第94話 取り立て
桃太郎は初めて食べる海の幸に舌鼓を打ちながら、旅のあれこれを朝餉を囲む村人たちに語っていました。もちろん、『村』のことや本当の旅の目的や、この『しろ』という犬の他に、サルとキジにもついてまわられていることまでは言いません。京へは、ただ京とはどんな所かを見に行ってそれを村の衆に伝えるために行くのだ、と。しろは桃太郎の隣で丸ごと一匹もらった焼き魚のほぐしたものを尾頭付きでホクホクと食べていました。
気さくな村の人々は、『竹取村』とそう変わらないのではないかと桃太郎は思いました。この村のことも色々と教えてくれます。海に向かって広がった村は侵入を阻むような荒々しい山もなく、定期的に役人の取り立てと盗賊に荒らしに来られるということに耐えていました。海での漁が主な生活の糧なので、田畑はそれほど多くは作っていません。役人たちは、干物や昆布などの海産物や村で織った布地の反物を税としてたっぷりと持って行きます。その上に盗賊たちに襲われるのです。作っても作ってもどちらかに持って行かれる始末でした。もちろん、国司が交代するたびなど役所に訴え出たりもするのですが、一応受理はされるものの、答えが返ってきたことはありません。何かが延々と引き継がれているようなのです。そしてまた襲われ、訴えた罰だと言い残されたりし、訴えるほど、襲われ方はひどくなっていきます。
「それって、おかしくないか?」 そこまで聞いて桃太郎は問いかけました。
村の人々は一斉にギョッとしたような顔つきになりました。
「やっぱり・・・そう思うか?」 一人が恐る恐る聞きました。
「襲ってくる連中って役人とツルんでるんでないのか?」
人々はさらに息を呑みます。あまりの桃太郎の率直な物言いに。
「わしらもそう思うが・・・しかし、そんなことは大っぴらには言えんのじゃ。役人は奴らを捜そうともせんのじゃから」 長老が意を決したように言いました。
「怪しすぎる」 桃太郎は決めつけました。
「差し詰め、役人らはわしらから取り上げる租税は御上に納めるが・・・と言うても実際御上がどれほどのもんを言うてきとるのかはわしらには知るよしもないが・・・連中に襲わせた分の上前をはねて、自分らの取り分にしとるんじゃろとはわしらも察しとる。しかしそれはわしらは言うてはならんことなんじゃ」
長老が言うと、村人の一人がたまらなくなったように声を上げました。
「なあ、旅のお人よ。おまえさんが京へ行くなら、わしらのことを京の役人に直訴してくれるわけにはいかんじゃろうか? いや、京での噂話みたいにしてくれるだけでもええ」
「そうじゃ。こんな目に遭うとる村があるとな」 他にも声が上がります。
「わしらが京へ乗り込んでいくことも考えたが、一日二日ですむ話じゃなし、役所にバレたらここがどんなことになるかわからんで」
村人たちは必死でした。まるで救いの神でも現れたかのようです。
「・・・・」 桃太郎は固まりました。とんでもないお荷物を背負わされそうです。やはり、『タダ』では済まない、と言うことでしょうか?
食餌を終えたしろは心配げに桃太郎を見上げています。自分の苦悩をわかってくれているのかどうか、ふうたがいないので何とも言えません。
桃太郎はとりあえず言ってみました。「わかった。できるかどうかはわからんが・・・そんな目に遭うとる村があることは、できるだけ京の人らにも知ってもらうようにはやってみる」
人々はほっと息をつきました。別に当てにするわけではありませんが、少しの気休めにはなりそうです。
そうこうするうち、人々はあちこちの料理場から浜に寄せて置いてある数隻の漁船の方に向かって行き、慌ただしく海へと押し出す準備を始めました。
桃太郎も浜辺に出て、男たちの勇壮な姿を眺めます。こんな仕事の仕方もあるのだと。
「いつもならもちっとゆっくりしとるんじゃが・・・今日は昼過ぎから海が荒れそうな気配なんでな。早めに片付けるんじゃ」 一人が作業をしながら桃太郎に話して聞かせました。「荒れる気配で魚は深いとこへ潜ってしまうでな。浅いとこにおる間に捕まえるのよ」
「何か手伝えないかな?」 桃太郎は本気でそう言いました。好奇心が沸いています。
「ぷは!」 男は吹き出すように言いました。「アホな。そんな格好でやれることなんかないで。客人は余計な気ぃ使わんとゆっくりしてなされ」
「すまない」 桃太郎はそう言うと、すごすごと料理場の屋根のついた板敷の間に座っている長老の所へ戻りました。朝餉をご馳走になった『お礼』をしなければと思ったのです。竹取村では改まってお礼のようなことをする習慣などありません。初めての挑戦です。桃太郎は板敷の上がりがまちに腰掛けると、長老の方を向いて「朝餉をご馳走になったお礼をしたいんじゃが」と切り出しました。お寺でしたように肩掛け袋のふたをめくり、中から黄金の入った巾着袋を取り出します。長老は予想もしないことだったのか、桃太郎をびっくりしたような目で見つめています。何を出そうと言うのか?と言うような目です。
桃太郎はどれぐらい出せばいいのかわからないまま、とりあえず黄金の粒を手の中に一つかみして取り出しました。どれぐらいのものなのか調べる実験でもあるのです。それを懐から取り出した懐紙に乗せて長老に差し出します。
長老は目の前に出てきたものを見てまたしてもびっくり仰天しました。男たちは皆漁に出払い、女子供は料理の後片付けや洗い物などそれぞれの用事に散っていて、この場には長老と同じような年恰好の老人がもう二人いるだけです。長老は白髪の間からカッと両目を見開いて黄金から桃太郎に視線を移しました。
「おまえさん、一体、何もんじゃ?」 改めて疑わしそうに睨みます。
「これぐらいでお礼になるならば」 桃太郎はとにかく言えることを言いました。
「これぐらいて、こんな黄金見たことないぞ。一年分の産物を商いできたとしても、これほどになるかならんか」
・・・これで、それほどになるのか?
