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十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。  作者: あいみ
公爵の場合

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2

 カメリア・ジュエールの死は突然だった。


 葬儀はその日のうちに執り行われていた。家族の強い希望で、外部には一切知らせずに進められたため、誰も故人に別れを告げられなかった。


 私は偶然、使いに出していた執事から葬儀場にジュエール家がいたことを聞いて、すぐに向かったが到着したときには既に火葬されている最中。


 周りのことなど目に映らないほど私には、母親の死を受け入れられない痛々しい少女だけが目につく。


 燃えるような赤毛に、母親譲りのそばかすが頬に散らばっている。まだ幼いその顔には、深い悲しみと混乱が刻まれていた。


 遠目からでもよくわかる。あの子がジュエール家長女、スカーレット。カメリアの娘。


 私は声をかけたかったが、言葉が喉の奥で詰まった。彼女の前で母の死を思い出させるのは酷だと思い、どう慰めていいかわからなかった。


 スカーレット嬢はカメリアの死を受け入れられず、孤独に震えている。


 私にとってカメリアは特別で大切な存在。だが、それはスカーレット嬢にとっても同じ。

 母親を失ったスカーレット嬢のほうが悲しみは大きいだろう。


 ──私があの子のためにしてあげられることは……。


 馬車の中で書いた手紙と、今後のスカーレット嬢のためにと包んだお金を当主でもある伯爵に預けた。


 後妻がどうなるかわからないが、スカーレット嬢の環境が変わることは間違いない。所詮、私は赤の他人でしかないが、助けたい気持ちは本物。


 伯爵の隣にいるのが愛人。なるほど。男が好きそうな顔と体をしている。

 娘のほうは顔色が悪い。体が弱く病弱だと言っていたな。


 だが、どうでも良かった。私はただ、スカーレット嬢の心が潰れ、壊れてしまわないか。それだけが心配だった。


 「もうよろしいのですか?」

 「あぁ。私とカメリアの関係は公にはしていないからな」


 手紙にはスカーレット嬢が望むならカメリアの実家であるフルール家に戻れるよう力を貸す旨を綴った。


 無理やり連れ出すつもりはなく、本人の意志を尊重したい。


 しかし、返事は一向に届かなかった。日が経つにつれて、カメリアが私の存在を誰にも話していない可能性に気づき、私は早まったことをしてしまったと深く後悔した。


 母親を失ったばかりの子供に、思い出が詰まった屋敷を離れることを勧めるのは、最低な行為。


 しかも、接点もない公爵家の名前が書かれていたら警戒するのも当然。何らかの事件に巻き込まれると手紙を捨てるかもしれない。


 私はただ、彼女の力になりたかった。その純粋な想いだけが、私の行動を動かしたのだ。


 「ヘルサン公爵」


 ある日の昼下がり。私の元を訪ねてきたのはカメリアの兄であるフィオーレ。彼もまた、妹を失った悲しみに沈んでいた。


