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あまりにも真剣で、冗談ではなかった。
これまでにも同じことを言う烙印者はいたが、リックフォードのそれは違う。
心からの叫びではなく、そうなることが当然であるかのような口ぶり。
笑わずにはいられない。地上に戻ることを当然視するその態度は、まるで自分がこの世の主人公であるかのようだった。
「なぜ、地上に戻る必要があるのだ?」
「スカーレットに詫びるために決まっているだろう」
「それで?」
「なっ……!!スカーレットの顔を見て詫びねば意味がないだろう!!」
「今更?お主らが殺したスカーレットは、もう死んだと言うのに」
閻魔は嘲笑うように言った。
もう、どこにもいないのだ。優しいスカーレットは。
今はもう静かに眠るだけ。
「それがどうした?」
スカーレットの笑顔、優しい声、温かい手の感触。熱のこもった眼差し。全てを鮮明に覚えている。
例え、体が滅び魂がなくなろうとも
「スカーレットは俺の中で生きている。それで充分だ」
許しを乞う謝罪ではなく、気持ちを楽にしたいだけの謝罪。
自身の過去を省みることなく、悪いとさえ思っていない。リックフォードはただ、スカーレットの愛を踏み躙った自分を正当化したいだけ。
したいのは、謝罪ではなく言い訳。
ルビアのせいで……。ルビアが……。そんな言葉を並べて最終的に「俺は悪くない」とでも言うつもりだ。
スカーレットの優しさに甘えるつもりでしかない。
なぜなら、スカーレットはきっと愚かなリックフォードを許すからだ。
優しいからこそ、形だけでも謝罪をしてくれるリックフォードを責められない。それは最早、脅迫。
「地獄に落ちた者が地上に戻れるわけがないだろう?」
人間失格。生きる価値はない。四人はその烙印を押された。
心からの謝罪をしようとも、どれだけ過去を悔やんでも、魂に刻まれた烙印は消えない。未来永劫、地獄で生きるのだ。
「ふむ……。だが、妾は優しい。お主らにチャンスをやろう」
何かを企んでいそうなほど、純粋で明るい笑顔。
「あの山を一番に登った者には褒美をくれてやる」
そう言って指を差したのは針山。
一本一本の針が鋭く輝く。足を踏み入れた瞬間に激痛が待ち受けているのは見てわかる。
傷はすぐに治るとはいえ、痛みが引くわけではない。躊躇うのが人間の心理。
だが、リックフォードは誰よりも速く駆け出した。その姿を見て他の三人も後を追う。
地上に戻れるチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。
太く長い針は体に刺さると抜くのが一苦労。覚悟を決めて一歩を踏み出したはいいが、二歩目は気が遠くなる。
後ろに下がってしまえば、これ以上の痛みを受けることはない。そんな誘惑が何度も頭をよぎる。
特に、ルビアはその一歩を踏み出すことさえ躊躇う。いつだって、好きなことだけをして生きてきたルビアにとって、痛みしか伴わない地獄は自分のいるべき場所ではないと考える。
ここが屋敷なら、代わりに針山に登る使用人は多くいた。肝心なときに役に立たない使用人に苛立ちさえ覚える。
手足が震えながら、リックフォードがどんどんと登っていく姿を見つめた。躊躇っているうちに、もう半分も登っていた。
鈍っていた決心が固まっていく。このまま見ているだけでは何も変わらない。
可哀想な自分こそが、閻魔からの褒美を手に入れるに相応しい。
針が刺さるたびに激しい痛みに襲われるも止まってはいけない。先頭を行くリックフォードに追いつかなければ。
下から追ってくるルビアは脅威ではない。
「スカーレット。待っていろ。すぐに会いに行ってやるからな」
狂気に満ちた目に映る幻想。優しく微笑み、手を差し伸べてくれている。
光なんて届かない、薄暗い地獄に差し込まれた光は、リックフォードだけが見ている幻。
その手を掴もうと伸ばした先は、針山の頂点。
地上に戻る権利を得た。そう確信した瞬間、ラージーがリックフォードの足を掴んだ。
傷は癒えても痛みは消えず、流れた血はそのまま。血まみれのラージーは憎悪そのもの。
「貴様のような男がスカーレットに近づくなど許さんぞ!!」
ラージーの声は冷たく、怒りに満ちていた。彼の目は憎悪で燃え、リックフォードを引きずり落とそうと力を込める。
「く、この……!!離せ!!俺のスカーレットを汚しやがって!!」
蹴り落とそうにも痛みで力が入らない。怒りに身を任せたラージーの力は思いのほか強かった。
文字通りの足の引っ張り合いを見物しながらも、閻魔は少しだけ針に細工した。
どんな分厚い肉も貫いてしまう針を、一瞬だけ簡単に折れるようにしたのだ。
後はまた、針の強度は元通り。
リックフォードの右手に突き刺さっていた針が、忽然と折れる。
驚きの表情を浮かべるリックフォードのバランスが崩れ、引っ張られていく。そのまま針で裂かれた体を引きずられ落下していった。下にいたラージー、ミュル、ルビアも巻き込んで。
全員、全身が血まみれの状態で地面に倒れ込む。
「惜しかったのう。もう少しだったというのに」
そう言い放ち、乾いた拍手を鳴らす閻魔。その声には誰に対しても慈悲はなく、ただ冷酷な嘲笑が込められていた。
「まだだ!次に……」
リックフォードは痛みに耐えながらも、必死に這い上がろうとする。彼の瞳にはまだ諦めの色はない。
他人の死は良くても、自分が死ぬことは恐れる。生への執着。
「次なんてあるわけがないだろう?与えられたチャンスは一度のみ。お主らはチャンスを掴めんかった。それだけだ」
痛みに耐えて、あと一歩のところまで登りつめていたリックフォードは、邪魔をしてきたラージーの頭を何度も針山に突き刺した。血が滲み、ラージーの顔は苦痛に歪む。
「くっ、この……若造が!図に乗るなよ!!」
いつまでもやられっぱなしではいられない。すかさず、ラージーも反撃に転ずる。
殺しても死なないという利点が、何をしてもいいと思わせていた。
「お前が邪魔をしなければ!!今頃はスカーレットに会いに行けていたんだぞ!!」
「地獄から出られんのに、どうやって会うつもりなのだ?」
「はぁ!!?褒美をくれると言ったのはお前だろう!!」
「そうだな。妾は褒美をくれてやると言った。地上に戻すなんて一言も言っておらん」
閻魔の言葉に踊らされ、翻弄される四人は愉快。
信頼を失った四人は汚く罵り合うだけ。
あんなにもスカーレットを嫌っていたのに、今では自分こそがスカーレットに一番、大切にされていたと言い張る。
「お主らの気持ちが本物なら、願いは叶うかもしれんぞ」
天から伸びてきた糸。その下にはスカーレットがいた。最後に見たボロボロの姿で。
直感でわかった。スカーレットの許しを得たなら、あの糸で地上に戻れると。
しかし、目の前に現れた救いの光ばかりに気を取られていたせいで、見逃していたものがあった。
背後で閻魔が楽しげに笑っていたのだ。何かを企むように、その顔は歪んでいた。




