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十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。  作者: あいみ
第二王子の場合

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2

 「良かった。また会えて」


 今日の荷物はいつもより少なく、彼女の手には丁寧にラッピングされた箱が大事そうに握られている。


 印の付いたその箱は、数量限定の特別なお菓子だと聞いた。値段はそんなに高くはないけど、かなり人気で行列に並んでも、買えるかわからない幻の一品だ。


 「時間大丈夫?ちょっと話せたら嬉しいんだけど」

 「あ、っ……ちょっとだけなら」


 彼女は少し戸惑いながらも答えた。

 声は緊張していて、今日も僕と目が合うことはない。俯いたままだから。


 「良かった。ありがとう」


 日差しが強く風もない。近くのカフェに入ろうと言えば、激しく首を横に振った。


 「外は暑いよ?」

 「だ、大丈夫です。慣れていますから」


 彼女の強い意志を尊重したいと思いながらも、僕は内心心配だった。日傘も差さずに、こんなに強い日差しの下にいるなんて。


 「リヒト様。あちらの陰に」


 建物の陰は太陽の熱を和らげ、少しだけ涼し感じられた。

 オルバスは気を利かせて店から椅子を借りてきてくれた。


 「どうしたの?座って」


 彼女は目の前に椅子に座ることなく、姿勢を正して立ち続けた。

 用意された椅子は自分のためではないと、そう思っているみたいに。


 「レディー。どうぞ」


 オルバスが促した。彼女は一瞬だけ迷ったように目の前の椅子を見る。

 そこでようやく、用意された椅子が自分のためであると気が付いた。


 恥ずかしそうに、ゆっくりと腰を下ろした彼女は勢いよく顔を上げては


 「あ、ありがとうございます」


 その言葉は小さな声だったが、確かな感謝の気持ちが込められていた。


 こんな些細なことにお礼を述べる彼女は優しい人だと思った。


 「自己紹介がまだだったね。僕はリヒト。君の名前を聞いてもいいかな」

 「私は……」


 言葉を詰まらせた。悲しげに目を伏せては、また俯く。


 名前を尋ねただけなのに、どうしてそんな顔をするのだろう。


 「レ……レッティ」


 小さな小さな声。それでも、僕は彼女の、レッティの声を聞き逃したりしない。


 「レッティ。何かお礼をさせてくれないかな。ソメイユのことを教えてくれたから、兄上は朝から体調が良くなったみたいなんだ」

 「お兄様はご病気か何かで?」

 「ううん。疲れが溜まってるんだ。それなのに、全然眠れなくて」

 「それなら、ソメイユの中に蜂蜜を入れるといいですよ。疲れやストレスが和らいで、体を癒してくれます」

 「君は物知りだね。専門家でさえ知らないことを知っている」

 「いえ。“なぜだか知っている”んです」


 ──知らないことを知っている?