 たまに侍女の代わりにカメリアの付き添いで、菓子を買いに来ていたフィオーレとは面識があり、小さな繋がりではあるものの友人という関係を築いた。


 「先程、ジュエール家に行ってきました。正式に愛人を伯爵夫人に迎えるそうです」

 「……バカなのか?」

 「バカなんだと思います」


 愛人が後妻に収まることは珍しくないが、生粋の平民にその座を与えるということは……。

 これからの貴族社会で笑いものになる。そんなこともわからないのか。


 このままではスカーレット嬢が当主になったところで、ジュエール家に栄光はない。


 「それで、スカーレットに一緒に暮らさないかと提案したところ断られました。カメリアと過ごした屋敷を離れたくないと」

 「…………そうか」


 母親を失ったばかりのスカーレット嬢に対して、時期早々だったかもしれないが、フィオーレの気持ちもわからなくはない。


 「それで、公爵にお願いがあります。スカーレットを見守ってくれませんか?」

 「最初からそのつもりだ」


 どうしても離れない。あの日のスカーレット嬢が。

 絶望のどん底に落ちたまま、手を伸ばすことなく沈んでいきそうな姿に、私は声をかけるべきだったのだ。


 苦しめるかもしれないと、気持ちを理解したつもりでいて一歩下がったことが悔やまれる。


 ──やり直したい。あの日を。


 三年後。リックに婚約者となる令嬢はスカーレット嬢がいいのではと勧めた。


 伯爵夫人が変わり、これまでジュエール家と縁のあった家門は徐々に距離を取りつつある。

 潰れないにしても、肩身の狭い思いをしているのは確か。


 正統な貴族であるスカーレット嬢が公爵家に嫁いでくるのだから、残されたジュエール家の再建に力を貸すつもりではある。


 公爵家との繋がりがあれば、これ以上の風評は防げるはず。


 平民の娘の結婚相手は、下級貴族から家督を継げない次男か三男に頼むつもりだが、了承してくれるかどうか。


 貴族のパーティーに平民の娘が招待されることはない。例え、貴族の血が半分流れていようとも。


 「ジュエール家の長女、ですか……」


 極度の人見知りだからと、社交には一切顔を出さない令嬢との婚約をかなり渋っていたが、半ば強制的に会いに行くように命じた。


 多くの家門から婚約の話がきているだけでなく、何度も令嬢達と顔合わせをしているリックフォードはうんざりしている。


 次期当主。公爵家との繋がり。下心を隠せない者との会話はストレスが溜まるようだ。

 それでも、政略結婚とはそういうものだと、諦めている節もある。


 「わかりました。会うだけ会ってみます」


 スカーレット嬢の屋敷を離れたくない気持ちは尊重するつもりだ。

 結婚しても本人が望むなら無理にこちらに来る必要はない。心が落ち着き、準備が出来るまでは。


 スカーレット嬢が社交界に姿を現さないのは、彼女が望まないからだけではないだろう。彼女の頬に広がるそばかすが、周囲の冷ややかな視線を呼び、彼女自身を閉ざしてしまっているのかもしれない。


