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「スカーレット様が?」
「ええ。貴女のことを無能な侍女だって。私は貴女がお姉様に尽くしているのを知っているから」
「スカーレット様がそのような陰口を叩くはずがありません」
お嬢様の体を拭きながら、二人の会話を聞く。
赤毛の侍女はまるでお嬢様を見下すかのような態度。
知ってしまった真実を教えてくれたお嬢様になんたる無礼!!
態度を改めるようにメイドが意見するも、侍女は聞く耳を持たない。
一礼して退室する侍女にメイドの怒りは爆発。
あんな赤毛に仕えるような侍女は、主人と同じく醜い心しか持っていない。
なぜ、ああもお嬢様の優しさを踏みにじれるのか。
お嬢様付きの侍女にしてもらえるチャンスを棒に振ってまでも、あんな赤毛に仕える価値なんてないというのに。
あの日から使用人の赤毛に対する態度は変わった。
顔も見たくないからと、赤毛と会わないようにし始めた。
どうしても顔を会わせてしまうときは仕方なくすれ違うが、もう挨拶もない。
貴族ならば、子供だからと甘やかされていいはずもないのだ。大人になれば自分を気に食わない者から無視されることなど日常的。
今のうちから無視されることに慣れておけば大人になっても困らない。
そう、お嬢様が言った。
なんて優しいのか!!
あんな赤毛の将来を考えてあげるなんて、お嬢様の優しさにもっと早く気付いていればと後悔ばかりする日々。
「どうしよう。今のこと、きっとお姉様の耳にも入るよね。そんなことになったら私……本当に殺されちゃう」
「大丈夫ですよ。全て私にお任せ下さい」
震えるお嬢様を抱きしめた。人の体温を感じていると安心するのか、お嬢様の震えは止まる。
すぐさま侍女の後を追ったメイドは、階段を降りようとするその背中を力いっぱい押した。派手に転がり落ちる。
目撃していた他の使用人は何事かとメイドに聞いた。
あの侍女がお嬢様の命を危険に晒そうとしていると簡潔に伝えると、すっかりお嬢様を信じ込む他の使用人は手に持っていた箒で袋叩きにした。
僅かに意識を保つ侍女を、男性陣の力を借りて奥様の部屋へと運ぶ。
「あら、どうしたの?」
奥様の性格は変わった。やはりお嬢様の言う通りだった。
正妻という立場から愛人をいじめ、自分の評価が上がるように仕向けていた。
なんて醜いのか!!
放り投げた侍女が勝手に起き上がらないように、二人がかりで押さえ付ける。
「この女がお嬢様を手にかけようとしたのです!」
「まぁ!なんてこと!!私の娘を……!?貴女、赤毛の侍女でしょ?ご主人様にそうするように頼まれた?」
「正当な貴族であるお嬢様をそのように見下す権利があると思っているのですか。愛人如きが」
「なっ!!奥様に失礼な口を聞くな!!」
「さっさと謝りなさい!!」
「いいのよ。それより、今のは図星と捉えていいのよね?」
無礼な発言さえも許してしまう奥様の寛大な心に使用人は感動するばかり。
愛する娘を殺そうとした犯罪者にさえ慈悲の心を忘れない。流石はルビアお嬢様の母君。
美しいのは外見だけではない。中身もだ。こんなにも完璧な人間が、果たしてこの世に何人いるのだろうか?
「まぁいいわ。貴女。今日限りでクビよ」
「愛人が使用人の雇用を決められるとでも」
「私はね。伯爵夫人になるのよ。当然でしょう?現夫人はもう長くないのだから」
「カメリア様は病に負けるお方ではない!!」
「そう。じゃあ彼女が元気になったら、今の言葉を伝えてあげる。早く荷物をまとめて出て行きなさい」
侍女の目には彼女のどこがどう変わったのか見当もつかなかった。
傲慢で気に食わない者には威圧的。
変わったのは使用人のほうであると、侍女はわかっていた。それを幾度となく本人に伝えようとも、信じたいものを信じる心には何も響かない。
結局、彼女達は人を見た目でしか判断していなかった。それだけ。
「あら、その目は何?犯罪者である貴女を、クビにするだけで許してあげると言っているのに。あぁ、お金ね」
奥様は手持ちがないからと、幾つかの宝石を侍女の上にバラまいた。
キラキラと輝く宝石には見覚えがある。
「ほら。拾いなさい」
「これらは全て奥様の宝石です。なぜ貴女が持っているの」
「病人に宝石が必要なのかしら?」
その言葉には、深い軽蔑と皮肉が混じっていた。
解放された侍女はゆっくりと立ち上がり、気分良くなっている奥様の頬を引っぱたいた。
室内には乾いた音。階段から突き落とされて上手く力が入らない割には、渾身の一撃を与えられた。
何が起きたのか。一瞬の出来事だったため、理解するのが遅れた。
「よくも奥様に!!」
「いいのよ。心が貧しい者は暴力に訴えることしかできない。可哀想な人なんだから」
ぶたれた頬をさすりながらも、奥様の目は侍女だけを捉えている。
激しい憎悪。使用人には醜さしかないその表情が見えていない。
「警備隊に通報しない私の優しさに感謝しなさい」
いつまでも奥様を睨む侍女を力づくで屋敷から追い出した。
不穏分子を排除したというのに奥様の心は晴れない。浮かない表情をしていた。
「心配だわ。あの侍女が私やルビアのことを、外で悪く言うんじゃないのかしら」
「この私にお任せ下さい。奥様」
赤毛から主人を乗り換えた侍女は、そっと奥様の手を握った。
誰よりも自分を理解してくれる奥様に仕えられる喜びは何者にも勝る。
「そう?じゃあ……お願いしようかしら」
奥様に頼られるということは、能力を認められている証。
全身を打撲している侍女が、そんなすぐに遠くまで行けるはずがなかった。
その身一つで追い出されてお金もなく馬車にも乗れない。
追いつくことなど造作もない。
外は夜。視界も悪い。
馬車に轢かれるなんて、よくあること。
迷うことなくどこかに向かう侍女を、走ってきた馬車の前に突き飛ばした。
幼い赤毛は知らない。ずっと自分の味方でいてくれた侍女がもう……。
辞職したと聞かされたのは翌朝。理由は常識のない子供の世話に疲れたから。
大好きだった侍女に嫌われるだけでなく、別れの挨拶もなく不快な思いをさせてしまったかもしれないと、幼い赤毛は自分を責めるばかり。
もういない侍女に、何度も謝り続けていた。
ひと仕事を終えた侍女は奥様から高価なネックレスを贈られた。それは平民が十年働いても買えないほどの美しい宝飾品であり、奥様のために大きな仕事を成し遂げた証である。奥様自らがそのネックレスを首にかけてくれたとき、侍女の心は誇りで満たされた。
そして、それを見た他の使用人もまた奥様のためになることをするのだ。
弱りゆく赤毛の看病をしないだけではなく部屋にすら足を運ばない。
食事は質の悪い材料で作られ、適当に与えられるだけ。どうせ死にゆく者に最高級の食材や料理を振る舞うなんてもったいない!!
