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カメリアが死ぬ。
原因がわからないまま衰弱していく一方。
パナシア薬ならば命を救えるかもしれないが、そんな大金どこにもない。
伯爵は、見るからに弱っていくカメリアの姿に、ただただ胸を痛めるばかり。それは冷酷な現実であり、伯爵は何一つ愛する人の苦しみを和らげることができなかった。
そんなとき、悪魔が囁く。
愛する者の死から目を背け、病弱な娘を見ることで心の安寧が欲しいのか、連日のように娘の部屋に足を運ぶ。
余命宣告を受けていた娘よりも先に、健康なカメリアが死ぬ。それが夢であってほしいと願わずにはいられない。
「お父様。私ね。お父様の娘に生まれて良かった」
いつもなら会話なんてせずに、話しかけられると無言で部屋を出て行く伯爵が、このときだけは立ち上がることもせず聞き返した。
「どうしたんだ、急に」
すると、悲しげに笑うから。伯爵の心は締め付けられた。
「お姉様がね。言ってたの。器が小さくて伯爵としても威厳のないあんな人が父親なんて、恥ずかしいって」
「スカーレットがそんなことを言うはずがないだろう!!」
伯爵は即座に反論した。その反応は予想していたのか、娘はそっと首を横に振る。
「いつも私の部屋に来ては、独り言のように呟くの。きっと私が寝てると思って、本音を晒しているのよ」
伯爵は悩んだ。確かにスカーレットは娘の部屋に頻繁に出入りしていたが、それは娘の体を気遣い、布団を掛け直すための短い時間だけだった。
嘘を言っている。そう断言するには伯爵は、スカーレットの言葉だけしか聞いていない。
後を追ったあの日も、部屋に入ったのを見ただけ。中で何をしていたかまでは知らない。
心の中で疑念が渦巻く。
愛している妻との子供だからと、全てを信じるのは間違っているのではないか?
その疑問は伯爵の頭から離れなかった。
「おば様も言っていたわ」
「カメリアが?何をだ」
「あんな男と結婚して大失敗だったって。私にはもっと相応しい相手がいたのに……」
「もういい!!」
愛していた。不器用ながらにも、カメリアのことを、本当に。
彼女の容姿など気にすることなく、その優しさがいつだって心を満たしてくれていた。
だが……それは間違いで、勘違いだったと気付く。
いつも笑顔を絶やさなかったのは、心の中で伯爵を見下し嘲笑っていたから。
出会ってから今日までの思い出は色褪せ、壊れるかのようにヒビが入った。
「あんな醜い女を娶ってやったというのに……!!」
それは……心の底から出た本心。
優しさなんて人間ならば誰でも持ち合わせている。
むしろ、醜いからこそ誰よりも清く優しい心を持っていなければならない。
なぜなら……カメリアは醜いのだから。
顔だけでなく心までもが醜ければ女としてだけではなく、人間としての価値もない。
「ルビア。さっき言ったことは本当か?」
「さっき?」
「スカーレットが……いいや。あの醜女がこの部屋で呟いていたことだ」
伯爵には見えていない。長きに渡り育んできた自分の愛を裏切られた怒りによって。
醜い笑顔を晒す娘の顔が。
「うん、本当だよ。お父様がいなければ私はもっと位の高い貴族の娘に生まれていたのに。お父様なんて早く死んじゃえって」
目の前が真っ暗になった。
なぜ、カメリアを……。あんな醜女を愛しているなどと妄想に取り憑かれていたのだろうか。
なぜ、スカーレットを……あんな醜女を信じるなどと決めたのか。
自分を心から愛してくれているのは平民の愛人……いや、出会ったあの日からずっと優しく尽くしてくれていた伯爵夫人に相応しい彼女。
いつだって顔を合わせれば「愛している」と想いを伝えてくれる。
病弱でありながらも孤独に耐えて、自分を父として慕ってくれる娘、ルビア。
たまにしか会いに来ない父親を労い、心配してくれていた。
この二人だけが本当の家族だった。
結婚してやったのに、養ってやっているのに。赤毛の醜女二人は感謝するどころか、陰では文句を言うばかり。
