4【リヒト】
「良かったのですか?」
「何が」
フエルテは目を細め、部屋の中を見渡した。床に倒れている四人の姿が目に入る。
これまでずっと「ルビア様」のおかけで甘い汁を吸って、自分達の好きなように生きてきた罪人達にとって、目の前まで死が迫ったきたことはなかったのだろう。
首筋に刃の先をかすめただけで、恐怖のあまり意識を失った。死の淵に立たされたとき、人はどれほど弱いものか、身をもって知ったのだろう。
ジュエール家で暮らす者にとって、死は遠い出来事だった。少なくとも常に死と隣り合わせに生きていたのはスカーレットだけ。
平民の娘のおかげで、ずっと安全な甘い世界に浸っていた。しかし、現実はそう甘くはない。
倒れた罪人達の顔を見つめた。その表情は歪み、苦悶に満ちていた。
「殺してしまえば良かったのに」
それは、フエルテの本心であり本音。
「いや、最初から殺すつもりはなかったよ」
殺してしまったら、スカーレットを苦しめた罰を受けずに逃げ果せるのと同じ。
たかがあの程度の痛みと恐怖が、罰になるはずもない。
「料理人は殺したじゃないですか」
「あれは……仕方ないだろ」
込み上げてくる怒りを鎮めるためとはいえ、あの行動は軽率で愚かだったと認める。
「冗談ですよ。それより、どうするんですか。コイツらは」
「ヘルサン公爵のことだ。もうそろそろ……」
四人の罪人を外へ運び出し、来たときと同じ馬車に押し込んだ。
作業が終わる頃、遠くから馬車の車輪の音が近づいてきた。ヘルサン公爵の馬車が到着したようだ。
公爵は威厳を持って馬車から降り、僕の前に膝を付く。
「罪人達の家族から証言を取ってきました。彼らは先に地下牢へと向かっています」
僕はその報告にほっと胸を撫で下ろした。
仕事の速さに感謝しつつ、指示を待たずに行動してくれる公爵の優秀さを改めて感じる。
誰もが憧れる存在である公爵を父親に持ちながら、リックフォードは愚か者へと成り下がった。
「ありがとう。では、僕らも急ごう」
僕は馬車の御者に命じ、急ぎ地下牢へと向かった。
馬車が石畳の道を揺れながら進む。窓の外の景色は何も変わらないはずなのに、色褪せて見えた。
地下牢へと到着して、罪人達を三人一組で部屋に閉じ込めた。
連中を許す権限など、僕達は持ち合わせていない。
出来ることがあるとすれば、罰を受けさせることだけ。
「リヒト様。此度は我が愚娘がとんでもないことを仕出かしたこと、深くお詫び申し上げます」
子爵を筆頭に全員が深く頭を下げた。
公爵が呼んで来てくれたのは、使用人の家族。全員ではなく、各家の代表者一名。
「その謝罪は僕にするものではない」
「先程、スカーレット嬢にお会いしてきました。伯爵令嬢があのような姿になるまでずっと、虐待が行われていた事実が、未だに信じられません」
「僕もだよ。傍にいたのに、僕は何も気付けなかった」
悔やんで、どれだけ願っても時が戻らないのなら、僕は僕に出来ることを精一杯やるしかなかった。
初めて足を踏み入れる地下牢に怯えることなく、しっかりとした足取りで、子爵達は僕の後ろをついてくる。
地下牢は薄暗い石壁に囲まれ、重い鉄の扉が並んでいた。
更に下へと続く階段を降りていく。
たった一階しか違わないのに、最下層のここは、外の世界とは異なり、重苦しい空気が漂う。
本来ならここは、警備隊しか入れない。兄上……陛下だろうと例外はなかった。
それぞれの罪人を収監した牢の前に家族を案内して、僕の役目は終わり。
多くの死体が転がる牢の中からは異臭が放たれている。僕達はもう慣れてしまったが、初めてここを訪れる子爵達からしたら一刻も早く立ち去りたい場所なのに、傷だらけの体を鎖で縛られる娘や息子、兄の姿を静かに見つめていた。
同情は感じられない。こんなことになった原因を作ったのは、紛れもなく捕らえられた罪人達だからだ。
久しぶりの家族水入らずの邪魔をするつもりはない。
「安心していい。ここで何が起きようとも、誰にもわかりはしないのだから」
「お心遣い、誠に感謝致します」
裁判をしなくとも、有罪は免れない。きっと死刑が言い渡される。
そんな甘い罰を僕は認めない。死刑など軽すぎる。もっと重い、根源的な罰を科すべきだ。
彼らは既に公爵から全てを聞き及んでいるため、どんな訴えにも耳を貸さないだろう。
国民の前で首をはねるよりも、暗く冷たいこの地下で、愛する家族の手により死を与えられるほうが心に傷は残る。
地下層で死んだ死体が地上に上がることはない火葬も埋葬もされず、ただ牢の中に放置されるのみ。肉はねずみが食べ、腐敗を促進させる。誰もその死に顔を見ることはない。
そのため、骨だけが増えていく。一定の量を超えれば、骨を布に包んでまとめて砕き、建物の裏手に撒く。
今回はその作業があるだろう。
死体の処理をする手間が省ける分、増えすぎたねずみの駆除が仕事の一つになった。
「お疲れ様、フエルテ。今日の仕事はこれで終わりだ。他の隊員達と、しばらくゆっくり休んでくれ」
「いえ。最後まで付き合いますよ。これはもう、貴族社会をも巻き込んだ、歴史に刻まれる大事件ですから」
「副隊長の言う通りです!!」
「本件に関わった者として、見届ける義務があります!」
「みんな……。本音は?」
「頭がおかしい連中がどうなるか気になるだけです」
その一言に、場の空気は一瞬緩んだ。彼らは決して他人の不幸を望む性格ではなかったのに。
あの罪人達に対しては、どうしても嫌悪感を拭いきれなかったのか。
これまで貴族相手に淡々と職務を全うして、感情を表に出すこともなかった。しかし今、この瞬間だけは、自分の中の複雑な感情が溢れ出している。
「どのくらい時間がかかるか、わからないよ」
「構いません」
僕らは待つだけだ。彼らが上がってくるのを。
どんな決断を下したのか、わかるのはそのとき。