娘も同様だ。これまで散々、お嬢様を蔑ろにして自分だけいい思いをしてきたのだ。食事が与えられるだけでも感謝をしてほしい。
赤毛の母娘を徹底的に見下し、嘲笑し、蔑むことが奥様の喜びとなった。お嬢様はその様子を愛らしい笑顔で見つめ、「ご苦労様」と声をかけ、労ってくれた。その言葉が使用人達の行動を正当化し、赤毛母娘への冷酷な扱いは日々増していく。
間違いを正そうとしてくれた侍女はもういない。
共に伯爵家に仕えてきた仲間の命を簡単に奪えるほど、その心は美しいお嬢様に心酔しきっている。
真実を確かめることなく、たった一人の少女を悪とした。
その愚行を侍女は正そうとしてくれていたのに……。
赤毛が死に、娘が一人だけとなった。この屋敷に味方なんていない。赤毛がいなくなってから、娘への虐げはますます酷くなった。
なんと!あの醜い赤毛は実父である旦那様に夜な夜な毒を盛っていたのだ!
なんと恐ろしいことか。
母親の命が助からないとわかった途端に、旦那様を亡き者にして当主の座を奪おうとするなんて。
人の皮を被っただけの欲の塊。
かつて赤毛の侍女だった者は、その恐ろしさに恐怖した。あんな犯罪者を「お嬢様」と呼んでいたことに虫酸が走る。
同じ屋敷にいるだけでも気が休まらないというのに、理不尽に殺されたらと思うと……。
お嬢様に相談すると
「お姉様の部屋を屋根裏部屋にすればいいんじゃないかな?」
名案だった。
物置としての部屋ではあるが、あそこは誰も近寄らない。
狭くて急な階段は危険と判断され、自然と人の足は遠のいていた。そのため、埃がたまりにたまり、掃除をしなければ到底人が過ごせるような場所ではない。
旦那様の命令で部屋を移った赤毛は、誰に頼ることなく一人で掃除を始めた。
その姿がまた、癇に障る。
「一人ではとても無理です。どうか手伝って下さい」と頭を下げれば少しは手伝ってあげたものを。
しかし、赤毛の姫は決してそんな素振りを見せなかった。
正当な貴族が持つご立派な精神は所詮、平民にはわからないと、部屋の外から聞こえる陰口にさえ耳を貸さない。
「そんなに掃除が好きなら、手伝ってあげるわよ!」
集めた屋敷中のゴミを部屋にばら撒いた。
その中には厨房の生ゴミも混ざっていて、異臭が漂う。
「せいぜい頑張って掃除することね」
高笑いをしながら階段を降りていく使用人の背中を見送ることはない。
高い位置にある窓を開けるため、物を重ねてその上に立つ。
少し不安定だったが、手を伸ばせばどうにか届き窓を開けると、ふわりと風が吹き抜ける。そんなにすぐ異臭が消えるわけではないが、ほんの少しだけマシになった。
そして……この日を境に使用人は完全に赤毛を見下すようになった。
朝、眠る赤毛に雑巾を絞った水をかけて起こす。
食事は全て、お嬢様が食べ切れなかったものを分け与える。
穀潰しにならないように掃除と洗濯、たまの買い足し。
裸で過ごさせるのは可哀想だからと、お嬢様の温情により布切れ一枚を渡される。
貧しい平民が着るような、服と呼べるかも怪しい一着。
醜い赤毛にはみすぼらしい格好がお似合いだと笑う。
正当な貴族であるその存在は完全に軽んじられていた。
お嬢様の身の回りの世話もさせてやっているのに、侍女のように完璧な仕事ぶりではない。
これまで散々、人にやらせておいたくせに、なんて要領が悪いのか。
本当は近づいてほしくもないが、こればっかりは仕方ない。お嬢様が望むのだから。
健康な体を奪った赤毛に贖罪の機会を与えなければ可哀想だと。
体だけでなくお嬢様から身分をも奪った犯罪者に、ここまでの慈悲を与えるなんて……。
感動のあまり涙が止まらない。
そんな天使のような優しさを持つお嬢様に感謝をしないどころか、口答えばかり。
そんなときは体の弱いお嬢様の代わりに罰を与えることも、使用人の仕事の一つとなった。
赤毛宛の手紙はお嬢様に報告をした後に、跡形もなく燃やして処分する。




