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ベッドの上で浅い呼吸を繰り返すカメリア。
頬は痩せこけ、体の肉は落ちて骨のようだった。
持って数日の命。
彼女はこの症状を知っている。
かつて。伯爵と出会う前の話。
酒場で知り合った男性に告白をされた。誠実で評判も良く、見た目も申し分なかった。彼の優しい言葉に心を奪われたのだ。
が、それは悪夢の始まり。
付き合い始めて数週間。彼と一緒に暮らすようになった。
最初は彼の優しさに包まれ、幸せな日々を過ごしていたはずだった。けれども、少しずつ彼の本性が顔を覗かせるようになったのだ。
些細なことに彼は怒りを爆発させるようになった。
料理が不味いと彼は眉をひそめた。掃除が行き届いていないと、彼は不機嫌になる。
外出しただけで、まるで罪を犯したかのように咎められた。彼の怒りは次第に爆発し、体よりも先に心が擦り減っていく一方だった。
彼は常に彼女の行動を監視し、彼女の自由を奪っていく。
奴隷のようにこき使い、自らの欲を満たすように夜な夜な彼女を襲う。
こんな最低な男の子供を妊娠しないよう、金のない平民が薬の代わりに食べる木の実で代用していた。
彼はきっと、子供にさえ手を出すと確信があったからだ。
幼い命を守るための決断は正しかった。
男である彼はそんな知識にさえ疎く、ただの食用としか認識していない。
彼の機嫌を損ねることが何よりも怖くなり、彼女は自分の人生を失っていくのを感じていた。誰にも相談できなかった。彼の周囲には彼の良い評判が満ちていて、誰も彼の裏の顔を信じようとしなかったのだ。
このままでは殺される。彼女の心に恐怖が刻まれた。逃げ場はない。
彼の怒りは日に日に増し、今にも彼女の命を奪いかねない勢いだった。
そんな恐怖に押し潰されそうになりながらも、彼女は決断した。
殺される前に殺さなくては……と。
明確な殺意が浮かび上がる。
酒に酔って眠る彼を殺すことは簡単。だがそれでは、人殺しとして彼女が捕まってしまう。
自分の身を守っただけなのに、罪人として裁かれるのは納得がいかなかった。
悪いのは本性を隠して近づいてきた彼。被害者である自分は何も悪くないのだ。
疑われないようにするためには、事故死しかない。だが、どうすれば自然に見えるだろうか?
考えれば考えるほど、方法は浮かばなかった。彼女は部屋の隅で膝を抱え、絶望の淵に立っていた。
今の生活をこれ以上、続ければ死ぬことは目に見えている。かといって、明らかな殺人では非難されるのは彼女。
彼の評判が良すぎることで打つ手がない。
どうすれば……。
「そっか。事故じゃなくても、病気で死ねばいいんだ」
何かが弾けたように視界が明るくなった。
ヴェレーノ。
平民の間で有名な毒草。
見た目は山菜と似ているので、知識がないと間違えて採ってしまう危険なもの。
貧しい家で育った彼女には見分けるなんて朝飯前。
素手で触れないように布で包んで採って持ち帰る。
ヴェレーノは二通りの使い方が存在していた。
一つは葉をそのまま体内に取り込むことで、瞬時に命を奪う恐ろしい効果があった。苦しみの中、呼吸困難に陥り、酸素を求めて喉を掻きむしる様は凄惨そのもの。
もう一つはすり潰して少しずつ摂取させる方法。
一度に取り込むわけではないので即効性はないが、確実に毒は蓄積されていく。
初めは倦怠感が現れ、稀に目眩や手足の痺れも起きる。やがて食欲を失い、立ち上がることすら困難になる。
いつもあんなに偉そうにしていた彼が次第に弱り、情けなく彼女に縋る姿は滑稽。
暴力が使えなくなった彼は以前の優しい面影を取り戻していたが、もう遅い。
彼は死ななくてはならないのだ。彼女が平和に生きるために。
万が一にも疑われないように、彼女は献身的に尽くした。それこそ、毒殺されたと思わないほど。
彼女は思った。彼の暴力のことを話さないで良かったと。
彼は病気で死ぬのだ。人の手によって殺されるのではない。
平民が病気で命を落とすのは日常茶飯事。珍しいことですらない。
彼が誠実だったおかげで仕事を頑張りすぎた疲労から、病気になってしまったのだと、周りは思い込んでくれた。
医師が処方してくれる薬が効くわけもなく、最後のほうには食事を摂ることさえ出来なくなっていた。
看病のために食べさせていたスープにも、もちろんヴェレーノは入れてある。
確実に死んでもらうためにも、一切の手を抜くことはない。
数ヵ月もすれば彼は静かに息を引き取った。
もう残り少ない力を振り絞って彼女の手を掴んでは、か細く掠れるような声で
「君と出会えて良かった」
と呟いた。
悲しい愛の結末を目撃した友人達は彼女の背中をそっとさすった。
が、彼女はそんな彼を見て心の中で大笑い。
最後の最後に、自分を殺した相手に愛を伝える様は滑稽を通り越して無様。
声に出さないように笑いを堪えるので必死。
震える肩は彼女が泣くのを我慢しているようにも見えた。
心臓が確実に止まった瞬間を多くの人と見守り、大して悲しくもない涙を流す彼女を周りは励ます。
やれることはやった。貴女は何も悪くない。彼もきっと空から幸せを祈ってくれている。
言葉の数々に膝からその場に崩れた彼女は口元を押さえ、俯きながらも大粒の涙を流し続けた。
その顔が喜びのあまり笑っていると、誰も知らない。




