第93話 海辺にて
桃太郎は何でこんなことになったのか、まだ訳がわからないまま、とにかく動物たちについて行くしかありませんでした。彼らには自分にもわからない自分の本当の所の『正体』をつかまれているようですし、それを知りたければ彼らに教えてもらうしかないのです。しかし、彼らは『自分で思い出さないと説明してもわからないだろうから、思い出すまで説明しない』と言うのです。いや・・・思い出せたら説明なんかいらんじゃろ、とも思うのですが・・・。
なのに、『月での約束』だの『月がしくじりまくってる』だの、核心の抜けた状況的な話ばかりして桃太郎をケムに巻くのです。『かぐや姫』も『月』には違いないのですが、自分も『月』だというなら、何で自分には『物語』がないのか・・・。『かぐや姫』とは違うからか・・・?
しばらく黙ってとびすけの後について山合いの道らしき所を辿っているのですが、こうしている間も桃太郎がぐるぐると考えていることなど、ふうたには筒抜けなのでしょう。しろにもとびすけにも同時に伝わっているに違いないのです。
山中で、一夜を明かしました。ふうたはもう桃太郎の持っている食べ物をねだってきたりはしませんでした。やはり、きび団子は口に合わなかったようで、とびすけと一緒に勝手に木々の間に食べられるものを探してくるようになりました。むしろそっちの方が彼らには美味しいようです。『人』のものを味わえないというのは、動物にされてしまった哀しさ?でしょうか。桃太郎にはほっと一息、というところでしょう。が、すでに人の暮らしに馴れているしろは、食べる時だけ桃太郎のそばに来ます。そして干し芋など、桃太郎と同じものを食べました。これから、自分もふうたたちのように野で食べ物を探さねばならないようになってくるかもしれません。多分、そうなる前に人里の一つぐらいには出会えるかもしれない、と期待はしているのですが。
山また山を進みます。村のまわりのような険しい山々ではありませんが、丸二日歩いても「一っ飛び」と言っていたはずの海はまだ見えません。人里にも会わず・・・もしかして、とびすけは人里のない所を選んで進んでいるのではないかと疑いたくなるほどです。できれば、早く外の人に出会ってみたいのですが。
色々と考えていても、ふうたも特に絡んでくるようなことはなく、黙々と進んでいます。本当のサルに戻ったか? と思ってしまうほど。
よく考えると、「西」と言いながら、かなり南寄りに進んでいるようです。絵図もそんな位置に描いてあったかと思い出しましたが、これではどんどん京から離れていっているではないか、と桃太郎は今さらに思いました。
ふうたが突然、しょこしょこと桃太郎の所まで戻ってきました。
「気にせんでええ」
桃太郎を見上げてそれだけ言うと、またしょこしょことしろととびすけのそばまで戻って行きました。
そして三日目の夕刻───。
一行は山の頂上に立ち、海原の彼方に今しも沈み去ろうとしているお天道様の光を包む夕焼け雲の波を見つめていました。お天道様のこんな姿を見るのは初めてです。
桃太郎は山の裾野から遠く広がる、紅く照り映える砂浜を眺めました。最後の山まで辿り着いたのです。よく見ると、人家らしき建物もそこここに見えます。夕餉の支度のような煙もたなびいています。
外の世界だ・・・
「ワクワクすっぞ!」
ふうたが両手を上げて代わりのように叫びました。
しろは桃太郎の足に身をすり寄せるように座っています。『人』なら手でも握り締めんばかりの勢いです。とびすけは一行の頭上で「ケーン!」と一声発してバタバタと輪を描いています。
お天道様が完全にその姿を没しきるまで、一行は初めての雄大さに包まれていました。
最後の夜を山頂で降り注ぐ星空を浴びながら過ごし、夜明けと共に一行は足取りも軽く山を下りて行きました。桃太郎はまずは人々の家を訪ね、『村』とどう違うのかを確かめるつもりでした。京でうまく行動するためにも。
平地に入ると、最初の人家から海辺まではすぐそこでした。浜に寄り添うように点々と散らばる板葺きの家の傍には、それぞれ魚でも干しているのか木組みの棚のようなものが設けられています。海のものを獲って暮らしているのでしょう。
人々はすでに何人もが家の外でそれぞれの用事をしています。まだ桃太郎の姿に誰かが気がつくほど近づいてはいません。木陰に身を潜めているのですから。
