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カメリアと出会ったのはずっと昔。まだ子供の頃だった。
私には家族にさえ隠しておきたい秘密があり、それをカメリアに見られたのが始まり。
「ヘルサン小公爵様?」
とある店から出てきた私と、その店に入ろうとしたカメリア。
目を丸くして驚きながらも、その声には確信があった。
パーティーで何度か見かけたことがあるだけで、話したことはない。
──秘密を知られてしまっただろうか?
私は言い訳を探した。
「こ、これは、その……」
だが、笑ってしまうことに言葉が何も浮かんでこない。
頭が真っ白になってしまったのだ。
次期公爵として育てられた私は、常に完璧であることを求められていた。感情を押し殺し弱さを見せることは許されず、特に好きなものに関しては誰にも知られてはならなかった。
甘い菓子、それは女性の嗜好とされ、男が公に好むものではない。ましてや、自ら店に足を運んで買うなど、絶対に許されないことだった。
生クリームがふんだんに乗ったケーキや、蜂蜜を大量に使った菓子が特に好きだ。
招待をされるパーティーで令嬢達が食べるのを見て、何度も羨ましいと思った。
好きなものを好きと言ってはならない。本当の自分を偽らなければ、いつか足元をすくわれる。
当時のカメリアやフルール伯爵家に悪い噂はなく、口止めさえしておけば大丈夫だろうと思っていた。
だが、私の思いとはよそにカメリアは
「この店のオススメはバタークッキーなんですよ。知っていましたか?」
「いや……。私はケーキしか買わないからな」
「それではぜひ、次はクッキーも食べてみて下さい」
それだけだった。カメリアは侍女と共に店に入って行く。
当時の私にとってあの日のカメリアはとても新鮮で、その優しさに救われた。
純粋で裏表がない。媚びようとする気配さえなかった。
ただ本当に、好きな物を私に教えてくれただけ。
それから何度かその店で顔を会わせるようになったが、それ以上の進展があるわけではない。
関係性を進めてはいけないと私が察したからだ。
カメリアが誰を想っているのか、話を聞いていればおのずと答えは出る。
私のことを友人と思っているカメリアの負担にもなりたくない。恋心など胸の奥底に隠してしまえばいいだけのこと。
自分を偽るのは得意だ。ずっとそうやって生きてきた。
本当に大切で、好きなものは誰にも知られてはいけない。隠し通すと決めた。
この恋は私だけが知っていること。
身分が高い私からの申し出は命令になってしまう。断る権利を奪う告白などしてはならないのだ。絶対に。
次の約束をするわけでもなく、お忍びで買いに行ったとき、たまたま出くわすだけの関係。言葉を交わせないときもあるが会えるだけで幸せを感じていた。
とっくに特別になったカメリアに想いを伝えることなく、たまに会うだけだった私達は成長にするにつれて、あの店に行くことはなくなっていたのだ。
私達はそれぞれの役割を全うしていた。私は公爵としてヘルサン家を守り、カメリアは伯爵夫人として夫を支えている。昔のように自由に、ワガママを言える立場ではなくなっていた。
そんなカメリアと再会したのは本当に偶然。
街の薬屋で熱心に棚を見ている彼女の背中を見つけて、声をかけた。
「小公……いえ、ヘルサン公爵様」
「かしこまらなくていい。何をしているんだ?」
「薬を探していまして」
「怪我をしたのか?」
「私ではなくて。その、娘が……」
カメリアは少し俯きながら呟いた。
随分と歯切れが悪い。どうやら娘というのは実娘ではなく、愛人の娘のようだ。
伯爵が大層美しい平民を愛人にしたと。子供も生まれたと噂は耳にしたが、まさか伯爵夫人であるカメリアが愛人の娘のために薬を買いに来るとは。
正妻でもあるカメリアが、本来ならば恨むべき愛人の娘の心配までする優しさはあの頃と変わらない。
むしろ、子を持つ母として優しさはより一層強くなっていた。
「体が弱くて数年しか生きられないの」
「それで効く薬を探しているのか」
そして、なかったのだろう。
病弱な少女のために、あらゆる薬を試してきた。それでも効果はなく、諦めきれずに今日も薬屋の棚を探し続けている。
変わらない優しさ。他人を思いやれるカメリアはあの日と同じ。
私が恋焦がれたカメリアがそこにいる。
「パナシア薬は試したか?」
「いいえ。あれはとても高価な薬で、私達にはとても手が出ないから」
「余っている分でよければ、貰ってくれるか」
「え……?なん……」
「妻の弟が病にかかってしまってね。かなり重症だったためにパナシア薬を買ったんだ」
万能薬と呼ばれることがあり、義弟はすっかり元気になった。
腐る物でもないので保管していたが、それから、誰かが大きな病にかかることはなくパナシア薬の出番が訪れることはなかった。
──それはそれで良いことだが。
「ダメよ。そんな高価な薬。貰えないわ」
「カメリア。私を友人一人助けられない情けない男にしないでくれ」
「本当にいいの?」
「三日分程度しかないがな。すぐに持ってくるから、待っててくれ」
元々、簡単に切れてしまう細い糸で繋がっていたような関係。
カメリアが私と友人であることを口にしない以上、不必要にこちらから近づくことは許されない。
馬車は少しだけスピードを上げる。あまりカメリアを待たせたくないから御者に頼んだ。
往復で三十分とかからず戻ってきた私に、カメリアはオススメのバタークッキーを手渡してくれた。
まだ一度として食べたことはなく、カメリアもそれを知っていた。
子供だったのだ。あの頃の私は。バタークッキーを食べてしまえば、もうカメリアと会えなくなるのではと小さな不安に襲われ、買う勇気が出なかった。
この店に通い続ければ、必ず会えるのに。
目に見えない恐怖は心を支配する。私を臆病にした。
「パナシア薬のお礼にはならないけど……」
「いや。最高のお礼だよ」
駆け巡る思い出の数々。それら全てが、カメリアを好きであると言っていた。
始まり、というにはおかしいかもしれないが、私達の縁を紡いでくれたのはバタークッキーでもある。
「それではまた。ジュエール夫人」
「ヘルサン公爵様の寛大なお心に感謝します」
初恋は初恋のまま、色褪せることなく胸の中に閉まっておく。
時が経てばいつか、思い出に変わる。
想いを口にすることは叶わないが、この幸せを忘れることはない。
カメリアがくれた優しさのおかけで、私は公爵としての道を歩いてこられた。
感謝したいのは私のほうだ。
あの日。偶然にも出会った貴族が他でもない、カメリアで本当に良かった。
それでも、あのとき言えなかった言葉は今も胸にある。