桃太郎も床に置いた黄金の小山を見つめます。
・・・でも、これで少しでもこの村が助かるなら・・・
しかし、長老は意外にも腹を立てたように言いました。
「確かに黄金がこれほどもあれば暮らしは楽になろうが・・・おまえさんがどれほどのご身分なんかは知らんが、こんなもんが村にあると知れたら、それこそ両方からどんな目に遭わされるかわからん。たとえ隠し持ったとしても、暮らしの様子がちょっとでも変わったら疑われるに決まっとるんじゃ」
桃太郎は困惑しました。じゃあ、お礼の気持ちを伝えるのにどうすればいいのか・・・。
本当に弱り果てたような正直な桃太郎の様子に長老は少し声を落ち着けて続けました。
「まさかおまえさんが連中の一味で黄金でさらにわしらを引っ掛けようとしておるとまでは思わんが・・・おまえさんがほんまに正直な旅のお方なんじゃったら、悪いことは言わん。そんなもんは引っ込めて、京で使うた方がええ。黄金なんぞ、わしらのためにはならんのじゃ」
「しかし・・・」 桃太郎はまだ黄金を引っ込められずに、ただ輝きを見つめるばかりです。
「どうしても礼をしてくれると言うなら、あさ丸の言うたように、京でわしらのことを知らしてくれたら・・・それだけで十分じゃ。見るところ、もしかしたらおまえさんは京でも相当のご身分のお方ではないんかの? そういうことも言えるお方なんではないかの?とも疑ってみるが」
桃太郎はあらぬ疑いをかけられて渋々黄金を巾着袋に戻しました。他の村人も同じように言うのでしょう。黄金はこの村では『災い』でしかないのか・・・外の世界に来たのに、黄金の使い道はいつできるのか・・・。
桃太郎の悩みはどんどん深くなっていきます。黄金がだめなら、竹取村が本当は『伝説の村』と言われた所であることを話した方がいいのか、彼らは聞いたことがあるのだろうか? 『伝説の村』の噂を。その気にさえなれば、『村』へ逃げ込んで新しい暮らし方を始めることができる・・・。
しかし、桃太郎が自分勝手に『村』へ誘うようなことはしてはならないのです。あくまでも、彼ら自身の力で知って、自ら決めて村へ向かうのでないと。
桃太郎は決めました。それでお礼になるなら、彼らの望みを叶えるようにしよう、と。そして、噂話として『伝説の村』のことをそれとなく出すぐらいはいいかも知れない・・・あとは、彼らの好きにすればいいのだから。
「そう言えば、『伝説の村』っちゅう話を聞いたことがあるんじゃが・・・何でも行ったもんは幸せになれるとかいう」 桃太郎は言い出しました。
「おまえさんも知っとるのか」 長老はこれには特に驚くでもなく言いました。「もう何十年も前じゃが・・・一人、二人ぐらいは目指して行ったもんがあったらしい。結局戻って来んかったから、どうなったかはわからんがな」
「それだけなんか?」 桃太郎は聞いてみました。
「単なる噂話じゃろ? そんなもんに乗せられるようなやつもそうはおらんで」
そんなふうに言われると、桃太郎は何だか残念な気持ちになりました。
「おまえさんは、乗ってみたいんか? そんな話に」
桃太郎は今にも、実は・・・と言いそうになるのを呑み込みました。そして、そんな様子を振り払うかのように海の彼方に去っていく四隻の漁師の船団を見送りました。
若者たちが出払って、残っているのは年寄りと女子供だけ───。
そんな状態になった村の様子を、木の陰から窺っている男たちの集団がありました。村人たちが見たことのない、新たな窃盗団。縄張り争いで、いつもの単純な野荒らしたちを駆逐したあとの、役人たちとは何の関わりもない『本物』の盗人集団でした───。




