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十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。  作者: あいみ
伯爵と愛人の場合

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 カメリアとは契約結婚だった。


 いや、契約と呼ぶことさえおこがましいのかもしれない。


 父親同士の仲が良く、当人達の知らないところで結婚の話だけが進む。


 互いの家門にとって何かしらの利があったわけではない。

 他の人と比べて二人は仲が良かった。それだけ。


 娘と息子に、互いの父親がどう思うかと聞いたところ、嫌いではない、一緒にいて楽しいと答えたからこそ、そのまま二人は将来を誓い合った。


 友人から夫婦になるというのは、ぎこちなさがある。


 真面目だけが取り柄の伯爵は……カメリアを愛していた。


 そばかすの赤毛令嬢。皆はそうして笑うが、伯爵だけは知っていた。彼女の内に秘められた優しさを。


 カメリアは貴族の令嬢でありながら、決して偉ぶることなく、誰に対しても分け隔てなく接していた。彼女のその姿勢は、伯爵の心を強く惹きつけてやまなかった。


 結婚という新たな一歩を踏み出す日、伯爵は固く心に誓った。家族となったら、誰よりも彼女を幸せにすると。


 結婚して子供が生まれた。カメリアと同じ赤毛。

 愛する女性との間に生まれた子供。愛さないわけがない。


 スカーレットと名付けられた娘は両親から愛され、使用人からも可愛がられていた。


 いつも笑っていて、疲れを吹き飛ばす癒し。

 名前を呼べば、これまた愛らしく笑う。


 愛おしい。ただ、愛おしかった。


 数年後。友人の誘いで新しく出来た酒場に足を運んだ。

 かなり繁盛していて客が多い。


 店内は落ち着いた雰囲気で心が休まる。デートにも使えそうだ。


 そこで……出会ってしまった。目を引く美しい女性と。


 彼女は店で働く店員。平民。


 客の勧めで酒を飲んでいるらしく、ほんのりと頬が赤い。


 彼女は酔ってしまったと口にしながら、伯爵のほうへと倒れた。

 二人して床に倒れてしまわないように何とか踏ん張ったはいいが、大きく柔らかな胸が伯爵に密着していた。


 男なら誰でも見てしまうような胸元が開いた服。


 粗相をしたお詫びに酒を奢りたいと言い出す彼女の誘いを、伯爵は断らなかった。


 店が終わり彼女を待っていた伯爵は、その肩を抱き歩き出す。


 その後、二人は一線を超えた。朝までベッドで過ごし、屋敷に帰ったのは翌日の昼前。


 それも、伯爵は出会ったばかりの平民の女性を連れて。


 「カメリア。彼女は今日からこの屋敷で共に過ごすことになった」


 それが何を意味するのか。


 愛人をつれてきた。仲良くして。そういうことだった。


 カメリアに不満があるわけではない。優しくて気遣いがよく出来る。

 一緒にいて心が落ち着く。


 だが、周りは皆、美しい妻や可愛らしい妻を娶っている。

 知らず知らずの内に伯爵はカメリアの容姿を気にするようになっていた。


 そんなときに出会った美しい女性。傍に置きたくなってしまった。


 愛人といっても夜の関係があるだけ。身分差を気にして食事も一緒に取ることはない。


 使用人も傲慢な彼女の態度にはうんざりしていた。

 煙たがられ、誰も彼女に近づこうとしないなかで、スカーレットは彼女に笑顔を向けた。


 平民と見下されたと思ったのか、彼女は酷い言葉をスカーレットに浴びせてその場を立ち去る。


 その日からスカーレットは……変わってしまった。


 最悪は続く。


 彼女が妊娠したと知ったとき、周囲の反応は複雑だった。彼女は高慢で、誰もが距離を置いていた。だが、やがて生まれてきた娘は、まるで彼女の美しさをそのまま受け継いだかのように、透き通るような美貌を持っていた。


 その小さな存在は、周囲の人々の注目を集めることとなる。多くの者が一目だけでもその娘を見ようと、彼女の部屋を訪れるようになったのだ。


 彼女はそんな状況に、心からのご満悦であった。


 あんなに見下していた平民に、興味を抱く彼女達を嘲笑していた。


 だが、娘は長くは生きられない。そう告げられたとき、絶望したのは彼女だけ。

 周囲の人々は特別悲しむこともなく、むしろ冷静に受け止めていた。彼らは人の死を喜ぶ非常識な性格ではなかったからだ。


 生まれた子に罪はない。彼らは最低限の世話をするものの、必要以上に近づくことはなかった。娘は成長するにつれ、その美しさを増していった。短命という儚さと相まって、彼女の存在はまるで幻のようだった。


 ある日のこと。伯爵が娘の部屋を訪ねた。

 愛人との子供とはいえ、この子もまた自分の血を引く娘。会いに来ないわけにはいかない。


 「ど、どうしたんだ、ルビア」


 娘は窓の外をじっと見つめながら、静かに涙を流していた。伯爵は慌てて声をかけたが、娘の表情は震え、言葉が続かなかった。


 「お父様。私ね、怖いの」


 突然、何を言い出すのか。


 怖い夢でも見たのだろうと思い、優しく彼女の肩に手を置いた。


 短命であることは本人の耳にも入っている。長くは生きられないことに、苦しみ悩んでいるのだろう。


 「お姉様が私を殺そうとするの」


 …………何を言っているのか。


 夢の話。そうだ。そうに決まっている。


 あの優しいスカーレットが義妹だろうとも殺すはずがない。


 夢でなければ娘の妄想。真面目に聞くなんてバカバカしい。

 伯爵はそう思い、適当に聞き流す。


 「本当なの。私が寝ているときにそっと部屋に入って……。寝ているかを確認するから、いつも怖くて」


 もし仮に、スカーレットが娘を殺そうとしているのが本当だったとして。

 そんな危険(リスク)を冒す必要はない。


 スカーレットが手を汚さずとも数年もすれば娘はいなくなる。


 「信じて!お父様!!」

 「わかったわかった」


 信じてはいない。スカーレットはカメリアに似て、優しい子だ。

 カメリアを愛し、父親として信じているのはスカーレット。


 それでも……。娘により植え付けられた不信感が心に残る。


 疑っているわけではない。証明するためだ。スカーレットの無実を。娘の発言が妄想であると。


 日が沈み、夕食を終えたスカーレットは自室に戻らない。

 その後を追う伯爵はいつになく緊張している。


 この廊下は娘の部屋へと続く。


 まさか本当に……?恐怖が重くのしかかる。


 スカーレットが娘の部屋に入った瞬間、呼吸の仕方を忘れて青ざめた。


 すぐに出てきたスカーレットは顔色の悪い伯爵に駆け寄った。


 「お父様。大丈夫ですか?」

 「スカーレット!!ルビアの部屋で何をしていた!!?」

 「ルビアにお布団をかけ直してあげていたの。体が冷えると良くないから」


 体の弱い娘の部屋の窓を長時間、開けることは許されていない。

 そのせいか、娘は寝ているときにいつも布団を剥ぐクセがある。


 風邪を引くと普通の人よりも苦しむとわかっているからこそスカーレットは毎晩、様子を見に来るようになった。


 「そ、そうか。スカーレットは優しいな」


 自分の勘違いであるとわかると、ホッと胸を撫で下ろす。


 そうだ。スカーレットが何かをするはずがない。


 謝罪なんてしなかった。

 信じていたが、何も言わずに勘違いされるような行動を取ったスカーレットが悪いのだと自分に言い聞かせて。

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