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「父上はなぜ、僕を新たにスカーレット嬢の婚約者に選ばなかったんですか?」
力なくリックフォードが出て行くと、アルフォンソは静かに疑問を口にした。
「僕は人を見た目で判断しません。しかも、こんなに優しい心を持った人なら尚更」
アルフォンソは窓辺に立ち、手にした手紙をそっと見つめていた。それはスカーレット嬢からリックフォードに対する思いが綴られたもので、彼女の優しい心がにじみ出ている。
かつての婚約者。たった一ヶ月だったが、確かにリックフォードを変えてくれた。
だが、そんなことにも気付かない未熟で自分勝手なリックフォードは、彼女の心を傷つけてしまった。
「あんなバカを一度でも婚約者にしてしまった家から、また別の男をあてがわれるのはスカーレット嬢を侮辱することになる」
「確かに。僕の考えが足りませんでした」
アルフォンソは自分の考えの甘さを認め、深く反省した。
「私はスカーレット嬢に直接、詫びることも出来なかったのか」
スカーレット嬢はすでにこの世を去り、彼女の魂は天に還っていた。もう会うことも、言葉を交わすことも出来ない。もし彼女が私を憎み恨みながら去ってしまったのだとしたら……。
どれほどの謝罪の言葉を重ねても、届くはずがない。スカーレット嬢に会いに行くべきだったのに、忙しさを言い訳にしてしまったあの頃の私は、リックフォードと同じく未熟で愚かだった。
スカーレット嬢が結晶石に選ばれると知っていたら、私は違った行動をとっていただろう。
──……いつ?
小さな疑問が浮かび上がる。
スカーレット嬢は天に還ったと言っていたが、亡くなったと正式に聞いたことがない。
──本当に亡くなったのか?
結晶石に選ばれた者は、死神が迎えに来るまでの猶予期間が一年あると言われている。
もしもスカーレット嬢が亡くなっていたのなら、葬儀が行われているはずだが、その痕跡すらなかった。
リックフォードが平民の娘と婚約発表をしたのなら、年内に亡くなった可能性は極めて低い。
となると、今はまだ結晶石に選ばれただけ。
逆に言えば一年後にはこの世を去ることが確定しているため、天に還ったと断言した。
詳しいことを聞きに行きたかったが、顔を見たら警備隊に通報してしまいそうで、一晩頭を冷やすことにした。
朝になり部屋を訪ねると、そこには誰もいなかった。
随分と早い出発。最後に残ったプライドが留まることをさせなかったのか。
公爵家の一員ですらないリックフォードのために、馬車を出す御者はいない。
そのため、荷物を最小限にまとめる必要があり、ほとんどの物を置いていったようだ。
もう昔のように関心はない。部屋に誰もいないとわかった瞬間に扉は閉めた。
今後、この部屋を使う者は一人もいない。残った物は全て処分して、部屋には鍵をかけて誰も入れないようにする。
日が完全に昇り、リックフォードをヘルサン家から除名する書類を作成していると、ノックもなしに大勢の人間が入ってきた。
一番後ろには我が家の執事がいて、何とも困り果てている。
──力ずくで制圧しても良かったんだがな。
「初めまして、公爵様!!私達はジュエール家に仕えていた使用人です」
先頭に立った女性は胸を張って堂々と自己紹介を始めた。
リックフォードの紹介で働きに来たと言っているが、意味がわからない。
伯爵家に仕えているなら、そのまま働けばいいのに、わざわざ来る理由とは。
その理由とやらを聞いてもいないのに話し出すのだから迷惑極まりない。
伯爵夫妻とお嬢様が旅行に出掛けて屋敷に主人が不在。このままではタダ働きになるから、公爵家に働きに来てあげた、と。
旅行に行っているのなら帰りを待てばいいものを。
「人手は足りている。新たに人を雇うつもりはない。お引き取り願おう」
