩具。
新しく四人も手に入ったのに、一人でも欠けてしまったら不貞腐れるに決まっている。
「お主ら。逃げんでいいのか?」
まだ興味はなくしていないが、どこか冷めた目。
「お主らよりも先に落ちてきた烙印者が、襲ってくるぞ」
広い地獄に散りばめられた数多の烙印者。その姿は……骨。
地獄で負った傷はすぐに再生する。だが、老いは違う。何百年とただ生き続ける体は老いて朽ちていく。
肉だけではない。髪も目も耳も、体という全てが土に還り、残るのは骨だけ。
それでも死なないのは、生の象徴でもある魂が生き続けているからだ。
地獄は決して死なないように魂を管理する監獄でもある。
「ひっ、や、やめろ!!」
「離しなさいよ!!」
無数に伸びてくる手は、いくら振り払ってもキリがない。
体が朽ちようとも魂が在る限り、その人間の生に幕が降りることはないのだ。
自分達はとっくに体を失い、骨だけとなったのに、この四人はまだ人の形をしている。
羨ましい。妬ましい。
烙印者達の怨念は凄まじかった。
肉体を得られるわけではないのに、その肉を噛みちぎる。
艶やかな髪の毛を毟り取り、よく手入れのされた爪も剥ぎ取った。
生気を存分に宿した瞳も、一つ残さず全てを奪う。
地獄に落ちたのに、肉体なんて必要ない。
「どうした、閻魔。楽しくないのか?」
「楽しいぞ。愚者の叫びは地獄を彩る音楽だからな」
長い長い年月。多くの烙印者を見てきたが、あの四人ほど救いがない者は初めて。
それ故に、面白さはあるが、同時にほんの少しだけつまらなさも感じる。
地獄とは、罪の意識を持たせるための場所ではない。終わりのない苦しみを与え続ける場所である。
業鏡に映し出される過去を見ながら、四人を苦しませる最適な方法を考えた。
「サタン。烙印者達の肉体を戻してやれ」
「全員か?」
そう聞くということは、サタンは閻魔の考えを見抜いている。
閻魔は何も言わなかったが、その表情は明確に「そうだ」と告げていた。
サタンは微かに笑みを浮かべ、ゆっくりと指を鳴らした。すると、空気が震え、周囲の闇がざわめき始める。
肉体を失った烙印者が次々と元の体を取り戻していく。
貴族や平民。年齢もバラバラ。あまりに突然のことに烙印者達は戸惑う。
気が遠くなるほどの痛みを受け続けた先人でもある烙印者達は素直に喜ばない。何かがあると警戒していた。
閻魔とサタンを前にした烙印者達は恐怖のあまり、その場に膝をつく。
立場を弁えた態度に閻魔はご満悦。
地獄に落ちてきたばかりの頃は、耳障りな御託を並べていた。
くだらない言い訳なんて聞き飽きて、しばらく口を縫い付けて沸騰したお湯で茹で続けた。
遥か昔の記憶を懐かしむ。久しぶりに熱湯で遊んでやろうと、閻魔は心に決めていた。
「お主らには、そこの四人に同じことをしてもらう」
業鏡に映っているのは、ルビアとリックフォードが体力作りのために日課とした運動。
パナシア薬のおかげですっかり良くなったルビアは、リックフォードとの運動を楽しむだけ。
欲求を満たすように、何度も何度も。汗を流しながら。
体力を付ける目的のはずが、動いているのはほとんどリックフォード。
ルビアは乱れた声で名前を呼ぶだけ。
老若男女、全員がルビアの淫らな姿に釘付け。
「や、やめて!!消して!!」
恥ずかしさのあまり、目に涙を浮かべながら顔を真っ赤にした。
生まれて初めての羞恥。男達は間近で食い入るように見る。特に、特別な相手にしか見せないようなところを熱心に。
二人が部屋にこもって何をしているかは知っていたが、思っていた以上の激しさにラージーは言葉を失う。
ほとんど毎日、ルビアとの運動に力を入れるリックフォードの口から、スカーレットへの愛が語られるなど我慢が出来ない。
