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ルビアが知られて困ること。それは一つだけ。カメリアにヴェレーノを飲ませて殺害したこと。
だが、幸いなことにとどめを刺したのはミュル。人殺しと責められるのは自分ではない。
か弱い少女は毎日をベッドの上で過ごす。大きな変化はなく、繰り返される静かな日常。
退屈そのもの。閻魔が一番嫌いな人間である。これならまだ、ミュルのほうが面白みがあった。
言葉巧みに使用人を誘導し、彼らを騙す姿のどこが天使なのか。閻魔には人間の価値観が理解出来ない。
見た目こそ美しいが、その心は地獄のように黒く荒んでいる。
ルビアの微笑みは人々を安心させ、ルビアの言葉はまるで天の声のように響いた。しかしその裏で、自身の利益のために使用人だけでなく父親や婚約者を巧みに操り、スカーレットとカメリアを死に追いやった。
閻魔からしてみれば騙す側よりも、騙される側に問題がある。決定的な証拠はなく、きちんと調べたらルビアの嘘に騙されることはなかった。
ルビアの人生は単調で、頭も決して賢くはない。
悪巧みを考えるのは得意だが綻びだらけ。上手くいったのは全部、周りの人間が愚かだったから。
まともな人間が一人でもいたら、何一つ上手くいくことはなかった。
人は美しいものに惹かれると聞いたことがあるが、閻魔にとってルビアはその程度。半日で見飽きる存在。
表面だけの美しさは、やがて色褪せていく。
反対に、スカーレットはずっと見ていても飽きない。外見だけでしか勝負出来ないルビアと違って、スカーレットの持つ優しさが内面から滲み出ていた。
清い心は美しさを輝かせる。欲にまみれた人間が持つ心にしては珍しく、スカーレットの美しさがわからない四人が地獄に落ちてきた。
目に見えるものだけに価値を置く者達は、本当の美しさを見失う。だが、スカーレットの心は違った。彼女は他者を思いやり、嘘をつかず、純粋に生きてきた。その清らかな心が、彼女の姿を内側から輝かせているのだ。
人間ではない閻魔でさえ、そんな単純なことはわかるというのに、ずっと近くにいた四人はなぜ、それがわからないのか。
閻魔はルビアの表情に目を留めた。平静を保っているが、微かな動揺の色が見え隠れしている。
息をするようにつく小さな嘘が原因ではない。もっと他の……。
映像を飛ばしながらも、閻魔はルビアをじっと観察し続けた。
瞬きをすることもなく、一瞬たりとも目を離さない。
すると、表情がこわばり視線が逸れた瞬間、そこに隠された秘密が垣間見えた。
「これが貴様の秘密か」
上手く取り込んだ使用人を利用して、カメリアの食事にヴェレーノを混入させた。
血は繋がらなくても、もう一人の母親には元気でいてほしいからと言葉を添えれば、料理長はルビアの優しさに感動するばかり。
言われた分量を守り、カメリアが口にするものにヴェレーノを混ぜて摂取をさせた。表面上は何の変化も見えなかったが、内側では確かな変化が起きていた。
毎日、少しずつ、毒を取り込み続けたカメリアは……。
秘密。なんて……つまらないのか。もっと心躍るものを期待していた閻魔は失望をあらわにする。
初めて向けられるその目は、ルビアからしてみれば屈辱でしかなかった。
小さな世界のお姫様として生きてきたからこそ、閻魔の態度が気に食わない。
必死に築き上げてきた虚飾を一瞬で打ち砕いた閻魔は、ルビアに見向きもしなくなる。
美しくて可哀想なルビア。それは、自他共に認めることだった。閻魔のそれは、可哀想な人間にする仕打ちではない。
閻魔がルビアに対して取るべき行動は一つ。
「お主はこれまで苦労したのだな。さぞ、辛かっただろう」
そう言いながら手を差し伸べ、地獄から連れ出すこと。絶対にあんな目を向けていいはずがない。
天使として扱ってくれていたリックフォードは、ルビアの裏の顔を知っても責めることはなかった。