 そばかすだらけの顔が嫌いだと、カメリアもよく零していたのを覚えている。社交の場では笑いものにされ、顔を上げることすら怖くなっていた。


 必要最低限のパーティーには出席するが、目立たないように壁の花となる。


 そんなカメリアを支えたのが当時の、現ジュエール伯爵。


 伯爵は誰よりも近い距離でカメリアを見守り、一度もそばかすを気にすることなく接していたそうだ。

 その優しさに救われたと、心から嬉しそうにその思い出を語ってくれた。


 だから私は諦めたんだ。カメリアがあまりにも、表情で、声で、伯爵が好きだと言っていたから。


 好きな人を困らせたくないからこそ、友人であることを選んだ。

 想いが溢れて暴走しないように、自身を偽り続けた。


 私も彼女に、自分はそばかすなど気にしないと伝えた。だが、その言葉はお世辞と受け取られ、私の本心は伝わらない。


 スカーレット嬢もきっと同じなのだろう。そばかすのことを気にしすぎて、あまり人前には出たくないと殻に閉じこもってしまった。


 身内の言葉だけでは、閉ざされた心は開けない。


 カメリアにとっての伯爵、すなわち無条件に受け入れてくれる誰かに、まだ出会わなければ。

 そして、その相手がリックであることを切に願っていた。


 その日の夜。あんなに嫌がっていたリックは、スカーレット嬢のことをよく知らないまま断るのは失礼に値すると、それだけを私に伝えた。


 いつもの雰囲気が少しだけ柔らかくなり、ここにはいないスカーレット嬢を思い出しては自然に口角が上がる。


 次の日も、その次の日も、リックは朝早くに屋敷を出て行った。まるで待ち焦がれた約束を守るかのように、その足取りは軽やかで、目には楽しそうな光が宿る。


 リックの明らかな変化にアルフォンソだけでなく、マーケルも感心していた。

 どこか機械的だったリックが、まるで人間みたいだと。


 リックが変わり始めたとき、私の元に手紙が届いた。差出人はスカーレット嬢。


 三年前の返事が届いたのか。

 心臓が大きくはねた。封を切ることさえ緊張している。


 深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、ゆっくりと目を通していく。


 その内容は私が望んでいたものではないが、自然と涙が溢れた。






『拝啓、公爵様。


 突然このようなお手紙を差し上げる無礼をお許しください。


 リックフォード様のことでお願いがあり、筆を取らせていただきました。


 我が家に足を運んで下さるリックフォード様の表情はどこか硬く、瞳には疲労の色が滲んでいました。


 次期公爵として学ぶべきことがあるのは承知しております。しかし、どうか、勉強の時間を減らしていただくことは可能でしょうか?


 公爵家の未来のため、リックフォード様が無理をして体を壊してしまったら、誰もそれを取り戻すことはできません。


 リックフォード様はいつも真面目に、そして一心に公爵家のために努力していることは存じ上げております。


 真面目すぎるために周りに心配をさせないように、弱音を吐かずに疲れさえも隠しているようにも見えました。


 その立場ゆえに、全てを背負い込もうとされるお方であると存じます。しかし、それではご自身が壊れてしまいかねません。


 しがない伯爵令嬢が栄光ある公爵家に意見するなど、おこがましいと存じ上げております。


 ですが、私はリックフォード様に、少しでも心と体を休める時間を持ってほしいと願っています。


 公爵としての責務は重く、果てしないものであることは重々理解しております。


 ですが、取り返しのつかないことになる前に、公爵としてではなく父親として、息子であるリックフォード様のためにご決断をして頂けないでしょうか?


 どうか、公爵家の未来のために、公爵様にもそのことをご理解いただき、リックフォード様が少しでも楽になるようにご配慮いただければ幸いです。


 最後になりますが、リックフォード様の未来が明るく輝かしいものになること、そして、公爵様のご健康と公爵家のますますのご繁栄心よりお祈り申し上げます。』






 それは紛れもなくリックフォードを案じてくれていた。

 無理をする姿がカメリアの最後と重なったのか、誰よりも心を痛めて、悩みながらも私に進言してくれたのだ。


 あれから、たった三年。深い悲しみが癒えるにはまだまだ時間が足りない。


 それなのに……。会って間もない他人を気遣う心は純粋さ(やさしさ)そのもの。


 「あなた?どうしたのですか?」


 心配そうな表情を浮かべながら差し出してくれたのは、スカーレット嬢が妻のために椿を刺繍したハンカチ。

 その繊細な刺繍は美しく、使うことがもったいなく感じてしまう。


 私は妻に手紙を渡し、読んでいる間に涙を拭った。


 「まぁ。なんて優しい人なのかしら。まだ出会ったばかりだというのに。息子のことを良く見てくれているのね」


 表情が綻ぶ。まだ会ったこともないスカーレット嬢への好感が上がった。

 こんなにも他人を思いやれる貴族はほとんどいない。


 リックフォードに無理をさせていることは私達もわかっていた。本人のやる気と、弱音を吐くこともなかったので現状を維持していたが、スカーレット嬢の言い分は正しい。


 無理を続ければいずれ壊れる。リックフォードのことだ。壊れたことさえ隠して、立派な公爵になるために、また無理をする。


 妻と相談して、リックフォードの勉強の時間を減らした。


 そして……。一カ月もすればリックフォードはなぜか、スカーレット嬢ではなく平民の娘との婚約を強く望む。


 いや、望んでいるのではない。最初から自分の婚約者はスカーレット嬢ではなかったと思い込んでいた。


 ──このバカは何を言っている?