「なぜだ?これはお主のための運動なのだろう?だから、妾が協力してやろうと言っておるのだ」
「ひぃっ……!!リ、リック!助けて!!」
必死に伸ばしたルビアの手を振り払い、男達の中へと蹴り飛ばす。その目には迷いも情けもなかった。
四方を囲む男達の手がルビアを掴み取る。逃げ場はない。ルビアの体は硬直し、目に涙が滲む。リックはその様子を見つめながら鼻で笑う。
「良かったじゃないか。こんな大勢に相手をしてもらえて」
肉体が滅んで何百年の月日が流れた。自分がどんな姿をしていたかなんて、とっくに忘れてしまった。
久しぶりに取り戻した体と、褒美にも近い閻魔からの命令。目の前には色々と育った少女。
男達の目の色が変わる。
「いや……嫌よ!!リック!リックってば!!助けてってば!!」
「気安く愛称で呼ぶな。薄汚いゴミが」
優しい閻魔はせめてもの情けにと、周りからは見えないように大鍋の中に放り込んだ。
底が深く、上からロープを垂らすか、鍋をひっくり返さない限りは出られない。
これで、完全に退路は断たれた。
無数に伸びてくる手はルビアから服を奪う。日に焼けていない白い肌は魅力的。
か弱いルビアにはどうすることも出来ない。
「お嬢ちゃんの大好きな運動をするとしようか」
「たっぷりと楽しみながらな」
「い、いやぁぁぁぁーーーー!!!!」
その叫びは本気の拒絶と助けを求めるものだった。
「ふん、いい気味だ。俺とスカーレットを引き裂いた報いを受けろ」
「お前もだ。リックフォード」
禍々しい声。
恐怖する間もなく、リックフォードの体は押さえつけられる。
「人間には生殖本能があるそうだな」
地を裂くように現れたのは、翼が生えた全身真紫の犬に近い何か。
二つの頭を持ち、サタンとは異なる角を生やす。
「夢魔。相手をしてやれ」
「サタン様のご命令とあらば」
「痛みと苦痛と……快楽を教えてやれ」
夢魔。サタンが従える悪魔の一人。
片方の頭が眠りにつくと、人の形へと変身した。その姿はリックフォードそのもの。
「よ、寄るな!化け物が!!」
必死の抵抗も虚しく、アッサリと捕まったリックフォードの顔は恐怖に歪む。
「や、やめ……」
震える声。とっくに背を向けたサタンには当然のことながら聞こえていない。
夢魔、今の名前はインキュバス。襲う対象は主に女性ではあるが、サタンの命令があれば性別なんて関係なく襲う。
今のリックフォードのように。
もう一つの頭。サキュバスは女性の姿で多くの男を襲ってきた。
サキュバスとインキュバスは二人で一人。元は犬に近い姿をしているが、人間を相手にするときはこうして変身する。
「くっ、……この……」
スカーレットにした仕打ちが返ってくるかのように、これまでとは別の痛みを体の中から感じる。
自分の顔で、ここまでの屈辱を味わうことになるとは夢にも思っていなかった。
「人間。良いことを教えてやろう。夢魔が吐き出す体液は、必ず生命を作り出す特別な物だ」
「な、何を言って……」
「良かったな。子が産めるぞ。まぁ、人間ではなく、お前が言った化け物の子、だがな」
「ま、まさか。お、おい!やめろーーーー!!!!」
痛みと苦痛と……快楽。これからリックフォードが経験するのは、未知なる領域。
「ふふ、ははは!!ざまぁみろ!!若造が!!」
大切な一人娘、スカーレットを傷つけ汚した最低の男の末路。
下品な笑いが込み上げてくる。
顔と爵位しか取り柄のない人間の失墜する様を見るのは気分が良い。
誰彼構わず愛を囁くような男がスカーレットに相応しいものか。ラージーにとってリックフォードの存在は愛娘を汚した犯罪者。
罰を受けて当然である。
「楽しそうなところ悪いが、サタン様はお前もご指名だ」
もう一体の夢魔。変身したのは名も知らぬルビアの実父。
人間以上の力で抑え込まれた。