ルビアへの愛が思考を歪ませているのだ。リックフォードを愛するが故の行動。スカーレットは愛の障害。陥れることは罪ではない。
むしろ、率先して行ってくれていたことが、よりリックフォードに幸せをもたらす。
「お前がカメリアをあんな風にしたのか!?」
あんなにもルビアを溺愛していたラージーの豹変。怒り狂ったその目に、閻魔に苛立ちを覚えている場合ではなかった。
ミュルと同じく暴力を振るわれるのではと、咄嗟にリックフォードの背中に隠れる。
愛するルビアに拒絶されたものの、愛しているからこそ頼られるのは嬉しい。守りたいという気持ちが胸いっぱいに広がる。
痛みに苦しんでいる場合ではない。
感情のままに近づいてくるラージーを殴り飛ばし、立ち上がれないように踏みつけた。
ついさっき、リックフォードを汚いと言ったのに、それでも騎士のように守ってくれる姿を見て、自分にはリックフォードしかいないと改めて思った。
スカーレットを“絶対悪”とすることで繋がれていた絆が、いとも簡単に断ち切れる。 修復は不可能。二度と紡がれることはないだろう。
上辺だけで繋がった糸に信頼も信用もない。そもそも、絆と呼ぶことさえ、おこがましがった。
彼らは自分達で証明したのだ。薄っぺらい絆に価値はないと。
楽しい。これこそが地獄の醍醐味。
声を押し殺して笑う閻魔は、残ったラージーを標的にする。
リックフォードの足の下でもがくラージーを、業鏡で写した。
この男こそが、閻魔を最も、楽しませてくれる。それは予感ではなく確信。
だからこそ、お楽しみとして最後まで取っていたのだ。
ミュルの秘密が暴かれたとき、誰よりも顔色が悪くなっていたのは他ならぬラージー。
まるで、自身の秘密を暴かれることに恐怖するように。
ミュルに暴力を振るったのも、心の動揺を落ち着かせるため。
残念なことに、リックフォードとルビアの秘密も暴かれてしまい、もうラージーしか残っていなかった。
必死に頼み込んだところで、お願いを聞いてくれるような相手でもいない。
「ふむ……」
真面目な少年が恋をして、愛する女性と結婚した。子供も授かり、幸せな日常を送る。
こちらも、つまらないの一言に尽きる。
愛人を迎えて、愛人も娘を産んだ。そこから先は三人と同じ。
スカーレットとカメリアを醜いと罵り、最後の最後まで嫌っていた。
「や、やめろ!!このクソガキ!!聞いているのか!!」
「誰に命令している?」
これからが面白くなるであろう瞬間を邪魔されたくはなかった。ラージーの口が糸で縫われていく。
ルビア達も業鏡に注目した。ラージーが何を知られたくないのか、興味が湧いた。
カメリアが亡くなった数年後。ちょうど命日。
その年、スカーレットは十六歳を迎えていた。
その日は朝から大雨が降りしきり、雷鳴が屋敷を震わせていた。
屋敷の者が寝静まった頃、足音を立てぬように慎重に、スカーレットの部屋へと忍び寄る者がいた。
そして、眠るスカーレットを……。
目が覚めたスカーレットは、目の前の現実に青ざめた。実の父親でもあるラージーが、リックフォードと同じように、スカーレットの上に覆いかぶさっていたのだ。
大声を出そうとすれば大きな手が口を覆い隠す。
必死に抵抗しようとすれば男の力で殴られる。痛みが走り、意識が遠のきそうになるが、それ以上の恐怖がそれを許さなかった。
「実の娘と……?なんて気持ち悪い!!」
スカーレットを襲うラージーは父親ですらなかった。自分の欲を満たすためではなく、スカーレットを……カメリアに重ねていたのだ。
何度も繰り返して呼ぶのはカメリアの名前。
満足するまでスカーレットを襲った後は、何事もなかったようにミュルが眠る寝室へと戻る。
翌日にはいつものように、醜いなどと罵るラージーがいて、昨夜のことが夢ではなかったのかと思わせた。