 その言葉は謙遜ではなかった。彼女自身も理由はわからないが、昔から植物に関する不思議な知識が体に染みついていたらしい。

 しかも、一般には知られていないことばかり。


 例えば、ロカイという植物。見た目は分厚くトゲトゲしい。

 炎症を抑えるものだが、実はハンドクリームとしても使える。

 材料も手に入れやすいため、自宅でも簡単に作れるそうだ。


 「レッティはすごいね!」

 「い、いえ。そんなことは……」

 「あるよ!ねぇ、オルバス」

 「はい。レッティ嬢の知識には驚かされます」


 と、彼も感嘆の声を上げた。


 僕達の深い感心はレッティには届かない。「そんなことない」と首を横に振るばかり。


 「ねぇ、レッティ。どうして君はずっと俯いてるの?」

 「ぁ、っ……だって、私、そばかすだらけで醜いから。私の顔を見たらきっと、不快な思いをさせてしまう」


 彼女の声は震えていて、その言葉には深い悲しみがこもっていた。

 まるで自分の存在を否定してしまうかのようなその言葉に、僕は胸が締め付けられる。


 「そうかな?」


 僕は少し身を乗り出した。


「顔を上げてみて」


 レッティは戸惑いながらも、ゆっくりと顔を上げる。


 「可愛いよ、とても。嘘じゃない。本当に」


 確かに顔には無数のそばかすがあったけれど、それがレッティの魅力を損なっているとは思えなかった。


 しばらく見つめ合っていると、そよ風がレッティの髪を優しくなびかせた。


 その風に現実へ引き戻されたかのように、レッティははっと目を見開く。


 次の瞬間、勢いよく視線を逸らした。


 「ご、ごめんなさい。でも、私は本当に醜いし、髪も爪も、全部ボロボロで……」

 「レッティ。あのね。僕は五年前まで、すっっごく太ってたんだ」

 「…………はい?」


 キョトンと目を丸くするレッティに微笑みながら、僕は話を続ける。


 「僕は食べるのが好き。というか、美味しいって言うと喜んでくれる料理人の顔が好きなんだ」


 王宮では毎日、最高級の食材を使った料理が並ぶ。どれも飽きさせないために工夫が凝らされていて、本当に美味しい。そんな感想を口にすると、料理人達はもっと腕を振るってくれる。品数もどんどん増えていった。


 彼らが僕を喜ばせたい一心で作ってくれていることは知っていた。だから、どんなにお腹がいっぱいになっても、決して残さず食べ切った。

 残った料理は捨てられる。残してしまったら捨てられる。そんなことになったら、料理を作ってくれた人だけでなく、料理にも失礼だ。

 

 朝昼晩と食べ続けていれば、どんどんと体重は増えていく。

 しかも、あの頃の僕は背も低くて余計にみすぼらしい姿が目立ってしまう。


 王族の品位を僕一人のせいで落とすわけにはいかなかった。

 自覚があったからこそ社交の場に顔を出したことは一度もない。


 一時はこのままでもいいと思っていたけど、兄上の即位式の日取りが決まった。

 弟である僕が欠席するわけにはいかず、変わる決意をきた。


 僕に料理やお菓子を作ってくれる彼らに、食べるのを控えたいと告げるのはあまりにも辛かったが言葉を飲み込むわけにはいかない。


 勇気を振り絞って一歩を踏み出した。彼らの前で、僕は正直な気持ちを伝えた。


 彼らは落胆するわけでもなく、僕を悩ませていたことを謝られてしまった。


 その日から、僕の食事メニューは一変した。これまで通りの美味しい料理は控えめにし、体に優しいものを選ぶようにした。そして、その分、運動の量をこれまでの倍に増やす。ランニングや筋トレ、ストレッチを毎日欠かさず続けるうちに、体は徐々に軽くなっていく。

 気づけば、身長もかなり伸びていて、自分自身の変化を実感していった。


 何よりも心強かったのは、オルバスの存在だ。彼は僕の身を守る術として剣術の訓練に付き合ってくれた。オルバスの支えがなければ、ここまで続けられなかっただろう。


 「あの頃は鏡で自分を見るのも嫌だった」


 だから、必死に見ないようにした。鏡には布を被せて。

 自分に自信がなかったわけではない。


 ただ……自分で自分を見ないことで安心していたんだ。この世に僕という人間は存在していないのだと。そう思うことで僕は……。


 「僕なんかと比べると、レッティは醜くなんてないよ」


 当時の僕を知っているのは家族とオルバス。料理人達と数人の使用人だけ。


 社交の場に顔を出さない理由は、人前が苦手だからと、何ともありきたりな理由だったけど誰も疑いはしない。

 過去に同じ理由で表舞台に出なかった王子がいたからだ。


 ダイエットが成功して、兄上の即位式も無事に終わった。新しい王の誕生は、国に新たな歴史を刻む瞬間でもある。


 ずっと感じていた王族の品位を落とす外見ではなくなった僕は、依然として社交界に足を踏み入れることはなかった。


 「だからね、レッティ。自分を醜いだなんて言わないで」

 「リヒト様は私と違います。だって、リヒト様は私が出会った人の中で一番綺麗だから」

 「え……?」

 「え?」


 その言葉は無自覚に発せられたものだったのだろう。僕も彼女も、思わず顔を見合わせた。


 しばらく沈黙が続く。時間が止まったかのように、お互い見つめ合ったまま。

 まるで世界に二人だけのような、そんな静寂さ。


 なぜだろう。


 レッティの顔から目が離せなかった。


 耳に聞こえてくるのは僕の鼓動。普段よりも速く、不規則に響いている。


 呼びかけようとした瞬間、彼女は勢いよく立ち上がり、顔を真っ赤に染めたまま、風のようにその場から消え去った。


 あまりにも突然すぎることだったのに、僕の頭はしっかりと状況を理解している。


 同じ相手に二度も逃げられるなんて、もう笑うしかなかった。

 どうやらオルバスも同じ気持ちらしい。

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