 平民の娘は正統な貴族ではない。由緒正しい公爵家の一員にはなれるはずがないのだ。


 そんなこともわからずに、妄言ばかりを口にするリックフォードに失望した。絶望ではない。失望だ。


 人を見た目で判断するなど愚行そのもの。


 「正式な婚約破棄の手続きをしたのち、新たにその娘と婚約をすること。それが条件だ」

 「ですから!!俺の婚約者は最初から……」

 「嫌なら認めんぞ」

 「ぅ……わかりました」


 書類はこちらで用意をするからと、部屋から追い出した。


 頭が痛い。リックフォードはもっと賢いと思っていたが、私には見る目がなかったようだ。


 これ以上の期待をする必要はない。

 勉強の時間が減ったことに対して、自らが優秀だからと答えるのはバカである証拠。


 婚約破棄の書類にはリックフォードを次期後継者から外すと添えた。


 これくらいの代償は支払うべきだ。一方的な婚約破棄に加えて、あろうことか義妹と新たに婚約を結ぶのだから。


 いや。これは代償ですらないな。平民の娘を選ぶということは、そういうことだ。


 婿養子となり伯爵家に嫁ぐ。


 自らの手で公爵の座を退いた。それだけのこと。


 私には息子がもう一人いるため、リックフォードが伯爵家に嫁いでも困りはしない。


 平民の娘と結婚してもいいと言ってくれた男爵家に、本件が白紙に戻ったことを伝えなければ。


 「スカーレット嬢には悪いことをしたな」


 あの日、私がリックフォードを婚約者に強く勧めてしまったことが、すべての悲劇の始まりだったのだ。もしあのとき、もう少し慎重に行動していれば、こんなにも彼女を傷つけることはなかったのに。


 謝罪の言葉は何度口にしても足りない。手紙を書いても返事は来なかった。


 あんな男に関わった過去を思い出させる私の言葉など、彼女は聞きたくもないのだろう。


 当然だ。他の誰でもない義妹を、ましてや平民の娘を選んだ男。怒りが湧き上がらないわけがない。


 私自身、理解しているのに最低限の常識さえ捨てるわけにもいかなかった。

 謝罪は必要だとわかっていても、それが彼女の苦しみを和らげるわけではない。むしろ、彼女の心に新たな傷を刻むだけだ。


 スカーレット嬢の様子が気になり、従者に屋敷の前を見張らせていたが、報告はいつも同じで、彼女の姿は一度も見られなかった。


 使用人を募集していないのに無理に屋敷に入り込もうもすれば、かえって怪しまれるだけ。


 社交の場にも一切、顔を出さない。

 我が家に招待したいが、足を踏み入れることすら嫌悪するだろう。


 私が直接、伯爵家に行くしかないと決断したとき、まるで天がそれを阻止するかのように各地で災害が発生した。


 大規模な嵐は大雨だけではなく土砂崩れや水害をも引き起こす。

 人的被害も多く、王宮に勤める者は全員が泊まり込んで策を講じることになった。


 その後もフィオーレの噂を聞きつけた遠国の大使が次々と足を運び、我が国と交友を結びたいと申し出てくれる。

 フィオーレがいる国なら信頼が出来ると、彼らは口を揃えて言う。


 状況が状況なだけに話し合いは延期となり、とにもかくにも二次災害を食い止めることと、重傷者の治療の最優先。

 全員とはいかないが多くの貴族が復興のために力を貸してくれた。


 やるべきことが山積みとなりほとんど毎日、帰ることは叶わず屋敷のことは妻に任せきり。

 領地の復興もあるため、私も妻も余裕がなかった。アルフォンソは被害の規模をその目で確かめるため、友人達と各地に赴き、改善点を手紙で送ってくれる。


 リックフォードの影に隠れていただけで、アルフォンソが持つ才能の片鱗を確かに見た。


 ──私が選ぶべきはアルフォンソだったのか……。


 朝から晩まで他のことを考える余裕がないほど、初めての大災害。


 それでも。忙しいを理由にするべきではなかった。

 余裕がなかったからと後回しにするべきではなかった。


 無理をしてでもスカーレット嬢に会いに行くべきだったと後悔したのは、長い月日が流れたとき。

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