夢であってほしかったのだ。リックフォードに襲われた以上に、実の父親とあんな……。過ちとさえ呼んではならない行為。
スカーレットに意志がなかったとしても、起きてしまった事実は変えられない。記憶は鮮明に刻まれる。
恐怖に飲み込まれてしまえば、理不尽な暴力が長く続くので、スカーレットは気丈に振る舞うしかなかった。
スカーレットの心に傷をつけた出来事は年に一度、カメリアの命日に繰り返された。
どれだけ抵抗しても為す術はなく、早く終わることを願うばかり。
狂った目でスカーレットを見ては、カメリアへの愛を囁く。
亡き母親にそっくりな姿が気持ち悪いと罵りながらも、裏ではそのカメリアに見立てて実の娘を襲う。醜聞どころの騒ぎではない。
ラージーに向けられるのは非難ではなく軽蔑。
こんなにも気持ち悪い男が父親だと認めたくない。ルビアの拒絶は激しく、リックフォードの腕にしがみついた。
両親共に見限ったルビアにとって、リックフォードだけが特別。
リックフォードもまた、ラージーに触れていることに嫌悪感を示した。
次にラージーが発する言葉を期待して、縫いつけた糸を解く。
言い訳をするか、汚く罵るか。どちらにしても閻魔を楽しませてくれることに間違いない。
リックフォードが足を退ければフラフラと立ち上がり、業鏡に映るスカーレットに指先をゆっくりと伸ばし、まるで本物の肌に触れるかのように頬擦りをする。
その姿は狂気そのもの。
「カメリア。私が愛しているのはお前だけだ」
愛を語りながらも、ラージーの瞳に映るのはスカーレット。
あの様子では、母娘の区別すらついていない。
しかも、苦痛に歪む表情さえ、自分に向けられている愛であると勘違いまでして。
威厳なんてなく、ただただ狂っていた。
自分で壊した愛に縋るその姿は滑稽。
心の奥底ではカメリアを想いながらも、都合の悪いことには蓋をして自らの望むものだけを見てきた代償。
こんな人間でさえ、まだ絶望の底にたどり着いていないのだから、お楽しみはまだまだ終わらない。
「嫌だわ。あんなのが父親だなんて」
「ここを出たら、あんな連中とは縁を切ればいい」
「そうね!私にはリックがいれば、それでいいもの」
もうこの際だ。リックフォードの過ちには目を瞑ることにした。
公爵夫人になれば、誰もルビアを見下せなくなる。これからは社交界にも出て、不安定な地盤を確固たるものにするのだ。
カメリアに毒を飲ませ続けたルビアの邪悪さを目の当たりにしたはずなのに、リックフォードは幻滅をすることはなかった。
それはつまり、どんなルビアでも愛している証拠。
互いを想い合う愛は本物。物語として語り継がれるような真実の愛。
カメリアの人生を終わらせたのは、間違いなくミュルの行動だった。すべての責任はミュルにある。むしろ、ルビアのおかげで事を楽に済ますことが出来たのだから、感謝をしなければならない。
ただ少し、食事に毒を入れただけ。それだけなのだ。特別なことでもなければ、大声で責め立てることでもない。
その“少しの毒”がカメリアの運命を変えたというのに。
ルビアが何もしなくても、いずれはミュルが同じことをしていた。つまり、ルビアは何も悪くない。
それが、リックフォードの出した結論。
「人間とは実に不可解な生き物だな。血の繋がらない者でさえ、親と呼ぶのだから」
降りてきたサタンは深いため息をついた。
ルビアからラージー。ラージーからルビア。一度だけ視線を動かした。
血は水よりも濃いと言うが、その血が全く別の人間のものであるなら、家族の絆など脆くて当然。
絆も信頼もない。薄っぺらい言葉だけで繋がった赤の他人。
壊れるのは必然だった。血の繋がりを超える絆を、この親子は持っていなかったのだから。
独り言にも近いサタンの言葉は、地面に寝転がったままのミュル、業鏡に写るスカーレットに愛を囁き続けるラージー、互いの愛を確かめ合ったルビアとリックフォードの耳にしっかりと届いていた。