瞬間、伯爵は青ざめた。
毎晩、醜女がよく眠れるようになるからと淹れてくれたハーブティー。
あれに少量の毒を混ぜていたのではないか。
母親はもう長くない。あと数日もすれば死んでしまうだろう。
そのとき、父親が生きていたら?伯爵家を継げなくなる。
伯爵の死を強く望む醜女が、当主を殺そうと目論んでも不思議ではない。
すぐさま死にかけの醜女の部屋に急ぐ。
献身的に、まるで自分は優しいのだと周りにアピールするかのように毎日、寝ずに母親の看病をしている醜女がそこにいるからだ。
大きな音を立てて扉が開け放たれた。ノックもなく、まるで雷鳴のように響いたその音に、部屋の中にいた醜女は震えた。
「おとう……」
その言葉はまだ途中だった。伯爵の大きな手が醜女の頬を激しく叩き、声は無惨にかき消される。頬に残った痛みは、心にも深い傷を刻みつけていた。
何が起こったのか理解できず、床に倒れ込む醜女を見下ろす伯爵。その冷たい目は、言葉にならない怒りと殺意で満ちていた。
伯爵は髪を掴み無理やり、部屋の外へと引きずり出した。
床に伏せる醜女はもう満足に目も開けられず、耳も聞こえなくなっていた。大切な娘が理不尽な暴力を受けたことなど露知らず。
無言のまま醜女を引きずりながら辿り着いたのはルビアの部屋。
「まぁ!!お父様、どうしたの!?」
わざとらしく驚いてみせるルビアの前に、醜女を放り投げる。
頬に叩かれた跡を見つけ、ルビアの口元は緩む。
「何を黙り込んでいる!!さっさとルビアに謝らんか!!」
ルビアの言っていたことは正しかった。
醜女がルビアを殺そうとしていたこと。
聞き流してしまったのかと、深い後悔に襲われる。
もっと真剣にルビアの訴えを受け止めていれば、ルビアに辛く怖い思いをさせなかった。
下手をしたら、ルビアはもうこの世にいなかったかもしれない。
大切な娘を失うかもしれなかった恐怖が、伯爵に自らの愚かさを思い知らせた。
後悔すればするほど、怒りは爆発する。
頭が混乱し状況を理解していない醜女の頬をまた叩いた。今度はもっと強い力で。
「貴様がルビアを殺そうとしたのはわかっている!!たった一人の、しかも!!か弱い妹に手を出そうとするとは貴族の風上にも置けん!!」
「私が……?何のことですか」
目を丸くして驚くそれは演技ではない。冷静さを失う前の伯爵なら、そのことに気付けていただろう。
「とぼけるつもりか!!」
だが、伯爵の目にはもう、スカーレットという娘は映らない。
自分を裏切り騙し続けていた醜い女の血を引く娘。
それこそが伯爵の目に映るスカーレットだった。
興奮している伯爵に自分の声が届かないと判断した醜女は、彼が望むようにルビアに謝罪するしかなかった。
明日にはきっと、いつもの父親に戻ると信じて。
しかし……。淡い期待はすぐに打ち砕かれる。
朝、顔を合わせるや否や、ルビアに挨拶をしたのかと問われた。
まだだと答えたら、激しく顔を歪ませながら使用人の前だというのに頬を叩かれ暴言まで吐かれる。
「ルビアを殺そうとしたくせに、たった一度の謝罪で許されると思っているのか!!なぜ貴様はそうも醜いのだ!!」
またも無理やり連れられた。
「あ、お姉様。おはよう」
ベッドの上でメイドにスープを飲ませてもらうルビアは柔らかく微笑んだ。
昨日は気付かなかったが、質素だったルビアの部屋が可愛らしい女の子の部屋に模様替えされていた。
あんなにもルビアに近づきたがらなかった使用人は献身的にルビアの看病に努める。
食事が終われば、数人がルビアの体を拭き、髪を梳く。
「ルビアが貴様のような者に挨拶をしてくれているというのに、無視をするとは何様のつもりだ!!?」
「ほんとほんと。ルビア様があんな醜女に声をかけてくれたのに」
「ルビア様のことを見下しているのよ」
「なんて最低なのかしら」
醜女は耳を疑うしかなかった。
彼女達の目は醜女を敵視し、冷たく見下ろすばかり。
何かがおかしいと思ったとき、優雅なドレスに身を包んだ彼女が告げた一言により、醜女の心は壊れかけた。