冷たく言い放った。しかし、引く様子はなくむしろ一歩前に出ては
「私達がいかに優秀な人間かを聞けば、きっと公爵様も私達を雇いたくなります!!」
その言葉を聞いて思わず眉をひそめた。
ここにもいたのか。自らを優秀だと言う人間が。
しかも、一人ではなく全員が本気でそう思っている。
信頼していた息子に大きな失望を味わったばかりだった。
周囲を顧みずに自分の才能だけを信じ続けた。たった一人の優しさにも気付かないで。
そんな人間と関わりを持つことがどれほど疲弊するか、私は嫌というほど痛感している。
自分に自信を持つことが悪いとは言わない。だが、度が過ぎれば、それは自己中心的な振る舞いとなり、周囲を疲弊させる。
今まさに、私がそうなっているのだ。
頭が痛くなる前に追い出そうとした瞬間、彼女達が語る“仕事”の内容に驚愕した。言葉を失うとはこのこと。
同業者の執事も開いた口が塞がらない。
「公爵様。おわかり頂けましたか?私達がいかに優秀な人材かを」
「もう一度……言ってくれるか。今、なんと言った?」
「公爵様。おわかり……」
「その前だ!!お前達の仕事!!」
「あぁ、そちらですか。まず、常にルビアお嬢様の機嫌を損ねる赤毛の躾。あのような者に届く手紙も破棄もします。読んだら返事を書かなくてはなりません。そんなの紙がもったいないですから」
「食事はルビアお嬢様が残された物を。味もわからない奴に俺の料理を食わせるのは嫌だったが、ルビアお嬢様がどうしてもというから食わせてやりました」
「朝は起きるのが苦手なようなので、わざわざ水をかけて起こしてあげるんです。これで顔を洗う手間も省けて一石二鳥」
「あんな汚い屋根裏部屋を掃除したって綺麗になるわけもないので、時間を有効に使うため放置するんです」
本気でそれらが正しいとでも言うかのように、嬉々として語るその姿は忠誠心の欠片もない。
話される内容はあまりにも非現実的で、思考が止まりかけた。私が聞かされていることは真実なのか。
そして、極めつけが
「あの赤毛。ルビアお嬢様の誕生日に、死神に連れて行かれたんですよ。赤毛の死以上に嬉しいプレゼントは他にありません」
「ルビアお嬢様も喜んでおられたな!リックフォード様と結婚出来るだけではなく、赤毛が死んでくれて」
「当然よ!死神が結晶石を届ける相手を間違えたせいで、ルビアお嬢様の心は傷ついたんだから」
頭を殴られた衝撃。
は……?スカーレット嬢が昨日のうちに亡くなった?
何を言っている。昨日は平民の娘の誕生日であり、婚約発表をしたのだろう。身内が亡くなった当日に、パーティーを開くだけではなく、めでたい婚約発表をするなど……!!
彼女達の話はつまり、結晶石に選ばれたのは平民の娘であり、その役目をスカーレット嬢に押し付けた。
しかも、スカーレット嬢の死体は昨日からずっと放置したまま。
めでたい日だからこそ、汚らわしい物に触れたくないと口走る女性の腕を静かに掴んだ執事は、そのまま力強く捻り上げてその場に押し倒した。
我慢の限界だったようだ。同じく主に仕えるべき人間の言葉とは思えない。
床に体を強打した痛みに顔が歪む。
他の者も突然のことに目を丸くして驚く。
「警備隊を呼べ!今すぐに!!」
私の怒りは異常な空間を切り裂いた。
突如として緊迫した空気に包まれ、彼女達は困惑気味。
警備隊の出動は犯罪が絡むときだけ。よもや、自分達が犯罪者だとは欠片も思っていない。
騒ぎを聞きつけたアルフォンソに指示を出すと、状況の判断をするより先に踵を返そうとした。
そのとき、アルフォンソの肩に優しく手を置いたのは妻だった。
「警備隊なら呼びました。もうすぐ到着するかと」
その声は落ち着いている。妻はアルフォンソの動きを静止させ、深く息をついた。