サタンは自らを優しいと公言はしていない。慈悲すら持たない。故に、二人が襲われる姿は誰でも見ることが出来る。
大の大人が為す術なく、良いように襲われる姿にミュルは胸がスカッとしていた。
殴られた傷は治ったとはいえ、その痛みまでもが消えるわけではない。
やり返したい気持ちはあったが、非力なミュルでは男に敵うはずがなく諦めていた。
それがまさか、こんな……。最高だった。
風船のように膨れ上がったお腹は破裂し、中からは人間の大人ほどの幼虫が這い出てきた。
全身がヌメヌメとした光沢を持ち、獣のような雄叫びを上げる。
この幼虫がサタンに力を与えられて悪魔へと進化する。どんな能力を持つかは、進化するまではわからない。
幼虫は体をくねらせ、必死にサタンのもとへと這い寄った。
「何をそんなに熱心に見つめておるのだ?あぁ、そうか。混ざりたいのか。だが、残念なことに夢魔は二体しかおらんのだ」
本当に残念そうに首を振った閻魔は、代わりを用意した。
人でもなければ悪魔ですらない。
金属で出来た円柱型の棍棒。太く、表面には棘が幾つも並んでいる。
閻魔はそれを鬼に持たせ、烙印者達を苦しめてきた。
鬼の力で振り下ろせば、脆い人間などひとたまりもない。
頭蓋骨は粉砕され、脳は飛び散った。
ミュルは腰が抜けてその場に崩れ落ちる。逃げ出そうと足を動かすも、恐怖でうまく動かない。
棍棒がミュルの前にゆっくりと転がってきた。
「は、離しなさいよ!!」
ミュルの体を押さえつけ、足を広げるのは肉体を取り戻した女達。
閻魔に逆らえないというのも理由だが、一番の理由は妬み。
ミュルの美貌は地獄に落ちた烙印者からしてみれば、殺したいほど妬ましい美しさ。
時間が過ぎ去らないと老いはこないのだ。
ズルい。ズルい。
どんなに皮膚を剥いでも、顔を潰しても、瞬きの間に治ってしまう。ミュルの美しさが損なわれるのは、もっとずっと先。
ならば、壊してしまおう。人としてではなく、女としての尊厳を。
非力な彼女達でも、腰の抜けたミュルを取り押さえるのは容易なこと。
「な、何なのよ!!私にこんなことして!!」
「何をそんなに怒っておるのだ。好きなのだろう?交わりが」
「ち、違っ……。私は……」
「妾はサタンと違って優しい。異形な者に相手をさせるつもりはないから安心するがいい」
「わ、わた……。私は好きであんなことをしたんじゃないの。貴族になれて嬉しくて、そう!浮かれていたのよ」
「お主の言い訳なんぞ、妾は微塵も興味がない」
地獄とは罪を自覚させる場所でもなければ、謝らせることを目的にもしていない。
未来永劫、終わることのない痛みと苦しみを与えるだけ。
人を殺した。人を騙した。人を傷つけた。
そんなことで地獄には落ちない。
烙印者の罪は皆同じ。
結晶石。それは、選ばれし者の運命を示す物。
その運命を他者に押し付け、尊き命を奪った罪。
彼らは贖わなければならない。死ぬことさえおこがましい、その穢れきった魂で。
この次は何をしようか。
人間の真似事をして、断頭台で首を斬り落とし続けるのもいい。
皮膚を剥いで火炙りにするのも面白そうだ。
心が壊れ廃人になろうとも、地獄にいればすぐに正常に戻る。
逃げ場なんてどこにもなかった。
死にたくても死ねない。他人の人生を踏み躙ってまでも、生きることを望んだ代償。
文字通り、手に入れたのだ。誰もが望む、永遠の命を。
見知らぬ男達に、悪魔に、棍棒に。体を好き勝手弄ばれる四人の悲鳴が地獄にこだまする。
そんな四人を一瞥し、閻魔とサタンはその場を去った。
決して無関心になったわけではない。少なくとも、肉体が滅ぶまで、閻魔は高みの見物を続けるだろう。
ただ、行かなくてはならないのだ。役割を果たすためではなく、二人にとって一番大切なことをするために。