ふうたがツンツンと桃太郎の絞り袴の端っこを引っ張りました。見下ろすと、ふうたが言いました。
「ケモノは村へは入らない方がいいだろう。あんさんの村でもうちら隠れてたんやから」 相変わらずふうたの言葉つきは変です。「てか、うちらこの姿してる以上、人付き合いは諦めんならんとは覚悟しとる。そやからまずは海で遊べたらええ」
「そうじゃな・・・『村』でも喋るサルは出たことないし、キジが出たらとっ捕まえて食うだけやし・・・」 桃太郎は変に納得しました。
置物だったとびすけがピューっと首を伸ばしました。
「しろぐらいはええかも知れんが・・・」
見上げるしろに視線を落としてから桃太郎は、まっすぐ人々の方を見つめました。
「まずは、どんな人らなんか、確かめんとな」
『村』育ちの自分が外で通用するのか・・・それが最初の問題でした。
ふうたととびすけを木陰に残し、桃太郎はしろを連れて人々の方へと歩いて行きました。
村人たちは朝餉の支度だけでなく、今日もまた漁に出るとあってその準備にも忙殺されていました。今日は昼を過ぎたあたりから海が荒れそうだとの勘が働いて、早めに出かけることになったのです。そんな中に、桃太郎は笠をかぶった旅姿のまま、もそりと入って行きました。その姿に気づいた者から、手を止めて立ち上がったりして、桃太郎を見つめます。
桃太郎の格好があまりにも風変わりだからです。ここに来るのは近場の者か、役人か、野荒らしの盗賊集団だけだからです。そして村人たちは全員、彼らのことを見知っていました。今、目の前に現れた、一匹の犬を連れたその姿は、それらのどれにも当てはまりそうにありません。役人が新しく交替したとしても一人で来ることはないのです。
桃太郎は何か言われる前に勇気を奮い起こして自分から声をかけました。出だしから悪い方に思われるわけにはいきません。
「オレは・・・旅の者で『桃太郎』と言うんですが・・・ここは、何という村ですかな?」 使い慣れない言葉も使ってみます。
「おまえこそどっから来た?」
一番手前にいた男にいきなり聞き返されました。桃太郎が、しくじったか? と唇を噛む間もなくその男の隣にいた女が男を小突いて「あんた、いきなりそんな、ちゃんと名乗っとるが」と、小声で嗜めました。
「申し訳ない」 そう言って、桃太郎は菅笠を取りました。柔らかく笑みを浮かべています。村人の間に、特に女たちの間に、現れた若者の美しい笑みに思わず息を呑むような音が広がりました。
「オレはここからずっと北東の方にある『竹取』という村から来たのです」
「『竹取』? 聞いたことないな」
村人の間にざわめきが広がります。
『村』で、出身を聞かれたらそう答えればよかろうと、急いで決められた村の名前でした。他にいいものが思い浮かばなかったというのもあります。
「そんなとこから何しにこんなとこまで来たんじゃ?」 他の一人が聞いてきました。
「実は・・・京へ向かう途中なんじゃが、急ぐ用でもないので、山中の村では見たことのない『海』というものを一度見てみたいと思い、『白浜』という美しい浜があると聞いて探し求めて歩いておるところです」 桃太郎はおっとりと喋ります。ふうたが言い出した『とびすけの希望』なるものを咄嗟に利用していました。
「確かに『白浜』っちゅうのはここらあたりのことじゃが・・・」 誰ともなく言います。このような美貌の若者に『美しい浜』と言われて悪い気はしないような空気が流れ込んでいました。
「よかった。やはりこの浜ですか・・・あの山の頂きから眺めて、そうであればと願っておったのです」 桃太郎は後ろを手で示すように振り返りました。
「なら、本物のただの旅のお方じゃろうな」 村の『長老』と思えるような白い顎鬚を蓄えた老人が決めるように言いました。傍らの犬も大人しそうに尻尾を振っています。
桃太郎が安心したようにうなづくと、一気に雰囲気が変わりました。男も女も子供までが寄ってきて、桃太郎を村の中へと迎え入れました。桃太郎のガチガチに固めた気の弱そうな旅姿が、度々現れる荒くれ者たちの乱雑な格好とは雲泥の差で、それにも増して優しげな美貌が一気に警戒を解かせたようです。
「ささ、疲れたじゃろう。朝餉もできとるで、どこの鍋にでも行きなされ」
砂地の野外に設置された何カ所かの料理場を村人は鷹揚に指し示しました。