「申し訳ございません。立ち聞きをするつもりはなかったのですが、あまりにも酷い内容だったので足が止まってしまいました」
数分もしないうちに警備隊副隊長が到着し、少し遅れて数人の部下も現れた。
揃いの隊服に身を包み、腰には剣を差している。
警備隊副隊長は妻の弟。私の義弟でもある。
「こ、公爵様!?」
「我々は罪人ではありません!!」
「貴族殺しが何を言っている?」
冷たく、吐き出した言葉はナイフとなり確実に彼女達の体を貫く。
この際だ。公爵家への不法侵入は目を瞑ってやる。そんなものより、もっと明確な罪でその身を裁く。
私の言葉の意味が理解出来ない彼女達は、罪人は赤毛だと繰り返すばかり。
「スカーレット嬢は正統な貴族だ。そんな彼女に虐待の域を超える仕打ち。それも!!使用人が全員グルになって行うなど」
「虐待!?あれは躾です!!」
「使用人如きが主人を躾けるだと?笑わせるな!!仕えるべき主を見失うだけでなく、数々の虐待。そして……スカーレット嬢の殺害。楽に死ねると思うな」
「…………殺害?」
間抜けな声。
その瞬間、場は静まり返った。誰もが言葉の意味を飲み込もうとしていた。
大量の汗をかき、呼吸が乱れる。
勝手に部屋から逃げ出そうとする者の顔を容赦なく殴る義弟は手加減なんてものはしていない。
体は派手に飛び、痛みからその場にうずくまる。
「こ、公爵様は何か勘違いしておられます。あの赤毛は盗っ人。罪人です」
「スカーレット嬢が貴女達から何かを盗んだとでも言いたいのかしら?」
温厚な妻が怒っている。いつだって笑顔を絶やすことのなかった顔に感情がない。
「私達ではなくルビアお嬢様からです!!あの赤毛!!ルビアお嬢様から健康な体と伯爵令嬢の身分を盗んだ!!」
「どこまでも笑わせてくれるな。母親が違う時点で、その話は成立していないだろう」
二人を産んだのが父親である伯爵だったら、その可能性はあったかもしれない。
長い沈黙が流れた後、ようやく理解したのかハッとした。
仕事と称してやっていたのは虐待そのもの。
暴言や暴力だけでは飽き足らず、スカーレット嬢を奴隷のように扱うなど……!!
加えて精神的な圧迫。それらは決して彼女のための教育や躾ではなかった。
貴族である彼女に対して非道な振る舞い。彼女は日々、心身ともに傷つけられ、自由をも奪われていた。
正統な貴族に対して、平民の使用人が取るべき行動ではないと、なぜ、当時にわからなかったのか。
先程から口にしている「ルビアお嬢様」は所詮、平民の娘。貴族の血を引いていようとも、当主にはなれない。
平民を伯爵夫人にした時点で、ジュエール家の未来はないも同然。
正統な貴族の血を引く子息を婿養子に迎えて、当主の座を継いでもらうことで体裁が保てる。
それでも、他の貴族よりも格が下がることに変わりはない。
だからこそ。公爵家との繋がりが必要だった。ジュエール家が貴族としていられるように。
それらを伝えると顔面蒼白のまま互いに視線を交わらせる。
本当にそんなこともわかっていなかったのか。
「この者達がスカーレット嬢に何をしたのか。全て吐かせろ。やり方は任せる」
「承知致しました。義兄上。罪人を連れて行け!!」
「「はっ!!」」
「ふ、ふざけないで!!私は悪くない!!」
「そうだ!!俺達は仕事だからやっただけだ!!」
彼女達の言葉は荒々しく、必死に逃げようとしていたが、義弟の剣が抜かれた瞬間、空気が凍りついた。
「足の一本でも斬り落とせば大人しくなるか?」
その言葉に、誰もが震え上がる。
自分達に向けられた剣に慈悲など存在するはずもなかった。罪人に対して情けなどいらない。引きずってでも連れて行くつもりでいるのだ。
突きつけられるのは剣と冷たい視線の数々。
ようやく静かになり、抵抗の意志をも失い、無言で連行されていった。
その様子を見送り、私達はすぐさまジュエール家へと向かう。




